第75話 ヒトとエルフの間

 時分達の受入れについて記された学園への指示書を預かったルドルフォ達は、コンラードへの挨拶もそこそこに、馬車でオラクルの村に向かっていった。

 王立オラクル職業育成学園には、直前の卒業生と手配して呼び戻した卒業生達がいるため、指導に関しては当面の問題はない。

 他種族の増員で顕在化が予想されているポーション不足がどの程度深刻化するかが問題と言えるが、4名の追加――しかも学習後は職員になる――ならば、許容誤差だろう、とレンは考えていた。


「……思いの外、早く終わりましたね。ルシウスさんはいつ王都に発ちます?」


 ルドルフォ達を見送って応接室に戻ったレンは、ルシウスにそう尋ねる。


「……今から出ると途中の村に宿を求める事になるか。休憩ならともかく、宿を求めるなれば村長が落ち着かぬだろうから、出るのは明日だな……しかし、そうなると時間が空いてしまうか」

「なら、折角ですからオラクルの村でも視察していきますか?」

「ふむ……レン殿は、これから巫女殿と村に向かうのだよな? ならば案内してもらおうか。他種族向けの施設にも興味はあるし……ああ、そこの君、オラクルの村に向かう前にコンラードに挨拶をしたいので伝えてくれないか?」

「かしこまりました」


 壁際に控えていたメイドに頼むと、ルシウスは窓に近付き、素早く大きく開け放った。


「さて。神託の巫女様。挨拶の後、私もオラクルの村まで参りますので、ご同道を許可願えますかな?」


 隠れて様子を窺っていたクロエは、そう言われて顔を出すとレンに視線を向け、レンが何を言わないことを確認してから少し考え、頷いた。


「構わない。神殿の護衛は十分に強い。護衛対象が増えても問題ない」

「ありがとうございます。それは心強い」

「このふたりがヒト種の中では一番強いだろうとレンが言っていた」

「なるほど……後ろにおられる護衛のお二人は卒業生なのか」


 エミリアとフランチェスカは頷いた。


「学園の生徒が少ない内に時間をいただき、レン殿に指導していただきました。レン殿の薦めに従って、ふたりとも別々の職業を学んでおります」

「ほう、どのような?」

「申し訳ありませんが、それは護衛の手段を明かすことになりますので……」

「ふむ、それもそうだな……では、その力でこれからも神託の巫女様をお守りしてほしい」

「は」


 と、ドアがノックされ、コンラードの到着が告げられた。

 ルシウスは、


「それでは失礼します。後ほどまた」


 と、窓を閉めて振り返り、改めてコンラードに、急な訪問にも関わらず十分にもてなして貰ったことへの感謝の言葉を述べ、ミロの街との調整を行うことを約束し、今日はオラクルの村の視察を行い、そちらに宿泊し、明日はそのまま王都に向かう予定であると伝えた。


「視察ですか」

「うむ。まあ、官吏達から報告は受けてはおるが、新しい建物も増えているし、この機会に見ておくべきかと思ってな」

「なるほど。ああ、村に宿泊するのであれば、神殿の施設がお勧めですよ」

「神殿が? そんなに手が掛かっているのかね?」

「いえ、豪華とかそういう意味ではなく、風呂が使い放題なんです。それだけではなく、レン殿が細かな仕掛けを施しているので、とても過ごしやすいと思いますよ」

「ほう。それは楽しみだ。レン殿、その仕掛けとやらは、王城に組み込むことは出来ないのかね?」


 ルシウスにそう尋ねられ、レンは肩をすくめた。


「出来るのもあるし、出来ないのもありますね……こっちの大工が知ってる方法もありましたから、王城でもやってるかもですけど。この辺てスコールが多いじゃないですか。だから雨水を貯めて、外壁にそれを流して涼を取れるようにとかしてるんですけど」

「ああ、雨を利用した建物の冷却か。昔、そういう設計を見た事があったが、泉の壺がないと雨のないときに使えないと聞いたが?」

「雨水を貯めるタンクに氷を入れます。オラクルの村では、魔術師は氷魔法と土魔法は必ず学んで貰ってますから、氷は捨てるほどに出てくるんです」

「なるほど。他の街では考えられないが、ここの魔術師は魔力の残りを気にする必要もないのだったな」

「ポーションがありますからね。それに、魔法を使うのは、技能習熟に必要な訓練です」


 しかも錬金術師は訓練でポーションを作るし、戦闘系などの技能持ちが素材と食料を集めてくる。

 不足する人員や物資もあるが、暫くの間は氷が足りなくなることだけはなさそうだ、とレンが答えると、ルシウスは羨ましそうな表情をする。


「王都もいずれはその域に達するのだろうか?」

「卒業したらポーションが有料になりますから、ここほど自由には使えないでしょうけど、そこは各自の工夫に期待ですね」


 錬金術師が増えるのだから、専属契約して素材を持ち込んだ分だけ優先的にポーションを卸して貰うとかです、とレンが答えれば、サンテールの街では似たような取り組みが始まっているとコンラードも補足する。


