第84話 神と眷属

 廃坑から戻る途中、生徒達が森の中で様々な素材を採取しているのを見掛けたクロエは、フラフラとそちらへと近付いていく。

 目立った危険があるわけでもないし、生徒達は短い期間とは言え、同じ村で生活する仲間で顔見知りである。

 一応、警戒はしつつもレン達はクロエと一緒に学生達のそばに近付くと、生徒達がクロエに気付いて硬直した。


「こ、これは神託の巫女様。このようなところに一体どのような御用でしょうか?」

「固い」

「はい?」


 首を傾げる生徒達――生徒と言っても、職業に就いてそこそこ経験を積み、相応に歳も行っているため、あまりフレッシュさはないが――に、溜息をつきつつレンは補足した。


「あー、クロエさんは、同じ村で生活する仲間なのだから、そこまでかしこまる必要はない、と言っている」

「ああ……そういう意味ですか……しかし、そうは言われましても」

「敬うのが悪いと言っている訳ではないけど、ガチガチに緊張するまででもない。村にいるときのクロエさんのことは村長代理くらいに思ってればいいから」


 それはこの世界の常識ではとても不敬な発言であり、生徒達は思わずクロエに視線を向けるが、クロエはうんうんと頷いていて、それを見て、生徒達は、あ、いいんだ、と安堵に胸をなで下ろす。


「それで、何を採取してるの?」


 クロエがそう尋ねると、生徒達は色々です、と言いつつも、今はコレです。と掘り返された地面から顔を出している白く大きな石を指出した。


「……塩水石?」


 自信なさげにそう首を傾げるクロエ。

 塩水石は錬金術では割と利用頻度が高い素材で、初級からそれを使う機会は多い。だから、クロエにとってもある程度見慣れた素材なのだが。


「とんでもなく大きいですよね。少し破片を取ったら塩水に変化しましたから、塩水石で間違いないと思います」

「分割する時の破片を採取すれば、それだけでポーション作れそう」

「神託の巫女様もポーションを?」

「巫女だけど錬金術師」


 ふふん、と自慢げに胸を張るクロエに、生徒達は、なるほどこういう娘なんだ、と、温かい目をクロエに向けるのだった。




 それから一週間ほどで、他種族の学生全員が中級の職業を得て、最低限の技能も育った。

 そこからは、ひたすら学費としてポーションを作成しつつ、技能を育てて行く。

 錬金術師はそのままポーションを作成し、戦闘職は森に入って素材を採取しまくる。

 鍛冶師は武器を作り、細工師は防具を作る(オラクルの村の防具は魔物素材の皮革が主体で、金属補強をするタイプが主流)という形でそれに協力する。

 そんな中で。


「ルドルフォ様に草集めをさせるとは」

「ステファノ君も飽きずに同じ事繰り返すね。みんなが効率よく成長できたのは先人が作ってくれた、他では手に入らない貴重なポーションのおかげなんだから、恩返しはしないと」


 戦闘職に分類されてしまった彼らは、森にいた。


「それはまあそうですが」

「それにね。こうやってやり方覚えておけば、自分たちで素材を集めて、ミロの街の錬金術師に渡してポーションを作って貰えるじゃないか。そうしたら、戻ってから更に技能を鍛えることもできる。これは素晴らしいことだよ?」


 ルドルフォはそう言いつつ、少し先の茂みを揺らしながら、白光草の実を丁寧に採取するフィオとジャンの姿を見つめた。


「鍛えるのが簡単になるのであれば、弟子を増やしますか?」

「ん? いや、レン君に教えて貰った時空魔法と生命魔法を極めるのに忙しいから、暫くはあまり手を掛けられないかな」

「……しかし、今後、王立オラクル職業育成学園の卒業生が各地に広がるでしょうから、弟子入りの依頼は減っていきますよ? 今のうちに繋ぎをつけておかないと」


『カラブレーゼ魔法研究所』などと仰々しく名乗っているが、実態は私塾にすぎない。

 しかし魔法の私塾は数あれど、研究成果が認められ、国や領から補助金が出ている研究所は限られている。だからこそ、門下生になりたいという者が門を叩くこともある。

 魔術師の職業に就き、技能を育てれば上手に魔法を使えるようになるが、新しい魔法は自然に覚える物ではないため、国に認められるほどの私塾ならばと、貴族の紹介状を持った者が弟子になることもあり、その礼金は研究所の貴重な収入源となっていた。

