第70話 飾り紐と転移の巻物
「と言うわけだから、レイラは
レンの話をメモしながら聞いていたレイラが驚いたように顔を上げる。
「全員退学……って、え? もう設計図があるんですか?」
「そりゃ、ここに来るって決めてから三日もあったからね。最初のヒト用の宿舎は設計図なしで作っちゃったから、職人に頼んで実物から設計図を起こして貰って、それに各種族から出てきた設計図の特徴を頑張って取り入れて貰ったよ。エルフと獣人は窓を広く風通しを良くして部屋はヒトと同じサイズ、ドワーフは窓を小さくして部屋も小さめ。でも大部屋をひとつ作って、そこには暖炉を作っておく、程度だけどね。素材から異なるの建物にするのは無理だから、これで我慢してくれると良いんだけど。ああ、あと、こっちも渡しておく」
「これは? 知らない物もありますが……素材リストですか?」
数枚の紙を渡されて目を通したレイラは、そこに見覚えのある素材名を見付けたが、半数以上はレイラの記憶にないものだった。
黄昏商会で様々な素材に親しんでいたレイラは、自分が見慣れない名前に、一体何だろうかと首を捻る。
「主に建築資材にする素材だよ、錬金術じゃ使わない素材も多いからレイラが知らないのもあるよね。1、2枚目に書いてあるのはオラクルの村で提供可能な代表的な素材。印が付いてるのは、常識的な範囲でなら無料で提供する用意がある。無印は稀少な素材だから無料とはいかないけど、冒険者ギルド買い取り価格の2割引で売る。数に限りはあるけどね。その辺の情報がないと、大工や細工師を連れてくるにも人選が出来ないだろうからね。で、3枚目は、うちが買い取りたい素材だ。主に、育成に使用するポーションの材料だね。あと、あの辺じゃ手に入らない素材も幾つか……まあ、別になくても当面は問題ないけど、折角あちこちから来てくれるんなら、手広く素材を集めておきたいんだ。あ、取り扱いは暁商会で」
素材リストは、オラクルの村の職人が近隣の森で入手できるものを羅列し、そこに、レンが自分のゲーム時代のポーチから提供可能な素材を追記したものである。
聖域で貰ったポーチの中身にはまだ手を付けない方針なのだ。
レンから預かった設計図とメモをしまい込むと、レイラはルシウスと共に退室する。
それを見送ったレンは、残ったライカに向き直った。
「さて、ライカ。ライカには幾つか頼んでる仕事があるけど」
「暁商会の番頭で、王立オラクル職業育成学園の校長……園長の方が適切でしたかしら? その辺りですか?」
「ああ。その中に含まれるけど、ディオの墓前で話した職業レベル上限なんかに関する情報の確認と、ルシウスさんに卒業生の紹介、それに学舎増築関連の諸々、素材提供の準備と、各種族の受け入れの準備とかだね……それだけ振ってる状況で申し訳ないんだけど、ライカには暫く王都で仕事をして欲しい」
「理由をお聞きしても宜しいでしょうか?」
「幾つかあるけど、まず、例の情報確認を行うのなら、王都……と言うよりも黄昏商会の方が適切だろ?」
ライカは頷いた。
ディオとライカが蒐集した様々な情報は、黄昏商会に保管されている。
「そうですわね。でも、誰かを雇って調べるように指示を出せば済む話でもありますわ」
「ああ、次に、レイラのサポート。引き抜きすぎて困ってるんなら、最高戦力を投入して一気に改善しておきたい。で、戦局を打開できるのはうちだとライカかな、と」
レンの返事を聞き、ライカはふむ、と腕組みをする。
「……それも表の理由ですわね。王都には、レイラが年齢を理由に引きぬかなかった、元
「あー、うん。正直に言うよ。今回の件、エルフやドワーフ、獣人達から細かい注文が入る可能性があると思ってるんだ。その度に鳩じゃ話にならないからさ、ライカには二週間くらい王都で心話担当をやって貰いたい。三週間掛かるって言っておいたけど、ラスト一週間は受付締切にしとくってことにする」
レンの返事に、ライカは微笑んだ。
「まあ、そうだろうと思ってはおりましたわ……はい、王都での心話対応、承りました。良い機会です。暫くは王都でレイラを鍛え直しますわ」
「……ほどほどにな……ああ、これは約束は出来ないけど。途中で一回くらいはこっちにも顔出すよ」
「本当ですの? でも、転移の巻物は……」
「ああ、稀少な品だ。でも、今後を考えると、種族間のことは丁寧に扱っておく必要があると思うんだ」
それに、とレンは続けた。
「ライカをまた一人にしたら、ディオに怒られるだろうしな」
「ディオは怒ったりはしないでしょうけど……ああ、それなら、転移でこちらに来られる際にはクロエ様も連れてこられては? 今回一緒に来れなくて、拗ねてるんじゃないでしょうか」
「クロエさんか……いや、クロエさん連れてくるって事は護衛も一緒だろ? それに、王都にいると知られたら神殿と王家が大騒ぎになるんじゃないか?」
