第90話 予定は未定

 ライカから心話による連絡を受けた元神託の巫女、イレーネは、レンの要望をメモにまとめてルシウスに届けた。

 メモを受け取ったルシウスはその内容について、不明点をイレーネに問い合わせ、ニュアンスの違いなどの誤解がないことを確認した後、ダヴィード王太子にそれを報告した。

 ルシウスの話を聞いたダヴィードは、そばに控える護衛のジジに、どう思うかと水を向けた。


「英雄の時代のあと、ライカ・ラピスは世界各地を巡って英雄たちの情報を蒐集していたと聞いておりますので、現地に赴くことで数字に表れない当時との変化を感じ取れる可能性はあります。レン殿がその場でそれを聞き取るのであれば、視察することで、結界杭の補修のあとの影響がどのように働いていて、何か必要なことがないか判断することも出来るのでは、と」

「ふむ。ルシウスの見立てはどうだ?」

「今の意見で正しいように思いますが。根拠のない憶測なら他に数点」

「憶測で構わん。述べてみよ」

「まず、先日の『魔法屋』の件から、類似の遺物探索の可能性。他種族が入学する際に、各種族に色々と素材を頼んでいたそうですので、地域ごとに異なる素材集めの可能性。後は、転移の巻物で跳べる場所を増やす目的という可能性もあります……他、低い可能性まで述べるなら、嫁探し、どこにあるか不明ですが、レン殿の故郷があちらにある、など、様々な憶測が可能です。ああ、学校がある程度軌道に乗ったと判断したら、運営から手を引くとも言っていましたので、それを見越して、各地の街や村を見て回っておくという可能性もありますね」


 ルシウスの見立てを聞いたダヴィードは、サンテールの街から王家に献上された新しいフレーバーティーに口にして、小さく溜息をついた。


「ふむ。柑橘類で香りを付けているのか。やや癖があるが旨いな……ルシウスの見立てではレン殿の目的は色々考えられるが確度の高いものはない、ということだな。まあ、確かにライカ殿からの連絡からは、具体的な部分がまるで読み取れぬ……しかし、出来れば護衛は出しておきたいところだが……ジジ、候補はいるか?」

「……護衛ですか? 彼らの? ……そうですね……2案……いや、3案?」

「……こちらも絞れぬと言うことか。まあ良い、言ってみろ」

「ひとつ目は、近衛など王の信頼あつき騎士達からの選定。力量もさることながら、経歴などに瑕疵がないことや礼儀正しさを重視する場合の選択です。ふたつ目は、学園を卒業した冒険者たちを雇い入れる。礼儀などは期待できませんが、学園で学んでいない騎士に匹敵するか、それ以上の技術を持っています。経歴に瑕疵があるとしても、しばらくオラクルの村で生活していた訳ですから、今になってレン殿に害意は向けないかと」


 ジジはそこで言葉を切り、どう切りだしたものかとしばらく悩む。ダヴィードは、そんなジジを急かすことなく静かに紅茶の香りを楽しむ。

 やがて、ジジは意を決したように口を開いた。


「最後は、護衛を付けない、です。ライカ殿、レイラ殿、レン殿はいずれもかなりお強いので、護衛が足手まといになりかねません」


 ジジの答えを聞いたダヴィードの口元が笑みの形を作る。


「いずれも優れた献言だ……実際、レン殿が本気で暴れたら、止められる者は多くないしな。だが、同行者に神託の巫女がいるが、そこはどう考える?」

「神殿の護衛がおります。神託の巫女様は神殿の護衛が守るものです。神殿が不足と考えれば、同行者のレン殿に依頼するかもしれませんし、国に護衛を出してくれと言ってくるかも知れません」

「それを待つべきだと。そして、こちらが言い出したことではなく、神殿の依頼に沿った結果であれば、万が一護衛が不足する事態があっても、それは依頼した神殿の責となる……などとは言うなよ?」

「ここでしか言いませんよ。そんなこと」


 王家から5名の護衛を出したとして、道中でそれでは不足する事態が生じたら、王家が5名でよいと考えたのが問題である……となる場合もある。

 普通であれば神殿がそんなことを言うはずはないが、最悪の場合を想定するというのはそういうことであり、それを行うのが為政者の務めである。

 相手の要求に沿った人数を出したのであれば、そうしたトラブルは防止できる。というジジの裏の意図を読み解き、ダヴィードはしかし、護衛の打診を神殿に対して行うようにジジに言った。


