第116話 海への道のり――竜との戦いと専制政治

「レン殿はその、過去のこの街の防衛戦に参加されたのだろうか?」


 日差しが強いから、という理由でフランチェスカと馭者を交代したレンに、並走しながらラウロが尋ねてきた。


「ええ、まあ。当時の英雄の大半は何かの形で参加してると思いますけど」

「興味本位で恐縮だが、どのような戦いだったのか、聞かせて貰えないだろうか?」

「取り立てて話すようなことはないですけど……イベントクエスト……神託みたいなものがあり、皆はそれに従って戦っただけです」

「大量の属性竜が出現したと聞くが?」

「ええ、無限にいるのでは、というほどの属性竜がいました。人間が負けたのは、その属性竜との戦いに時間を取られたためです」


 特殊なイベントをクリアすることで覚えられる強力だが使い勝手の悪い範囲魔法の使い手が多ければ、短時間で勝てない敵ではなかった。

 実際、その魔法の使い手がほとんどいない状況であっても、プレイヤー達は属性竜を圧倒し、規定の累積ダメージを与えることに成功していた。

 ただ、その戦いで時間切れとなり、山を破壊され、イベントは失敗に終わったのだ。


「竜達の陽動作戦については、戦術の教本にも載っているのだが、レン殿は、どうすればよかったと思うかね?」


 ラウロの問いかけに、レンは少し考え込んだ。

 ゲームとしてであれば、皆が、属性竜には効果が高い攻撃手段を覚えるのが正解だ。

 だが、それは「あの戦いでどうすれば勝てたか」という問いに、「十分な戦力を投入すれば勝てた」と答えるようなもので、それはそれで間違いではないが、ラウロの望む答えではないように思ったのだ。


「……あの時の戦力で、自由に戦う相手を選べるのであれば……手前の属性竜は無視して、黄金竜と同期攻撃の準備をしていた属性竜に軽い攻撃を当てるのが正解だと思います」


 同期攻撃は、魔法陣と事前の環境の調整を要する強力な魔法で、整えた環境や魔法陣を破壊すれば、発動されないか、されても威力が激減する。

 相手の戦略目標、攻撃方法が分かるからこそ言える後知恵だが、相手の目的を達せないように妨害できれば、それは人間にとっての勝利となる。


「戦術的にはどうすれば良いのだろうか?」

「勝利条件を全ての敵の排除とするなら、皆が属性竜に効果のある攻撃手段を学ぶことがもっとも確実でしょうね。あのときの戦いで足りなかったのは打撃力ですから」

「同じ条件であれば?」

「勝てませんね」

「そこまでの戦力差があったのかね?」

「陽動部隊の属性竜は倒しましたから、その一局面だけを見るなら人間の勝利ですが、あれは大量の属性竜を一定時間で倒しきらないと負けるという戦いでした。それをできるだけの力を当時の人間は持っていなかったのです……ところで、戦術の教本と仰いましたか?」


 レンが尋ねると、ラウロは頷く。

 魔物との戦いに於いて、人間は協力し合わねば滅ぼされてしまうため、国によって戦い方の研究が行われており、フェオの街の戦いも、教本には記録されているのだという。


「……でも、戦術論にあの戦いですか……ちなみに、どういう戦い方が有効であるとかは?」

「いや、あれは魔物の戦いに於いて、敵が陽動作戦を仕掛けてくるケースがあるという例として載っていただけで、どう戦うべきかは書かれていなかった」

「それで正解です。戦術レベルの話をするのなら、十分な戦力を用意して戦いに挑む以外の手はありません。その上で、相手が陽動作戦を行うなら、それを無視して相手の戦略目的を達成させない方向で考えるべきです」


 負けない戦いに持ち込むことを考える必要があるほど、敵が多かったのだ、とレンが言うと、ラウロは神妙な顔で頷いた。そして、ふと顔を上げ、首を傾げる。


「そういえば、あの戦いは誰の指揮で戦ったのだろうか? 英雄達のどの戦いの記録を見ても、誰がいたか、までは分かるのに、それぞれの役割がはっきりしないのだ」

「指揮ですか? 全体を統括していたのは……フェオの頃だとヤンさんの所だったかな?」

「知将と名高いヤン殿か。それでも負けるのであれば、それは相手が悪かったとしか言えぬのだろうな」


 ラウロのその言葉に、レンは、返す言葉がなかった。


『碧の迷宮』はゲームである。

 個々人がゲームにログインしていられる時間は短い。

 故に、統括と言ってもイベント期間中、誰かがずっと指揮を取れる筈もなく、ただ、全体方針と戦力投入時期について、大規模パーティが指示を出す形式だった。

 基本は方針の提示だけで、ヘイト管理やダメージのコントロールなどは各自に任せられていたのだ。

 曜日と時間帯によっては、細かな指示が出ることもあったが、別にプレイヤーはそれに従う義務はない。ソロで楽しんでいたレンなどは、指示など関係なしに突っ込んで、周囲を回復したり、敵の周囲に小さな砦を作ったり、もちろん攻撃もしたりと色々好き勝手にやっていた。