「後になってクロエ様に、
「それもそうか。なら、こっちにクロエさんを連れてきたときは、みんなで少しノンビリ過ごせるように仕事を調整しようか。俺もエルシアの街がどんな風になったのか、少し見て回りたいし」
レンが黄昏商会で買い集めた素材やら何やらを受け取って、王都中央の泉の周辺地理を確認してサンテールの街に戻り、そこからオラクルの村まで馬で戻ると、戻ってきた村人達やアレッタの世話をするためにやってきたメイドたち、それに神託の巫女の世話のために神殿から送られてきた巫女たちが
何やら列を作り、その先頭にはアレッタとシルヴィ、それに、まだ中級に上がって間もない錬金術師たちがいる。
錬金術師達がストーンブロックに向かって手をかざし、一歩下がると、後ろの者が前に出て、大きなストーンブロックから切り出された小さなレンガを取り上げ、後ろに並んでいる者に手渡す。そうやって渡されたレンガが集積場所までバケツリレーされ、積み上げられている。
そして、魔力が尽きた錬金術師が後ろに手を伸ばすと、その手にポーションが手渡され、錬金術師はポーションを飲んで戦線復帰する。
「……ストーンブロックの処理を人海戦術でやってるのか……随分な力業だけど、今の指導って誰だっけ?」
短い期間で何人もの中級錬金術師が巣立っているが、レンが関わったのは第二世代まで。
そのあとはライカとレイラ、それにアレッタ達に任せており、第五世代あたりまでならともかく、現在はそこまで細かい情報は上がってこなくなっている。
卒業生やライカ達の手で学園の運営が行われるようになる、というのは、レンにとっては望ましいことなのだが、少し無責任であるようにも思えてしまい、レンは眉根を寄せた。
と、そんなレンの袖を引く者がいた。
「レン、お帰り。王都のお土産は?」
「クロエさん? いや、遊びに行ってたわけじゃないし……素材は色々持ってきたけど……って、ああ、これがあった」
素材と共にライカから数本の小さな紐飾りを渡されていたことを思い出したレンは、それをクロエに渡す。
「王都の若い女性の間で流行ってるらしい。本来は自分の古い服を解いて、糸を集めて作るお守りらしいけど。仲の良い相手に渡すんだそうだ」
「ありがとう。お守り。うん、可愛い」
満面の笑みを浮かべるクロエの後ろに立つエミリアに、レンは色違いの飾り紐を差し出す。
少し困ったような表情でエミリアはそれに気付かないふりをする。
が。
「よかったらエミリアさんもどうぞ」
声を掛けられてしまえばそれを押し通す事もできない。
レンから飾り紐を受け取ったエミリアは、こほん、と咳払いをする。
「これを身につけ、クロエ様の御身をお守りせよとのお心、確かに頂戴しました」
そして、レンに向かって、何か言えと表情だけで合図する。
「あー、うん。クロエさんのこと、よろしくね?」
面倒くさいと思いつつも頷くレンの耳元に、すっと唇を寄せたエミリアは、
「我が剣と神に誓って……というわけで、あまりクロエ様以外の人に同じ物を配らないようにご配慮を」
と囁くのだった。
今回の工事では、レンは、表面上はあまり活躍しない予定だった。
建物の基礎を作るのは土魔法を使う魔術師たちの訓練も兼ねている。
加えて、その他設備のためのストーンブロックレンガは、錬金魔法の錬成の訓練となる。
元々ヒト向けの施設建造であれば、手順も留意すべき点も全てが判明しており、内容は単純作業に近い。そのレベルまで落とし込まれた作業なら、増員で期間短縮も可能なのだ。
しかし、その単純作業に落とし込むというのが一番面倒で、増員では短縮できない部分のひとつだったりする。
というわけで、レンの作業は、その増員では対処が難しい部分となっている。
執務室で淡々と書類とにらめっこしつつ、人と物の配分を決め、責任者への指示を出す。
ライカやレイラがいれば丸投げするところだが、ふたりを王都に置いてきたのはレンである。
「面倒くさいけど、自業自得か……しかしこれ、作ってるものは全然違うけど、日本で会社員やってた時と同じような仕事してるな……俺のスローライフはどこにあるんだろ?」
そんなこんなで計画を立て、致命的な計算間違いがないかをマリオにチェックをしてもらい、諸々の手配をする。
たまに心話でライカと状況の摺り合わせを行いつつ、見直すべきを見直しながら、着々と計画が進んでいく。
そして、概ね他種族問題は良い方向に転がっているようだというのが、ライカとレイラの見解であった。
そんなある日の朝。
「レン。迎えに来た、あ、おはよう」
レンの寝室にクロエがやってきた。
普段の巫女の服装の上に、以前レンから貰った白地のローブを羽織っており、腕には飾り紐、腰にはレンに作って貰ったポーチを巻いている。