「護衛を付けるのは、何も魔物だけが相手ではない。途中の領主がおかしな要求を出してきたとき、それから守るには、相応の者がいるべきだろ?」


 その言葉に、ダヴィードとジジのやり取りを黙って眺めていたルシウスは大きく頷く。


「確かにそういう面もありますな。実際はどうあれ、レン殿が王家の庇護下にあると主張できるようにしておき、かつ、妙な動きをした領地では、それを観察・記録したときに、その発言に重みがある人物が望ましいでしょう」

「となると自分は子爵ですから家格が不足しますね。街の領主となれば、伯爵か侯爵ですし」

「現役の戦闘職で、最低でも伯爵。加えて暫く王都を留守にしても支障のない人物……そんな都合のよい人物……」

「いるだろ? 最近復帰したがってるのが」


 ダヴィードがそう言うと、ジジとルシウスは、ああ、あの人か、と溜息をついた。


「現役の戦闘職ではありませんが、それと遜色のない戦いができる人物であることは、このジジ・モンテが保証しましょう……というかこの前、訓練で試合を吹っかけられて吹き飛ばされましたし」

「位は私と同じ公爵。普通の貴族では並び立てませんし、文官としての才能もあると分かっています」


 ふたりはそこで重い溜息をついて同じ言葉を口にした。


「「しかし、バルバート公爵を付けたら、レン殿から苦情が来ませんか?」」


 ラウロ・バルバート。

 元軍人で爵位は公爵。父親が先代の王の弟で、王族の籍を捨てて公爵位を賜り、ラウロはそれを継いでいる。その辺りはルシウスも似たようなものだが、ルシウスとラウロの間には、また別の関係がふたつある。


 軍人として街道の安全を守るために戦い、その際の負傷が元で部下共々軍から離れ、以来文官仕事をしていたのだが、最近になって中級の体力回復ポーションが多少は出回るようになり、それを使って部下共々回復して、軍への復帰依願が出されるようになったのがつい最近のことである。

 貴族としてやっていけるのだろうかと心配になるほどにまっすぐな性格で、自身だけの負傷ならすぐにも治せるというのに、部下達に申し訳ないと、全員が治せるようになるまで治療を拒んできたような人物である。治療までの間も無為に過ごすことなく、ルシウスの部下の文官としても働いており、真面目な堅物であるとルシウスは判断している。


「ルシウスは他人事ではないだろうに。義理とはいえ弟なんだから、もう少し面倒をみてやれ」

「……善処しますが、年齢を重ねないと理解出来ないことも多いですから……では私の方から、ラウロが対応可能か聞いておく、ということでよろしいですな?」




 黄昏商会に保管されていた馬車の部材は、プレイヤーが使うために、レンではない他のプレイヤーが開発したものである。

 想定用途はプレイヤーが初めて行く街まで、快適に移動すること。

 結果、ふたり用の小型高速馬車、4~6人用の中型馬車、人数の明記はないが、中に寝台を備えた大型馬車などのラインナップがある。

 先日、ルシウスに貸し出したのは、中型のもので、二頭立てでの運用が想定されている。


 人員は、レンとライカ。加えてクロエとエミリア、フランチェスカ。

 これだけなら、中型馬車を用いれば問題はない。

 加えて、馬車に作り付けられたアイテムボックスがあるので、行商目的であっても問題がない程度に荷物を積載することも可能だ。


 そういう目算であり、だから、人数を絞ってレイラを留守番に指名したのだ。

 神殿も、護衛兼付き人がふたり、そこにレンとライカが加われば力で解決する類いのトラブルには対処できる、と判断した。

 しかし。


「王宮から護衛増員の打診ですか」


 コンラードに呼ばれたレンは、サンテールの街でその話を聞いて困惑した。

 レンはエルフだから、通常であれば国が護衛する対象ではない。

 普通ならその対象は神託の巫女であるクロエである。

 が。


「この手紙に詳しい話が記されているが、道中の安全確保と、街などで貴族からの強引な接触があった場合、神託の巫女ならともかく、レン殿は波風を立てずにそれを排除するのは難しいので、それを排除できる者と、その直轄の部下3名を付けたいとの事だが」

