第117話 海への道のり――罠とサソリ
罠は冒険者ギルドが倉庫に保管していたため、すぐに見せて貰うことができた。
餌に食いついたら檻が閉まる、箱罠と呼ばれる種類で、縦横3メートル奥行き5メートルの金網で構成された直方体だった。
薄暗い倉庫の中に置かれていたためか、レンは、罠から不気味な印象を受けた。
レンが見せて貰った罠は、何回も使われた跡があり、金網の一部は赤錆が出ていたし、あちこちに破れて修繕した跡もあった。
修繕はされているが、機能に影響のない部分はそのままであることと、赤錆が血痕にも見える点が、凄惨な雰囲気を増していた。
が、レンはそれには触れず、見たままの感想を述べる。
「……金網なんですね」
「おお。一応言っておくが、頑丈にしたいからって、金網を鉄板にしたり鉄の棒に変えたら、魔物は入らないぞ。なぜかは分からないがな」
罠を管理するギルドの職員は、レンの呟きにそう答えた。
「逃げられないようにするには罠を頑丈にすればいい。そんなことは過去に散々試してるのさ」
「でしょうね。罠を頑丈にするには色々なやり方がありますけど、今言った方法では上手くいくはずがないです」
「……まるで、なぜ魔物が金網の罠以外に入らないのか、分かるみたいな言い草だな?」
「分かるまで行くと嘘ですね。予想できる、です。魔物の多くは、魔力感知に優れています。で、普通の鉄は魔力を透過させにくいです。完全に伝導を阻害するわけじゃありませんが、魔物からしたら鉄板の向こうは見えにくくなります。警戒心が強いなら、視界を遮るような強化をしても、魔物は入らないだろうな、と予想しているんです。そうなると、さっき言ったような方法じゃ上手くいきませんよね?」
などとそれらしいことを答えるレンだが、実のところ、レンはこの世界の罠に詳しいわけではない。日本にいた頃に見たり聞いたりした話と、魔物の特性からそれっぽい説明を組み立てているだけである。
が、大きく外してはいなかったようで、職員は感心したように、
「なるほど、そういう理由だと言われると納得できるな」
と頷いた。
「それで、この金網は、試行錯誤した中で一番丈夫なものなんですね?」
「ああ。これでもイエローの魔物が少し暴れたら穴が空くが、魔物が入らないのでは意味がない。だから、今はこれが使われている」
「運用方法は?」
「罠を仕掛け、魔物が入ったら即座に全力の一斉攻撃で倒す」
罠は短時間の足止めと割り切り、足止めに成功したら矢を射かけるのだ、という職員に、レンはその運用方法であれば、これでも使えるのか、と罠の金網についた小さな棘を確認する。
「この棘、魔物が金網を破って抜けることを前提にしてるんですね」
「そうだ。破られた場合、その棘が相手に絡むようにしている」
「そういう運用だと……ああ、でも、毎回補修が必要になるのは良くないか……金網の強化が一番かな」
「出来るのかね?」
「素材と時間が必要ですけどね……この街にも錬金術師はいるでしょうから、修理が必要になったら素材を手に入れて、錬金術師に頼んで下さい」
レンは、ポーチから、結界杭の修復に用いるものよりも、深い青色の
「それじゃ始めます」
「待ってくれ! せめて何をしようとしているのかを教えてくれないか?」
「おっと、確かにそうですね。気が逸りました……
レンは結界杭の補修に使う
「魔力に反応しないというのは、普通の鉄と同じということかな?」
「いえ、鉄は魔力の浸透を阻害しますが、この
普通の
だが、レンが手にした
「阻害しない? 素通しということかね?」
「はい。大半は素通しです。だから、インゴットとなったあとのこれを錬成で操作するのは結構大変ですが、中級の錬金術師ならできると思いますよ」
「そうなのか? ……素通しということは、魔物の魔力感知でも見えないということか……警戒されにくいわけだな?」
「ええ。ですが見ての通り、目には見えますから、これで作った板で檻を作れば魔物は警戒します。ちなみに、魔法も通しますので、攻撃に魔法使いも参加できますね」
「防具に使うのに魔法を通すのか?」