 ヤンというのは、過去の有名な小説の主人公にあやかって名付けられたアバターで、中の人は、その発言から50代男性と目されていた。

 知将というのは、自称ではなく、引用する様々な創作物の台詞から、プレイヤーの一部がそのように呼ぶようになったことに起因する。

 本当に指揮が上手いのかどうかを知る機会はレンにはなかったが、そういう伝承になっているのならと無言で頷くことにした。


「しかしそうか……英雄の時代を生きていたということは、歴史の現場にいたと言うことだからな。そういうこともあるのか」


 感心したように頷くラウロに、レンは首を傾げた。


「いや、1000年前ってことならともかく、600年前なら、その時代の生き残りは結構いますよね? ライカとかもそうなんだし」

「それなりに長生きをしたエルフは、あまりヒトの街には来ないのだよ。だから、外務そとつかさのレイラ殿やライカ殿は――ああ、勿論レン殿もだが、珍しい部類だな」


 長く生きたエルフは死生観が変化する、という意味のことをライカが言っていたのを思い出したレンは、そういう変化もあるのか、と少し驚いていた。


「ではこうやって話を聞くというのは、割と珍しいことなんですか?」


 その割に、話を聞きに来る者はいないが、と言うレンに、ラウロは苦笑いを浮かべた。


「人間はそれぞれ独特の習慣を持っているから、他の種族と相容れない部分があるのだよ」


 一例として、エルフ特有の初対面の挨拶をあげたラウロに、ああ、あれかとレンも苦笑する。


「ちなみにヒトの場合は身分制度を基軸とする諸々が特異とされているが……そういえばレン殿。エルフがヒトと同じような社会を築くことはあるのだろうか?」

「王や貴族が治めるやり方ですよね? ヒト以外では難しいでしょうね」

「ほう、なぜかね?」


 ラウロが興味を惹かれたように尋ねると、レンは、少し考えてから、言葉を選んで答えた。


「……身分制というのは、経緯はどうあれ、究極的には作る者と守る者との分業です。農民が食料を作り、余った分を貴族が得る。貴族はそれを用いて農民の生活を守る。それが基本的な考え方です。エルフやドワーフは、あまり食料の生産はしません。まったくしないわけではありませんが、ヒトのように自分たちで食べきれないほどの畑を作って耕したりはしません。だから、ヒトのような身分制度は取れません。そんなことをすれば、滅びますから」

「滅びるのかね?」

「余剰食糧がないのにそんな分業をすれば、食料が尽きますからね」

「なるほどな……レン殿は政治に詳しいと見える」

「政治に興味はありませんけど、知識だけならそれなりに」

「過去、英雄達の一部には王制の廃止を唱えた者たちもいたそうだが、それについてはどう考える?」


 ラウロが、少し伺うような表情でそう尋ねると、レンは苦笑した。


「それを決めるのは英雄じゃない。と考えます。世界が今の状態でぎりぎり持ちこたえることができたのは、村を破棄するという判断を断行できる権力者がいたからこそです。状況、歴史などで、何が正しいのかは変わります。多分王制の廃止を唱えた英雄も、今の世界を見たら意見が変わるんじゃないかとも思いますけど」


 独裁、専制は悪である。


 日本人の多くはそのように教えられ、それを信じる。そこに他の考え方が入り込めば、即ち悪と考えるほどの刷り込みである。

 レンも、他の選択肢が選べる場合であれば、独裁や専制は悪だと思っている。

 しかし、独裁に公的な利益がないのかと言えば、そんなことはない。


 もしも、この世界のような問題が現代の日本で生じた場合、村の破棄などを命じることはできないし、野党はそれを審議することすら拒否するだろう。

 そして、結界杭が維持できなくなって各地で犠牲が続出したところで、野党が与党の責任を問う。だからと言って与党が独断で村の破棄を命じたりすれば、当然それも責任を問われる。