「なるほど……卒業した者たちの運用方法にはサンテールの街に一日の長あり、か。コンラード殿、後ほど数人を送り込むので、サンテールの街の取り組みについて研修をお願い出来ぬだろうか?」

「それについては、レン殿からも実費での研修ならば積極的にと言われておりますので、もちろん協力しますよ」

「実費? 具体的にはどのような?」

「宿泊費や食費、必要なら護衛の費用などだけです。特に高いものを売りつける気はございませんよ。ただ、お代金は納税のタイミングで相殺とさせてください」


 コンラードはにこやかにそう答えた。

 その笑顔を見て、ルシウスは首を捻った。

 その慣例がどのように生まれたのかまではルシウスは知らなかったが、国から派遣された者の滞在費用は、通常街側が負担する。ただし、国側も無意味な散財はさせないように配慮するのが一般的だった。

 サンテールの街はオラクルの村ができたことで大きな利益を得ているはずで、それを考えれば滞在費程度の金額ははした金である。


「何が目的だ? その程度を惜しむ気はないが、王都から派遣された研修生から金を取る理由を聞きたい……レン殿?」

「長期的に……ヒトの規準で、ですが、今後、人類には余裕が出てきて、不真面目な者も増えてくるというのがレイラとライカの意見です」

「不真面目? まあ、確かに今までと比べて余裕が出来るのは確かだが、そこで多少気を抜くのは不真面目とは違うと思うのだが?」

「そこは同意しますが、気を抜きすぎて怠けることが常態化したり、最悪は国の財産を私するようになる者も出てくると考えているのです」

「あり得ない、とは言えぬな。確かにヒト種にはそういう傾向がある」


 ルシウスが頷いたのを見て、レンはレイラの分析を口にした。


「これはレイラの言葉ですけど、ヒトはとにかく楽をすることを尊ぶ種族なのだそうです。エルフは自然と共に静かに生きることを好み、ドワーフは趣味に生きる。獣人は自由を尊び、妖精は全ての未知を既知にすることを至上とする」

「楽をすることを尊ぶ? 怠け者と言うことかね? その割にヒト種は畑を耕したりもするが……しかし外務そとつかさからヒト種を長く見ていたレイラ殿の言葉となると、笑い飛ばすこともできないか」

「畑を作って食料生産仕事をした方が長い目で見たときに楽だと理解しているからです。食料生産仕事をせずに生きるのは楽なように見えて、その実、日々の糧を得るためだけに大変な労力を使わなければなりません。それくらいなら畑を作って食料に関する不安をなくした方が楽なのでしょうね。それで、です。そういう性向のヒト種が怠けようとしたとき、他者の目がなく、街や村が費用を負担する研修というのはとても便利なのです。何しろ国庫からの持ち出しがありませんから、監査もろくに行われません」


 そこまで聞いたルシウスは、なるほど、と頷いた。


「だから金を取るのか……国庫からの持ち出しが発生すれば監査の対象になる……ああ、支払いを税との相殺とするのも、誤魔化しを防止するためか」

「ご高察の通りです」

「……何がご高察だ。しかしレイラめ。そのような手を思いついているなら内務うちつかさにこそ伝えるべきだろうに」

「ルシウス殿、私もそのように進言したのですが、それは悪手だと言われましたよ」


 コンラードはそう言って苦笑いを浮かべ、言葉を続けた。


「……内務うちつかさが先んじて怠ける道を閉ざした場合、怠け者は新しい手段を模索します……何しろ、我々は、楽をするためなら畑を耕すことすら厭わないヒト種ですから」

「そうか。怠けやすい場所を用意することで、こちらも対策が打てるのか」

「ええ、レイラ殿いわく、ヒトの2世代ほどは放置したあたりで潰すべきだと」

「2世代も放置するのかね?」

「私もそこはどうかと思ったのですが……レン殿、説明を頼めるかね?」


 コンラードは少し困ったような表情でレンに助けを求める。


「ええ、俺から説明します。レイラいわく、二世代も放置すれば、それが違法行為であっても既得権益と誤解して、隠蔽も雑になります。だから証拠集めが簡単になる、というのがひとつ目の理由です。もうひとつは、親の世代がダメでも、子の世代で自らを律するかもしれません。罰することが目的ではないのだから、それならそれで問題はない、という考え方ですね」

