第112話 海への道のり――巻物と魚料理

 レンが作ったのは、森の中に通した一本道と、川縁に作った避難小屋だった。


 段差の少ないルートを選び、土魔法で大きく地面をひっくり返して木々を回収。木がなくなった分だけ土が足りなくなるので、その補填として、ウエストポーチから出した砂利を敷き詰め、雑草の繁茂を防ぎつつ、ある程度の水捌けを維持する。

 ライカは、木を切らずに道を通す方法がありましたか、と驚いていたが、レンが土魔法で地面をひっくり返すなり、木々をポーチにしまうというサポートを行うことで、工事の速度向上に貢献した。


 ある程度道ができたところで、冒険者ギルドのギルド長から、しつこいくらいの勧誘が始まったが、それはファビオが子爵の身分をちらつかせてガードした。


 川は比較的流れが緩やかだった。川幅は10メートルほどだろう。

 川岸は大岩と土混じりの黒っぽい砂、そこに生える無数の雑草からなっていた。


 あまり川ギリギリに手を加えると魚が獲れなくなる恐れもあるため、レンは川から2メートルほど陸に入ったあたりに安全地帯を作ることと決めると、4本の小型結界杭で一角を囲み、内側にストーンブロックで作った石板を並べ、周囲に壁を立ち上げ、すべての壁と床を隙間なく普通の石で固定した。

 天井には石の棒を何本か渡して、大きなストーンブロックの薄板を乗せるだけとし、屋根材は乗せずにおく。ドアや窓はサイズを合わせた木の板をはめ込むだけとする。

 後の保守を考え、傷みやすい屋根その他を冒険者ギルドに任せるためである。

 そして、小型結界杭本体だけではなく、屋内からの操作で結界を発生させることができるように回路を組み込む。


 なお、レンがクロエに呼ばれたのはこの辺りである。


 レンが戻ると、避難小屋ということで、最低限の荷物(僅かな非常食と塩、予備の魔石)を冒険者ギルドが運び込むところだった。

 収納がなかったと、レンは壁の一部に穴を開け、そこにアイテムボックス(複合)を埋め込み、動かせないように固定し、結界杭から魔力供給できるように聖銀ミスリルの線を仕込む。


 あくまでも魔物から追われて逃げ込む場所である。

 ここで生活するのが目的ではないため、トイレや風呂、ベッドは作らない。

 ただし、魔物に囲まれて逃げ出せない状況も考えられるため、川に小さな支流を作って安全地帯に水を通す。

 最悪、水はこれを使えるし、なんなら下流部分をトイレにもできる。


 ちなみに、レンは安全地帯を囲む塀は作らなかった。


 逃げ込む際に塀が障害物となるくらいなら、ない方がマシだ、という判断である。

 相手が獣でも、ストーンブロックの建物に逃げ込めれば安全は確保できる。ドアや窓もあるが、そこを通り抜けられるサイズなら、初級の冒険者でも十分に対処可能だ。

 対魔物は結界、対獣は小屋と割り切り、その運用で問題があるようなら対策は任せる、という方針としたのだ。


 後日、そこに住み込むようになる冒険者が現れたりもするが、それが新しい時代の幕開けになるとは、このときのレン達は、まだ気付いてはいなかった。




「で、炎石ってのは結局、どういう素材なんだ?」


 宿に戻ったレンは、ライカに話を聞いていた。


「素材として僅かな量の流通があっただけです。黄昏商会でも一通り押さえていますが、透明な宝石の中に、名前に応じた色の炎が揺らめいているように見える綺麗なだけの石、と、ディオは分析していましたわ」

「つまり、素材としての価値は不明か」

「はい。当時流れた噂は、新たな大地で生きるための新しい種族と外見を得るためのポーション、炎石という新しい素材、まったく新しい武具の存在ですが、市場に流れたのは炎石のみでした」


 レンは首を傾げた。

 レシピは、アバターリメイクの巻物スクロールだった。ポーションではない。

 ゲームをクリアしたプレイヤー達が消えるまでの短い時間に流れた情報に間違いがあった可能性は否定できない。

 しかし、ゲームを始めたばかりの初心者ならともかく、一定の功績があっただろうプレイヤーが、ポーションと巻物スクロールを混同するとは、レンには思えなかった。


「何か、別のものがあるのかな?」

「何がですか?」

「ポーションと巻物スクロール、明らかに別物だけど、リメイクの巻物スクロールは新たな大地で生きるための新しい種族と外見を得るためのものなんだよ。なんで巻物スクロールがポーションと伝わったのかが謎だと思ったんだ」