そして今回はフランチェスカとエミリアを引き連れている。
それを見て、レンは心の中で「セーフ」と呟く。
「おはようクロエさん。えらく早くないか? それに、エミリアさん達は完全武装か」
エミリア達が身に着けているのは、各所に金属を使った、レンにも見覚えのある鎧だった。
板金鎧があまり使われないこの世界基準では、これはほぼ完全武装と見なされる。
それに加えて、ふたりが着けているのはレンが提供した迷宮産で、各部に使われている薄青銀の金属は
「おはようございます。ええ、はい。クロエ様が待ちきれないご様子ですので。それと、今回王都側には訪問を通達しないようにとクロエ様から指示されておりますので、護衛は私たちふたりのみです。ですので、レン殿から譲って頂いた装備を着用しております。ですが可能ならレン殿にもご配慮頂きたく」
「ああ、俺もクロエさんの護衛のつもりで動くよ」
などと答えつつも、この世界に於ける神と神託の巫女の立場を考えると、バレたとしても、遠巻きに見られる程度だろう、と分析するレンだった。
「レンはこれから準備?」
「あー、今起きたところだから、顔洗って着替えさせて」
「仕方ない。急いで」
後ろで申し訳なさそうな顔をするエミリアとフランチェスカに気にしていないと笑顔を見せ、レンはドアをしめて急いで支度を調えるのだった。
レンの準備に掛かった時間は数分程度だった。
寝癖がないことを確認してトイレを済ませて口をゆすいで着替える。
必要なものは全部ポーチに入っている。
「クロエさん、お待たせ」
とレンが出てきたのを見て、エミリアたちが驚く程度にはレンの支度は早かったのだが。
「レンはもっと早起きする」
とクロエは少し膨れつつもレンの手を取る。
「待って待って、クロエさん。行く前にアレッタさんには声かけておかないと」
「アレッタにはもう出掛けると言ってある」
レンが視線を向けると、エミリアが困ったような表情で頷いた。
「なら、いいか」
レンはメインパネルを開き、そこに、ここにはいないライカ、リオの名前と、クロエ、エミリア、フランチェスカの名前があることを確認すると、転移の巻物と、マントを人数分取り出す。
「レン、見ててもいい?」
「ああ」
レンが転移の巻物を開くと、その目の前に半透明の転移先リストが表示される。リストの下の方には、転移者リストも表示されており、現在は、ここにいる4名だけが転移可能となっていた。
「それじゃ忘れ物はないか? 命に関わるレベルなら取りに戻れないことはないけど、この転移の巻物は、忘れ物を取りに戻る程度の理由じゃ使えないぞ?」
レンの言葉にクロエが頷く。ついで、エミリア、フランチェスカも背負った荷物の重みを確かめて頷く。
「よし……じゃあ、知らない人が見たら驚くだろうから、全員俺の部屋に入って……あ、クロエさん、このリストにある、『王都』という文字の真ん中辺りに人差し指の先で触れて」
やらせてみよう、とレンが指示するとクロエは楽しそうに手を伸ばす。
「王都って文字が明るくなったね。そしたら、新しい板が出てくる……出てきたな。内容を読んで、問題ないなら『はい』、というのを同じように押す」
記載されている内容『王都 への転移の申請を受理しました。転移者は、レン、クロエ、エミリア、フランチェスカの4名です。よろしければ、はいを選択してください』をマジマジと見て、つ、と指先を伸ばしたクロエは押しても良いか、とレンに顔を向ける。
「いいよ。押して」
クロエの指が透明な板に触れた瞬間、4人は王都中央の泉の前に立っていた。
「転移完了」
当然、誰もいなかった場所に人間が4人も現れれば目立たない筈がないわけで。
ささやき声と視線に晒されたレンは、全員に手に持っていたマントを被せ、そのまま周囲にきつめの視線を走らせる。
マントで隠すというあからさまな行動と、レンの視線を受け、ああ、これは関わったら不味いヤツだ、と理解した大多数は、何事もなかったかのようにレン達から視線を外す。
そして
「お待ちしていましたわ……こんなに早く来るなら心話でご連絡くだされば宜しいのに」
と、ライカが近付いてきた。
「ああ、早く出ることが急に決まってね……というか、なんでライカが広場にいるんだ? 予定より1時間は早いと思うんだが」
「いえ、その、遅れるわけには参りませんので、何となく……仕事は馬車の中でもできますし」
と、ライカが示す方には、先日レイラが手配したものよりも一回り大きな馬車が止まっていた。
そして、馬車のドアを恭しく開くレイラの姿もあった。
「それでは
クロエの名前を出さないようにそう呼び掛け、ライカはクロエ達を馬車に迎え入れるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます