第73話 情報公開とカラブレーゼからの手紙

「英雄達の遺産。今では失われたレシピですか……レン殿はそれをどのように扱うおつもりか?」


 レイラがその辺の子供に駄賃を払って黄昏商会に走らせ、そこからレイラのスタッフに連絡を入れさせた。

 結果、その日の夜にはルシウスが黄昏商会にやってきた。

 呼びつけられたルシウスは、それについては文句も言わず、レン達の話を聞いたあと、頭を抱えてそう言った。


「内容を秘するつもりはありませんよ。英雄の時代の遺産が発見された、と公表して貰っても構いません。ただし、本は渡さず、現状のままにします」

「ん? 内容を公開するのではないのか?」

「はい。公開しますよ。オラクルの村でやろうとしていることにも役立ちます」


 職業を得れば最低限のレシピは手に入る。ゲーム内では魔王との戦いが始まるまでは、それで十分に戦えていたのだから、別に追加のレシピを広める必要はない、という考え方もある。

 しかし職業の育て方を失った人類がどうなったのかをレン達は知っている。

 職業があれば最低限は維持できるが、運営が作って隠したレシピには強力なものも多い。

 皆がそれを共有することで、魔王との戦いで押されていた状況を五分に戻し、更に押し返した実績があるのだから、その効果は折り紙付きである。

 この先何か事件があったとき、皆があのレシピを知っていたなら、という状況にならないように、ルシウスに頼まれずともレンはレシピを広めるつもりだった。


「本を渡さずに公開とは、どういう意味なのかね?」

「ええと、本の価値はご理解頂けているものと思います」

「ああ、職業を得る際に得られるレシピが我々が知るレシピの全てだったが、それ以外にも隠されたレシピもある。元々はそれを得るためには、英雄でも死ぬほど大変な試練を越えねばならなかったのだろ? それを短縮してレシピを得られるのであれば、それには金などでは到底あがなえない価値があるだろう。今までの功績がなかったとしても、これだけで望むならレン殿が侯爵となれるほどのものだ」


 この世界のヒトの国には大雑把に言って王族、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵、平民という身分がある。

 侯爵は上から3番目だが、なんだ3番目か、などと言ってはいけない。

 これは王族以外が婚姻などを介さずに得ることが出来る中では最高位なのだ。

 それが得られるほどだと言われ、レンは苦笑した。


「いりませんよ、爵位なんて面倒ごとになりそうだし。どうしてもって言うなら、あと一週間はこちらにレイラがいますから、レイラと相談しといてください。あ、本を読んでレシピが得られるのは、きちんと技能を育ててきた人間だけです。そこは絶対に誤解しないでくださいね。技能が育ってないのに本を読めば、それまでの訓練の結果の一部が失われたりしますから。これ、英雄たちも、何人かやらかしたんです」


 ゲームバランスの設定ミスが原因とは言え、本来であれば何回も死ぬような思いをして手に入れる筈のレシピのコピーは運営としては面白くなかったのだろう。導入にあたって、幾つかの制約が組み込まれていて、例えば絶対に安全なところまで技能を伸ばしていない者が覚えようとすると、技能レベルが低下したりというのが、それである。ちなみに、どの程度のどういう事象が発生するのかはランダムで、中には良い方向に転がるケースもあるということだが、レンは、良い結果を得たという者を見たことがなかった。


「承知した……それにしても訓練の結果が失われるとは怖いものだな……だが、その点も、それに勿論、本の価値も理解しているつもりだ」

「本がのは600年前ですが、本の状態は極めて良好です。俺は、あの魔法屋の部屋に置いてあったからだと考えています。だから、今後も可能な限り、あの場所で保管したいんです。それが渡さないと言った理由です」


 レンの答えを聞き、ルシウスは納得したように頷いた。


「その魔法屋という部屋は、それほどまでに長期保存に適した場所なのだな? しかし、どうやって広める? 毎回その部屋に、読みたい者を向かわせれば良いのか?」

「ええと、現代でもレシピの伝授ってありますよね。あれの正式版をやります」

「レシピの伝授? はて、私はそれを知らぬのだが」

「あー、まあそうかもですね。俺が見た限り、やってるのは料理人だけで、それも簡易版だったかな? 正しいやり方は決まった書式でレシピを書き出し、有資格者にそれを読ませることです……俺も育てた錬金術師にオリジナルレシピを伝授したりする際に使ってますけど」


