第77話 スローライフは一日にして成らず

「一応、エーレンからもリオに説明をしておいてくれますかね? 本人が事情を知らないのでは保護は難しい」

『うむ。我からも伝えておこう。そうだ、この礼としてほしい物があればリオに伝えるがよい。例えばじゃが、黄金竜以外でよければ竜の死体もあるぞ?』

「リオの保護だけでそれは貰いすぎです……でも、なんでまた竜なんて?」

『うむ、我の縄張りを侵した知恵なき竜は倒して竜人たちに下賜しておるのだが、奴らは鱗の綺麗な所と魔石と肉以外には興味を持たぬでの。肉を喰らった後は野晒しよ』

「そりゃそうなるでしょうね。ソウルリンクができる竜人には武器も防具も不要でしょうから」

『そうじゃな、竜化すれば黄金竜の爪や鱗をまとえるのだから当然ではあるが、竜の鱗よりも獣の毛皮や肉の方がありがたがられるわい』


 そんな話をしながら笑い合うエーレン=リオとレン。その横で、ルシウスは理解できない、という表情をしていた。


『どうした? 聞きたいことがあるなら遠慮はいらぬぞ? さしずめ、なぜ、ここまで状況が悪化するまで出てこなかったのか、という恨み言であろうか?』

「……お見通しですか……ええ、そうです。恨むつもりはありませんが、竜と対峙してそれを下せるほどの強さです。イエローの魔石だけでも供給して貰えていれば、ここまで人間は減らなかった、と思うのは傲慢でしょうか?」

『我々が救うのは人間全てではなく、竜人のみじゃよ。竜人は人間の中でも特異だ。多種族との交流がなくても生きていける。なれば、我がお前を救う理由が奈辺にありや?』

「ならばなぜ――」

『なぜ、今になって現れた、か? 我は主が納得できる答えを持たぬよ。ただ、そこなエルフを探し、その力になれと、我が神からの言葉があったから、じゃな』


 初めて出会ったときにレンに話したのと同じことを繰り返すエーレン=リオ。

 レンには納得の行く回答ではなかったが、ルシウスはその答えに納得したように頷いた。


「なるほど……神のなさることを探るのは不敬か」

「いやいや、待って待って」


 レンが声をあげると、ふたりは何かあったのか、とその視線をレンに向ける。


「どうかしたのかね?」

「いや、どうかしたかも何もないですよ。神の望みを理解せずに、正しい道を選べるんですか? 神の言葉を疑えとまでは言いませんけど、何をしようとしているのかを理解して、それに沿って行動するのは人間の義務じゃないんですかね?」


 レンとしてはかなり言葉を選んだ結果、このようになったが、


(神が正しいと盲目的に信じるのはダメだろ。なんでこの世界の人はこんなにノンキなんだ。実際、人間は滅び掛けてるじゃないか。それすら神の計画なら、それこそ邪神の類いじゃないか)


 というのが本音だったりする。


『我らは神の意図から大きく外れれば声が届くから問題はない』

「ふむ。神殿からは神の意図を探るのは不敬であると伝えられているのだが」


 レンは、はぁ、と溜息を吐いて、ルシウスに問いかける。


「ルシウスさん、もしもあなたの部下が、上司の意図を考えるのは不敬だ、言われたことだけ言われたようにやってれば良いとか言い出したらどう思いますか?」

「…………なるほどそういう視点はなかったな……意図を汲んで、それを実現出来るように力を尽くすべきなのか? いや、しかし、神ならざる非才の我が身と神を同列に考えるのはそれこそ不敬か?」

「神の意図を自分の都合の良いように決めつけて、神はこう言った。それはこういう意味である。だから皆はコレをしなければならない。とか、言われてもないことを勝手に神の意志であるとか言い出すのはダメですけどね……エーレンも、神に行動の訂正をさせ手間を取らせる方が不敬って考えられない?」

『……む? しかし、意図を考えるべきであればそのように言うのではないか?』


 リュンヌは他の神と異なり竜人を眷属と定め、竜人には神託の巫女のような手間を掛けずに声を届けることができる。

 今のやり方に問題があるなら、その旨を指摘するはずだとエーレンは主張した。


「うん。まあ、実際の所、意図を考えてほしいと思っているのかは確認してみないと分からないんだけどね」

『それを問うことこそ、神の意図を探る不敬となる』

「まあ、その辺は種族の宗教観の話だから最終的な判断は任せるけどさ、ヒトの神託の巫女は、意図を考えるようにすると言っていたから、今度相談してみるといいよ」

『そうしよう。それではリオのこと、頼んだぞ』


 そう言ってエーレン=リオはドアを閉じ、しばらくは中からごそごそと物音が聞こえていた。

 恐らく脱皮した皮やら鱗やらを拾っているのだろう、と判断したレンは、椅子をそのままに扉に背を向けた。


「さて、ルシウスさん、次はどこを見ますか?」

「竜人の娘は放っておいても大丈夫なのかね?」

「ええ。この学園付近はリオにとっては縄張りみたいなものですから」

「ならば、この校舎の教室を見ることは可能だろうか?」

「ええ、今日はみんな森に出ている筈ですから……ええと、幾つかあるんですけど、錬金術などの屋内でできる系統と、鍛冶師などの専用設備がないとできないもの、あと、外で体を動かす系のどこから行きますか?」

