第98話 レンは異常
レンにとっては、前に一度来た村である。
だが、クロエはレンとライカを案内するのだと張り切って、レンが借りている部屋にやってきた。
「案内って……この前来てるから、そんなに見るところはないんじゃないのか?」
「レンが見たのは結界杭と聖堂内の応接室。それにこっちの村だけ。聖堂の宝物庫なんかはまだ見せてない。不思議な部屋も多い」
「お姉様。さすがに宝物庫を勝手に見せるのは不味いのでは?」
「レンはソレイル様から、自由に生きることを許されている。ならば、レンの前に閉ざされる扉があってはならない」
「……クロエさん? 規則があるのなら、積極的にそれを破っていきたいとは思わないんだけど」
それは色々と軋轢を生む。
必要であるなら、
「これ。前にレンに話した魔道具」
護衛に運ばせた、ミカン箱ほどの木箱に入ったままのそれを、クロエはレンに渡そうとする。
「ええと……魔力を魔石に充填するってヤツだっけ? まずは、あっちの部屋のテーブルで説明をしてもらってもいいかな」
レン達が借りた家は、入ってすぐの場所に応接間のように使える共有スペースがあるので、レンはそちらを指差した。
ちなみに、ジェラルディーナとレベッカは神官の住む寮のような場所の庭に天幕を張っており、この家はラウロとファビオとレンとライカの4人が使っていた。
一人一部屋でそこそこ広くはあるのだが、クロエとマリー、神殿の護衛とジェラルディーナの合計4名を入れるとさすがにキツそうだったのだ。
「……わかった。ダヴィデ、あっちに持って行って箱から出して組み立てて」
「……了」
短くそう答えると、ダヴィデと呼ばれた男性は音も立てずにクロエからの指示に従う。
取り出されたのは、黒っぽい箱と大きな黒い板。拳ほどの大きさの水晶玉が4つ。
板の中央に箱を乗せ、板の四隅の窪みに水晶を乗せる。
説明書らしきものを見つつ、配置に間違いがないことを確認したダヴィデはレンに向かって頷き、紙を差し出した。
出来たらしい、と判断したレンは、ダヴィデから紙を受け取って目を通す。
「板は鋼、表面に
「基幹部分は迷宮産と聞いた」
レンは水晶を持ち上げてみた。水晶が乗っていた窪みには小さな魔法陣と、それらを繋ぐ
魔法陣を使っている点がやや異なるが、魔法陣を抵抗やコンデンサ、ダイオードやトランジスタの類いと考え、線は導線であると考えると、基盤や回路のようなものと言えなくもない。レンは魔法陣のつながり方を指で辿って読み解こうとする。
「水晶との接点はここで、こっちのは同期回路か……どうやって魔力を魔石に集めてるんだ?」
ダヴィデから受け取った紙には、使い方は書いてあるが、なぜそれで動くのかという理論については記述されていなかった。
「試してみてもいいか?」
「……確か空の魔石が必要。あるなら試してもいいけど、危ないから使い方をよく読んでから」
「お姉様の仰るとおりですわ。普及型ならともかく、実験用の魔道具では、どんな危険があるかも分かりませんもの」
「へぇ、マリーさんは魔道具に詳しいんだね?」
「これくらい、神殿の巫女なら常識ですわ」
等と答えるマリーだが、嘘である。
この世界では、量産型の魔道具に触れる機会はあっても、試作品に触れたことがある者は極めて少ない。
少し前までは、この世界の大半の魔道具作成者にとってすら、魔道具とは基本、過去のレシピに従って作る物だったのだ。
実験用の魔道具という考えが出てくるだけでも先進的なのだ。
そして、マリーの言うように実験用の試作品であれば、十分な安全弁が不足している可能性もある。
マリーが実験用の魔道具について知っていたのは、過去に神殿に収められた様々な品について調べるようにクロエからの指示があったからだった。
もちろん、大きな被害が出るような品を奉納するような者はいなかったが、それでも暴走して、煙を吐いて動作停止するという事例もあったのだ。
