第88話 スローライフへの舵取り

 エドが持ってきたのは、地下に作る7本の暗渠――地下水路と、それに繋がる細かな下水道の配置図。

 加えて、村の敷地の利用計画概要と、外塀と道路の図面だった。

 一応、養鶏場などは建物の配置が記されているが、それらと集会場などの公共施設以外は建物までは記されていない。


 村の設計はシンプルだ。


 四隅に結界杭を配置する。

 敷地内に均等間隔に流れる7本の小川を作って、蓋をして暗渠にする。

 敷地を塀で囲む。

 ブロックごとに用途――宅地、農地を明確にする。

 道路と公共施設を作る。

 農地エリアには水路などを作成する。

 ここまでである。

 人間の住居などは村の設計には含まれない。


 すぐそばにそれなりに水量のある水源があるので、村の外を流れる主流となる川を作り、村の中に作った7本の平行する小川にも水を流す。


 小川には堰を設けて流量を制御できるようにするが、主流よりも小川の方が深めに作られており、渇水時にも水が流れるように工夫されている。

 また、小川は全体がモルタルで覆われており、その他にも土で埋まってしまわないように様々な工夫が凝らされている。


 しっかりとモルタルで固めた小川は、縦横1メートルと少しの溝となる。そこに蓋を置き暗渠――地下水路とする。

 小川は一本ずつ、下水、農業用水と用途が限定されており、それぞれが十分に離れているため、大雨で村が水没でもしない限り、混ざる恐れはない。


 暗渠の蓋部分は道路として機能し、道路と道路の間が村人たちの居住地となる。

 もちろん暗渠など、手を掛けねばすぐに埋まってしまうため、定期的に中に入り込んで掃除が必要となるが、その場合は小川の流量を増やし、暫く押し流してから暗渠の点検口を開けての大掃除となる。


 地上部分を流れる主流の、暗渠の手前で土やゴミを取り除く仕組みを見て、レンは感心したように呟いた。


「なるほど、蛇行と深さの変化とかで水の中の重たい物が沈み込み、幾つか、柵を設けることで浮いたゴミも大きなものは取り除くわけですね。なかなか考えられた設計です」

「定期的に掃除が必要になるが、地下の掃除よりは手間が掛からんのじゃ。ちなみにその柵、少し前までは作れなくなっておったが、レン殿のおかげで、また作れるようになったそうじゃ」

「ん? ということは、これ、聖銀ミスリル魔銅オリハルコンってことですか?」

「うむ。詳しくは知らぬが、魔法金属と普通の鉄やらの金属を混合したものと聞いておる」


 要は合金である。

 混ぜ物があるという言い方をすると悪いもののように聞こえるかも知れないが、複数種類の金属を混ぜることで性質が大きく変化して、単体の金属では得られない粘りや強度が得られたり、融点が変化したりするケースも実際に知られている。


 有名なのが錫と銅を混ぜた青銅で、融点1085度の銅に錫を混ぜてやると、混合比率にもよるが、融点は380度も下がりつつも硬さは増す。

 また、現代人の生活に欠かせないステンレスも鉄とクロムの合金だし、航空機や電車などの素材として利用されるジュラルミンも、アルミニウムに銅やマグネシウムを混ぜた合金である。

 だから、魔法金属の合金があっても不思議はないのだが。


「……魔法金属と普通の金属の合金ってのは、英雄達は使ってなかったですね」


 プレイヤーたちには魔法金属の合金というレシピはなかった。

 否。

 厳密に言えば合金はあったが、それは魔法金属同士の合金であり、魔法金属と普通の金属を混ぜ合わせる者はいなかった。というのが正しい。

 魔法金属は、その精錬時の魔力操作で性質が大きく変わることが知られており、プレイヤー達はそちら方向で工夫して、やたら重くて頑丈な武具や、軽い防具などを作り出し、それらに魔法を付与したりしていた。

