第97話 海への道のり――聖堂
ミーロの街は前回一泊したため今回はスルーして、そのままモンレールの村に向かう。
前回は結界杭の整備のためだけに短時間滞在した村だが、それでもクロエとエミリア、フランチェスカの顔を覚えている村人は多く、フランチェスカが村長に一休みさせて貰うと告げに行くと、ここでも何かトラブルがあったのかと心配をされることとなった。
ミーロの街をスルーした分だけ馬たちも疲労気味なので、馬を休ませつつ、食事とトイレ休憩である。
食事はすべて自前の物があるので、提供は不要と言いはしたが、村人達は様々な物資を村長宅に運び込み、最終的にそれらはレン達の馬車に備え付けられたアイテムボックスに保管されることとなった。
「聖域への寄進ならともかく、神官や巫女がもらうだけなのはダメ」
とクロエが主張したため、取りあえず無意味に放り込んできた様々な物資から、比較的調達が簡単で、保管がやや面倒な物をエミリアとフランチェスカは提供することにした。
つまり。
「大したものがなくて恐縮だが、これを受け取って欲しい」
ふたりが返礼に選んだのは、クロエのために買い集めた食材の一部と、もしもの時のための丸太だった。
「これを用意したのはオラクルの村の暁商会。あそこにいるエルフの店だ。聖域とも神託の巫女様とも無関係な薪用の丸太ではあるが、これを受け取って貰えるだろうか?」
「え? あ、はい……ああ、しかしこれは、中までしっかりと詰まっていて、燃やしてしまうのが勿体ないような見事な丸太ですな」
「うむ。まあ確かに中まで詰まっているから着火には手間が掛かるだろうが、火持ちはよいと思う……燃えやすい針葉樹の方がよければ、そちらをお渡ししようか?」
含まれる油の量などでも変るため、全てがそうとは限らないが、堅くて重い木は火が付きにくい。
一般的には針葉樹は火が付きやすく、育つのに時間が掛かる広葉樹は、年輪の目が詰まっていて火が付きにくい。などとも言われている。
そして、ひとたびしっかりと火が付けば、針葉樹はあっという間に燃え尽きるが、広葉樹は比較的長い時間をかけて燃える。
エミリア達には長持ちする方が良い燃料であるという感覚があるため、良い方を渡したつもりだったが、点火までの手間を嫌うなら、火が付きやすい木もあると慌てて言うと、村長は首を横に振った。
「いえいえ。これだけ堅い木です。折角ですので皆で記念になるような何かを作ってみようかと思いますので」
「ああ、彫刻などには良いかもしれないか。薪割りもしていこうかと思ったのだが、そうなると不要か?」
「ええ。折角ですので小分けにして皆に何か作らせてみようかと」
「……一応言っておくが、これは薪用の木材を買ってきただけの品だ。時間が立てば虫に食われてしまうだろうから、そうなる前に燃やすなり加工するなりするのだぞ?」
「ええ。承知しました」
人間と馬の休憩のため、2時間ほど村に滞在した後、馬車はモンレールの村を後にする。
「……先ほどのはあれで大丈夫だったでしょうか?」
馬車が動き始め、村から少し離れたところでエミリアと馭者を交代したフランチェスカがそう呟いた。
フランチェスカの正面に座るレンはフランチェスカの隣に座るライカと顔を見合わせ、ライカが口を開いた。
「大丈夫というのは、彼らがきちんと食料と木材を消費してくれるのかという事ですわね?」
「ええ。あくまでも渡したのは護衛である私たちで、入手先は聖域とも聖堂とも無関係な暁商会とさせていただきましたし、仕入れはレン殿達とさせて頂きましたので、大丈夫だとは思うのですが」
「正直、エルフである私たちには、ヒト種の信仰の篤さの程度が理解出来ませんので……あれがオラクルの村でのことなら、普通に消費されるのでは、としか」
エルフにも信仰はある。
しかし、かつて一部のエルフがリュンヌを魔王に仕立てた過去があるため、現代におけるエルフの信仰はやや歪んだ物となっていた。