「エルフならではの気の長さですな……信賞必罰の考え方から見るとどうかとも思うのだが」

「自分のやらかした事。それもほんの少し怠けたい、から始まった悪癖で、家門が潰れるというのは十分な罰になるだろう、というのがレイラとライカの共通した意見でしたが」

「ああ……そう言われると、確かに重い罪ですな」

「その上で、2世代泳がせていたことを周知すれば、類似の問題は発生しにくくなるのではないか、と」


 レンの答えを理解したルシウスの頬が引きつった。


「なるほど……うん、なるほど。うん、確かにそういう事例が公開されれば、指摘されないのがバレていないからか、それともバレた上で泳がされているのかの区別ができん……つまらん悪事は減るだろうな。しかし、レイラ殿がそういう考え方をするとは思ってなかったよ」

「ライカの影響ですね……ライカは俺と離れている間にエルフらしい感覚を学んだみたいです。まあ、それはともかく、視察の対象はどうしましょうか?」

「ああ……まずは村の外回りを見たいな。それと、学園の完成以後、私は見ていないので、最初に作成した部分。それから、例の件で増設した建物だろうか……ああ、以前視察に来た者は、やたらと畑を褒めていたが、そちらも見てみたいな」

「なるほど。それではコンラードさん、ルシウスさんを村までお連れしますね。持っていくものとかあればお預かりしますけど?」

「あー、いや、こちらは大丈夫だ……ああ、そうだ。アレッタに、たまには戻ってくるように伝えてもらえないかね?」

「はい、伝えておきます」




 神殿の馬車と二台でオラクルの村まで移動する。

 戦う系統の職業を育てている学生達が技能を育てるために目に付く魔物を片っ端から倒しているため、道や村の付近には滅多に姿を現さない。

 クロエ達の乗る馬車を村の門まで送った後、レン達の乗る馬車は、学生たちの手で村の外周に作られた道をゆっくりと進む。


「ふむ、見事な外塀だな。ここまでの塀を持ちながら、村を名乗っているのか?」

「居住部の面積は村のそれですから」

「広げたり、名前を変える気はないのかね?」


 街と村の結界杭に性能差はない。

 だから居住地を広げるのはそう難しい話ではない。

 また、そもそも街と村には日本の市町村のような行政上の違いはない。

 結界に覆われた土地の使われ方や、定住者の人口で村と街が分けられることが多く、また、神殿の有無によって村と街が分けられることも多い。

 そうした観点で見るなら、オラクルの村は、街と呼ばれる幾つかの条件を満たしているのだ。


「今のところはその計画はありませんね。村の外に自然が豊富なのは、学園の性質を考えるとありがたいことですから開発は控えめにしたいですし」

「ああ、素材や魔物がいた方が都合がいいのか……元々は温泉の村だったからこその狭さなのだろうが、結界杭がちと勿体なく感じるな」

「結界杭、そろそろ新しいものの供給が始まるのでは?」

「王都の北に新しい村が作られていて、そこで生産が始まっているが……現状は実験レベルでしかない」


 国から派遣された学生が卒業し、王都の北側に小さな実験村を作成した、という話はレンにも届いており、物資や技術面の協力依頼も受けている。

 現時点では、結界杭の作成は可能なレベルになっているはずだとレンが言うと、ルシウスは作成だけでは駄目なのだ、と首を横に振る。


 何しろ、それに命を預るのだから、安全性のチェックには手を抜けない。

 そして、安全性のチェックで何より重視されているのが連続稼働時間だった。

 結界杭が停止すれば、それに守られている街や村が危険に晒されるのだ。要求される安全レベルは航空機のそれを上回る。

 結果、最初に試作された新しい結界杭は、連続稼働試験中であり、2年ほどが経過するまでは、新しい結界杭の普及は行わない方向となりつつあるとルシウスは答えた。


「2年ってのは長いですね」


 レンがそう言うと、ルシウスは苦笑いを浮かべた。


「実際には2年間の実験の後、その杭はそのまま連続稼働時間を増やし続けることに予定なのだよ。で、それに不具合が起きたら、運用を開始した新しい結界杭を更に新しいものに交換したり、場合によっては住民を避難をさせたりせねばならない。それを考えると、まあ年単位というのは妥当であるという意見があってな……しかし2年を長いと言うか。レン殿の感覚はヒトに近いな。英雄とはそういうものなのか?」

「あー、まあ、そうですね。英雄は皆、ヒトに近い感覚を理解していますね」

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