レンは紙に書かれた内容を熟読し、眉根を指で揉み、再度内容を熟読した。
「これ……実績はあるのか?」
「神殿の倉庫に収めてる以上、一回は使ったはず……何かおかしい?」
「んー……おかしいというか」
レンは、板の上に置かれた黒い箱を持ち上げ、ひっくり返して裏面を確認する。
箱と板には深さ5ミリほどの不規則な凹凸模様があり、それが噛み合うようにおくことで、板の上の
箱を横に置いたレンは、板の上の水晶をどけて、水晶の下の
「なるほど……水晶で流れを整えて、
レンは箱を持ち上げ、その裏面の凹凸模様の中に埋まった
「箱の内部側面が発振して、それが魔力を断続的に魔石に送りこむわけだ……うまいこと考えたな……けど、バランスが悪すぎる。うん……無駄だらけだけど、だから事故が起きてないのかな」
「何か分かりましたの?」
「うん……まずこれは凄い発明だと思う。多分、少し改良すれば黄色の魔石にも魔力を入れられる可能性もあるし、昇圧の量から考えたら、研究を進めれば赤でも1割くらいまで行けるんじゃないかな」
マリーが驚きのあまり固まった。
充電池であれば、1割しか充電出来ないならゴミ扱いだが、魔石となると話は変る。
魔石の場合、魔力が1割も残っていれば、8割の力を発揮する。残り1割というのは、単に使える時間が短いだけで、性能劣化はあまりないのだ。
魔石の性能差は、単純に時間当りに放出可能な魔力量だ。そして、魔力には常に並列に流れる。直列という概念はない。とされている。
だから、複数の緑の魔石を集めても黄色の魔石の代替とはできない。劣化した結界杭が黄色の魔石でしか動かなくなっていたのはそれが理由だ。
黄色の魔石はもちろん、赤の魔石に1割補充できるなら、それを10も集めれば、それだけで赤の魔石1個に相当する。
代わりになる物がない赤の魔石の代替品である。
それがどれだけの価値を生むか、マリーには見当も付かなかった。
「その……ちらっと見ただけでそんなことが分かる物ですの? 英雄の時代にもなかった品なのですわよね?」
間違いじゃないのか、というマリーにクロエはややふくれっ面をする。
「マリーは失礼」
「ごごごごめんなさい! お姉様!」
「謝る先が違う」
「いや、構わないよ。マリーさんの疑問も当然だしね。俺は確かにこの魔道具については知らない。単に英雄の時代の魔石やなんかの研究は、素材を自由に使える分、今よりもずっと活発に行われていて、その中に幾つか関係しそうな知識があったってだけだから」
「でも、英雄の皆さんが自由に研究をしていたのに、魔力を充填する方法の発明には至っていなかったわけですわよね? それほど難しいことを、英雄ではない普通の人が為したというのも信じがたいのですけれど」
「んー、英雄は必要なら魔石を自分で取ってこられるからね。だから使い終わった魔石の再利用という方向の研究はほとんどされてないんだ。緑の魔石を黄色にする方法、なんかは研究されていて、俺が知っているのはそっち系統だね。緑の魔石に大量の魔力を入れたら黄色の魔石にならないか、みたいなね。まあ、少し入れただけで割れてたそうだから、充填は無理だと思っていたんだけど……これは、充填という部分はうまくクリアしているみたいだ……入れすぎたら爆発するかもだけど」
爆発と聞き、マリーはクロエを抱きしめて、魔道具から距離を取らせた。
「まあ、細かく刻んで充填する仕組みになっていて、一気に入れることは出来ない構造だから、爆発させられる人は限られるだろうけどね……それよりも、これ、設計に無駄な部分があるんだよね」
「初めて見た魔道具の無駄が分りますの?」
「ん、似たものを知ってたからね。理屈は理解出来るし、無駄があることも分かる。これに使われている迷宮産の部品が入手できるなら、新しい物を作れると思うんだけど」