具体的には、職業の恩恵と新しい子が誕生したときの祝福、死した者の平安以外を神に望むことは滅多にしなくなったのだ。
それだけ罪深いことをしたというのが年配のエルフ達の意識であり、だから、もしもエルフの中にクロエのような存在がいたとしても、そうした存在を齎した神に感謝こそするが、ヒトのようにその存在を尊ぶことはないだろう、というのがライカの感覚だった。
ただ、そうは言ってもライカが生きた年月の大半はヒトと共にあり、ある程度はその在り方を理解しているつもりだった。
しかし、神託の巫女という存在のそばからヒト種の信仰を見る機会を得て、エルフとの違いの大きさに驚いてもいた。
「……私の知るヒトであれば、中々手を付けないのではと思いますが、同時に、だからと言って食料を無駄にするような事はないと思いますわ。材木は、それこそ皆で分けて、神の像を造ったり……もしかしたらクロエ様の像が出来たりするかもしれませんわね」
「……像はいらない……先代巫女のイレーネも像を造られたと言っていたけど、像は歳を取らないから、今の姿と見比べられるのが嫌だとか」
「ヒトの見た目は年齢でかなり変化しますけれど、そういう風に感じるものなのですね。私は、レイラを産んだ辺りから見た目の変化はあまりないから、よく分からない感覚ですわ」
「……エルフにも老人はいるし、寿命もあると聞く。いずれ年老いていくのは同じなのではないの?」
クロエの問いに、ライカは困惑したような笑みを浮かべた。
「ええ、同じです。それが自然の摂理ですもの。冬になれば古い葉は落ちて若葉に場所を譲り、大木もいずれは朽ちて土に戻る。その流れに逆らうことは出来ぬとエルフは長い時間を掛けて学ぶのです。大抵の者は500年も生きると、そういうものだと達観するようになりますわ。それだけ生きてもなお、私たちの外見はあまり変化はしませんから、その辺りの感覚がヒトと異なるのだな、と驚いたのですわ」
「達観?……ヒトの場合、歳を取るほどに死の恐怖が大きくなるとも聞く」
「……そこは種族の違いと言うよりも、年齢の違いなのかもしれませんわね」
「……年齢?」
「エルフでも300歳くらいまでの若者は死を倦厭しますわ。もしも200歳程度で死ぬとなれば、私たちも恐怖に苛まされることと思いますが、500年も生きると、そういう感情が薄れてくるんですのよ?」
死ぬ事への恐怖がなくなるわけではないが、自らの死は自然の摂理だと受入れられるようになるのだ、と説明するライカに、クロエは理解出来ない、と首を振る。
「種族の違いですから、理解は困難だと思いますわ。実際、私もヒトの宗教観について誤解をしていましたもの。ですので、そうした違いすべてを理解し、受入れる必要はありません。ただ、違うのだと知ったとき、それを否定しないだけで十分だと思うのです」
「……理解して受入れるのと否定をしないのことの違いは何?」
クロエが、分からない、と首を傾げる。
「まず可能な限り相手のことを知ろうとする。その上で、納得できることなら納得する。これが受入れるですわ。知った上で、どうしても自分には納得できない場合は、その点についていきなり否定はせずに距離を置くことも考えます。これが否定しないこと。ですわ。いずれの場合も、相手の行いそのものを否定したり攻撃したりはしません」
「……納得できないことを話し合うのも駄目?」
「それはその内容にもよりますわね。誰しも、これを否定されるのは許容できないという事がありますもの。話し合いをするにしても、それが相手にとって……そして自分にとっても受入れがたい内容であれば、話し合いでは解決しませんわ。例えば……あくまでも例えばですが、竜人のリオ様はリュンヌ様の眷属ですけど「もっとも尊いのはリュンヌ様だ」などと言い出して、のみならず、クロエ様がソレイユ様の巫女であるのは納得できないから、リュンヌ様のみを祀って欲しい、などと言われたとしたら?」
