第82話 獣人の弱点
ヒト種以外に対する教育は、基本的にヒトのそれと変わらなくても問題はないだろう。
強いて言えば、エルフは精霊闘術がある分、やや、魔法寄りの育成が簡単になるとか、ドワーフは火の扱いが上手く、鍛冶関連の技能が育てやすいとか、獣人は力と素早さに長けているから力仕事や狩りを任せたら良い結果が得られるだろう、という程度で、まあ言ってしまえば個性である。
と、皆から話を聞いたレンは考えていた。悲しいことに過去形である。
犬人の鍛冶師は全員それなりの経歴で、教師の見立てでは、即時、中級になれるだろう、という判断があり、実際、既に全員が中級に成長していた。
だが、順調だったのはそこまでだった。
魔物の前で採掘をし、学園に戻って土魔法と錬金術で作成されたストーンブロックのレンガを用いて魔力反射炉を組み、
対策の相談をされたレンは、理由を聞き、頭を抱えた。
「……いや、まあ最初聞いた時は個性だと思ってたんだけど……獣人はちょっと違い方が突き抜けて厄介だな」
その翌日。レンは鍛冶の実習ブロックに犬人の鍛冶師を集め、
――言葉を正確に使うのであれば、それは補習授業だった。
獣人には獣の特徴が色濃く出ている。
竜人のリオなら、顔に小さな鱗があったり、耳の後ろ辺りから角が生えていたりするわけで、犬の獣人の場合、耳と尻尾と顔にその特徴が色濃く出ている。
手の構造はヒトやエルフに近いが、見える範囲には毛が密生しており、筋力が強く、嗅覚や聴覚に優れている。
全身に密生した毛は、難燃性というわけもなく、加熱すればチリチリになるし、燃えもする。
そして、犬人には汗腺が極めて少ないため、熱にはとても弱い。
「はい、それでは、代表者。再確認になるけど、まず、今まではどうやって鍛冶仕事をしていたのかを教えてください」
レンの言葉に、4人の獣人達は顔を見合わせ、すぐに一人が前に出た。
尖った耳とふさふさの尻尾はシェパードっぽいかな、などとレンが考えていると、彼はレンの質問に答えた。
「犬人鍛冶師のトルドです、先生。里では鍛冶師として6年ほどやっていました。火を扱う際、我々は水を被り、適時それを追加しながらやってきていました。そうしないと体毛が燃えたりして危ないのです……自分たちはあまり汗をかかないので……」
「初級ならそれで間に合っていた訳だね?」
「はい……ですが、
「耐えきれずに倒れた、と……火傷の方はもう完全に大丈夫だね?」
「はい。古い火傷まで綺麗に治りました。凄いポーションをありがとうございます」
原因は、
魔力操作は近距離であるほど精密かつ強力に行える。
だから、多くの鍛冶師は、ギリギリまで炉に近付いて作業を行う。
普通であっても熱いのに、全身に密生した毛を水浸しにしたため、その水が炉からの輻射熱で沸騰しかけたのだ。
最初の内は、器用に体を振って熱湯を弾いていたが、それで完全に乾くものでもなく、結果、全身を火傷する羽目になったのだ。
レンは腕組みをして考え込んだ。
「我々が中級の鍛冶師としてやっていくのは、やはり難しいでしょうか?」
耳をペタンと伏せ、力なく尻尾を垂らす彼らの姿を見て、レンは、そうじゃない、と笑って見せた。
「大丈夫だって、君たちなら出来る。ただね、やり方が幾つもあるんだよ。それが、君たちが里に戻って次世代を育てるときに使える方法かどうかを考えていたんだ……例えば、一番簡単なのは熱耐性のエンチャントが付いた装備を付けて貰って作業をすることだ。今、君たちを育てるだけなら、その方法でも問題はないけど、その装備がなければ成立しないやり方だから、錬金術師がいないとならない……他にも自分たちだけでも出来そうな方法もあるんだけど、どれを教えるのが一番効率的か、ちょっと考える必要があるかな……まあ、これを貸してあげるから、試しに誰か代表で
レンはポーチから熱耐性の付いたジャケットを取り出し、それをトルドに手渡した。
これで問題がなければ良いのだけど、と、レンが様子を見ていると、トルドはジャケットを羽織り、教えられたとおりに
