第74話 取り扱い注意
「対策があるのかね?」
「ええ、今日、一緒にいらっしゃいました。宿代代わりに働いて貰いましょう」
レンの計画を聞き、コンラードは目眩をこらえるように目頭を押さえた。
「……それはつまり、
「ええ。そもそも、外からの志願者増加に伴う国内向けの調整は
エルフ、ドワーフ、獣人たちの受け入れに伴い、各種施設は増設しつつあるが、それは入れ物に過ぎない。それらを運用するための人員を増やすのには時間が掛かる。
責務を果たして自領に帰った卒業生達にも声を掛けてはいるが、心話や転移魔法を使える者がいない以上、やりとりに掛かる時間は最短でも日単位となる。
使える冒険者総出で素材を集め、錬金術師も総出で育成に使うポーションを増産して特訓セットを作っているが、それを一気に倍増する方法はない。
だからレンは、採取と生産の上限を計算して、受け入れ可能な上限をライカとレイラを経由してルシウスに報告し、それ以上を送り込まれても対応は出来ない旨を伝えていた。
そして、国内向けの調整は
レンとしては真っ当かつ、自分たちが悪役にならずに済む案だったのだが、コンラードは難しい表情をしていた。
「何か問題がありますか?」
「うむ……私が口利きを依頼され、レン殿に話を通す。その上でレン殿が断るのであれば波風は立たぬが、いきなり
「あー……例えば、新規学生を送らないように、という指示が国から出ていても、ですか?」
「ん? 指示の内容次第だな。それが命令ならば違反の報告は我々の義務となる。努力目標であれば、本人に指摘する程度が妥当だ」
コンラードの答えを聞き、レンは安堵の息を吐いた。
「それなら問題ないです。減員については命令の形で出てるはずですから」
「……いや、そんな命令書は、サンテールの街には届いておらぬのだが?」
「そりゃ、サンテールの街は例外ですから」
「例外? その理由は?」
「今、オラクルの村に不足しているのは、育成に協力してくれる人材です。遠くの街……例えば王都の人を育てても王都に帰ってしまいますけど、サンテールの住民なら近くに住んでますので、緊急時に手を貸して貰うことも出来ます」
だから、サンテールの街の住人は優先的に育成対象にしており、ルシウスもそれを理解しているため、サンテールの街には志願者を制限する命令は届いていないのだ、とレンは説明した。
「なるほど……あ、いや。しかしそれならば、例えばだが、その緊急時に手を貸して貰える枠を、駆けつけることが可能な近隣の街まで広げ、今回のような横車については
「……近隣の街。つまりミロの街ですね。半年ですか。卒業後に半年間も入れ替わらないメンバーとして残ってくれるのは確かにありがたいですし、緊急時の約束が出来るなら心強いです」
短いローテーションで生徒役が教師役になり、かつ必要な資材を調達してものを作る、という流れの構築には成功しつつあるが、生徒が増えれば育成用のポーション作成が間に合わなくなってくるため、素材集めやポーション作成を行う要員、加えて事務員その他雑用係は常に募集中である。
王立の施設での募集なので興味を惹かれるという者もいるのだが、最終的に、ほぼ全員が卒業後は自領に戻る道を選択するため、思ったほどには人が集まっていないのだ。
「勿論、拘束される者にはある程度の保障は必要になるだろうが、今回に限れば、それをミロの街に求めれば良い。国からの命令無視の代償だと言えば文句はないだろう。その約束の場に
「ああ、ルシウスさんには立ち会って貰うんですね」
「そういうわけで、お願いできますでしょうか? あ、これどうぞ。赤桃のジュースです」
夕食の後、レンはジュースを差し出しながら事情を説明した。
ちなみに、コンラードは立ち会っていない。あくまでも王立の施設の長と、
話を聞いたルシウスは大きな溜息をつき、ジュースを一口飲む。
「旨いな……しかし、最近のレン殿は私のことを良いように使おうとしてないか?」
「それはお互い様かと。それに、今回の件は命令を無視してる貴族がいるわけですから、ルシウスさんに話を通さないとまずいのでは?」
レンの言葉に、ルシウスはふむ、と頷いた。
「確かに今回の件、もしも私に相談なく学生の受け入れを行っていたら、レン殿はともかく、相手は不味いことになっただろうな」