「……私も納得できない、と思う」
相手が譲れないこと、納得できないことを相手に押しつければ、その先には争いしかない。生き物である以上、絶対に納得できないこと、話し合いで解決できないことは生じるものだから、そういう事に遭遇した場合、受入れるのではなく、否定せずに離れた場所から眺めるか、そもそも無視をするのが良策なのだ、とライカは諭した。
「宗教のお話以外にもそういう、話し合いで片付かないことはあるのでしょうか?」
ふたりの話を聞いていたフランチェスカがそう漏らす。
ライカは頷いた。
「たくさんありますわよ。あなたに分かりやすい例としては、誰かが『神託の巫女を害そう』と実力行使に及んだときに必要なのは言葉よりも武力ですわ。相手の存在を消し去ることは究極の否定ですわ。相手がそれをしてきたら、こちらとしても否定せずいよう、可能なら受入れよう、ということは出来ませんわよね?」
「なるほど……それは確かに話し合いでは難しいですね」
「まあそういう場合、相手を叩きのめした後で、尋問という形式で話し合いを行うのでしょうけれど。他にも生存や生殖に関わる部分はお互いに譲れない場合が多いでしょうね」
ライカの主張は主に英雄達の発言やレンの言葉をベースにしているため、この世界に生きるNPC達からすると、やや時代を先取りしすぎている部分もある。
が、フランチェスカにもクロエにも、ライカが言わんとしていることは理解出来た。
そうやって、普段はあまりしないようなディープだったり、レンが赤面するような話をしつつ、馬車は一路聖堂のある村に向かうのだった。
ちなみに、カルボーニの村はスルーである。
聖域に近いため、馬を休ませる必要がないなら、敢えて立ち寄る必要はない、という判断によるものである。
こうしてレン達は、来たときには2日掛けた道のりを、僅か1日で踏破するのだった。
「停車!」
ラウロの声が響き、馬が嘶きながらも馬車は停車する。
「もう到着したのか?」
馬車の車輪が伝える微かな振動から、まだ村の手前であると判断していたフランチェスカは、馭者台の後ろの小さな窓からエミリアに声を掛ける。
「まだよ。村の門のところに出迎えがいて、ラウロ様はそれがお気に召さないみたいね」
村の入り口には数人の出迎えがいた。
さすがに、長くクロエが暮らした村である。隠すことなく神託の巫女がくると伝えに先行したラウロの部下が、それを見て、急遽舞い戻ってきたのだ。
ラウロが出した先触れよりも前に出迎えがいた、ということから、警戒が必要と判断したのだ。
横で話を聞いていたレンは小さな溜息をついた。
「事情を知らないんだから対処としては正しい。けどそれって、クロエさんとマリーさんが心話で連絡を取れるって伝えたら解決しそうだよね?」
連絡してるんだよね、とレンが尋ねると、クロエは頷いた。
「大体毎日話してるし、さっきの村を出る直前にも連絡をした」
「ということなら、知ってて当然。出迎えも出来るってわけだ」
「ああ、なるほど。説明してきます」
エミリアは御者台を離れ、ラウロに、心話によってクロエが妹のマリーに連絡をしたのだと伝えた。
「そういうことなら、先に話して置いて欲しかったが……次からは情報の共有を頼む」
「クロエ様達には、その旨、お伝えしておこう」
心話に詳しい者なら、そういう予測も可能だが、心話はあまり一般的な技能ではない。
ラウロの言い分ももっともだとエミリアは頷いた。
そんなやり取りの後、一行は街道から村に向かう道に入り、街道よりも若干走りにくい道をゆっくりと進む。
馬車の中では、クロエがマリーに現在位置と状況を知らせ、落ち着かないクロエが皆に話しかけては考え込む、ということを繰り返していた。
