第67話 第一期生

「ここで中級の錬金術師になるための教えを受けるのね?」

「アイリちゃん、アイリちゃん、緊張するねぇ?」

「あんたは建物見上げて転ばないように気を付けなさい。何もないところで転ぶんだから」


 当面、錬金術、魔術、剣術などを教えることとなった学校の前に、ふたりの若い女性がやってきた。

 彼女たちは、サンテールから見て王都方面のボンドーネの街からやってきた錬金術師だった。

 ボンドーネの街は、4人の錬金術師を擁していた。

 内ふたりはそろそろ引退をしようかという年齢で、今回の募集には応じず、次代として育てられたふたりが送り込まれたのだ。


「でも、シスモンドさんが言ってた、魔物の目の前で素材採取とかってどんな意味があるのかしら?」

「えー? そんなの聞かれても分からないよぉ」

「シーマも少しは考えなさい……ええと、サンテールの街で教えて貰った建物はあれよね? ということはあっちが本棟で……」

「お嬢、あっちに人がいますから、ちょっと聞いてきます」


 護衛の冒険者が、通りに人影を見付けて走って行く。


「あ、お願い……あら?」


 通りの人影に視線を送ったアイリは首を傾げる。


「……シーマ、あの女の子、変わった化粧してるわよね」

「えーと? あ、本当。不思議なお化粧してるねぇ」

「頬に何か付けてるわね……あと、耳の所にも変わった髪飾り? ……んー? 角に見えなくもないけど、獣人なのかしら?」


 冒険者が道を尋ねると、その娘は冒険者と一緒にアイリ達の元にやってきた。


「あなたたち、錬金術師ね? レンがそろそろ来るだろうって言ってたわ。とりあえず、あたしがレンのところに案内するから、ついてきて。今日は神殿の方をいじるって言ってたから……あ、あと、これは」


 娘は歩きながら、自分の頬骨のあたりに生えた鱗を指差した。


「化粧じゃないから。獣人の一種、というのは間違いじゃないわ。私はリオ。この村の住人よ」

「あ、聞こえてた? 悪気はないのよ」

「いい。ヒトの娘は顔に色々塗るのが好きなんだよね? アレッタ達があたしに化粧をしたがるから知ってる。ところであなたたちは、どこから来たの?」

「王都の方の街。ボンドーネよ。私はアイリ、あっちのぽやぽやしてるのがシーマ。で、あなたに声を掛けに行った冒険者がカレルで、そこにいるのがノーラさん」

「ふうん……そちらの……ええと、冒険者? あなたたちも習いに来たの?」

「習うって何をだ?」


 唐突なリオの問いかけに、カレルはそう返した。

 それを聞き、ああ、違うならいい、とリオは肩をすくめた。


「いや、そこは教えて欲しいんだが。気になるじゃないか」

「あー、うん。この村は錬金術師を育てる村ってのは知ってるよね?」

「中級になる方法が分かったから教えるって聞いたけど、あれ、本当なの?」


 ノーラの言葉にリオは頷いた。


「あたしは詳しくは知らないけど、この街の錬金術師は全員中級になってるって話ね。で、聞いた話だと、他の職業も育てられるらしいの。だから、あなたたち冒険者はどうするのかなって思ったんだけど」

「育てられる? それって、剣士初級を剣士中級にできるってことか?」

「そう聞いてる。あ、魔術師とかは技能をしゅうじゅく? させる訓練が必要とか言ってたかな?」

「待って待って! まさか、魔術師の職業レベルをあげられて、技能を育てる方法も教えてくれるってこと?」


 少し興奮気味にノーラが食いつく。


「その辺は、そっちのふたりの方が詳しいと思うけど?」

「……アイリさん。今の話、本当ですか?」

「それ、俺たちも受けられるんでしょうか? それって、幾らくらい必要になりますか?」


 ノーラとカレルがアイリに食いつく。


「あれ? ギルドで説明受けなかった? 依頼内容はサンテールの街までの護衛……まあ、こっちの村までになっちゃったのはごめんだけど。で、護衛が終わったら希望者は現地で修学の機会あり。ただし修学する場合は、学んだことを使って規定回数分、現地での護衛任務を行なう必要がある、って」

