第122話 海への道のり――芸術的床板と街道の管理者

 暴風雨は小一時間ほど続き、その後もかなり強い雨が降り続けた。

 幸い、街道が水没するような雨ではなかったが、豪雨と呼ばれてもおかしくはなさそうな雨に、荒天時に出歩くことの少ないクロエは、目を丸くしていた。


 レン達は、馬車を囲むように結界棒を使う事で、魔物からの安全を確保することとした。獣が飛び込んでくる恐れは残るが、魔物が来ないと分っていれば、それなりに休める。


 しばらく、馬車で大人しくしていたリオは、雨の中に飛び出して、水浴びをしている。

 そのため、レンとラウロ、ファビオは、覗かないようにと、ジェラルディーナとライカに見張られていた。


「ライカ、俺、エルフなんだけど」


 とレンが、性欲のなさをアピールすると


「存じ上げております。同時に、好奇心旺盛で、珍しい素材には目がないと言うことも」


 と返される。

 実際、もしもリオの鱗を貰えるのであれば、喜んで物作りに勤しむだろうと、正しく自己評価を行えてしまうため、レンは、ライカに頷くことしかできなかった。


「クロエさんは、雨を見ていて飽きない?」

「雨じゃなく、雨の森とか見てるから大丈夫」


 馬車を止めた場所の地面は、土から作った床材が敷かれており、床の高さは地面よりもやや高い。

 二方向にしか壁がないため、風通しがよく雨が吹き込んでくるが、馬車の影にいれば、ある程度は避けられる。

 風向きが変るたび、クロエと神殿の護衛ふたりは風下に移動を繰り返していた。


「でもレンご主人様にしては随分と手の掛かっていない雨宿り場所ですわね?」

「雨が降る前に完成したかったからね。それに、ここ、街からも村からも結構離れてるから、保守も大変だし」


 街からも村からも5キロは離れている。

 手の掛かったものを作って、保守要員が必要になるようでは、却って迷惑だろうとレンが答えると、横で聞いていたファビオはそれに頷いた。


「確かにそうですな。それに、街道沿いには国が避難場所を作る計画があるのですから、そちらに任せた方が宜しいかと」


 この前の川沿いの避難小屋とは状況が色々異なる、と指摘するファビオに、ライカはなるほど、と理解を示した。


「ですが、魔道具を使わない範囲であれば、多少弄るのは構いませんわよね? 雨が止むまでの暇つぶしですわ」


 リオの水浴びが終わった後、ライカはクロエを呼び寄せると、庇と風除けの制作を依頼し、皆の靴の足跡がついた床を綺麗にする。


 ライカはあまり魔法が得意ではない。

 そう自称しているし、実際、ライカ本人も、何ならレンもそう思っている。


 実際、600年前のライカは魔法が苦手なエルフだった。

 エルフとしては魔力が少なく、レンの養子になるまでは魔法の訓練に難儀していたし、他の者と同じ訓練を行っても、成長は遅かった。

 だから、レンはライカを弓と短剣を扱う軽戦士として育てたのだ。


 普通の魔法は基礎を一通り教えて見たものの、どれも奮わず。精霊闘術の適性は風と水があったが、当時、曲がりなりにも使いこなせていたのは水だけで、風はあまり得意とは言えなかった。

 レンからすると、ライカは多少やるようになったがまだまだに見えるし、ライカの目標は英雄達なので、本人としても、まだまだです、となる。


 しかしながら現時点のライカの各種技能は、人間としては、トップ集団に入るほどに育っている。

 力を使い果たして即座に回復する、という手段が取れず、また、育てる技能が多岐に渡っていたため、やや非効率ではあったが、600年の研鑽は伊達ではないのだ。



 ライカは、床を綺麗にすると、一枚板では保守性が悪いからと、板を分割して外せるように細工を施す。

 これなら、問題ないですよね、とレンに確認しつつ、ライカは床下のハニカム構造の厚みを細かく調整し、床板をネジのように取り付けられるようにする。


 そして、黒っぽい小石をポーチから取り出し、土の色だった板を黒く染めるようにコーティングする。


レンご主人様、ご希望の模様などはありませんか?」

「個人的には無地が好きだけど、黒地なら、白で花や草を大きく入れてみるのも面白いかな」

「花は分かりますが、草ですか?」

「ススキとか……あ、稲とか小麦でも良いか」


 小麦であれば豊作祈願の縁起のよいデザインとなるが、ものが雑草では理解されにくいか、と、レンは少し方向性を変えてみた。


「ああ、良いですね。白い小石で模様を付けてみましょう」


 黒く染まった床板に白い小石を乗せたライカは、錬成で小石を薄くのばし、黒い部分に馴染ませつつ模様を描いていく。


 ほどなくして、白黒でシルエットを描いたにしては妙に写実的な小麦の絵が床板の上に現れる。

 それを覗き込んだクロエが感嘆したように溜息を漏らす。


「……綺麗」

「本当に、見事な出来映えですね……しかし、ライカ殿、これをここに捨て置くのは、勿体ないように思うのですが。可能ならオラクルの村の神殿の壁に、こうした意匠の板を飾って貰いたいくらいですが」

「……あら? それなら、意匠を幾つか差し上げますから、クロエさんの錬成の練習にいかがです?」

「…………無理……似たようなのは描けるだろうけど、線の太さや、厚みで濃淡を表現とか、絶対無理」

「ポーションを使えば何回でも挑戦できますわ。まずは一回試してから、と致しましょう。どうしても無理なら、私が作っても構いませんけれど、神殿に飾るなら、神託の巫女が作った方がありがたみがあると思いますわ」