「……近場から順に、だな……それらの教室は例の件で増設したりするのだろうか?」

「いえ、多少は手を入れますけど、そのくらいです。ほら、体格が違う種族が集まりますから、椅子や机の高さの選択肢を増やしたり、程度ですね……ではまずはこちらの部屋から……基本、どの職業の生徒も最初はこの教室を使います」


 カラリ、と軽い音を立ててドアを開いたレンが、壁に固定されたスイッチを操作すると、室内が明るく照らし出された。

 大きな黒板があり、そこを見下ろすように階段状に机が並んだ部屋は、かなり贅沢に空間を利用した造りになっている。

 よく見れば、机はサイズごとに色分けされていると分かる。


「ふむ……ここでは何を学ぶのかね?」

「現状ですとまず、事務連絡ですね。宿舎の運用ルールとか、卒業後の労働奉仕についてとか、全員に伝えたい情報はこの教室で伝えたりします。それと、苦手な人には基礎的な文字と計算ですね。それが出来ているなら専門別の教室に進んでもらいます」

「……それだけのための施設と考えると、かなり贅沢な造りだな……照明は魔道具ではないのか?」

「ええ、緑の魔石で動く魔道具です。魔石は生徒が素材採取などで森に入れば簡単に手に入るものです。ランプは俺の手製になりましたけど、そういう風に使えると知れば、付与術を学ぶ際の励みにもなりますし、火を使わないので火災予防にもなります……さて、次はこちらです」


 隣の部屋に移動すると、そこには理科室のような部屋があった。だが、もちろん、ルシウスにはそのイメージはない。

 大きな作業台が幾つも並び、水栓こそないが、水を流せるような小さな流し場が作業台ごとに設置されている。

 よく見れば、作業台は木製のものと表面を石で覆ったものとがあり、照明の配置もその台の上を重点的に照らし出すようになっている。


「ここは、錬金術を学ぶ部屋かね?」

「錬金術を始めとする、大きな専用設備がなくても実施可能なことを学ぶ部屋ですね。基本、ポーションを飲みながらポーションを量産してもらいます。完成したポーションは自分で使っても構いませんし、教員に渡して、卒業後の労働奉仕期間を短くしてもらっても構いません」

「ほう、期間短縮の制度は知らなかったな」

「最初の頃の生徒からそういう要望があったので対応してみました。まあ、自分で作ったのを飲んで、学習期間の方を短縮する方を選択する生徒の方が多いですけど」

「この、机が二種類あるのはなぜかね?」

「腐食しやすい薬品を使ったりすることもあるので、そういう場合は石で覆われた台を使ってもらうんです」


 レンは、軽く机の表面をノックして、硬質な音を響かせた。


「この台の表面、たまに割れたりもするので、必要ない場合は木の方を使って貰います。まあ割れても、錬金魔法や土魔法でヒビを埋める程度はできますので、保守費用はほぼゼロですけど」

「ほう……ところでこの部屋の机の高さ、さっきのと違って統一されているのだな。ドワーフでは、きつくないだろうか?」

「机の下の部分で高さの調整が出来るように作ってあるんですよ。ああ、でも椅子の高さは敢えて統一しています。作業中、反応に集中したまま椅子に腰掛けようとして、椅子の高さが予想と違っていたりすると危険ですから」

「なるほど、理由があるわけか……レン殿、その、なぜこの部屋の机の高さは変えられるのに、椅子の高さは固定なのか、というような話も生徒に伝えているのだろうか?」

「いえ、各自が弟子を取る程度までは想定していますが、学舎をあちこちに作るというのは想定していませんので……教えておくべきだと思いますか?」

「ああ、少なくとも他の種族の者には伝えるべきだろう。彼らが自分たちの学び舎を作るのであれば、そうした情報は貴重だ」

「あー、できれば各自が弟子を取る徒弟制で広めてほしいんですけどね。学び舎方式は知識が集中しますからね。人口が少ない段階で学び舎が崩壊して教師が全滅したら、割と致命的です」


 そういえば、最初の頃からレンはそんなことを言っていたな、とルシウスは思い出す。


「学び舎が複数個所に出来れば当面は、問題なかろう? 皆が同じ知識を持っているなら、どこが壊れても取り返しはつく。教師は貴重だが、その知識は唯一無二のものではないし、そうあってはならない」

「その辺については、まあお任せしますけど、知識の共有と保存はきっちりお願いしますよ? ああ、設計の理由についてまとめておくべきというご意見は承りました。まあ、本を書いて読ませる程度しかできませんけどね」