 十分な魔力操作が可能なプレイヤーたちならではの贅沢な選択とも言えるが、結果、魔力操作をあまり行わない方法は、プレイヤー達の間ではあまり流行らなかったのだ。


 魔法金属の精錬には鍛冶師の職業レベルが要求されるが、一旦精錬された魔法金属であれば、ある程度までは普通の金属と同様に扱える。

 NPCたちは自分たちのできる範囲で様々な試行錯誤をしたのだろう、とレンは考え、だから学園の生徒が作ったインゴットが僅かなりとも流通するようになり、過去の技術が見直されたのだろうと推測した。


「なるほど……まあ、暗渠についての詳細は置くとして、その蓋は道路にもなって、保守では開くわけですよね。材質は?」

「うむ。木の板と石板を用いるな」


 基本は石板で埋め、保守点検のための蓋は木の板にしておき、その石板で埋められた部分が道路になるのだ、とエドは補足した。


「そういう用途なら、石板部分はストーンブロックから薄い石板を切り出して使うのがお勧めですね。普通の石板は割れやすいから危ないですし」

「しかし、そうなると作れる者が限られてくるしのぅ。レン殿は忙しくて無理じゃろ?」

「個人的に請け負えませんが、学園に依頼してくれれば、ライカが何とかしますし、俺からも口添えはしておきますよ?」


 元々、学生の訓練としてストーンブロックからレンガを大量生産していたため、レンガは当面の需要を満たしている。

 しかし、需要を満たせていても学生達の訓練は必要となるし、その対象となる学生が増えるのだから、生産物は増加する。

 育成に必須のポーションと違い、ストーンブロックレンガは再利用も可能であるため、そこまで新造する必要はないのだ。

 だから、余力で石板を作らせる程度なら問題は出ないはずだ、と、レンが言うと、エドはなるほど、と頷く。


「しかし、そこまで予算も掛けられぬのだよ」

「まあ、普通の石板でも道路なら簡単に保守はできますもんね。予算の掛けどころが違うか」


 お金を掛ければすべて解決するとは言わないが、世の中にはそういう事柄が多い。

 後からの交換が難しい建物や、トンネルなど保守が難しいインフラ設備は、しっかりしたものを使った方が長い目で見た場合は安上がりになることも多い。

 しかし予算は有限である。いくらその方が10年後、30年後にお得になると言っても、今ある財布の中身が増えるわけではない。

 結果、保守が容易な部分については安く済ませておき、将来簡単に交換できるようにする方が建設的なのだ。


「うむ。暗渠の基礎部分など、金を掛けるべきところが多いからのう……そうじゃ。暗渠の溝はモルタルで固める予定なのじゃが、もっと長持ちする方法はないじゃろうか?」


 7本の暗渠と、それにつながる下水道や用水路は、村の地面に埋まっており、蓋を外せば中の掃除程度は可能だが、それ自体を交換するとなれば大工事が発生する。

 だから、できるだけ耐用年数の長い方法が望ましいというエドに、レンは、ポーチから霧吹きスプレー容器を取り出した。


「ふむ。聖地で見た記憶があるの?」

「硬化ポーションスプレーです。聖地の洞窟の壁や天井に掛けてましたから、その時に見たんでしょうね」

「それはどういうものなのじゃろうか? 確か崩れにくくなるんだったか?」

「ええ、これを掛けられた岩や土は、強固な岩盤のように固まります。対象に魔力が浸透して硬化させるものなので、液体が染み込まないような堅い岩にも効果があります。生物に影響はありません。モルタルの下地にこれを噴霧しておくとよいと思いますよ。あ、ちなみに、硬化解除ポーションもあって、吹きかけた面にそれが触れると硬化は解除されますから、水が流れるモルタル表面への噴霧はお勧めしません」

「ほう? しかしこれは高いのではないかね?」

「まあ安くはないですけど、ポーションの必要量が少ないですからね……ああそうだ」


 レンは図面を眺め、この規模なら出来ると頷いた。


「良い方法があります。完成品を買うのではなく、うちの卒業生を雇いませんか?」

「何? 仕官希望者がおるのかね?」

「いえ、基本、全員自分の村や街に帰りますけど、オラクルの村ってお金があんまり使われないので、現金収入の機会があったらやりたがる人がいるかなと思いまして。その方が買うよりも安上がりですよ?」