「はあ、まあ主張は分かりましたが……それにしても、なんでわざわざ手紙なんですかね?」


 コンラードから手渡された手紙に目を通しながらレンは不思議そうにそう尋ねる。

 心話を使える者が王都とこちらにいるのだから、手紙を送るよりもその方が余程早い。と考えたのだ。

 コンラードがレンからレシピを買って料理人に作らせたフローズンドリンクをレンに勧めると、レンはクリームが盛られたそれを一口味わい、再び手紙に目を落とした。


「今見て貰ったのは私宛の手紙で、こちらがレン殿宛の手紙だ」


 そう言って、コンラードは一通の未開封の封書をレンに渡す。

 更にわけが分からなくなったレンは、なぜこんな手間の掛かることをするのだろうか、とコンラードに聞いた。


「証拠だな。レン殿宛の手紙に書いた事の概要と、それに付随する私への依頼が書かれた手紙。レン殿が受け取った手紙。王宮側にも手紙の写しはある筈だからね。誰かが間違ったらすぐに分かるし、手紙があれば言った言わないという論争も避けられる」


 つまりはこの世界なりの内容証明郵便なんだ、とレンは理解した。

 ちなみに、日本人でもたまに勘違いをしている人がいるが、内容証明というのは、記載されたとおりの文面が相手に送られたことを証明するだけで、中身が正しいことを証明するものではない。

 送られた事実と、その内容を記録する仕組みなので、それに沿って考えると、このやり方は理に叶っている。


「でも、心話だってログが……ってそうか」


 レンの使うメッセージと、NPCが使う心話は、情報伝達にメッセージIDを用いる点は同じだが、インターフェースがまるで違っている。

 メインパネルを使えないNPCはメッセージを心の声として受け取り、後からログを確認する方法などもないのだ。

 それに思い至ったレンは、言葉を飲み込んだ。


「それで、護衛を付けるという話を受けるかね?」

「受けないという選択肢もあるんですか?」

「あるが、あまりお勧めはしないね。断った上で襲われて神託の巫女様が怪我をされるようなことになれば、なぜ断ったのかという話にもなりかねない……だが、付いてくるのがラウロ公爵であるとなると、やや不安はある」


 サンテール家の人間があまり他者を悪く言うのを聞いたことのなかったレンは、そんなに問題があるのかと逆に興味を惹かれる。


「おかしな人なんですか?」

「よく言えば、誰よりも己の信念に正直でまっすぐな御仁だ。領民からの信頼もあついし、陛下からの信頼もある」


 そう答えたコンラードがそこで言葉を切ったので、レンは続きを促した。


「よく言えば、ですか。悪く言えばどうなのですか?」

「口がない者たちの間は、貴族に必要な計算のできぬバカ……などとも噂されているな……彼はまだ25歳ほどだが、既に公爵家を継いで当主となっている。まだ若いから表の面しか学んでおらぬのだろう……かれは元軍人で、かつての魔物との戦いで、部下を率いて戦い、多くが酷い怪我を負った。初級のポーションだけはそれなりに用意されていたので、全員命は取り留めたが軍人として戦うことはできなくなったのだ……その後、彼の異常性が発揮された」

「異常性ですか?」

「ああ、彼は部下達の分を用意できない以上、自分だけが中級ポーションを使うわけにはいかぬと、傷を理由に軍を離れたのだよ……そして、つい最近になって、中級ポーションが手に入るようになり、負傷した部下達が全員回復したのを確認してからポーションを用いて、軍に復帰したいと申し出ておるのだよ」

「……まあ、結果的に部下は救われてるみたいだから、悪い人じゃないのかな? ……無責任ではありますが……でも異常とまで言いますか?」


 フローズンドリンクのクリームをスプーンですくって口に運ぶレンの問いに、ああそうか、とコンラードは頷いた。


「エルフから見ると分かりにくいかも知れぬが、ヒト種の考えでは王家の所有する土地や領民を、貴族は預かっているのだよ。だから貴族は領地と領民を守るために、武なり智なりの力を駆使することを王家と約し、それに応えることこそが貴族には望まれる。治せない怪我なら退くのは当然だが、公爵家当主なら当時であっても中級ポーションの数本程度は手に入るもの。それを使って復帰するのは権利ではなく貴族としての義務なのだよ。だがそれを説明されても、彼は理解しようとせぬ。故に貴族からすると異常であると見えるのだ。だが、その異常さがあっても、国に対する忠義を疑う者はおらぬ。そういう人物なのだ」