 クロエは、助けを求めるようにレンに視線を投げかけるが、そもそもレンは、何が問題なのかを理解しておらず、


「ポーションとか素材とかは最高のを用意するから頑張って」


 と見当違いの応援をするのだった。




 避難場所に壁が一枚追加され、三方が壁になり、庇がついて、雨が吹き込みにくくなった。

 それに加えて、ライカが床を清めたことで、その避難所は、街の広場の四阿程度には寛げる場所となっていた。


「しかし、街や村の外で、ここまで寛ぐのはどうかと思うのだが」


 ラウロは溜息をついた。


 軽く食事をした後、靴こそ脱いではいないが、クロエはレンが出した敷物の上で、エミリアが出したクッションを抱えて微睡んでいた。


「まあ、エーレンに恐れをなして大半の生き物が逃げ出したからできることです。滅多に出来ない体験ですから、それを満喫するのは神託の巫女の務めってことですし」


 街道沿いの森がここまで静かなのは初めてだと、ジェラルディーナとレベッカは逆に不安そうにしているが、そういう珍しい状況ならばと、クロエは楽しげに、雨の森を屋根の下から観察したりしていた。

 ちなみに、熟睡しても、いざという時はエーレンが起こしてくれるとのことで、リオは馬車で寝ている。



 翌朝、最初に目覚めたのはリオだった。

 正確にはエーレンから朝を告げられたリオ、であるが、リオは全員を起こして街道を見ろと言った。


「うわ、凄い荒れようだな」


 街道は大量の木切れや落ち葉で埋め尽くされていた。


「樹海みたいなところの街道なんだから、まあ、当然っちゃ当然だけど……これ、誰が掃除するんだ?」

「街道は大地に与えられた神々の恩恵」


 目を擦りながら起きだしてきたクロエは、ぽつりとそう答えた。


「恩恵? 職業とかだよな」

「街道を維持し、傷付ける者があればそれを罰するのが恩恵」

「そういう神託があったんだ」

「神託はない。経験則。考えれば分かること。この落ち葉も、昼には消える。そんなこと、他では起きない」


 消えると聞き、レンは興味を惹かれた。


 この世界で投げ捨てたアイテムが消えるには地球と同様に、腐敗や風化などのプロセスを要する。例外は迷宮で、迷宮では倒した魔物はアイテム化するし、大抵の物は人間から離れた場所に小一時間程度放置するだけで魔素に分解される。


 地上でアイテムが消える仕組みについて、レンは疑問を感じたのだ。


「ライカは、街道のゴミが消えるのをみたことはあるかい?」

「……あまり意識はしておりませんでしたが……たまに見掛ける程度なら。ただ、ゴミにはあまり意識を向けませんので、さっきあったのが消えた。程度の認識ですが」

「その時、魔素に変動があったか、とかは?」

「申し訳ありません。意識していたわけではないので、把握はできておりませんわ」


 なるほど、と頷いたレンは、クロエの後ろに控えるエミリアに視線を向ける。

 レンが口を開く前に、エミリアは笑顔でクロエを指差す。


「……あー、クロエさん、その、街道が綺麗になる仕組みは分かってるのかな?」

「エミリア?」


 クロエは振り向いてエミリアに答えるように促した。


「……はい。神々の奇跡とされますが、どの神の手によるものかは分かっておりません」

「ああ、いや。そういうことじゃなく……ってそうか、それが答えになっちゃうのか」


 レンが知りたかったのは、それが奇跡がどうかではなく、どういうプロセスで消えるのか、だった。

 しかし、この世界では、神の奇跡によって消えるというのが、立派な答えになると気付いたのだ。

 地球であれば、それは物理現象で消えると言うのと同じレベルの答えだが、物理現象と違い、神々の権能では検証のしようもない。


「何か気になる点でも?」

「奇跡でものが消える場合、消えたものがどうなるのか、とかは研究されてるのかなって。神々の世界に持って行かれるのか、魔素に分解されるのか、とかいうレベルで」

「神学では扱わない題材ですね……フランチェスカは何か知ってる?」

「昔の研究をまとめた本に、街道を管理する神がどなたであるのかという推論があった。結論は出ていなかったが、使われる権能と、道という広いが限られた領域の守護であることから、ラビラント様ではないかと言われている」

「ラビラント様?」


 レンが首をかしげると、クロエがそれなら知ってると口を挟む。


「迷宮を司る神様」

「職業以外の神もいるんだ」

「いる。職業を司る神々よりも、それ以外を司る神々の方がより古い。神様は古いほど強い。ソレイル様、リュンヌ様もそうした神様」


 クロエの答えにレンは得心したと頷いた。


「迷宮の神様説が出るって事は、魔素に分解されてるのかな?」

「さあ? フランチェスカ?」

「はい。魔素になるかどうかは書かれていませんでした。ただ、消える様子を調べたところ、迷宮のそれに近いとありました。迷宮と違って放置しただけでは消えないそうです」

「なるほど……まあ、これだけゴミが散乱しているんだから、街までの道で観察する機会があることに期待しよう」


 レンがそう結論すると、食事の支度を調えたライカが声を掛ける。


レンご主人様、朝食の支度が調いました」

「ああ、ありがとう。リオ、エーレンは?」

「あたしらが出発したら、目立たないように街道から離れるってさ」

「そか、ありがとうと伝えてくれ」

「ん」

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