 レンの言葉をじっくり反芻し、ルシウスは確認するようにレンに問いかける。


「書式を守って書く……それだけのことなのか?」

「それだけのことなんです。書式が決まってますから、何にでもメモすればいいって訳じゃないです。あと、書式を守らずに書いたものを渡して練習してもらうって方法でもレシピ伝授に成功することはあります。その方法だと技能が不足している者が読んでも悪影響はありません……見た感じ、今はこっちが主流みたいですね」

「と言うことは、つまりあれか? まず、何人かを育て、部屋の中の本を読んでレシピを覚えさせる。覚えたらレシピ伝授のための書式を守った書類を書かせる、と?」

「その通りです。原本は差し上げられませんがお貸しします、知識は悪用できないっていうなら好きにしてください。ああ、沢山複製を作って各地に魔法屋を作って貰えると安心ですね。で、それが終わったら原本は今のまま保管してください……あの部屋は、英雄の時代の者でないと開けられないと思うので、俺が死んだら開けられる者はいなくなりますが、必要になったらまた神様が誰か呼ぶでしょう。その時、あの部屋が残っていたら、色々手間が省けるはずです。なのでできれば、王宮の方であの丘は管理して欲しいです」


 その言葉の意味するところを理解したルシウスは、思わずレンに頭を下げた。

 唐突に頭を下げられたレンは、困惑を隠せずに少しうわずった声をあげる。


「な? なんですか、急に?」

「いや、ヒトとして。また、英雄ではない人間としてレン殿に感謝を。そこまで我々の未来を案じてくれているとは」

「俺は、俺が生きてる間は平和であって欲しいだけですから」

「そういうことにしておこう……しかし困ったな……レン殿しか開けぬでは、レン殿がオラクル村に帰った後、どうやって開閉すれば良いのだろうか?」

「ああ、それなら、当面は王宮に保管しといて、半年後に戻すって事で。どうですか?」


 レンの提案に、ルシウスは渋い表情をする。

 むしろ、王宮に保管させてくれと言われると思っていたレンは不思議そうな表情を見せる。


「王宮では問題が?」

「いや、問題はない。ただ、今置いてある場所が……レン殿がそこまで保存に向いていると言うのなら、そこにそのまま置くのが最も安全なのだろうな、と」


 レンから本を売って貰い、それを王宮に保管する、というのが先ほどまでのルシウスの考えだった。

 しかし、レンが自身の死後までも保管できると言うほどであれば、それに匹敵する施設を王宮に作るのは無理だと翻意したのだ。


 ちなみにルシウスは盗難などの心配はしていない。その辺りは、しっかり手配をすれば可能性をほぼ0にまで近付けられる。

 しかし、地震や嵐、火事などの危険はどうしても残る。

 半年ほどであれば、恐らくは問題ないが、もっと安全な場所。600年の長きに渡って、本を安全に保管した部屋と比べればどうしても劣ると、ルシウスは考えてしまったのだ。


「なるほど……なら、こうしましょうか。本は今のままとして、まず数人ずつ、満遍なく職業を育てる。で、技能を一定まで育てて俺が合格を出したら、そのタイミングで俺が本をオラクルの村に移送し、そこで皆にレシピを習得して貰う。終わったら俺が本を部屋に戻すってことで」

「いや、しかし王都からオラクルの村となると、距離もかなりある。それなら人を移動させた方が安全ではないか?」


 ルシウスにそう指摘され、レンは、ああ、そうか、と溜息をついた。

 今回はクロエを連れてきているのだから、嘘を言ってもすぐにバレてしまうだろう。と判断したレンは、それについて、一部の情報を伏せた上で明かすことにした。


「……あー……正直、これは内緒にしておきたいので、できる限り秘してくださいね? 俺は転移の巻物が使えます」

「転移の巻物? ……ああ、英雄の時代の伝承から、可能性として考慮はしていたが……本当に使えるのか」

「まず、巻物を使えるのは英雄と同じパーティのメンバーだけ。俺が同行していれば許可した者は巻物を使えます。それ以外では使えません。加えて、これが秘していた一番の理由ですが、正直、在庫があまりないです。新しいのを作るにも、かなり稀少な素材が必要になりますので、転移が好きに使えるとは思わないで貰いたいのです。でも、それを使えば安全に往復が可能です……というか、今日俺たちがここにいたのは、その実験みたいなものだと思ってください」