「あれ? 俺は大丈夫なんですか?」
「立場は悪くなるだろうが、レン殿はエルフだ、罪には問われまい。だが、ルドルフォ・カラブレーゼは収賄の罪と服務違反に問われる可能性がある」
「収賄ですか? お金は動かないのに?」
服務違反。命令に従わなかったことが罪になるのは理解できるが、という表情のレンに、ルシウスは説明をした。
「利益供与は金に限った話ではないのだよ。便宜も立派な賄賂となる。これが国内に閉じる話なら大した問題ではないのだが、レン殿はエルフだ。貴族がエルフに私的に便宜を要求するのは不味いのだが……分かりにくいかな?」
「いえ。ヒトの国の貴族が、エルフ――他国の者に便宜を要求するのが不味いというのは理解できます」
日本でも、たまに国会議員が外国人から政治献金を貰ってはニュースになっていた。礼には礼を返す、などと言えば聞こえはいいが、そのお礼が、日本人の財産を切り売りするものであれば大問題である。
そうしたケースと比較して、なるほど、種族が異なるのは国が違うのと同じ意味になるのか、とレンは納得した。
「更に言えば、学校は王立であり、資金は国から出たものだ。貴族の地位を傘に、管理者であるレン殿に対して依頼して、自分たちだけが利益を受けるというのも頂けない。場合によっては横領が適用されかねない」
「ええと。そこまで大事にはしたくないんですけど……というか、あれ? それって俺が断ったら、服務違反以外は発生しませんよね?」
「ああ、もしも私に相談なく学生の受け入れを行っていたら、と言っただろ? 相談している時点で概ね問題はない……が、服務違反の理由は聞き取らねばならぬがね……で、半年の労務? いいんじゃないか? それに以後5年くらいは要請があったら徴用されるというのであれば、懲罰としては丁度いい
「それでは?」
「うむ。明日には帰りたかったが、明後日の正午までであれば私も同席させて貰う。相手が遅れる場合は、一筆用意しよう」
ルシウスはそう言って、片眉をあげた。
「コンラードは、近隣の領の間で問題は起こしたくないと言うだろうが、そこは頑張って貰うとしよう」
「相手が遅れた場合ですよね。分かりました。それでは、一応朝の内に馬車と馬と、護衛の手配をしておきますね。任期明けの冒険者ですので、勧誘するならお好きにどうぞ。ああ、馬と馬車は王都に着いたらレイラに渡しておいて下さいね。特に馬車は結構貴重な品ですから」
「それは良いが、もしかして、馬や馬車も転移出来るのか?」
「馬も転移はできますね。パーティの所有物ということで、英雄の時代は転移させてました。馬車はほら、ポーチに収納できますから」
「なるほど……そうするとだな」
と、こうして、レンとルシウスは、遅くまで転移の巻物、並びに王都で発見された魔法屋の扱いについて相談を重ねるのであった。
翌朝、朝食を済ませ、オラクルの村からふたりの冒険者を呼び寄せたレンは、彼らをルシウスに紹介し、レンが試験的に作成した馬車と、結界棒、各種ポーションを彼らに渡し、遅くとも明日の正午には出発するので、軽く馬車の慣らし運転をするように指示を出した。
屋敷の前から走り去る馬車を眺めながら、ルシウスは首を捻った。
「レン殿、貴重な馬車ということだったが、どの辺りが違っているのだろうか?」
外見は、少し大きめの二頭立ての馬車だった。
吊り下げ式ではあるが、外見の特徴はその程度。加えて馬の足並みを見る限り、かなりの軽量であると予想はできる。
だが、変わっているのはそれだけで、レンが貴重な品と言うほどのものには見えなかった。
「ええと。まず、とても軽いです。それと、車高が低めですね。馬車ってトップヘビーになりがちですけど、倒れると危ないので。あと、車体の骨組みとかは
どんな答えが返ってきても驚かない、と決心して質問をしたルシウスは、少し息を飲んだだけで、静かになるほど、と頷いた。
「しかし、レン殿は
「はい。俺が扱える魔法金属は
「なるほど……しかし、
「固くて重いで合ってますよ。それを肉抜きして、エンチャントも使って軽量加工してるんです。同じのを作ろうと思ったら、鍛冶師上級に加えて魔術師中級、付与術士上級が必要になりますね」
その答えを聞き、ルシウスは首を傾げた。
「その職業を得ておらぬのなら、レン殿は生徒にそれを教えられぬのか?」