「なるほど。つまり錬金術師を雇って、必要なポーションを作って貰う、ということかの? 優秀な人員を取り込めないのは残念じゃが、一時的でもそれが可能になるのは助かるかの」

「そうですそうです。錬金術師と素材採取する冒険者と、あと土魔法使いを雇えばあっという間に村の塀くらい完成ですよ?」

「うむ。土魔法はシルヴィにやって貰おうと思っておる」


 騎士の中にも土魔法使いはいるが、サンテールの街でもっとも土魔法を上手に使えるのは、レンを除けばシルヴィなのだ。

 日々、学生のためにポーションを作る都合上、シルヴィ、アレッタの魔力感知、魔力操作系の技能は極めて高い水準に達しているためである。


「アレッタさんもシルヴィも、最近は村に住んでるみたいな状況ですからね。たまには連れ出してください」

「しかしポーション作成が大変で、余程のことがないと難しいと言っておるのだが?」

「あー……他種族がくる直前あたりは、確かにそんな感じでしたけど、最近は多少、余裕が出てきましたから」


 ここだけの話にしてくださいと言いつつレンは、学生が突然増えたから準備が大変だったのであって、増えた学生が育ってしまえば、彼らが生産者側に回るため、以降の苦労は軽減されるのだと説明する。それを聞いたエドは、それならば遠慮なく、と答えるのだった。


 新しい村に必要となるのは結界杭だが、これについてはレンの齎した技術で作った新しい結界杭を王都で検証中であり、それらの利用には待ったが掛けられた。

 禁止ではなく待ったである。

 その違いは、条件付きで許可を出すと言うことで、王都からは、予備の結界杭を用意するなら、良しという条件が提示されていた。


「……まあ、住民の命を預ける訳ですから当然でしょうけど、予備はどういう状態にするんですか?」

「うむ。予備を使う必要がある場合、即時交換が必要になるかも知れぬのじゃから、杭を地面に立てて、魔石は入れずにおくつもりじゃよ」


 稼働中の結界杭は、最寄り二本の稼働中の結界杭との間に結界を張る。

 そのため、予備を稼働中の起動状態で待機させると、実機側の杭との間に結界が張られてしまうため結界が不十分となる。

 その上、同時期に作った同時に起動した杭となるため、起動から一定時間で停止したりする危険性を考慮すると、それでは予備としての意味も薄くなってしまうため、地面に刺すが、魔石は入れないでおくという運用にするのだ、というエドの説明を聞き、レンは、それならばと注意点を述べた。


「結界杭の外側は鉄製です。稼動状態であれば、魔力が通ってますから錆びませんけど、魔力を通していないならすぐに錆びますから、その対策は考えてくださいね」

「そういえば、たまに地方の村で錆びた結界杭を見る事があるのう」

「魔石が不十分な時期があったりすると錆びますね。多少錆びても結界杭は機能しますが、次に魔石を入れても錆は消えません。あと、あまりにも錆が深刻だと、結界杭として機能しなくなります」

「そうすると、地面に埋めておくのは危ういのか……」


 掘り返して埋めたばかりの土の中には水分も酸素もそれなりに含まれている。

 鉄を錆びさせるための必要条件は揃っているわけだ。

 表面が錆びるだけなら構わないが、錆に酸素を含んだ水分が浸透すれば、奥まで錆びてしまう。

 土中に埋まって錆腐った剣を見た事のあるエドは、それを思い出しつつ、どうしたものかと溜息をついた。


「そうですね……ああ、杭を入れる穴を掘っておいて、その上に杭をぶら下げておけばよいのでは? 必要になったら杭を穴に落とし込んで魔石を入れてやれば済みますから、切替え時間は比較的短く済みます。重要なのは杭の先端部分が接地していることですから、杭の側面が土に埋まりきっている必要はありません」

