第111話 海への道のり――炎石とレシピ

「貴様は何か知らんのか?」


 フランチェスカに床に転がされたウーゴにラウロが尋ねると、ウーゴは知らないと首を横に振る。


「あ、でもそういえば、この家は英雄の時代に作られたもので、土台や基礎はギルドの建物と同じ材質だとか聞いたことがある……かな?」

「英雄の時代に作られた土台? なるほど、ストーンブロックというものか。土台が妙に新しく見えたのはだからか」


 ウーゴの答えに、ラウロは納得顔で頷く。

 続いてフランチェスカがウーゴに問う。


「先ほどの魔力の流れについては?」

「いや、知らない。あんなの初めてだよ。何だよ、チェストに本を入れるとか、今までだって普通にやってたのに」

「冊数と、開けてから閉めるまでの時間、とか? もしくは神託の巫女である必要がある?」


 自信なさげにクロエが首を傾げる。

 が、前半部だけでもキーになっているのであれば、滅多なことでは偶然は起きないのは確かである。


「それでクロエ様、私は下に降りるべきでしょうか?」


 フランチェスカに聞かれ、クロエは頷いた。


「うん。でも慎重に。神託であるなら、道が開かれた意味があるはず」

「承知しました」


 幾つかの大きな瓦礫を取り除き、宙に舞った漆喰の粉を吸い込まないように手拭いをマスク代わりにしたフランチェスカは、ポーチから魔石ランタンと細紐を取り出し、紐の先に結んだランタンをゆっくりと穴の底に降ろして行く。


「ランタンが着地……特に反応はなし……と、ええと、ジェラルディーナ殿、悪いがこちらのナイフの鞘で穴の底を照らしてくれるか?」

「……それは構わないが。いきなり降りてしまっても大丈夫なのか?」

「……大丈夫と言い切れはしないが、常の私ならそうする。ならばここは常と同じ行動を取らねばならぬ。それが神託だ」

「? 良く分からないが分かった。幸運を」

「感謝と祈りを」


 フランチェスカはそう言って、穴の壁に掘られた手がかり足がかりを頼りに地下に降りていく。

 穴の深さは3m。そして側面に通路がある。

 通路の高さは2mほどで、だからほんの1mも降りれば、フランチェスカの足は通路の奥から見えることになる。


 慎重に穴を降り、通路の天井の高さまで降りたフランチェスカは、思い切って足を通路の天井よりも低い位置に降ろす。しかし、特に反応はない。

 そのまま降りて、通路の先が見えるようになると、通路は2mほど続き、その先にには上にあったのと同じようなチェストがひとつだけ置かれていた。


「ふむ。ジェラルディーナ殿。すまんがそのナイフを鞘ごとこっちに落としてくれ」

「分かった」


 まっすぐに落ちてきたナイフをつかみ取り、フランチェスカはランタンとナイフの鞘懐中電灯で通路を照らし出す。

 とは言え、長さ2mの通路では何かが潜むような場所もない。

 隠れる場所があるとすればチェストの中くらいのものだが、チェストのサイズから、中に入れるのはカルタの村で見た柴犬程度の大きさだ。


 フランチェスカは見たままを言葉にする。

 それを聞いた一同は安堵の息を漏らす。


「ではこれよりチェストを開く」


 ランタンを置き、ポーチから棒を取り出したフランチェスカは、棒を使ってチェストの蓋を押し上げようとする。

 