「商会の記録は以前、ご依頼があった時に調べていますが、ポーションと伝わっていましたわ」

「ああ、うん。そこは信じてるよ。だから、別の何かがあったのかもしれないと思ったんだ」

「……逆に、巻物スクロールのことは伝わっておりません……ですので、可能性としてですが、何を得るのかが英雄によって異なっていたのかも知れませんわね」

「なるほど。或いは職業によって異なるなんてこともあるかも知れないか」


 多彩な職業と自由度の高さを売りにしていたのだ。

 職業ごとに差別化を図った可能性もあるだろう、と予想したレンは、だが、と溜息をついた。


「色々な推測、憶測はできるけど、裏が取れない以上はこれが正解だとは言えないな」

「情報の精度が低く、申し訳ありません」

「ライカのせいじゃないよ。むしろ、ライカとディオがしっかりと留守を守ってくれたお陰で、こうした疑問を感じることが出来るんだから」


 健司の生きる時代において、AIはそれなりに進歩しているが、まだ自意識を得るには至っていない。

 何を命じられた訳でもないのに、NPCが自由意志でプレイヤーのために行動する。しかも、プレイヤーが戻ってくると予想して、必要になるだろう品や情報を集めるなど、普通ならあり得ないことなのだ。


「そう言って頂けると……」

「で、炎石だけど、どういうルートで流通していたんだ?」

「多くは、自分には必要のないもの、ということで英雄の皆さんが手放した品ですわ。初めて見る品で、英雄の皆さんからは素材だと伺っていましたので、必死に買い集めましたの」

「使い方は教えてくれなかったんだ?」

「ええ、はい」


 それは仕方がない、とレンは思った。

 ゲーム時代、レンもライカやディオと簡単な会話をしたことがあるが、とても会話を楽しんだりできるレベルには達していなかった。

 だから、もしも当時のライカに何かを聞かれても、「答えても理解はされない」と考えただろう、と考えるからだ。


「旅から帰ったら、黄昏商会にある炎石を見せて貰うことにしよう」

「……レンご主人様? その……生まれ変わったり、とかは?」

「しないよ。少なくとも現状、俺が生まれ変わるメリットはないからね」


 レンがそう答えると、ライカは少し困ったような表情をしつつも、


「そう……ですわよね」


 と曖昧に返すのだった。




 川までの道と、川沿いに出来た安全地帯。

 その日のうちに冒険者ギルドでその存在が周知されると、冒険者が魚を獲るようになった。

 まだ、漁師の仕事とまではならない。

 残念ながら、街から安全地帯までは結界の外で、そこは未だ危険な場所であるからだ。

 しかし、戦い方を知る者であれば、用心を怠らなければ川までの往復と、安全地帯付近に罠を仕掛ける程度は容易い。


 設置してそれでおしまいではさすがに不味いだろうと、レン達はブレロの街には三泊することとした。

 安全地帯を設置した翌朝、レンは森まで様子を見に行き、安定稼働を確認しつつ、前日に仕掛けた罠をチェックすると、そこそこ大量と言っても良いほどの魚が掛かっていた。


 持ち帰ったヤマメに似た魚を、クロエに見せると、すぐに食べてみたいと言うので、魚のことを教えてくれた屋台に持ち込んで、調理をお願いする。

 おばちゃんは二つ返事で引き受けてくれた。


 魚の蒸し料理の準備をしつつ、おばちゃんは感心したように言った。


「しかし、早速魚を持ってくるとはねぇ。さすが護衛をするような腕の良い冒険者だか騎士様だ。大したもんだよ」

「川までの道と、川縁の安全地帯が完成してましたから、これからは川魚が安く手に入るかもしれませんよ」


 レンは、誰がそれを作ったのかは言わず、ただ、事実と、そこから想定される推測を口にする。


「本当ならありがたい話だけどねぇ。でも、安くなったらなったで、冒険者が獲りに行ってくれるかどうか」

「そこは確かに。でもいい方に転がると良いですね」


 領主は魚を貴重な資源のひとつと見なしているらしいとか、漁の結果に対して補助が行われるという情報は、一介のエルフが知っていては妙なので、そこには敢えて触れずに、余剰分の魚をおばちゃんにプレゼントする。


「魚? こんなに貰っちゃって良いのかい?」

「ええ、食べきれませんし。色々教えてくれたお礼です」

「ちょっと貰いすぎだね……そうだ、うちで好きなだけ蒸してあげるから持ってお行きよ。魔法の旅行鞄、あるんだろ?」

「この魚の蒸し料理、3人前」


 躊躇いもなくヤマメに似た魚を指差すクロエ。


「あいよー、お嬢様の他は良いのかい? 小さいのもうまいよ?」

「なら俺は、そっちの小さいのを貰おうかな。味付けはお任せで」


 20センチほどのヤマメに似た魚がメインのようだが、10センチほどの小型の魚も食べられるようなので、レンはそちらをリクエストしてみる。


「あいよー、こいつは、開いてエラと内臓を取って少し蒸したのを揚げると旨いんだよ。油が必要だから、ちょっとお高いけどね。味付けは塩と香草かね。揚げたのに甘酢をかけたりと、食べ方は色々だね」

