第81話 二流品の在庫

 エルフ達が到着したその翌日、獣人とドワーフの一行がやってきた。


 まずやってきたのは獣人たちである。

 獣人には本来様々な動物の形質が現れ、それが竜であればリオのような竜人となる。現在生存が確認されている獣人は、竜人を除けば犬人と猫人だけであり、今回やってきたのは犬の獣人のみである。比較的動物の形質が多く残っており、犬人は竜人よりもやや動物よりである。具体的には、耳は頭頂部にあり、鼻は動物っぽく、唇の形状も上唇が割れていて、顔には体毛が密生している。

 そんな獣人達を見て、レンはライカに質問をした。


「ライカ経由で話は聞いたけどさ、なんで犬人ばかりになったんだっけ?」

「はい。学ぶとか、訓練とか、猫人も出来ないわけではありませんが、それらは比較的犬人が得意とするところだと言うことで、第一弾は犬人になったそうですわ」

「その、見た目柴犬っぽいのも混じってるけど、真面目に取り組むのか?」


 実家で飼っていた柴が、餌で釣らないとあまり言うことを聞かず、飽きたら突然遊ぶのを止めたりと、自由に生きていたのを思い出し、レンが恐る恐るライカに尋ねる。


「柴犬……犬種ですわね? 話に聞いたことはありますが、見た事はありませんわね。レイラ、問題はないのでしょうね?」

「はい、かあ様。彼らはきちんと初級職業を修めていますので、それなりに学ぶことには慣れているかと」


 校庭いっぱいにばらけて、興味の赴くままにあちこち覗いて回り、エルフの宿舎に突入しかけて追い出されるなど、そこそこ賑やかな顔合わせの後、在校生によって獣人達は宿舎に案内された。


「それはそうと、在校生に任せちゃったけど、問題ないんだよね?」

「ええ。彼らは変なところで拘ったりしますが、儀礼的な部分はあまり重視しないので問題はないかと」


 ただし彼らに儀礼を求めても無意味なので、そこは理解しておいて欲しい、とレイラは答える。


 そんなこんなでバタバタしていると、次はドワーフの一行である。

 短躯の彼らの多くは髭を伸ばし、手足が太い。

 そんなゲーム中のままの姿を見て、レンは思い出した。


「あれ? ドワーフって性別分からないんだよな?」


 分からない、まで言うと言い過ぎではあるが、彼らの個体差は他種族からだと非常に分かりにくく、性別についても見た目での判断は難しい。

 男女ともに髭を生やし、ビール樽のような胴体。手もゴツいし、喉仏は髭に隠れている。

 ドワーフ同士でも、あまり外見での判別はしていないそうで、仕草と声で判別するという話をライカが説明する。


「なるほど……あ、あの髭のないドワーフは女性かな?」

「髭がないのは多分鍛冶師ですわ。燃えてしまうと危ないですから」

「……あー、まあ道理ではあるね」


 ゲームの中では、髭のドワーフから鉱石採取依頼を受けたりというクエストがあったのを思い出しつつも、まあ、腹まで届く長さの髭では、鍛冶仕事の際に危ないというのも理解できる、とレンは頷いた。

 ドワーフに対してはレイラが対応をした。

 獣人同様、あまり礼儀については拘りを持たないドワーフだが、こと、物作りに関しては一家言あるため、宿舎についての細かな質問や要望は必ずあるだろうと想定したライカが、設計についてドワーフと直接やり取りをしたレイラが適任と判断したためである。


「それで、リオは保護できてるんだよね?」

「今日は森に出ていると神殿から連絡がありましたわ。しばらくは神殿預かりですので、そうそう鉢合わせになることはないと思います。しかし、今後も獣人を受け入れるのであれば、いつまでも隠し通すのは難しいと思うのですが」

「まあ、それについてはちょっと考えてることがある……さて、受け入れも終わったし、後は任せて良いかな?」

「構いませんが、レンご主人様どちらへいらっしゃるのですか? 今日は特に予定はなかったかと記憶していますが」

「ああ、もう一組、面倒なのがいるだろ? あっちの様子を確認しとこうかと思ってね」


 レンはそう言って、学園の向こうの壁に視線を向けた。




 魔術師の訓練は、ただひたすらに魔法を使い続けることである。

 もちろん、腕立て伏せとスクワットでは鍛えられる筋肉がまったく異なるように、使い方、使う魔法などによって育つ技能は変化する。しかし何にしても繰り返し、何回も魔法を使う必要があるのだ。