トルドは自分で言うようにまったくの素人ではなく、手際は悪くない。
そして、
「待った。まずはそのままやってみて。水被ったらまた火傷しちゃうから」
「あ、そうですね。ついいつもの癖で……」
トルドは頭を掻きつつ炉の前に戻る
「それじゃ再開して。熱くてキツくなったらすぐに下がって水を被って……と、そっちの君、いつでも彼に水を掛けられるように準備だけしといて」
「あ、はい」
桶と柄杓を持ってスタンバイする、どことなくコリー犬を思わせる女性の犬人。
トルドは改めて炉のすぐそばまで進んで、魔力操作を開始する。
炉内を加熱し、
溶けた金属は炉内に設けた傾斜面を、出湯口に向かって流れていく。この結果、金属とそれ以外が分離される。
融解する温度こそ違うが、ここまでの工程は他の金属と大差はない。
そして、次の工程が少々特異な部分となる。
魔力感知で
作ろうとする性質により、ここで浸透させる魔力量を変化させたりもするが、今回はまず作ってみようという段階なので、不足がないようにやや多めに魔力を浸透させ、馴染ませていく。
「浸透終了。叩いて折り返します」
この段階での
物理的に叩いても凹むだけだし、折り返しても混じるだけである。
が、魔力を使うとなると話は変わる。
魔力で叩くことで、事前に浸透させた魔力が揺れ、状態が不安定になり、それを折り返すことで、しっかりと混ざり合う。
それを数回繰り返すことで、
後は出湯口を開いて、
「できた」
ぽつり、とトルドが呟く。
そして、レンの方に振り向き、尻尾を振りながら、
「先生! 出来ました!」
と叫んだ。
「うん。まだ冷却中だけど、まあここまで出来ればほぼ完成だね。言っただろ? 君たちなら出来るって」
「はいっ! あ……でもこんな凄い装備、里に戻ったら使えません」
「いや、君の里か、近所の里から錬金術師希望の人が来ているなら、その人に頼めば、これに近い装備は作って貰えるから。後はそうだね。消耗品を使っても良いのなら、錬金術師に耐熱ポーションを作って貰うという方法もあるね。飲んでから半日くらいは体表面の熱が体内まで浸透しにくくなる。まあデメリットとしては、炉の温度を感じにくくなってしまうのと、感覚が少し鈍くなるので、微細な温度調整が求められる仕事では使えないって点かな」
「……錬金術師、うちの里からルート女史が来てます」
「なら、大丈夫だよ。中級になったら簡単な付与とかできるようになるから。魔法金属にはまだエンチャントできないから、頼むなら皮製品がお勧めかな」
「先生! 俺たちも
「んー、なら、錬金術師の生徒達に、熱耐性装備を作って貰うように頼んでおく。で、それが出来るまでは、これを使って訓練して」
レンは、火竜装備以外の熱耐性が付与された各種装備を人数分取り出し、皆に貸与する。それらは兜だったり籠手だったりと統一性に欠けるものだが、全員がそれを恭しく受け取っては身に着ける。
同時に、参考情報として、どのような装備が望ましいかを聞き取り、メモに残していく。
希望が多いのは革紐で編んだネックレス、ベルトだった。
(皮手袋あたりかと思ったけど、皆しっかり考えてるなぁ)
なぜそれを選んだのかとレンが理由を尋ねたところ、
皮手袋や衣類は仕事柄身につけるものだが、どうしても傷みやすい。
それに鍛冶師達にはまだサイズ調整のエンチャントについて教えていないため、サイズが合わなくなったら、今は良くても将来困る。という判断もしていた。
指輪、腕輪は鍛冶仕事の邪魔になる。
鍛冶仕事の際に肌に金属が触れているのは望ましくない。その点、革紐のネックレスやベルトはサイズフリーだし、そこに大きなダメージを負うようなら命も危うい状況なので、必死に守る。
だから、もしかしたら次世代に引き継ぐかも知れない道具は、そのあたりに付けておきたい。ということだった。
その後、全員が精錬の訓練を開始したところで担当教員に引き継ぎ、レンの出番は一旦完了となった。