「へぇ、揚げ物もやってるんですか。鉄の鍋がないと大変ですよね」


 土鍋はその表面から液体を吸収する性質がある。

 だから日本では、長く使ったスッポン鍋用の土鍋を使うと、米と水を入れるだけで鍋から出汁が出て、雑炊が作れるなどと言われている。

 そして、油も液体である。

 それが染み込んだ土鍋を加熱すれば、下手をすると炎上、爆散の危険性すらある。

 さすがに、長く土鍋と付き合っているだけあって、おばちゃんはレンの言葉の意味を正確に読み取った。


「確かに土鍋で揚げ物は無理だけどね。青銅の鍋だってあるんだから問題ないさ」

「まあ、それは確かにそうですね。しかし揚げ物か……あれ? 油は何を使ってるんですか?」

「あー、まあ残念だけど、ラードがメインだね。ちょっと癖が強いのが欠点かね。植物油の方が美味しいんだけど、滅多に手に入らないからねぇ」


 この世界で酒が貴重であるのとほぼ同じ理由で、植物油もそれなりに高価な品だった。

 加えて植物油は錬金術の素材としても利用されるため、生産量の大半はそちらに流れ、食用に回ることは皆無ではないが多くはない。


「なるほど。ならこれを使って貰えますか? 菜種から採取した油です。俺は錬金術師だから、素材として確保した分があるんですよ」

「へぇ……使い終わった油は?」

「差し上げます。料理に使った油では、錬金術には使えないでしょうから」

「そりゃありがたい。お礼だ。ただで好きなだけ食べてお行き。それじゃ少しばかりまっとくれ。油を温めるのにすこーし時間が必要なんだ」

「ああ、それじゃ、魔法で温度を調整しましょう。少し熱いくらいでもいいですか?」

「はぁ、錬金術師ってのは色々できるんだねぇ。まあ冷めてちゃ話にならないから、火がつかない程度に熱くしとくれるかい?」


 レンは温度調整で、油温を揚げ物に適した温度にしてやる。

 目の前で鍋の油が煮えたぎるのをみて、おばちゃんは楽しそうに笑った。


「よし、これならすぐに出来るから待ってておくれ。ああ、揚げ立ては熱いから、お嬢様に食べさせるなら注意しとくれよ?」

「分かりました。気を付けます」


 小魚を揚げる場合、日本では蒸さず、小麦粉などを軽く付けて揚げることが多い。

 その方が新鮮さが楽しめる、香りが良いなど、様々な理由があるが、この世界では事前に蒸すのがよいとされている。

 腕の良い料理人ならその心配は少ないが、屋台など、腕前を保証するものがない店では、味よりも安全を優先するため、蒸すのが一般化しているのだ。

 生野菜を食べないのと同じで、安価なポーションが流通しているならともかく、そうでないなら危険は冒せないということなのだ。


 蒸した魚を二人分、ポーチにしまい、クロエはできたての魚に背中からかぶりつく。

 干した香草を粉にして、塩と混ぜた、この店オリジナルの調味料は、蒸すことで魚の旨味と混じり合い、香りと味覚の両方からクロエを楽しませる。

 目を細めてあむあむと味わうクロエに、おばちゃんも嬉しそうだ。


「うまいだろ? 魚が手に入ったときだけのご馳走さね」


 普通の揚げ物よりも賑やかに油が弾ける音を立てつつ、おばちゃんは小さな魚を丁寧に揚げていく。

 そして、ほどなくしてレンの頼んだ小魚の揚げ物も完成した。

 草を編んで作った網の袋に入ったそれをみて、レンは首を傾げる。


「あれ? 随分と多くない?」

「ああ、魚と油のお礼も兼ねてさ、あとで、護衛のみんなにもわけてあげな」

「ありがとうございます……あちっ」


 受け取った小魚をひとつ口に運んだレンは、あまりの熱さに驚く。


「蒸したてを揚げてるからね、中まできっちり熱いさ」

「ですね……いやしかしこれは美味しい」

「レンレン、私にも」


 レンの袖を引き、分けろとアピールするクロエに、レンは熱いから気をつけろと注意して袋を差し出す。

 ポーチから取り出した小さなピックを使ってクロエは一匹を口に運ぶ。


「……うん……おいひい」

「口を空にしてから喋ろうな」


 アグアグと咀嚼し、ゆっくりと飲み込んだクロエは


「おいしい」


 と言い直し、もう一匹と手を伸ばす。


「ここではここまでな。一旦宿に戻って護衛のみんなで食べよう」


 レンは不満そうなクロエの視線を躱しつつ魚をポーチにしまうと、おばちゃんに


「おいしかったです、ごちそうさまです」


 と、声を掛けて屋台を後にした。

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