 実際にはリオを連れての転移を行ったことで、レンが生み出したライカ以外のNPCを連れての転移も可能であることは分かっており、改めて実験が必要な要素はなかったのだが、転移の巻物の希少性を誤認させるため、レンはそのように表現した。王都への転移に際して、クロエに巻物を操作させたのは偶然だったが、あれを実験だと言えば、少なくとも嘘にはならないだろう。と。


「レン殿がいないと巻物は使えないのだな?」

「ええ、抜け道があるかもしれませんけど、俺は知らないし、それを探して実験を繰り返せば巻物は尽きるでしょうね」

「稀少な素材が必要というのは?」

「大型の魔物30匹倒して1つ手に入るかどうかっていう素材です。相手はそんなに強くはないですけど、それだけの数を探す方が大変でしょうね」


 ゲームと同じ比率でしか確保出来ない場合、どう頑張っても乱獲は不可能だろう、とレンは想定していた。

 30匹倒してひとつである。

 この世界の、例えば薬草はリポップしなかった。摘んでしまえば、新しく生えてくるのを待たねばならない。

 小さな昆虫ならともかく、一定範囲を縄張りにする人間よりも大きな魔物を30匹も倒したりすれば、その魔物が再び現れるまでに長い時間が掛かるのはほぼ間違いない。

 そのため、数を集めようとすれば、何よりもまず時間が必要になるのだ。


 黄昏商会ではディオが覚えていたから、長い時間を掛けてそれを集めてくれており、実際にはそこそこの分量があるが、それでも国からの輸送依頼を受けられるほどの分量があるとは到底言えないし、なくなればそこまでである。


「そうですね……俺たちはこの後、サンテールの街まで転移します。片道で良ければ一緒に行ってみますか?」

「こんな時間からか? あ、いや、一瞬で付くのなら、時間はあまり関係ないのだな」

「ええ、レイラとライカは王都に残しますので、王宮へ連絡することがあればレイラに。ああ、ただ、サンテールの街から王都までの帰り道はお連れできませんが」

「ふむ……馬と、都合の付く卒業生などがおれば紹介を頼めぬか?」

「ええと……まあ、そうですね。護衛に2人もいれば十分でしょうし、何なら結界棒と試作の馬車も付けましょう」


 そして、当初予定していた王都での日程と、レンにしてもあるとは思っていなかったお宝の処理に関する話し合いを済ませた一行は、ライカに指示書や宿舎の最終的な完成図、素材サンプルに各種ポーションなどを渡し、ルシウスをパーティーに加えて転移の巻物でサンテールの街に戻るのであった。




 転移は一瞬である。

 ルシウスは周囲を見回し、自分の現在位置を理解して大きな溜息を漏らし、


「この力が使えるようになれば、輸送で命を落とす者はいなくなるだろうに……」


 と呟いた。


 サンテールの街の泉の前には、エミリア達が予め手配していた護衛達が待機しており、そんなルシウスを含む一行を即座に守る態勢を取る。

 予定よりもかなり遅くなったことで、皆、何か問題があったのかと気を揉んでいたようだが、レンはその場では説明せず、急いで彼らが用意した馬車に乗り込むと、まずは神殿に向かってもらい、そこでクロエとフランチェスカを下ろす。