「え? あれ? ノーラ、聞いてるか?」

「覚えてないわよそんなの。そうだあれ! 依頼を受けるときに貰ったメモがあるはず」

「おう! 済まない、ちょっと確認させてくれ」


 カレルはアイリたちにそう断って、荷物から依頼の受領証を引っ張り出した。


「……これか。ちゃんと書いてあるな。護衛だけだと思ってた……でも、金額は書いてないな」

「お幾らなのでしょうか?」

「そりゃ、そんな貴重な知識、高いに決まっ」

「無料だよ。支払いは体で、ってライカが言ってたね」

「体でって……」


 ノーラが不安そうにアイリの方を見る。と、アイリは顔の前でパタパタと手を振った。


「誤解よ。私たち錬金術師は、支払いとして大量のポーションを作ることになっているわ。戦える者は、数日の護衛任務や素材採取依頼が割り振られるんじゃなかったかしら?」

「なるほど。肉体労働で支払う訳ね。でも、本当に職業レベルを上げられるのなら、その知識には万金の価値があると思うのだけれど」

「あたしはまだよく分かってないんだけど、これをやってるレンってのは、世界を救うとためだから、広めることが最優先とか言ってたよ」


 リオが楽しげにそう言うと、アイリは真剣な表情で頷いた。


「……もしも多くの職業で、中級に至る方法が公開されたなら、人口減少を食い止めることができる可能性はあるわ」

「それはいーんですけどぉ。アイリー、疲れたよー」

「あー、はいはい、それじゃそのレンさんにご挨拶したら宿を取りましょうか」

「この村、まだ宿はないよ? 学生なら学校の寮が使えるから、そっちになるかな……あ、いたいた。おーい! レーン!」


 神殿の門から庭にかけての外構を整えていたレンを見付けたリオが大きな声を出す。

 何事かとレンが振り向き、アイリ達の姿を見付けると、軽く会釈をして、手をパンパンとはたきながらやってくる。


「こんにちは。ええと、俺はレン。現時点でのこの村の村長ってことになってるけど、君たちは?」

「あ、はい。初めまして。私はボンドーネの街から錬金術を学びにやってきたアイリ。こちらがシーマです。で、後ろのふたりはここまでの護衛として雇った冒険者です」

「はじめましてー。シーマでーす」

「自分は冒険者のカレル。こっちは相棒のノーラです。あの、こちらで魔術師や剣士が学べるというお話は……」

「あー、それじゃ、ま、立ち話もなんだし、学校に行こうか」


 そしてレンに引き連れられた一行は、学校に戻るのであった。




 一行が校長室に入ると、そこではライカが何やら書類仕事をしていた。

 新入生がきた、とレンが告げると、人数も少ないからと応接セットに一行を座らせて、説明が始まった。


「私はこの度設立された学校の長のライカです。校長先生と呼んでくださいね。それで、アイリさんとシーマさんは錬金術師コース希望、と。中級になったら、何種類かのポーションをたくさん作って貰うことになりますけど、それは承知していますわね?」

「はい。育成で使用してもらったの同じポーションを、かなりの量作ると聞いています。具体的な数字をお聞きしても?」

「……こう言っては何ですが、先に数を聞くと多分信じて貰えないと思います。アイリさんたちを迎えに行ったシスモンドさんとマルタさんなら、他に色々やりつつ、10日ほどで作れる分量ですわ……不安なら、作成期間を10日と限っても構いませんわよ?」


 ライカの答えを聞き、アイリはホッとしたように息をはいた。


「期間限定でよいと仰られるのなら無理はなさそうですね。あ、素材採取は私たちが自力で行なうのでしょうか?」

「半分ほどはその通りですわ」

「半分ですか?」

「ええ。冒険者が入学して職業を育てた場合、その冒険者は素材採取や、あなた方が森に入る際の護衛を行なうことになりますの。あなた方のポーション作成と同じく、働いて返却するわけですわね」