しばらく後。
フランチェスカがピクリと肩を震わせた。
レンとライカもそれに気付いていたが、何も言わずにただじっと座っている。
「……クロエ様。今、馬車の方向が少し変りました。聖堂の入り口前に到着したようです」
「! マリーにお土産を渡さないと」
「それはもう少しお待ちください……減速なしで進んでいますから、門は開いているのでしょう……ああ、今の振動は多分聖堂の敷地に入りましたね……そういえば、停車位置はラウロ様にお任せしているが、どこに停めるつもりなのだろうか」
聖域の村――神殿の者は聖堂の村と呼ぶことが多い――には、ソレイルを祀る聖堂があり、そこはヒト種にとっての聖地である。
聖堂は結界杭を内包した4本の塔に囲まれた、広い平屋の建物で、その結界内には聖堂関連設備以外にはほぼ何もない。
聖堂の門に近付いたラウロは、門が開いているならばと、出迎えの者たちの前を通過して聖堂正面の広場の手前まで進んだ。
後ろから、出迎えに出ていた者たちが停まるように声を掛けているが、ラウロは馬を停めず、ゆっくり奥へと進む。
「ラウロ様、どこまで進むのですか?」
普通の村や街であれば門の辺りで停まるので、同様にするのだろうと思っていたエミリアは慌ててラウロに声を掛けた。
「門に入ったばかりの位置は外から丸見えだからな。できるだけ安全な結界の中央まで進むつもりだが?」
警戒すべき相手が魔物だけであるなら、結界の中に入れば安全だと言えるが、
「なるほど。護衛という立場であれば、その立ち回りも理解出来るのですが、聖堂には聖堂の規則があります。聖堂前の広場は馬車の通行は許可されていますが、騎乗したままの移動は禁止されているのです。広場には入らず、ここで停まってください」
「神への不敬か? しかし……」
優先すべきは護衛対象の安全だろう、と続けようとしたラウロの台詞をエミリアは遮った。
この世界では、王族のみならず貴族に対する態度についても不敬罪が適用される場合があり、エミリアが神殿に所属していても、それは不敬と取られる可能性のある危険な行為だった。
「それもありますが、この広場は王家のものなのです。だから停まってください」
「なん……だと?」
エミリアの言葉を理解したラウロは馬の歩を緩めた。
これなら大丈夫か、とエミリアは続けた。
「30年に一度、王家の方が聖堂に詣でるのですが、そのための施設をわざわざ造ることを王家の方々はよしとしなかったのです。代わりにこの広場に立派な天幕をたてておられます。だから、この場所は王家のための広場ということになっており、神殿としては馬に乗ったまま通る事を禁止しているのです」
聖堂を抜け、更に北に向かうと聖域の村がある。
主に、神託の巫女、聖堂で働く神官、巫女、護衛たちの生活の場として整えられ、こちらも結界杭で守られている。
危険を承知で食料輸送をする者を除けば、魔物のいる塀の外を通って聖地まで足を運ぶ者は滅多にいないが、滅多にいないだけで皆無ではないため、村にはそうした者が滞在するための建物もある。前回レン達が借りた建物がそれである。
しかし、それはあくまでも裕福な平民向けのものであり、王族や貴族を迎えるに足る建物とは言えないため、そこに泊めれば不敬となりかねないし、だからと言って、泊めないというわけにもいかない。
だから王家の者が訪問する場合は天幕を用意し、宿泊施設の提供は不要であるとしたのだ。そして、荷物になる天幕や食器などを神殿に預け、その管理と、天幕を張る土地の提供のみを神殿の義務と定めたのだ。
「王家のための広場なのか。そうか。教示、感謝する。全員、停まれ! 騎乗したまま広場に足を踏み入れてはならん!」