「それじゃクロエさん、今日は遅くなっちゃってごめんね」

「いい。貴重な物をみることができて、ソレイル様もきっと喜んでる」

「とは言えレン殿、クロエ様を遅くまで連れ回すのはできる限りお控えください」


 そうエミリアに、目が笑っていない微笑みで迫られてレンは頷いた。


「ああ、約束は出来ないけど努力はするよ」

「お願いします……さて、それでは領主の館までは私がお送りしましょう。フランチェスカ、クロエ様を頼む。それと皆への説明も」

「承知した。それではレン殿、今日はクロエ様に貴重な体験をさせて頂きまして、ありがとうございました。明日は村に向かう前に、お屋敷に顔を出させて頂きます」


 そんなこんなで神殿を後にしたレンとルシウスはサンテールの領主の屋敷に向かった。


 一応、屋敷のそばで馬車を止めて貰い、レンが数分だけ先行してルシウスが来ると告げたのだが、いきなりの国の重鎮の登場にちょっとした混乱が発生した。


「レン殿! なぜこのような試練を?」


 とは、その際のエドワードの言葉である。

 幸いというべきか、アレッタとシルヴィはオラクルの村におり、この急襲から逃れることに成功していた。


「もてなすための資材は俺が提供しますから」


 と、レンが厨房に走ろうとすれば、コンラードに引き留められる。


「いや、待って欲しい。レン殿、良いときに戻ってくれた」

「何かあったんですか?」


 ポーションに関して言えば、中級ならサンテールの街にはそこそこ流通している。

 その他のポーションも、数こそ、それほど多くはないが、レンが念のためにと作成した遅延に特化した薬箱に詰めて渡してある。

 ルシウスの件を放置してまで、自分が必要になるような事態はそうそう思いつかなかったため、レンは首を傾げた。


「ああ……いや、ある、と言うべきか。明日、ミロの街のカラブレーゼ魔法研究所所長が、ミロの街を代表して訪問すると連絡があったのだよ」

「カラブレーゼ? ミーロの街って言うと、聖銀ミスリルのインゴットを作った? ええと……あー、ミーロの街で……クロエさんと話してた人ですね?」


 レンにとって一番強烈な印象は、クロエに魔力感知をさせてくれと迫って断られているシーンだったが、少しだけ表現を曖昧マイルドな物にする。


「ミーロではなくミロの街だな。ああ、アレッタとレン殿と神託の巫女様とは面識があると手紙にあったが……こちらだ、読んでくれ」


 レンはコンラードから手紙を受け取りつつ、ルシウスを放置して良いのかと尋ねる。


「そちらは長男イゴールに任せている……で、レン殿はどう思う?」


 手紙はコンラード宛で、王立オラクル職業育成学園が順調に稼動を開始したことへの祝いの言葉が綴られ、学園で学び、卒業した者が各分野で活躍著しい事への祝辞と、コネがあるならミロの街の者の育成を頼みたい、という要望が記述されていた。そして、立役者であるレンとクロエとの面識がある点について触れ、訪問するので口利きを頼みたい、と結ばれていた。


「ミロの街は、現代に於ける物作りの拠点みたいな場所でしたっけ? ええと、そこの錬金術師と鍛冶師は王立オラクル職業育成学園を卒業してるはずですけど」

「ああ。それでもなおやってくると言うことは、おそらくは魔術師を育てるのが目的だろう」

「……ええと、うちは今、割ともの凄い状態なんで、予定外の増員は難しいんですけど?」


 知ってますよね、とレンが目で問うと、コンラードは頷いた。


「ああ、それは理解している。しかし、あの領には恩義があってな……だから、口利き程度であれば簡単には断れぬのだよ。ああ、だが勿論、レン殿が断る分には波風は立たぬだろう。王立の看板にはその力がある」

「……なるほど……手紙では受け入れを要求しているようにも見えますけど、明確に要求しているのは口利きだけですか……まあそれだと中々断りにくいでしょうね」


 恩義がなくても、これを断るのは難しい。

 口利き程度では自分にも相手にも大した手間とはならないため、断るための理由が限られてくるためである。

 それを理解したレンは溜息をついた。


「まあ、会うのは構いませんよ。どうせ、俺も今日は村に戻ろうとは思ってませんでしたし……それよりも、相手がそう来るのなら、こちらもそれなりの対策を立てておきましょう」

「対策があるのかね?」

「ええ、今日、一緒にいらっしゃいました。宿代代わりに働いて貰いましょう」

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