「充分だよ。さて、次の部屋に……とその前に質問なのだが、さっきの部屋にもあったようだが、あれは何かね?」

「あれ?」


 ルシウスが指差したのは、天井からぶら下がっている金属の筒のようなものだった。


「あー、プロジェクタースクリーンですね。作ってみたものの、今一つ使い勝手が悪いんですよね」


 レンはそう言って、スクリーンを下ろし、天井の照明を消し、教室の一番後ろに設置したプロジェクターを確認し、スイッチを入れた。

 プロジェクターから光が漏れ出し、スクリーンが照らし出される。

 そこには、火を使う際の注意が表示されていた。


「こうやって使うものなんですけど、表示データを作るのが案外面倒なんですよね」


 それは現代日本で普及しているプロジェクターではなく、前世紀に使われていたOHPオーバーヘッドプロジェクターと呼ばれる、静止画像専用のプロジェクターだった。

 台の中に光源が入っていて、文字や絵を描いた透明なフィルムを下から照らし、その光を上部のレンズとミラーで90度曲げ、正面のスクリーンに映し出すというシンプルな構造の道具で、これならこちらの技術でも再現できるだろうとレンが作った物だった。

 錬金術の素材の中に、ポリエチレンやポリプロピレンに似た性質の素材が存在しており、それをフィルムとして利用しているのだが、そこに文字を書き込むのがレンには苦痛だった。

 書き損じた時は、思わずundo操作ができないかと真剣に悩んだりもしたが、そうやって作成した資料は後継の教員達が利用している。


「これは……これを伝えるだけのために魔道具を作ったのかね?」


 ルシウスが何を言わんとしているのか、一瞬理解に苦しんだレンだったが、すぐにその意図を理解して首を横に振った。


「? ああ、いえ、これ、表示内容はこっちのフィルムに書かれていて、これを交換すると、表示内容が変わるんですよ」


 そう言ってレンはセルフィルムをペラリとまくって見せる。

 結果、スクリーンの表示が真っ白になったのを見て、ルシウスは大まかにだが仕組みを理解した。


「この魔道具……毎回、大勢に見せるような資料を作っておくと便利そうだな?」

「ええ、その通りです。なので教育機関向けですね……一回作れば、生徒が入れ替わったときに同じフィルムを使い回せます……何か気になる点でも?」

「いやな、城に新人が来た際の教育でこれが使えそうだな、と……それに、会議を何回かに分けて行う際にも使えそうだな」

「えーと、それじゃ予備がありますから持って行きますか? OHP本体と魔石とフィルムを一箱にペンを5セットくらいでいいかな?」

「セット?」

「見ての通り、何色か使えるんです」


 と、レンはフィルムを戻して、赤字、青字、黒字で書かれている部分を指差した。


「なるほど……しかし、指差すとその影が映り込むのか。これは便利だな」

「そうですね。矢印の形に切った厚紙とかを用意しておいて、強調したい部分を指すようにするとかもできます。あと、薄い透明なフィルムなので、矢印を別のフィルムに書いておいて、それを重ねて写すなんて使い方もできます」

「……ふむ……先ほどの椅子の高さなどの話と重なる部分もあるが、こういった、教育のために作成した魔道具などがあれば、それについても教えて貰いたいのだが」

「あー……それは……そこまでの視察を始めたら明日までに終えるのは難しいですよ。色々細かい物を作ってますから……例えばさっきの机の高さを変える仕組みにも、魔道具を組み込んでますし」

「たかが机の高さ調整に魔道具? また随分と贅沢に思えるが」

「作業台は自分に適した高さにしておかないと事故の元ですが、高さ調整が手間だったりすると、未調整のまま作業をして、器具の操作で手を滑らせて、あたり一面を火の海にするかも知れません。その可能性を考えたら、魔道具にしても元は取れます。魔道具は一回作れば、年単位で使えますし、シンプルな構造なので、壊れても生徒が修理できます。それに一度魔石を入れたら、数年は交換なしでいけます。安全に関する部分を節約するのは、未来から借金するような物で、結果的に高く付くこともありますよ?」

「うむ……まあ、レン殿が理由があると判断した物であるなら口は挟まぬよ。ただ、先ほど書くと言っていた本にも、どういう意図で作った物なのかは明記しておいて貰いたいな」


 ルシウスがそう答えるとレンは頷いた。


「そうですね。力を入れている理由が伝わらないと、将来、無駄だと省かれる可能性もありそうですからね」

「ん? レン殿がいればそうはならないのではないか?」

「えーと、学校がある程度軌道に乗ったと判断したら、俺は運営から手を引きますけど?」

「……そう、なのか?」

「俺がノンビリ生活するためには安定した社会が必要になるから、そのために必要な学校を作っただけです。俺の好きに生きて構わないって神託があったんですから、そうさせて貰いますよ」


 レンの言葉をじっくりと吟味し、ルシウスは首を傾げた。


「将来の楽のために今の苦労を是とするあたり、レン殿は本当にヒト種とよく似ているのだな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る