「開かないな……ああ、チェストの側面に小さなレバーがある……これが鍵になってるのか?」


 フランチェスカはチェスト側面から出ているレバーを棒で軽く押す。

 レバーは、最初だけ軽い抵抗があったが、すぐに下がる。レバーが下がると同時に、チェストからカチャリという音がして、チェストの蓋が少し浮く。


「開いたみたいだ。これから棒で蓋を大きく開く」


 行動を一々声に出して伝えつつ、フランチェスカは蓋を大きく開いた。


「開いた。中には何も見えない。触れて見る……ああ、やっぱり。これは魔法のチェストだ……中身は色々な素材? ガラクタもあるようだし、まったく整理がされていないが」


 フランチェスカの言葉を聞き、ラウロが顔を顰める。


「これだけ手間を掛けた隠しチェストにガラクタ? どういうことだ」


 ここにレンかライカがいれば、中身の確認ができたかも知れないが、今いるメンバーでは、貴重な素材とガラクタの区別はつかなかった。


「ウーゴと言ったか? この隠しチェストはお前の師匠のものだな?」

「ええと……隠しチェストを師匠が知ってたかどうかはともかく、この家の権利は師匠のものだったはず」

「エミリア」


 クロエはエミリアを呼ぶと、長椅子に座って目を閉じる。

 そして、1分に満たない時間の後、目を開いた。


「レンを呼んだ。チェストの中身には手を触れるなと言ってた」


 クロエはそう言って天井を見上げた。


「ライカも一緒だから、早い」


 ゴウッとひときわ大きな風の音が鳴ると、庭に繋がる掃出しの窓を開いてレンが現れた。


「なるほど」


 室内の様子――本棚とチェスト、壊れた壁とその下に続く穴――を見て、レンは納得顔で頷いた。


「いや、いきなり、私まで連れて空を飛んで……納得するのは結構だが、説明をしてはもらえんかの?」


 掃出しの窓から、ライカに支えられ、初老のドワーフの男性が現れた。


「師匠」

「ウーゴか……何だか偉いことになっておるの。壁を壊したのか?」

「壊したのはそっちの神……神殿の連中。俺は被害者」

「ふむ……ああ、なるほど。これがそうだったのか」

「師匠は知ってたんですか?」

「おお、ワシの父から、この建物には秘密があるのだと聞かされて育ったからの。しかし、使い方や、何が隠されているのかまでは知らんかった。まさかこの壁にこんな仕掛けがあったとは……ウーゴ、どうやって起動した?」


 ウーゴとその師匠が話し始めるのに興味を惹かれつつも、レンは地下におり、狭い通路でフランチェスカと場所を交代する。


「あー、やっぱりこのタイプか……てことは、上のチェストが家の基礎に直結してるのか……家の基礎に論理回路の魔法陣を仕込んであって、魔力供給はアイテムボックスと同じ方式か? 通路に瓦礫が少なかったから、多分、ストーンブロックを移動させる方法で入り口を隠していたんだろうけど……魔法陣は……これかな? うん、蓋を開けると短い信号が出て、それが回路で遅延して戻ってくるまで? それと本3冊だけ増えてる状態で蓋をするっていうアンド条件を満たした時だけ壁に仕込まれた開閉装置が作動するのか」


 魔力感知と魔力操作で、家の基礎に隠された論理回路を見付け、微量の魔力を通して魔法陣全体の仕掛けを調べつつも、レンはチェストの中身の確認も行っていた。


(大半は中級向けの錬金術の素材……でも、幾つかは知らない素材も混じっているな……炎石? はて、どこかで聞いたけど)