職員が不思議そうに尋ねると、レンはそうだと頷く。
「防具の表面加工に使うんです。内側はまた違う特性の防具を合わせますので、その内側にまでは魔法は届きません。そうすることで、弾かれたり逸らされたりした魔法が味方に当ったりしなくなります」
「ああ、魔物の飛び道具が刺さりやすい盾と同じ理屈か」
「そんな感じですね。それで使い方ですが」
レンは2本の鉄の針金を取り出し、一本の表面に液状に変化させた
鉄の針金は、数秒で、青い
「こうやって薄く表面に広げて使うことで、見た目の圧迫度を変えず頑丈にするわけです。こっちの未処理の針金と比べてみて下さい。壊しても構いませんよ」
「ほう……手触りは変わらず……いや、感触はやや硬いか……曲げは……曲がらんな、やや硬いどころじゃないぞ……未処理の方は簡単に曲がるようだが……擦り合わせると……ふむ」
職員は、
「これなら使えそうだ」
「それじゃ、
職員は、
「さっきはまったく曲げられなかったのに、こうまで変るものなのかね?」
「そういう特性に調整した
「……君はそこまで腕が良いと? いや、公爵家のお墨付きだ。疑うわけじゃないんだが、これも仕事でね」
「疑うのが普通ですから気にしませんよ。この街の錬金術師が王立オラクル職業育成学園で学んで中級になりましたよね? 俺はあそこの職員なんですよ。だから、錬金術は皆よりも嗜んでます」
「王立オラクル職業育成学園の? なるほど。公爵家が連れ歩くわけだ……では、罠の強化をお願いできるかね?」
「ええ……ただ、言っておきますが、罠で全部解決しないのは、今までと同じですからね」
レンはそう答えつつ、青味の濃いインゴットを手に、罠の強化を始める。
「そうなのかね?」
「罠が破られることは少なくなるでしょうけど、大抵の魔物は近距離以外の攻撃方法も持ってます。そして、この
「なるほど。ちなみに、魔物を足止めし、その攻撃を阻害できるが、こちらからは攻撃し放題という罠は作れないのかね?」
「軽くて破壊力のある棍棒みたいな要求ですよ、それ」
「そりゃ……無理だな」
実際の所、可否だけで言えばそれは不可能ではない。魔物が掛かり、人間に被害が及ばない罠の作成は可能である。
例えば、巨大な落とし穴である。魔物に気付かれないように魔法金属で隠蔽した落とし穴を作り、相手が中央に来たら落下させ、地下に設けた魔法金属を多用したプレス機で押しつぶす。
ただし、それを作るには素材がまったく足りていないのだ。
だから、レンはそれについては触れずに、今可能な強化のみを行った。
罠を改造し、予備の部品も強化したレンは、代金は国と相談の上、王立オラクル職業育成学園に支払うようにと言い置いて、ギルドを後にした。
レン達が宿に戻ると、クロエが出掛ける支度をして部屋で待っていた。
「ええと?」
レンが説明を求めると、フランチェスカは溜息をついた。
「……周辺の戦いの跡地を見たい、との仰せです」
レンは視線をライカに向ける。
「……宿の主人に話を聞きましたところ、戦いの跡地は殆どが砂に埋もれています。一番目立つのが溶岩になった山ですが、あそこは危険ですのでお勧めはできませんわ。ですので、選択肢としては、そこよりもやや近いオアシスか、街の壁を使って作られた大河の中州の避難小屋でしょうか」
「オアシス?」
「元々は、戦場にできた大きなクレーターらしいですわ。すっかり砂に埋まってしまいましたが、ガラス化したクレーターが埋まっていますので、水が溜まりやすくなってますの」
「ああなるほど。でもそれだと、あんまり見るところは……」
「いえ、それが、底がしっかりしているため、地形の変化も少ないそうで、記念碑とかもあると伺いましたの」
「結界の外に記念碑?」
「ええ、しかも砂漠の水場にですから、訪れるのも大変だと思うのですが、昔からあるそうですわ」
「へぇ……でも、オアシスと小屋なら、塀を壊した石材で作った避難小屋の方が多少は見応えがあるんじゃないか?」
「避難小屋は材料となった石材が街の壁だったことと、壁だった頃に受けた攻撃の跡が残っている部分もある、程度だそうですのでご満足頂けるかどうか」