「あ、そこまで厳密じゃないですよ。王家からは普段は自由にしても良いとのお言葉も賜っています。掃除もしなければなりませんし、奥の村まで馬車が進むには、どうしてもここを通らなければなりません。だから騎乗したままの通行を禁止というのは神殿側が王家に対する敬意の表明として行っていることなのです。王家の使う土地は……広場に石の杭が見えますか? あの範囲内ですので、無意味にそこに立ち入らなければ不敬とはなりません」
「……なるほど。こうした場所があることを知らなかったとは、俺もまだまだ勉強不足だ。エミリア殿、教えてくださり感謝する。危うく不敬をするところだった……しかし、そうすると本来はどこで停めるべきだったのかね?」
ラウロの問いに、エミリアはやや申し訳なさそうな表情を見せた。
「いえ、先にお伝えしておければ良かったのですが、申し訳ありません……それで、聖堂で馬車や馬を停めるなら門を入ってすぐの所に屋根付きの停車場がありますのでそこか、あとは聖堂の裏手にも停車場があります。王家のための広場と言いましたが、絶対に足を踏み入れてはならないというものではありません。それを理由に聖堂が本来の役目を果たせなくなることは王家の方にとっても本意ではない、と」
「うむ、そうだろうな。しかしエミリア殿の心がけには感心した。此度の護衛が終わったら
「大変ありがたいお言葉ではありますが、私がお仕えすべき方はクロエ様と決めております。その繋がりはソレイル様の祝福を得たものであれば、これをないがしろには出来ません」
「うむ。忠誠の対象こそ違うが、その意気や良し」
などと話をしていると、門の辺りまで出迎えに出ていた一行が追いついてきた。
「エミリア! なんでこんな奥まで来るの! お姉様は?」
「マリー様、お久しぶりです。少々手違いがありまして。クロエ様はこの馬車にお乗りです。ここで降車なさるか確認しますので、しばしお待ちを」
エミリアは御者台の後ろの小さな窓をノックしてから開くと、フランチェスカに声を掛けた。
「フランチェスカ。マリー様がいらしていますが、クロエ様はここでお降りになりますか?」
その返事の代わりに、しばらくごそごそと音がした後、ドアが開けられ、まずはフランチェスカが出てくる。
「ここで降りられるそうだ。エミリア、交代だ。私が馬車を運ぶから、クロエ様の護衛についてくれ」
「承知」
そんなやり取りを横目に眺めながら馬車の中を覗き込み、クロエの顔を見付けたマリーの表情が明るい笑顔にかわる。
マリーは、フランチェスカが用意した踏み台を使って馬車から降りようとするクロエの手を取って、降りるのを手伝おうとする。
が、クロエは何を思ったか、マリーの頭の上に手を置き、そのウェーブが掛かった髪を撫でながら馬車から降り、マリーを抱きしめる。
「お、お姉様!」
「ん。マリー、元気そう。抱き心地も変ってない。良かった。何か変りはない?」
「お姉様とは心話でお話をしていましたから、それからとなると新しい変化はとくにはございませんわ……ああ、でもお姉様が畑の隅に植えた木に花が咲きましたわ」
「木? ああ、前に聖堂に送られてきた
「それです。それとですね!」
「あのさ、お二人さん。みんなが呆れてるよ」
とレンが声を掛けると、マリーは周囲を見回し、皆の視線を集めていると知ると、赤面しつつクロエの首に赤くなった顔を埋めた。
「は、恥ずかしいですわ……もう、お姉様は!」
「マリーが可愛いのが悪い。久し振りなんだからもっと撫でる」
ちなみに、呆れているのは主にラウロたちで、神殿関係者は、ああ、久し振りに姉妹が仲良くしてるなぁ、と温かい目で見守っていた。
幼いと言ってもおかしくはない年齢で神託の巫女として召されたクロエと、神託の巫女と離れていても話ができる心話を授かり、クロエよりも更に幼い時期に連れてこられたマリーは、実の姉妹であることもあり、とても仲が良い。