「穴と、ぶら下げる綱の保守が必要じゃが、まあその辺りが妥当じゃろうな。うむ、緊急時に魔石交換を行う管理者を置く予定じゃから、その者の作業とすることにしよう」

「保守者か……その保守者は専任ですか?」


 エドの返事を聞いたレンは、首を傾げて少し考えてからそう尋ねた。


「専任? いや、村に配置する騎士の仕事の一環じゃから専任と言えば専任じゃが」

「一環ということなら問題はないかな?」

「兼任では不味いのかね?」

「今は人口が少ないから仕方ない部分もありますけど、大勢の命に関わる仕事は専任にして、責任の所在と権限を明確にしておく方が安全なんですよね。複数の仕事、という認識だと、どちらかが中心になるから、中心になる方を優先するようになったりします」


 結果、優先順位を間違えると緊急時に深刻な問題に発展することもある。とレンは説明する。


「なるほどのお。仕事の一環として計画を作るのが責任者である我々だから、優先順位は我々が指示するということでどうじゃろうか?」

「それなら大丈夫そうですね。ただ、兼任だと、専任である場合よりも手間が掛かることは意識……ああ、されているなら問題ありません。余計なことを言って申し訳ありません」


 腕組みをして、うんうん、と頷きながら話を聞くエドに、言うまでもないことでした、とレンは謝罪をする。


「いや、意見を求めたのはこちらじゃからの。何かあればもっと言ってくれるとありがたいわい」

「そうですか? でもまあ、これ以上は今のところはなさそうですね……あ、いや、自給自足できるようになるまでの期間って、どのくらいですか?」

「一般的には3年ほどじゃな。開墾から始める場合、畑の土が落ち着くには、もっと掛るが」

「そうすると、さっき言っていた、開拓が完了するまでは退去は禁ずるというのはどの程度でしょうか?」

「うむ。税の減免がなくても問題がなくなるまでとなるが?」

「税の減免を解除するのは村側ですか? 領主側ですか?」

「……ああ、なるほどのお。減免不要と宣言されると、退去禁止が有名無実化すると考えておるのか」


 まあなくはないかな、という程度ですが、とレンは頷く。それに対してエドは大丈夫だと言った。


「村から申し立てることは出来るが、決定権は領主にあるから、その手は使えぬよ」




 その話からわずか一週間ほどで、サンテールの街に卒業生が雇われた。

 錬金術師、素材を集める冒険者、加えて土魔法を鍛えた卒業生は、まず最初にポーションを作成しまくり、次に、そのポーションを使って更に全力でポーションを増産した。

 そうやって作ったポーションで、魔術師が土魔法で村の基礎を作り、塀を作った。

 また、人員を雇ったことで、金額的に諦めかけていた、ストーンブロック素材の利用が可能となり、それらを用いて暗渠の蓋が作られた。

 そこは石板の道となるわけだが、石畳よりもよく言えば滑らかで、悪く言えば滑りやすい道となった。


 水に微量に含まれていた蠢く泥濘は、湖底に沈殿しつつも元気に蠢いているが、魔力感知でそれに気付いたルドルフォも、レンも、別に悪さをするわけではないと、サンテール家に報告だけして、以降は放置状態となっている。

 魔法屋の各種レシピは、実際にそれを覚えることができた者が二冊写本し、一冊を国に、一冊をオラクルの村に作られた『レシピの塔』に保管し、原本は魔法屋に戻された。

 職業レベル中級までの諸々のレシピは、そうやって複製が作られたが、間違って上級のレシピを読んでしまったことによる、技能の低下などのトラブルも数例報告され、学園の制御下以外での写本は危険であると広く認識されることとなった。


 が、英雄の時代のレシピを覚えた者たちは、それまでとは桁違いの、魔王と戦えるほどの力の一端に触れることとなった。


「これでこそ、オラクルの村でつまらない仕事をする価値があるというものです」


 などと宣うルドルフォを、まだ魔法屋のレシピを読むのは危険だと止められたジャンとフィオが白い目で見ていたりもしたが、概ねオラクルの村は平穏であった。


 そんなある日、学園の校長室にて、


「ライカ、そろそろ俺は学園から手を引いて、安住の地を探そうかと思うんだけど」


 唐突にそんなことを言い出したレンに、ライカは手にした書類を取り落とし、床にばらまくのであった。

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