 無料で魔術師を育て、育て方まで公開している王立オラクル職業育成学園は、そういう意味では、カラブレーゼ魔法研究所の商売敵でもある。が。


「今のレン君のやり方であれば、競合しない部分もあるよ。それに、これからは研究業務が忙しくなるから難しいね」

「研究が? 同じ村で生活しつつ、こっそり神託の巫女様の研究をするとかでしょうか?」

「人聞きの悪い言い方だね。まあ、あの護衛の隙を突くのは難しいし、そもそもそっちじゃない。いや、興味は尽きないんだけどね。でもそれより今は、時空魔法と生命魔法新しい魔法が再発見されたんだからさ、誰かに先を越される前にそれを研究して発表しないと」


 この業界、発表内容も重要だが、発表の順番も評価されるのだ。二番目では補助金は貰えないか、貰えても少なくなる。

 だからまず当たり障りのない内容で一報。そこから詳細な研究に着手して、更に何回か研究成果の発表ができれば補助金の額も上がるし、その成果が知られれば、新しい弟子の希望者が増えるかもしれない。

 というルドルフォの説明を聞き、ステファノは、そういう戦略ならばと納得する。


「では、フィオとジャンは帰らせますか?」

「何言ってるの。あのふたりも時空魔法と生命魔法を使えるようになったんだから、研究の実験だ……実験に付き合って貰わないと」


 実験台、という言葉を言い直すルドルフォに、それを聞き流しつつステファノは頷き、首を傾げた。


「なるほど……いや、しかし、今までの卒業生が既に研究を進めているのではないでしょうか?」

「うん。それもレン君に聞いたけど、戦闘職は錬金術師たちが護衛として雇った冒険者と、騎士くらいしか育ててないって話だから、まだ今なら間に合うと思うんだ」


 仮に魔術師の冒険者が研究を行って素晴らしい成果をまとめたとしても、冒険者にはそれを発表する場がないから、急げばまだ勝負になる。というルドルフォに


「しかし、我々は卒業後、半年間は学園の職員として身柄を拘束されることになっていますが」

「レン君の話だと、朝から夕方までが拘束時間だということだから問題はないよ」

「……体を壊さぬ程度にお願いしますよ。護衛として外敵から守ることはできますが、寝不足で倒れられては守りようがありませんから」

「……これもレン君から聞いた話だけど、丸3日くらい寝ずに活動できるポーションもあるらしいよ。3日過ぎると死んだように眠るらしいけど」

「できるだけ、そういう品は使わないようにお願いします……おっと」


 ガサリ、という音を聞きつけ、ステファノがそちらに視線を向けると、ジャンが足を滑らせて転んでいた。

 長い時間、しゃがんだまま採取を続けていたため、足が痺れたようで、フィオに足を突かれて悲鳴をあげている。

 変に突かれるよりはと、正座に近い姿勢で足を守るジャンだったが、痺れた足で正座をすればどうなるのかは考えるまでもない。あまりの痛みに地面を叩きながらジャンは更に悲鳴をあげた。


 ステファノは、ジャンに駆け寄るとその首根っこを掴んでひっくり返しつつ片手で一本だけ剣を抜き放ち、ジャンの目の前にそれを突きつけた。


「静かにしろ。ここは塀の外だということを忘れるな。獲物がそこにいると認識されれば魔物忌避剤の効果は薄い。声を聞きつけられる事の意味を考えろ」

「ご、ごめんなさい」


 蒼白になりつつジャンはそれだけを口にした。

 そんなジャンに、ルドルフォは一本のポーションを渡す。


「これを飲みなさい。痺れは状態異常の一種だから、効果があるはず……ああ、あとで効果についてのレポートを提出するように」

「は、はい……でも、足の痺れくらいでポーションですか?」

「足の痺れくらいで悲鳴を上げていたのはジャン君でしょうに。いいから飲みなさい」


 ルドルフォに瓶を押しつけられ、それを飲むジャンのそばで、ステファノはフィオに問題を出していた。


「フィオ君、なぜ、ルドルフォ様が足の痺れ程度に高価なポーションを与えたのか、考えを述べなさい」

「え? えーとぉ……先生はお優しいから……ではないんですね? えと、金蔓……も関係ない、と……あ、ここは結界の外で、いつ襲われるかも分かりません。その時、足が痺れていて逃げ遅れたら命に関わりますから、貴重なポーションを使ってでも体調を整えさせることを重視した……でしょうか?」