「……そのまっすぐさが良い方向に向くと、強いでしょうね」


 自分は正しい行いをしていると考える人間は、普段では出来ないような力を発揮する。

 それが正しいにせよ間違っているにせよ、信念を持つ者は強いのだ。

 正義のためには多少の罪を犯すのは仕方がない、などと考え始めると狂信者のできあがりであるが、その方向性が大勢にとって正しい方向であるなら、良い結果が得られる場合もなくはない。

 レンがそう言うと、コンラードは頷いた。


「王家から命じられた護衛任務ということであれば、確かに優秀な護衛になると思うが……襲ってきた者に対する手加減は一切ないだろうね」

「……なら、人間が襲ってきた場合は、可能な場合は殺さずに確保して、証言をとるように命じて貰えば? 証言を取るのは、現地の領主に任せるってことにして。あ、最優先は護衛対象の保護で、次が護衛の命っていうのも追加ですかね。出先で護衛が全滅したら、後がなくなるとかなんとか理由を付けて」

「ふむ……その方向で王家に連絡を取ってみることにしましょうか……では、その条件であれば護衛を付けても宜しいということですな?」

「一応、正式な返事はクロエさんの意見を聞いてからとしてください……正直、鬱陶しいような気もしますが、女性しか入れない場所なんかだと、俺は力になれないですから、そのあたりをクロエさんの護衛達がどう考えるか」


 気配察知があれば、対人で不意打ちを受ける心配はほぼないが、気配察知は万能ではない。

 見える範囲は半径50メートルほどで、距離が開けば精度も落ちる、昆虫系の魔物などは感知をくぐり抜けることもある。

 民家の屋内であれば50メートルあれば庭まで範囲に含まれるが、大きな屋敷だと屋内でも範囲から外れるし、庭園などのある屋敷だと、庭園は範囲外となることも多い。


「ああ、ラウロ公爵が連れてくる部下の内、2名は女性だそうだから、その点は安心出来ると思うが」

「が?」

「いや、ラウロ公爵麾下の騎士達は、魔物との戦いに特化した者たちと聞いていたので、そこに女性がいたのか、と驚いたのだよ」

「そういえば魔物との戦闘で負傷したと言うことですけど、護衛としての実力に問題はないんでしょうか?」

「ああ、たまたま境界付近での戦闘中にレッドの魔物が乱入してきたから後れを取っただけと聞いている。イエローの魔物が相手なら、十分に戦える筈だから街道の護衛なら問題なくこなせるはずだ」




 オラクルの村に戻ったレンが神殿を訪ね、コンラードに聞いた話を伝えたところ、応接室にレンを招いて楽しげだったクロエの表情に陰りが見えた。


「何か問題があるのなら、まだ断れるけど」


 とレンが言うと、クロエは首をふるふると横に振った。


「ここから海までだと、普通の馬車なら半月は掛かる。寄り道しながらだともっと掛かる。護衛の増員の話が出るのは仕方がない」

「神殿は護衛ふたりで十分って判断したみたいだけど、クロエさんはそういう判断なんだ?」

「こういう場合、流れに任せるというのが神殿の方針」


 クロエの言葉を吟味し、首を捻ったレンは、クロエの後ろに控えるフランチェスカに視線を向け、クロエの意図を教えて欲しいと頼む。


「神託の巫女様の身命に大きな危険があるならご神託があるはずです。それがないなら致命的な問題はありませんが、それは、一切の問題が起きないことを保証しません。途中で助力が得られる流れになり、それが一般的におかしな行為でないなら、助力を受入れるなど、流れに任せるのも神の御心に沿った行動、と見なされるのです」

「なるほど……そこまで見越して神託を出すということですか……なら、なんでクロエさんはさっきがっかりしたんですか?」

「お友達が遊びに来てくれたと思ったら仕事の話をされた、と言ったところでしょうか?」


 フランチェスカがそう応えると、クロエはぷいと横を向いて頬を膨らませるのだった。

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