レンご主人様! 私も降りても良いでしょうか?」

「ああ、構わないぞ。それとドワーフの爺さんも呼んでくれ!」


 ライカの声にレンがそう返すと、すぐにふたりが降りてきた。


「ふむ。こんな仕組みが埋まっておったのか……」

「グラートさん。この仕掛けはいつからここに?」

「儂が生まれる前からあったと聞いておる。仕掛けを作ったのは、儂の親父を拾った流浪の英雄、ニー・ベルンじゃ」

「なるほど……英雄の時代の仕掛けか。しかもベルンさんか」

レンご主人様、何か分かったのですか?」

「いや、この隠し部屋の仕掛けって英雄の間では割と有名でね。似たようなのをみんな、自分の拠点に作ってたんだけど、それを最初に広めたのがベルンさんってヒトなんだ」

「レンさんは、この仕掛けをもう読み解いたのか。さすが長寿なエルフは物知りだのう」

「読み解いたというか、俺も昔作ったことがあるだけだから」


 比較的簡単に作れる隠し部屋として、拠点に似たものを作るプレイヤーが続出したのを思い出し、レンは苦笑を浮かべた。


レンご主人様、黄昏商会の金庫はもしかして?」

「ああ、これの応用版だな。複数の小箱を使うようにしている点が違うが」

「それで、チェストには何があったのじゃろうか?」

「ああ、見てください。大半は中級の錬金素材です」


 レンが場所を空けると、グラートはチェストの中を確認する。

 乾燥させた薬草の粉の入った瓶を取り出し、グラートはまじまじとそれを確認する。


「劣化もせずにか? 英雄の時代の品とはとても思えぬが」

「時間遅延に特化したアイテムボックスなんですよ、きっと」

「ふむ……贅沢な話じゃな」


 チェストの中身を確認したグラートは、一枚の紙を取り出した。


「なるほど……これはニー・ベルンから親父への贈り物だったのか……必要になったら使うようにと書いてある」

「グラートさんのお父さんは中級の錬金術師だったのですね?」

「そうだ。だが、英雄たちが消えた後、これは使わずに保管していたようだ」

「……ところで、炎石とかいうのがありますが、これは?」

「いや。初めて聞く……メモには……ああ、あるが……意味不明だな」

「見せて貰っても?」

「構わんぞ。何か分かったら教えてくれ」


 レンは、グラートから渡されたメモに目を走らせた。

 そこにはニー・ベルンからの短い文章が記載されていた。


『……というわけで、全てのプレイヤーはこの世界を去る。このチェストの中身は好きに使うと良い。などと感傷に浸ってメモを残すが、プレイヤーがいない世界では意味はないのだろう。残念ながら、これから2年はゲームどころではないので、運営から次の世界に移るためにと貰った諸々をここに入れておく。各種炎石とこのレシピがあり、何らかの職業が上級になっていれば、キャラのリメイクを行うための巻物スクロールを作れる。必要条件はどれでも構わないので職業が上級であることだ。次の世界にNPCを引き継ぐ際にも使えるそうなので、生き飽きることがあれば使って見ると良い』

「……で、各種炎石……群青、黄昏、赤月、闇夜、白銀があって、レシピはこれか……ライカ、前に炎石がどうこう言ってたよな? 黄昏商会にも炎石はあるんだっけか?」

「はい。ここにあるものは一通りは」

「よし。グラートさん、ちょっとこの本を読ませて貰います」

「しかし、上級でなければならぬと書いてあるが?」

「俺はこれでも錬金術師の上級です……それでは」


 レンは全員に向き合うような位置に立ち、間違って本の内容を他の誰かに読ませないように、顔の真正面で本を開く。

 最初の数ページを読むと、後は自動的に知識が頭の中に入ってくる。


「なるほど……リメイクの巻物スクロールか……こんなのが必要になるってことは、次の世界は完全な異世界なんだろうな……」

「ひとりで納得していないで説明をして貰えんかの?」

「えーと……まず、このレシピは、英雄専用の巻物スクロールの作り方です。英雄はこの世界を去り、別の世界に移りました」

「……神々の世界のようなものかの?」

「まあ、そんな感じです。確かにあるのだけど、目に見えず感じられない別の世界です。で、英雄達が別の世界に行くにあたって、生まれ変わるみたいな変化が可能で、それを実現するための巻物スクロールの作り方が書いてあったんです」

「それは……また、過酷な話じゃの……生まれ変わってしまったら、友も家族も見分けがつかないだろうに」

「多くの英雄にとって、それは問題にはならないのです……でも、ベルンさんは、何かの理由があって次の世界に移ることが出来ず、最後までこの世界で楽しむことを選択して、色々と遺したみたいです」


 レンは、ゲームのことには極力触れないようにしつつ、ニー・ベルンが何をしたのかをグラートに伝えた。

 意味不明な言葉も多く、グラートが理解に苦しむ面もあったが、それでもグラートは最後には嬉しそうに笑顔を見せた。


「なるほど。俺はずっと、ニー・ベルンってのに親父は捨てられたんだと思ってたんだが、そういうわけじゃなかったのか」

「まあ、こんな仕掛けを施した拠点を譲るくらいですから、大切にしていたんじゃないかと思いますよ」

「うん。それが分かっただけでも大きな収穫だ。儂も精進して上級にならんといかんな」

「まあ、英雄以外が使ったらどうなるのか正直分かりませんけど……」

「ドワーフはエルフよりも寿命が短いんだから、そうそう生き飽きたりはせんよ。生まれ変わるということは死ぬということだからな。恐らく巻物スクロールが完成しても儂は使わんと思うぞ」


 グラートの言葉に、まだ時間感覚はヒトだった頃と変らないレンは頷いた。


「なら良いですけど……グラートさんは中級錬金術師ですから、もしかしたら、近いうちに王立オラクル職業育成学園から上級へ上がるかの打診があるかもしれませんね」

「ならば、巻物スクロールのことはその時に考えよう」


 レン達が上に上がると、珍しく、ラウロが困ったような表情をしていた。


「どうかしましたか?」

「いや、レン殿とこの街の錬金術師が現場を離れてしまっては、工事がどれだけ遅延しているのかと心配でな? レベッカとファビオがいれば、そうそう魔物に遅れは取らぬだろうが、工事に関しては何も知らぬだろうから」

「ああ……ええと、道と安全地帯は一応完成しています。土魔法で根っこからひっくり返して地面の高さを整えただけですけど、幅4mにわたって木々を排除して、川まで行けるようにしました。川沿いに避難小屋を含む安全地帯を作るのは、安全地帯までは作成していますので、今からちょっと完成させてきます……グラートさん、戻りましょう。ライカ、頼む」


 掃出しの窓から外に出たレンは、グラート、ライカに声を掛け、空に舞い上がった。


 そして、その2時間後、戻ってきたファビオとレベッカからの報告を聞き、ラウロは半ば呆れつつも、なるほど、王家が重用するわけだと得心するのであった。

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