 魔法を使えば魔力が減るため、そう何回も使い続けることはできない。

 だから、魔力回復ポーションを用いる。

 しかし、ポーションにはクールタイムがあるため同一ポーションの連続使用には意味がない。それが常識だった。


「だからと言って、レシピ違いのポーションをあんなに用意するとは……気が狂ってるとしか思えませんね」


 ルドルフォは、森の中で、たまに見掛ける魔物や獣を魔法で排除しつつ、ポーションの素材となる各種薬草を探していた。

 その装いは、レンが用意した生徒用のローブと帽子。迷彩模様でなければ、お伽噺の魔法使いを彷彿とさせるかもしれない。

 そのそばには、これもまたレンが用意した、これまた迷彩塗装の革鎧を着込んだステファノがいた。得物は双剣である。


「ああ、頑強草だ……葉の中程から切り取って保存、と。ステファノ君、そっちはどうかね?」

「塩水石を見付けましたので今から掘り出します。しばらく警戒が緩くなりますのでお気を付けください……それにしてもルドルフォ様に草集めをさせるとは」

「いやいや、得られる力を考えればこの程度……とと、スライムだ……穿て。アイシクルアロー」


 ルドルフォの手元から氷の矢が飛び出し、木の枝の上に隠れていたスライムを貫き、凍り付かせる。


「……実際、この魔法もこんなに強化されてるし、呪文も短くできたからね。王立オラクル職業育成学園のやっていることに嘘はないよ」

「エルフが神の名を騙っているのに、嘘がないとは」

「ステファノ君。それ、神殿の人に聞かれたら大変だからね? 彼の言葉は神託の巫女様が保証しているんだから」

「分かっていますが、エルフはかつてリュンヌ様を惑わした大逆の種族です」

「それは神の名の下に赦されているからね? 神殿からしたら、今のステファノ君の方が、神の言葉を聞かぬ愚か者ってことになっちゃうから、言葉には気を付けてね?」


 ルドルフォの言葉にステファノは小さく謝罪の言葉を延べ、地面から大きな白い石を引っ張り出す。

 そうやって素材集めをしていると、ステファノのそばの茂みから、銀髪の、シルヴィよりもやや年若い娘が顔を覗かせるが、予め接近に気付いていたステファノは目を向けようともしない。


「ルドルフォ先生! あっちにたくさんのグリーンベリーがありました。私じゃ背が届かないので、お願いします!」

「……フィオ君の背が届かないのは当然だが、ジャン君はどうしたのかね?」

「グリーンホーンラビットを捕まえて撫でてます……私には撫でさせてくれません!」

「一応、あれでも魔物の一種だからね。下手をすれば指くらい噛み千切られる。撫でたいなら、後で毛皮を貰ってあげよう」

「可哀想です!」


 脱線したまま戻ってきそうにない師弟に、ステファノは重い溜息をつくと、腰を上げた。


「……それでフィオ、グリーンベリーはどこだい? ルドルフォ様も、このあたりは採り尽くしているでしょうから移動しましょう」




 王立オラクル職業育成学園の訓練方法は分かってしまえば単純で、腕の良い素材採取者と、同じ効果をもたらすポーションの複数のレシピを知る錬金術師、可能ならそれらを護衛する者をそれぞれ複数人用意すれば誰にでもできる。でもまあ、その人員を集めることが今まではそもそも不可能だったわけですが。と、ルドルフォは嘆息した。

 従来レシピで作成した魔力回復ポーションであっても、そこそこ稀少な素材を使うため、量を揃えている店はそう多くない。

 だから魔術師の熟練度をあげるのは初級だけであっても時間が掛かるし、水、火、土、風の各系統を満遍なく訓練することも難しかったのだ。

 それがこの学園では、中級の錬金術師達がポーションで回復しながらポーションを作りまくっている。ポーションは一度に16本ずつ作成されるが、そのために必要となる魔力は、不慣れであってもポーション2本、慣れれば1本で十分に賄える。だから、ポーションで回復しながら錬金術を使い続ければ、ポーションは増える計算である。理屈だけでなら、やらない理由はない。しかし、それを行うには素材の十分な供給が必要となるため、実際にそれを行える者は殆どいない。


(クールタイムごとにポーションを使って技能を鍛えていた私も相当狂ってますが、異なるレシピを発掘して、各職業を鍛え、素材の供給まで過不足なく行えるサイクルを構築するという発想は、まともでは思いつかないです。あのエルフ君とは一度じっくり話をしてみたいものです)


 ルドルフォの思考は、次の瞬間、フィオの叫び声に遮られた。


「ああっ! ルドルフォ先生! ジャン君がグリーンホーンラビットに凄い勢いで蹴られてます!」


 フィオの指し示す方を見れば、森の奥の少し開けた場所で、ジャンがグリーンホーンラビットの首根っこを捕まえてぶら下げていた。その状態でグリーンホーンラビットは凄まじいまでの速度とキレでジャンに蹴りを放ちつつ、首を回してジャンの腕に噛みつこうとしている。