 馬鹿らしく見えるが、常にそれが正しいのかを問いかけることで、与党の腐敗を防止するのも野党の役割のひとつなのだ。

 結果手遅れになるとしても、それが議院内閣制を選ぶということの意味である。だから、多くの国には緊急時に合議を通さずに物事を処理する仕組みがあるのだ。

 日本であれば、審議することすら憚られるような判断を、独裁政治、専制政治であれば5分で判断できるのだ。

 拙速と巧遅とで、拙速が尊ばれる状況にあって、それが有利に働くことが多いことは言うまでもない。

 独裁、専制が長く続くと権力が集中し、大抵のことが命じるだけで実現するようになる。すると命令が素早く実行されるのだ。災害時などにその速度が重要な要素となることは言うまでもない。

 ただし、独裁政治、専制政治の目的が公益から独裁者たちの保身や利益に変化すると、その途端、その判断の速さ、実行の速さが毒の回る速度に変わり、独裁・専制政権故に異を唱えられる者もなく、毒の周りは一層早くなる。


 ひとたび、僅かでも毒が生まれれば、それを止める手段がないのだ。

 だからこそ、地球において権力を持った者は腐敗する。


 強大な権力は、その権力が及ぶ範囲において腐敗すら許すからだ。

 複数の対立党がお互いに睨みをきかせていても、いずれかのタイミングで腐敗は発生するが、中でも独裁政治や専制政治の自浄能力は低い。


 しかし、この世界には権力では敵わない存在がある。

 普段は恩恵を与える優しい神々だが、恩恵の悪用だけは許さない。

 他者の恩恵を悪用するといった方法であっても、それを命じた者も恩恵に関する全てを失う。


 言ってしまえば、神々という究極の独裁組織が睨みをきかせている状態である。

 人間の独裁者や王では太刀打ちできるはずもない。


 神のいる世界。明確な天罰が存在する世界で、悪をなすことの意味を考えれば、独裁者や王が欲望のままに生きることはできない。

 独りでさばく(ものごとを決め、処理する)こと、国家をほしいままにすることはあっても、独裁者や王の利益の追求のために民衆を抑圧したりすれば、天罰がある。


 そんな前提条件の中でなら、人間による独裁や専制とは、単に決定が早く、個人の能力と資質に依存する政治体制の一種に過ぎない。

 レンはここしばらくの王立オラクル職業育成学園に関する様々なやり取りから、そのように感じていた。


 レンの返事を聞き、ラウロは


「そうか」


 と深い溜息をついた。




 砂漠の街道付近には、かなりの数の魔物が徘徊していた。

 魔物忌避剤も用いているのだが、砂の下に潜った魔物が相手では効果は薄い。

 とは言え、不思議な力で作られ、維持されている街道である。

 魔物は街道に入ることはできるが、街道に穴を開けて出てくる事はない。

 そのため。


「レン殿! こっち終わったっす!」


 大半は街道脇の砂地から顔を出した直後、レンの指示を受けたレベッカに倒されている。


「うん。ご苦労様。それにしても弓の腕前、見違えたね?」

「そうですか? えへへ。校長先生にもたまに見て貰ってますからね」


 棘だらけのトカゲを倒し、レンに褒められて嬉しそうに答えるレベッカ。その後ろで、ジェラルディーナが、やや曇った表情をしていた。

 レベッカがトカゲから各種素材を剥ぎ取る間の警戒をしつつ、ジェラルディーナはチラチラとレンに視線を送る。

 そして、取れるだけの素材を採取した一行が出発しようとしたタイミングで、ジェラルディーナの馬が馬車の横にやってくる。


「……レン殿。旅の間だけでも、自分も鍛えて貰えないでしょうか?」

「ジェラルディーナさんを? 速度特化の槍使いで、現在は中級だったね。自分に何が足りないのか。何を教わりたいのかは理解出来ている?」

「いえ……それが、最近行き詰まってまして」

「訓練内容は?」

「できるだけ周囲を乱雑にした状態での型の反復です」


 足元に色々転がした場所で型をなぞる訓練を、ジェラルディーナはそのように表現した。


「実戦環境の再現かな? それで、行き詰まっているというのは?」

「訓練しても、何も得られた気がしないんです」

「あー、うん。あるね。そういう時期」

「あるんですか?」

「むしろ、そこまで強いのに、今までそういう時期がなかったということにビックリだけどね。訓練で成果が出ないと感じる時期は絶対にあるものだよ。習い始めは新しいことばかりで、それを吸収するだけで手一杯になる。少し学ぶと、新しいことがなくなって、そこで停滞したように感じて、そこから自分なりのスタイルを見付けていくものなんだけど」