聖堂の村に同年代の子供がいなかったこともあるし、心話の使い手と神託の巫女が仲良くあるように躾けられたという点も大きいが、自分の村の友達と切り離されて心細くあったときに同じ感情を共有したふたりは、常に相手を気遣うように育った。神託の巫女と心話の使い手ということで、神殿のそれぞれに対する教育方針は異なっており、それがふたりの性格の違いを生んだものの、クロエは事あるごとにマリーを構い、マリーはそれを喜んでいた。
そんなふたりが離れて過ごしたのだ。
心話を使う巫女の務めと理解していても、マリーにとって、その期間はとても長く辛いものであった。
クロエはオラクルの村でたくさんのヒトと話すことで気を紛らわせることができていたが、人口が極めて少ない聖域の村ではそれもままならない。
心話でマリーのそんな心情を察していたクロエは、だから、普段よりもスキンシップ多めにマリーを可愛がるのだった。
「ええと……ああ、ダニエレさん」
そんな姉妹のじゃれ合いの向こう側に聖域の村の村長の姿を見付けたレンは、村長に声を掛けた。
「おお、お久しぶりです。レン様たちのお噂はこちらまで流れてきております。さすがはソレイル様がお認めになり、リュンヌ様が喚ばれた人間です。これからも是非、世界のためにお力をお貸しください」
「世界って……まあ、出来る範囲ではやりますが、俺は神託にあるように自由に生きるつもりですから……それはさておき、クロエさんから連絡があったように本日はこちらに宿泊予定です。前にお借りした家を、またお借りしたいのですが」
「それは問題ありませんが……しかし、この人数ですと、あの家では入りきれないかもしれませんな」
神殿メンバーであるクロエとエミリア、フランチェスカについては問題はない。
元々、神殿の寮に部屋があり、その部屋は、まだ残されている。
残りはレンとライカ。王家から派遣された護衛がラウロを筆頭に4名。で計6名である。
「確か個室が4部屋ありましたよね? 護衛に3部屋。ラウロさんが一部屋、
「なるほど……それではそのように手配を……」
「待て待て待て!」
馬をレベッカに預けたラウロが、レンとダニエレの話に割り込んできた。
「……どなたですかな?」
「おお、これは失礼。私はラウロ・バルバート。此度の視察に際し、王家から神託の巫女様とそこなエルフのレンの護衛に指名された者だ。あちらの3名は私の部下である」
「ラウロさんは公爵様です」
小声でレンが補足すると、ダニエレの表情が驚きに彩られた。
「これはこれは……大変なお役目を……それで、どうかなされましたか?」
「うむ。護衛の任は、移動中に限ったものではない。こちらの護衛から2名を神託の巫女様におつけしたいのだ」
「ああなるほど……一部屋ならご用意できますが、神官用の部屋ですので質素なものとなりますが」
と、そこにファビオがやってきて、会話を引き取った。
「適切な対応に感謝いたします……ラウロ様。このような些事はお任せください。さて、その部屋は神託の巫女様の部屋に近いのでしょうか?」
「いえ。同じ棟ではありますが、やや離れております。別の街から来た神官を泊めるための部屋で、神託の巫女様のそばに置くわけには参りませんので」
「なるほど。でしたら、実際に見た上で、必要ならば庭に天幕を張るなりさせて頂くことは?」
「それは構いませんが。一応神殿の護衛が不寝番に立っておりますので滅多なことはないかと……」
「神託の巫女様にとって、聖域ほど安全な場所はないと存じておりますが、これも我らのお役目なれば失礼の程、ご容赦を……それでは実地検分と参りましょう。ジェラルディーナは私の荷を持って付いてこい。レベッカは私たちの馬を繋いでから来るように」
そうして、ファビオによる聖域の村の神官達が居住する建物と敷地の検査が、神殿の護衛達立ち会いの下、行われるのであった。
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