「ジャン! 噛まれるぞ! 首筋じゃなく、角を掴んでぶら下げて振り回せ! おとなしくなったら首をはねるから、そのまましっかり押さえてろ!」


 ステファノはそう言いながら二本の短剣を抜き、ジャンに駆け寄る。

 が、ジャンは角を掴んで振り回したグリーンホーンラビットをそのまま森の茂みに投げ込んだ。


「ふうっ! 危ないところだったぜ」

「見た目は愛らしくともあれは魔物だ。捕まえて撫でる程度は良いが、力負けするくらいなら手なんか出すな。それにあれだって緑の魔石を取れるんだ。無駄にするな」

「……すみません」


 ステファノに頭を小突かれ、ジャンは反省しましたと俯いて見せる。


「ジャン君、次は私も撫でさせてよね……じゃなくて、危ないことしたらダメなんだからね……あ、ルドルフォ先生、グリーンベリー、あそこです」


 ジャンに一言いうと、フィオはルドルフォにベリーが成っている低木を指し示す。

 高さとしては、ルドルフォよりもやや高めで、下の方の実はあらかた取りつくしている。

 枝にはしっかりとした、それでいて鋭い棘がたくさん生えており、よく見れば、フィオの作業用手袋には折れた棘が刺さっている。

 一応、努力の跡があるのを確認したルドルフォは、学園で借り受けた道具の中から、長槍ほども伸ばせる鋏を取り出し、それをフィオに手渡した。


「これを使いなさい。離れた場所の枝を切り、実などを挟んだまま持ってくることが出来るらしい」

「へぇ、便利な道具ですねぇ」


 手元のレバーをカシャカシャと動かし、先端の鋏が開閉するのを楽しそうに眺めるフィオに、ジャンが声をあげる。


「あ、そんな面白そうなもん、ズルいぞ、フィオ!」

「……やりたいなら任せるけど?」

「え? いいのか? って、結構重いし、難しいな」


 フィオから高枝切りバサミを受け取ったジャンは、その先端をグリーンベリーに向け、数個まとまった房を切り取る。

 そのまま鋏を閉じたまま、先端を真上に持ってきたジャンは、首を傾げた。


「これ、届かないけど、どうやって取ればいいんだ?」

「あー、もう、実はこっちの籠に入れて」


 柄の長さから、目測で良さそうな位置に布を敷いた籠を置いたフィオに、ジャンは


「お、ありがとうな」


 と礼を言って、籠にベリーを落とす。


「ジャン、力持ちだねぇ。それ、結構重くて、私じゃ持ってるだけで精いっぱいだったのに」

「おう、任せろ。どんどん取るから、籠、見ててくれ」

「……フィオには悪女の素質がありますね……おや? ステファノ君?」

「ええ、そちらの奥に一人。近付いてきているみたいです」


 仲良く高枝切りバサミでグリーンベリーの採取を行うふたりを背に、ルドルフォとステファノが一応警戒する。

 接近する気配は、すぐに藪をガサガサと揺らしながら姿を現した。


「ああ、エルフ君……レン君だったね?」


 レンの姿を確認し、ルドルフォは警戒を緩める。


「ええ、好きに呼んでください。周囲の護衛はかなり離れてるみたいですが、大丈夫ですか?」

「そうして欲しいと頼んだのだよ。私とステファノ君がいれば、この辺りの魔物は脅威にはならないからね。それなら広範囲に広がって、皆で採取をした方が賢い」

「まあ、確かに……それにしてもステファノさんは短槍使いかと思ってましたが、双剣でしたか」

「……ミロの街では短槍を使ってましたが、覚えてましたか。ええ、実はそうなんです。でも双剣は中々よい出物がなく、短槍を二本使っているんです。この双剣はなかなかの業物ですね。売って貰うわけにはいきませんか?」

「あー、申し訳ないけど、それは生徒を育成するための物だから譲れません……ああ、でもミロの街の鍛冶師は中級になって、聖銀ミスリル魔銅オリハルコンなら扱えるようになってますよ。まあ、双剣なら金剛鋼アダマンタイトの方が良いんでしょうけど残念ながら、まだそっちを扱える鍛冶師は育ってません……ああ、そうだ。鋼の双剣にエンチャントした物なら、生徒が作ったのが倉庫に沢山ありますから、そこから、良い品を手に入れるまでの繋ぎになりそうな物を探してみても良いかもしれませんね」

「倉庫に? なぜ、学園で武器を集めてるのでしょうか?」


 ステファノが怪訝そうに眉根を寄せる。

 レンは苦笑しつつ、それに返した。


「集めてるわけじゃなく、単に引き取り手がなかったんです。学生が作った中から、良い物は卒業生が持っていきます。三流品は潰して素材にします。残っているのは、一流じゃないけど、三流でもない、そこそこ使えそうな品です。物作りをする者として、そうした品を市場に出すのは憚られ……あ、でも二流品と言っても、双剣を二本使うのなら、組み合わせ次第では面白いことになると思うのでお勧めしたわけですが」


 慌てて言いつくろうレンに、ステファノは思わず笑みをこぼしていた。


「クク……作り手の矜持かい? 真面目なエルフ君だ。それじゃ、村に戻ったら君のお勧めの双剣を見せて貰おうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る