「……迷宮の部品? がない場合、その魔道具を改造することはできる?」
クロエの質問に、レンは頷き掛け、それから困ったような表情を見せた。
「出来るかどうかなら出来る……けど、魔力の櫃なんて、今、手に入るのか? 入らないなら量産できないから、改造する意味はないと思うんだが」
「0と1は1つしか違わないけど、あるかないかは大きな違いだって学園で習った」
「それは真理だと思うけど……クロエさんはこれを改造して欲しいのかな?」
レンが聞くと、クロエは少し考えてから頷いた。
「部品があるかどうかはこれから確認する。でも、あった時にすぐに作れるように、改良版は作っておくべき」
「まあ、クロエさんがそう言うならやってみるけど……これの作者に話をせずにやってしまってもいいのか?」
「……マリー?」
「はい、ええと……ありましたわ。こちらの品が作成されたのは200年ほど前ですわ。作成者はヒトですから、もう亡くなられていますわね」
古い台帳の記載を確認し、マリーはそう答える。
その台帳を覗き込み、クロエが首を傾げていた。
「クロエさん、何か気になることでもあった?」
「……これ。ここ」
クロエが指差している箇所には、この魔道具の設計に関する全ての権利が、神殿に捧げられている旨が記載されていた。
(権利とか、ちゃんとそういう意識があるんだ?)
「レン。これなら問題ない。改造をお願い。あと、迷宮の部品、名前があるなら教えて」
「迷宮の部品じゃなく、迷宮産の部品な。バラされてて元の形は分からないけど、機能から考えると、多分、当時の通称で魔力爆弾――正式名称は魔力の櫃だね」
魔力の櫃は、本来は宝箱型の魔道具で、魔力を注ぐことで相当量の魔力を蓄積することができる品である。
ただし、魔力を取り出すのは一回限り、かつほぼ一瞬なので、大量に蓄積しても術者の魔力制御の限界を超える部分は暴走する。
その暴走のエフェクトがあまりにも派手だったことから、プレイヤー達はこれを魔力爆弾と呼んでいた。
「魔力を整えて流す魔法陣と、その際に魔力の圧力を高める魔法陣が流用されてると思うんだ。魔石に入れる仕組みは多分新たに設計したんだろうね」
「レンは作れないの?」
「魔力の櫃をかい? ……出来るか出来ないかで言えば出来るけど、条件を整えられないから無理だね」
『碧の迷宮』に存在する武器、防具、魔道具にポーションなど、これらはほぼ全て作れる。
迷宮産の品は普通の方法では作れないが、裏を返せば普通ではない方法であれば作ることもできる。
レシピさえ手に入れれば、あとは特殊な素材があれば良い。
そして、最も特殊な素材が、課金アイテムの生産者チケットだった。作る物によって必要枚数が変化するが、これとレシピがあればクエストのキーアイテムですら作成可能となるのだ。これの代替品として、迷宮で稀に入手できる、迷宮の精髄というアイテムを大量に集めて使う方法もあるが、こちらは入手回数が増えるほどドロップ率が低下するため、この方法でそれなりのものを作ろうと思ったら、大勢の協力が必要になる。
だが、現在では、運営との連絡方法がなくなっており、課金アイテムを入手できる見込みはないため、迷宮の精髄以外に迷宮の品を作る方法はない。
「条件ですの? 神殿の総力をあげれば……」
「いや、俺と同じ、英雄の時代の人間が5人くらいは必要だね……いや、当時でもそれだから、英雄の力が制限されてるかもしれない今だと、もっと必要か」
「え、あなたの能力は制限されてるの?」
「んー、戦闘能力や物作りの能力は当時とほぼ同じっぽいけどね、それでも、細かい部分に、制限もあるんだ。具体的には秘密だけどね」
かつての英雄達にとっては死は完全な終焉ではなく、一時のペナルティでしかなかったが、今は分からない。
それを言ってしまうのはあまりよくないだろうと判断したレンは、そう答えるに留めるのだった。