周囲が砂漠化するほどの環境変化の中、600年前の戦いの痕跡が残っているのであれば、それだけでも十分だと思うレンだったが、クロエはそこはいらない、と横を向く。
困ったようなフランチェスカに、
「それなら、オアシスに向かうか。準備してあるってことは、明日じゃなく、今日これから?」
「今日は早く着いた。何もしないのは勿体ない」
他の護衛は、とレンが周囲に視線を向けると、皆、大きな荷物を降ろし、旅装は解かずに待機していた。
「オアシスか……ライカもそんなに詳しくはないんだよな?」
「ここのオアシスの記念碑は見た事はありませんわね。砂漠のオアシスということであれば、他のオアシスなら訪れたことがありますわ」
「どんな場所?」
オアシスを知っているというライカに、クロエは目を輝かせつつ聞いた。
ライカは少し困ったような笑みを浮かべる。
「砂漠の中の泉ですわね。水場ですから、魔物や虫が集まりますので、やや危険ですわ。ああ、オアシス周辺の砂は、白くキラキラしていることが多いですわ」
「キラキラ?」
「塩ですわ。砂や土の中には僅かな塩があります。多くの場合、砂漠では雨によって塩分は地下深くに連れて行かれますが、オアシス付近では、僅かな塩分を含んだ水が蒸発して、塩分だけを残すためと聞きました」
「オアシスの水はショッパイの?」
「そういうオアシスもありますし、淡水のオアシスもありますわ。中には、季節によって位置が変ったり、なくなったりするオアシスというのもありますわね。砂丘の移動や地下水路の移動などが原因という説ですが、詳細は分かっておりません。ここのそばにあるオアシスは、移動しないタイプで淡水ですわ」
「移動するオアシス……見てみたい」
「見ても移動するのが分かるような速度ではありませんわ……それよりも」
ライカは全員の足元に目をやった。
「街中ということで、軽い靴にされてますね。それ自体は構いませんが、履いていた靴は干してますわよね?」
クロエに視線を向けられたフランチェスカは頷いた。
「先ほどまでの靴は干してますし、磨いています。今の靴も軽めと言っても、短時間の砂漠での歩行なら十分に……」
「それは信用していますわ。ただ一点注意をしておこうかと思いましたの。場合によっては命に関わりますわよ」
命に関わると聞き、護衛達は警戒をしたままライカの次の言葉を待った。
「この辺りには魔物ではない、普通のサソリもいますの。白っぽい小さめのと、黒っぽい大きめのがいて、この辺りで危険なのは白い小さい方ですわ」
「黒いのは安全なの?」
クロエが首を傾げると、ライカは首を横に振った。
「黒いのも毒持ちですわね。大きい分毒も多いし、毒を周囲に噴射したりもしますから、顔を近付けたりするのは絶対にダメです」
「分かった。気を付ける」
「白いサソリは猛毒を持っていて、素早く、動くものには取りあえず攻撃を仕掛けます。気配察知でも捉えにくい上、砂漠では遠目では砂の色に紛れます。見付けたら距離を取ってください……ですが、注意したいのはそこではありませんわ」
ライカはクロエの足を守るブーツを指差した。
「白いサソリは靴に入り込むことがありますの。だから靴を干した後は靴をひっくり返し、サソリがいないことを確認してからしまってください。朝、靴を履いたら刺されたという事故がかなり多いと聞きますわ、靴を出したら強く振って、サソリがいないことを確認してくださいまし。もしも刺された場合は
「ああ、そういうことなら、今のうちに護衛のみんなにもポーションを配っておこうか」
レンは瓶を取り出し、ラウロ達にそれを渡す。
「ありがたいが……お嬢様に渡す方が先ではないかね?」
「これは中級なら作れるので、お嬢様は自分で作ったのを持ってますよ。それに、状態異常耐性のペンダントを渡してあるから、普通の毒じゃ効果はないですしね」
これ、と、首に掛けた、長らく扱える者がいなかった
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