「方法を教えることは出来ます」
レンのメインパネルにはクエストリストがあり、条件を満たせば次のクエストが表示されることは、料理人の職業レベルを上げたときに確認している。
レンが詳細を知らないクエストであっても、レンが自身の職業レベルを育てることでクエスト内容を確認できるのだから、レンができる範囲であれば大半の職業を育てることはできるのだ。
しかし、
「ですが、俺自身が取得していない状態では、
「……つまり、中級職が増えてきたら、レン殿自身の職業の育成も行わねばならぬわけだな?」
「ええ。そうなりますね。まあ、ヒト準拠で暫く先の話ですし、俺は戦闘職もそれなりに育ててるから危険は少ないです」
レンはそう言いながら屋内に戻り、メイド達が予め整えていた応接室にルシウスを案内する。
と、執事のアウスティンがやってきて、レンに耳打ちをした。
曰く、神託の巫女様ご一行と、ミロの街のカラブレーゼ魔法研究所の紋章を付けた馬車がやってきた。と。
「そのブッキングは想定してなかったなぁ……ええと、クロエさんには来客中で手が離せない、と。魔法研究所のルドルフォさん? あのヒトはこちらにお通しして……あ、来客中であることと、聞かれたらルシウスさんだって伝えて下さい」
「かしこまりました」
「ではルシウスさん。俺は調停役に回ります……ほどほどにお願いしますね」
メイド達がお茶の支度をして、部屋を軽く整える。
それから2分ほどでルドルフォとその護衛のステファノがやってきた。
こうした場では、大きな武具は外すものだが、ステファノは長い筒のようなものを持っている。よく見ればそれは武器などではなく、かなり大きな紙の筒であった。
「これはこれは、ルシウス・バーダ公爵様。私はミロの街で魔法の研究を行っておりますルドルフォ・カラブレーゼ。子爵位を賜っております」
部屋に入るなり、ルドルフォは慇懃かつ大仰に頭を下げる。
ルシウスは、ふむ、と頷く。
「前に一度会っておるな?」
「ええ。年に一度の各地の意見交換の場にてご尊顔を拝しております」
「それで、なぜなのか、説明を求めたいのだが」
主語もなく、ルシウスはそう尋ねた。
「ええ……そちらのエルフ君の説得用ではございますが、幾つか用意がございますれば、そちらを用いまして説明させて頂きます。ステファノ君、広げて」
ルドルフォに声を掛けられ、後ろに立っていたステファノが、筒状に丸めていた大きな紙を広げた。
「ほう、アジェンダか? よく調べているな」
「これでも、知の殿堂を守り、研究しておりますれば情報収集は仕事の内ですので……さて……まあご覧の通りなのですが……エルフ君はこれを全て音読したのかね?」
ルドルフォはレンに顔だけ向けてそう尋ねた。
「あー、俺は議題だけ書いて、それについて意見交換しながら、次の紙を作ってく感じでしたね……なるほど、あの再現ですか」
「王都ではエルフ君の影響で、こういうスタイルの会議が流行していると聞いたのだけれども、真似だけでは上手くいかないものだね……さて、ルシウス様、如何でしょうか?」
ルドルフォが声を掛けると、ステファノが掲げている紙に近付いて、書かれている文字を追っていたルシウスが振り向いた。
「つまり、魔法の研究を推し進めねば、近い将来、職業訓練だけでは頭打ちになると。だから魔法研究の第一人者である君が、技能を育てるために来たと。で?」
「はい。国からの指示に反してしまったことは深く反省しておりますが、これも偏に人類の行く末を考えればこそなれば、ご寛恕賜りたく」
「そこを文書に書かずにいたのは……なるほど、残さぬ為の計算か……しかし……くくっ」
ルシウスはこらえきれずに笑いを漏らした。
「何かお気に障る部分がございましたでしょうか?」
「いや、そうではない。レン殿。レン殿はこれをどう思うかね?」
「……魔法の研究で得ようとしているものが、興味深いですね。着眼点はとても良いです」
「もういっそ、こいつに任せてはどうだ?」
「いや、きっと条件満たしていないのを読み漁って、技能の習熟度とか下げまくる結果になるかと」
ルシウルとレンのやり取りに興味を惹かれたルドルフォは、しかし、まだ許しの言葉が出ていないため、慎重に様子を窺っていた。
しかし、レンの次の発言にヒートアップすることになる。