 速度特化になったのはいつからだ、とレンが聞くと、ジェラルディーナは最初からそこを目指せと師匠に言われた、と答えた。


「師匠っていうと、ライカの弟子の?」

「はい。槍は教えられないからと、槍は別の人に教えて貰いましたが、最初に弓を習った時期に、目と判断速度を褒められまして、その時に」

「なるほど。良い判断だ。師匠に恵まれたね」


 人間には個性がある。

 その個性にあった育成方針を取らねば、何をやっても成功するのは難しい。

 だが、この世界のアバターであっても、筋力、敏捷性、持久力などを数値化したステータス画面などはないため、才能を見極めるためには色々試してみるしかない。

 そして、才能を見極め損ねれば、短期間での大きな成長は難しい。

 もちろん、人間の才能がただひとつであるはずもなく、学ぶことで新しい才能が開花することもあるが、試行錯誤を減らすのであれば、子供の才能を見抜いて、何をすべきかを提示できる師匠というのは貴重なのだ。

 ジェラルディーナが、ここまで行き詰まることなく成長してこられたのは、偏に、才能に見合った育成方針に従ってきたからだろう、とレンは考えた。


「今やってる訓練は、槍の師匠から教わった方法なのですが……」

「ん。街に着いたら軽く見てあげるよ。もしかしたら、単にそういう伸び悩みを感じるタイミングって結論になるかもだけどね」

「ありがとうございます。そういうタイミングだと分かれば、安心して訓練を続けられますので助かります」

「そりゃそうか……あ、ラウロさん、ファビオさんにはちゃんと許可を取ってね?」

「承知しました」




 街道を進むと、前方に小さな林のようなものが見えてきた。

 少し進むと、林の横に街のようなものも見えてくる。

 他よりも水が多いためか、その街は砂漠の中、ゆらゆらと揺らめいて見えた。


「あれがフェオの街かな?」


 レンの呟きに、ローテーションで馬車のそばに来ていたファビオが頷いた。


「ええ。私は前にも来たことがありますが、結界の中は比較的普通の街です。林が見えていますが、あそこは結界の外です。大河があって、その中州が林になっているんです」

「中州が? 流れてしまったりはしないんですか?」

「中州には上流から流れてきた泥が溜まっているそうですが、流れてもすぐにまた堆積するのだとか」

「なるほど……あ、街が見えますけど、建物が見えるってことは、塀が低いのかな?」

「私が前に訪れたときにも塀はありませんでした。塀ではなく柵を使っているのですよ」

「竜の襲撃で壊されたとか?」


 そう尋ねながらも、レンは首を傾げた。

 イベントとしては人間サイドの負けだったが、街そのものには被害は出ていなかったという記憶があったからだ。


「いえ、塀は周囲が砂漠になった後、街周辺の環境改善のための素材にされたそうです」

「環境改善?」

「結界の外に何カ所か、結界のない石造りのものですが、避難所が作られたのですよ」

「避難所? でも街道沿いには見えませんよね?」


 砂漠の中、街まであまり視界を遮るものもなく、レンは見渡す限りの砂丘を見て、どこに避難所があるのだろうかと左右に目を向ける。


「中州です。泥があり、水もある。木もあります。木々は生活には欠かせませんので」

「ああ、薪とかですね。でも中州の木だけで足りるんですか?」

「幸いと言って良いのか微妙なところですが、周囲の砂漠にはイエローの魔物が多く棲息しています。魔物は街に近付いてきますので、それを捉える罠を作り、それを売って、外から買っているそうです」

「んー、罠か……効果は微妙? なんですよね?」

「よくお分かりになりましたな?」

「そりゃまあ……罠を使ってイエローの魔石を安全に集めることができるなら、人間はここまで減ってないでしょうからね」


 レンの言葉にファビオは苦笑する。


「たしかにそうですな。砂漠にいる魔物は多くは昆虫系ですが、奴らは罠に掛かっても簡単に食い破るそうです」

「罠には掛かるけど、ということなら、罠の素材を変えてみては?」

「ああ、レン殿なら聖銀ミスリル魔銅オリハルコンでも扱えるのでしたな?」

「金属として扱う程度ならそれなりに。街に着いたら、少し見てみましょうか?」

「よろしいので?」

「クロエさんの許可さえ取れれば、俺は問題ありませんよ。素材も、まあ普通の罠に使う程度なら手持ちがありますし」


 そんな話をしつつ馬車は街に入る。

 獣避けの門こそあるが、街の周囲は基本的に空堀と柵だけで塀はない。

 大したチェックもなく街に入ると、まずラウロが領主に挨拶をしてくると馬車から離れる。

 その間にクロエと話をしたファビオは、レンが罠を改良する許可を取ると、レンを伴って冒険者ギルドに出向き、罠改良の大雑把な説明をして、許可を取るのだった。

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