爆発すると危険だからと作業場所として空けて貰った倉庫の一角で、レンは魔道具を魔力感知と錬金魔法の錬成で弄り始めた。
レンが行おうとしている改造は、魔石に断続的に魔力を注ぎ込む部分の無駄の排除である。
箱内部には単純な魔法陣が組まれており、外部から魔力が流れてきたら、一定周波数で魔力を箱の内部に集約して照射するという構造になっていた。
スプリンクラーのように回転する水栓があって、そこから魔力が箱の中に入る仕組み、とでも考えればその機能を概ね説明していることになる。
そして、無駄な部分というのは、箱の中に照射しない場合の魔力が垂れ流しになる点である。
スプリンクラーで言うなら、箱の外に向けても水を出すようになってしまっている、ということだ。
外部に向かう場合は集約されないので、漏れた魔力が即座に害となることはないが、魔力の5割以上が無駄になっているのだ。
「クロエさん。改造の方針はどうする?」
「方針?」
「無駄に垂れ流される魔力で、別の緑の魔石を充填することもできるけど。黄色も扱えるようにしてみる? 長期的には複数の緑の魔石が正解だけど」
「……お姉様、私から意見がありますの」
「ん。言う」
「実験としてなら、黄色もやってみるべきですが、今それを公表するのは反感を買う恐れがありますわ」
反感? とレンは首を傾げてクロエを見る。
視線を向けられたクロエも、分からないと首を横に振る。
「人間がここまで減った理由の大きな部分が黄色の魔石入手に遠因がありますわ。それが作り出せないから、皆は命がけでそれを手に入れようとしてきました。ですがそれが作れるようになったとなれば、遺族の皆さんがなんと思うでしょうか?」
「……なるほど。それがもっと早くにあれば、大切な人は死なずに済んだのに、か? ……いや、逆恨みにもなってないぞ?」
「ええ。ですが、あなたも私の言葉からそういう感情を予想しましたわよね? それほど分かりやすい感情の動きということですわ。そして人間にはまだ、そんな感情を抱き合っていられるような余裕はありませんもの。特に王や、神の権威に疑問や反感を持たれるようなことがあってはなりませんわ」
「なるほど……それなら複数の緑の魔石に充填できる方向で考えてみるよ……基本は同じような筐を二つ作って、交互に魔力をそれに注ぐようにするだけだから……鉄の箱を土魔法で錬成して……」
レンはポーチから鉄と
「錬金魔法の錬成で
鉄のインゴットがぐにゃりと変形して箱を形作る。
そして、その表面の溝の中に、
「箱の内部に照射された魔力の内、魔石から外れた分が計測されたら、余剰分を利用して集約の精度をあげる仕組みを追加して……」
内部の
「魔石に魔力を集約する部分は同じ仕組みをコピーして……」
新しい箱の機能試験を行い、問題箇所を修正し、それを元々の箱にもコピーする。
そして、箱の台座となる板に凹凸を追加し、新しい箱の底を、その凹凸に合わせて変形させる。
「台の上にふたつ目の箱を置けるようにしてやって……ついでだから、箱の下と側面は強化して、何かあった時の為に、箱の蓋の部分が圧力弁になるようにして……と」
箱の蓋部分の
目の前であっという間に魔道具の形が変っていく。何をしているのかは理解出来ないマリーにも、それだけは理解出来た。
「……すごい……ですわね」
思わずそう漏らすマリーに、半ば趣味のように錬金術を学んだことで、レンがやっていることの意味は漠然と理解出来るようになったクロエは頷いた。
「そう。レンはすごい」
「いや、これって、昔作ったことのある魔法陣の組み合わせだから簡単にできてるだけ。即興で新造してるわけじゃないからね」
「新造じゃないから簡単って言えることが異常……ですわよね?」
「そう。レンは異常」
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