「このヒト、英雄の時代の魔法のレシピ集を前にして、読むのを我慢できるようには見えませんし」
「エルフ君! 君は今なんと言ったのかねっ? 英雄の時代の魔法のレシピ、そう言わなかったかねっ? そ、それはどこにあるのかな? 取らないからこっそり教えなさい」
「英雄の時代の魔法のレシピですか。まあ、魔法に限った話じゃないですけど、各種職業のレシピならありますよ。今はまだ王都のとある場所に、とだけ教えておきましょうか。ああ、例えば、錬金術師初級向けの、育成用ポーションのレシピ集はこれです」
レンはアレッタ達に読ませるために自分で作ったレシピ集をポーチから取り出し、ルドルフォに見せた。
ルドルフォが本に手を伸ばそうとしたところで、レンのいつになく大きな声が響いた。
「待った! 言っておきますが、これを読み解けるのは、錬金術師中級に上がれる程度まで技能に習熟している者だけで、それ以外が開けば、技能が低下したりしますからね?」
「……錬金術の技能を持っていなくてもかね?」
「例えば、魔力感知や魔力操作、魔法詠唱なんかは錬金術師、魔術師に共通の技能です。そういうのから消えていくでしょうね……ちなみに、この中身は本当に錬金術のレシピです。魔法のレシピはここにはありません」
「……くっ! 生殺しかっ!」
どうするんですかこれ、とレンはルシウスに視線を向けるがルシウスは笑うばかりなので、レンは当初の計画に話を戻すことにした。
「……それで、です、ルドルフォさん。今回の件について、俺とルシウスさんはある解決策を考え、合意に至っています……よね?」
レンがそう問いかけると、ルシウスは笑いながら頷いた。
「そ、それで私も英雄の時代の魔法のレシピを知ることが出来るのかね?」
「約束は出来ませんが……可能性はありますね。それでは、細かい話ですけど」
「一任するとも。ああ、勿論そんな機会を逃したりするものか。学ぶのは私と、私の弟子がふたり。加えて、可能ならステファノ君もだね」
「……一応条件をお願いできますか?」
自分も影響を受けると知り、ステファノがそう切り出す。
さすがに何の説明もなしでは不安だったレンはホッとしたような表情で説明をつづける、
「ええ、まず。半年間は、学園のために働いて貰います。その間の給与は……この場合はミロの街ではなく、ルドルフォさんが負担してください。いいですね?」
レンにそう尋ねられて、ルシウスは頷いた。
「まあ、カラブレーゼ家の所属を考えると、本来はミロの街の責任なのだが、今回の件をミロの街の責とするのは酷だろうしね」
「ええ、それで、半年の任期が終わったら、5年間は緊急事態発生時の即応が求められます。その場合の費用はオラクルの村……というよりも王立オラクル職業育成学園が支払います。無料で働けとは言いません」
「それで、具体的には何をするのでしょうかね? 私も魔法は嗜みますが、ルドルフォ様を規準にされますと、ないようなものなのですが」
「ステファノさんは見たところ、軽戦士系の職業ですよね……なら、素材採取に森に入るときの護衛ですね。ルドルフォさんは魔法使いならこちらの指定する魔法技能を育てて貰って、魔物を狩ったりですね。ああ、勿論、ご本人の希望にも沿うようにします。やることが増える分大変でしょうけど……で、十分に育ったと判断したら、適切な魔法のレシピ集を読んで貰い、身に付いたら、そのレシピ集をこちらの指示に従って複写して貰います。大体そんな感じですかね」
「エルフ君、それで、私たちはどこに行けば良いのかな?」
「まずは……オラクルの村の王立オラクル職業育成学園の校長室かな。ああ、最低限の寝る場所と勉強道具は用意してあるし、食事も平民向けのが出ますけど、自分で用意するならサンテールの街で手配してくださいね」
レンの説明を聞いている内に冷静さを取り戻したのか、ルドルフォは大きく頷いて、ステファノに手配すべき品の指示を出す。
そして、レンに向き直り、小声でこう問いかけるのだった。
「……ところで、エルフ君。さっきから、窓から視線を感じるのだが……魔力感知で見ても怒られないだろうか?」
「……神託の巫女様を怒らせるのはどうかと思います。気付かないふりをしてください」
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