 分かりやすく表情でヒントを与えるステファノの顔を見つつ、フィオは回答を探し出した。


「まあ、及第点ですね。それが分かるのなら、次からは仲間の足を突いて悲鳴を上げさせるのではなく、治療することを優先なさい」

「あ……はい、ごめんなさい」

「君たちの年齢だとまだ難しいかも知れないが、塀の外は危険な場所だということは、学園の教育にもあったこと。知識は使いこなしてこそ価値があると意識するように」


 ステファノの言葉を聞き、フィオは頷いた後、ところで、と質問をした。


「ところで、及第点ということは、足りない部分もあるのですよね?」

「すぐ分かる」


 ステファノがそう言うのとほぼ同時に、ルドルフォは撤収すると宣言した。


「声を聞きつけて魔物が来てるかも知れないから、もっと村の近くまで移動するよ。ジャン君、もう歩けるかい?」

「ええと……痺れはなくなりました。軽い痛みは残ってますが、感覚は戻ってるから行けます」

「よろしい。ほら、フィオ君も準備して」

「あ、はい……」


 フィオはステファノの方に顔を向け、小声で確認した。


「つまり、すぐに移動したいから、という理由もあったんですね?」

「その通り。魔物に襲われてから対処するより、襲われないように立ち回る方が賢い。そして、痺れて動けない仲間は足手まといになる。しかし見捨てるわけにもいかない。だからルドルフォ様はポーションで時間を買ったんだ」

「時間を買う……なるほど。そう言われると理解できます」


 と、突然にステファノは二本の剣を抜き放ち、森に向かって大きく一歩踏み出した。


「そこの茂みに隠れている者、なぜ気配を殺している」

「えーと、あたし? あたしだよね? 姿見せるからいきなり攻撃はしないでよね? 気配を隠してるのは、森の中だからだけど……」


 かなり離れた茂みから、ガサガサと音を立ててリオが立ち上がった。

 その姿を見て、ステファノは双剣を構え直す。


「……頬の鱗と耳の後ろの角……竜人か? 魔王となったリュンヌ様と共に、世界を滅ぼそうとした種族か?」

「まあ人種で言ったらそうだね。あたしは月と冥府と知恵を司りし女神リュンヌ様の眷属たる竜人族レウスの娘。黄金竜エーレンと連理比翼の契りを結びしリオ……最近、ちょっと切っ掛けがあって、オラクルの村で世話になってる」

「エルフと竜人が同じ村に暮らしているか……笑えないな……目的は?」


 かつて、リュンヌを騙して魔王に堕としたのがエルフであり、その手先となって暴れたのが竜人で、人間を守り、リュンヌに正気を取り戻させたのが英雄達と呼ばれる存在である。

 その程度が、書物などに残されている伝承である。

 そして、英雄達の手によって正気に戻ったリュンヌは、加担した者と同じ種族に対し、種族としての咎はないと宣言をし、これによりエルフも竜人も赦されている。というのが神殿の見解であった。

 神殿の見解はさておき、魔王出現の経緯と、以降の経緯を学んだ者からすれば、エルフと竜人が同じ場所にいるのは、悪夢と言えなくもない。

 オラクルの村での生活の中で、それを理解していたリオは、


「ん。あたしがここにいるのはエーレンに置いて行かれたから? あと、最近になってリュンヌ様から、竜人以外を知りなさいって言われた」

「リュンヌ様から? それはつまり神託を受けたと? 神託の巫女様以外が神託を受けるなど聞いたことがないぞ」

「あたしたち竜人は、リュンヌ様の眷属だからね。クロエとは扱いが別。あたしの言葉が信じられないなら、神殿でクロエに聞いてみるといいよ」

「……眷属……確かにそういう話も読んだが、眷属は神託を受けられるのか?」

「クロエが受け取る神託とはちょっと違うかな。クロエのは夢の中にソレイル様が出てくるらしいけど、あたしたちは起きたまま声を聞き、会話もできる……」


 そこまでリオが答えたところで、唐突にルドルフォがステファノの前に出た。


「待ちなさい! 今の話を詳しく……神の声を起きたまま聞き、会話も出来る? 失礼を承知でお願いがある。君のことを魔力感知を使って見ることを許してもらえないか?」


 クロエとの一件で、あの聞き方は不味かったと学習したルドルフォは、比較的穏便な言い方をするのであった。

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