革紐のネックレスとベルトを、少し多めに細工師の生徒に依頼し、それが完成したら錬金術師の生徒にエンチャントをさせるという話を、各担当教官と付けたレンは、ひとり、ノンビリと村の周囲を見回っていた。
グリーンの領域で、レンがそうそう後れを取るとも思えないが、一応、護衛が付いている。加えてオマケも。
自称護衛のライカは、レンと、その横であちこち覗き込みつつ散歩を楽しんでいるクロエの姿を後ろから眺めていた。
今日のクロエは、黒いワンピースの上に白いローブ、腰にポーチ。
あまり刃物を持たないクロエだが、今日は申し訳程度ではあるが、腰に小さな鞘付きのナイフを刺している。
ちなみにクロエの護衛として、フランチェスカはクロエを挟んでレンと反対側に。エミリアは前方を警戒している。
「レン、今日は廃坑まで行くの?」
「あー、そこまでは行かないつもりだけど。行ってみたいのか?」
「うん」
「中には入れないんだけど?」
「知ってる。廃坑は崩れて危ない」
クロエの返事を聞き、フランチェスカが安堵の溜息をもらす。
「だから入り口から中を覗くだけ。ダメ?」
「……俺が許可を出せる話じゃないんだけど……フランチェスカさん、どうですか?」
「……見聞を広げることも神託の巫女様のお務めなれば、入り口から1歩離れ、レン殿から売って貰った反射界の中から覗く程度であれば」
「なるほど。なら行くか……ライカ、念のため、先行して周囲の敵を片付けて、魔物忌避剤を散布しておいて貰えるか?」
「……一応
小さな溜息を残し、ライカは弓を片手に森の奥に足音を立てずに消えていく。
それを見送り、クロエは腰に差した小さなナイフの鞘を撫でる。
「それ、問題はないかな?」
「魔法付与はちゃんと使えてる。小さくて便利」
そのナイフは、学園の卒業生が作り上げたものだった。
刃の部分は固めに仕上げた
それは付与魔法ではなく、精錬時に
そして、鞘の部分にはクロエ自身が魔法を付与している。
革製の鞘は不自然なほどに円筒状で、先端には穴が空いていた。
そして、鞘の中程には魔石がはめ込まれている。
それは、魔力を通すことでON・OFFを切り替えられる照明魔法が付与された魔道具だった。
物としては魔石ランタンに近いが、普通のランタンが光源の周囲に遮る物がないのに対し、鞘は先端の穴の中に光源を生み出し、光が照らし出す範囲を限定していた。
敢えて光量を抑えることで、魔石ランタンよりも暗いが、長寿命に仕上がっている。
要は懐中電灯である。
もう少しすると、そこに制約が掛るわけだが、こうしたちょっとした魔道具を、卒業して地元に帰った学生達がオラクル便利道具と称して売り出し、現在は彼らの収入源となりつつある。
元々、この程度ならこの世界の者の持つ知識と技術を組み合わせれば作り出せたはずだが、ゲーム内で使われていた魔道具は、あまり形を変えず、マイナーバージョンアップのみで、見た目や操作性に大きな変化があるものは少なかった。
(料理とかは結構自由にやっていたから、ゲームの設定からの逸脱は別に禁じられてないはずだけど……職業のレシピを至上って考えてしまう部分があるのかな?)
これがお手本だ、と示されているためにそれがゴールとなってしまっているのだろうか、とレンは推測をするが、それはやや外れていた。
レンの推測も間違いではないのだが、もっと大きな理由として、そんなことに人手を割く余裕がない、というものがあった。
人口が減った世界で物作りに求められるのは、効率となる。
素材も無駄にはできないため、試作品を作ったりする余裕もなく、ただひたすらに、同じ物を作り続けていたのだ。
だから、学園に来て、見た事のないような魔道具を見た作り手達は、その発想に驚き、喜び、自分たちも様々な工夫を凝らしたのだ。
オラクル便利道具とは、いわば、それまで抑圧されていた作り手達の、作りたいという欲望が形になった物であったのだ。
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