「なるほど……そうやって、私たちが作ったポーションを売って、学校運営の費用に充てるのですね?」

「いいえ。これは国策ですから当面の予算は国から出ていますのよ? あなた方が作るポーションは、あなたたちの後輩育成のために使われますわ」

「なるほど。理解できました。ありがとうございます」

「いえ。これが私の仕事ですわ。私自身は錬金術師ではありませんが、必要ならレンご主人様が技術指導をしてくれることになっていますわ。さて、入学の書類にサインをしてもらったら寮に案内しますけれど、他に聞いておきたいことはありまして?」


 ライカがそう尋ねると、アイリは首を横に振り、シーマはアイリがそうしたのを見て真似をする。

 では、とライカがアイリとシーマに書類を差し出すと、カレルとノーラが手を挙げた。


「あの。俺たちも無料で学べるってのは本当ですか?」

「あなたたちの職業は?」

「俺が剣士で、こいつは魔術師だ。ふたりとも冒険者の職も持っている」

「なるほど。職業・冒険者は中級になる方法が知られていますが、あなたたちは?」

「ふたりとも中級だ」


 それを聞き、ライカは感心したような表情を見せる。


「まずは答えから。剣士と魔術師の職業を中級に育てることは可能です。魔術師であれば、任意のふたつの魔法技能を育てるところまで面倒をみますわ。お薦めは水と土ですわね……それで、そちらの」

「カレルだ」

「そう、カレル。あなたは剣士を育てますか? ヒト種の時間の使い方としてはあまりお薦めできませんわよ?」

「……すまん、理解できないのだが、どういう意味か教えて貰えるか?」

「ええ。職業剣士は、剣全般を使う職業であって、専門職ではないということはご存知ですわよね?」

「ああ、それは勿論だ」


 一言に剣と言っても色々な種類がある。

 ざっくり、長い刃が付いていて、刃よりも短い柄があれば、それは剣と呼称されることが多い。

 大きく、両手剣、片手剣に分類することが可能で、細かく言えば形状やサイズなどで呼び名が様々に変化する。

 例えば、この世界に於いて、長くて細い片手剣は細剣レイピアと呼称される。


「剣士というのは、各種ある剣を、どれでもそれなりに扱える職業ですわ。それに対し、例えば細剣レイピア使いは、細剣レイピアに特化した職業ですの。剣士も細剣レイピアを使うことはできますが、細剣レイピア独自の技能の幾つかは使うことは出来ませんのよ?」

「ああ、それは聞いたことがある。でも、冒険者なんてやっていたら、いつまでも一種類の武器だけじゃやっていけないからな。臨機応変に武器を持ち替えるには剣士じゃないと駄目なんだ」

「違いを理解した上で、それでも剣士を育てたいという判断ですわね? それならばその意思は尊重しますわ」


 ライカがそう言うと、カレルは頷いた。その横で、今度はシーマが口を開いた。


「あの! 魔法技能を育てる言っていましたが、どういう意味でなのでしょうか?」

「ノーラさん、でしたわね? ええ、魔術師として活躍されているのならご存知でしょうけれど、魔術師は、職業を得た後、魔法技能を覚えなければなりませんわ。火、水、土、風、時空、生命ですわね。まず、これらの中から好きなものをふたつまでなら選んでいただいて結構ですわ。そして、私たちはそれをあなたに取得させ、土ならストーンブロック、水ならアイスブロックが使える程度まで育てるお手伝いをしますわ……ノーラさん?」


 ライカの言葉を聞き、ノーラは完全に固まっていた。

 カレルがノーラの肩を揺すると、ノーラは大きく深呼吸をしてから、ライカに食ってかかった。


「い、今、時空魔法と生命魔法って言った? 言ったよね?」

「言いましたわ。でもそのふたつはお薦めしませんわ。育てても使い道があまりにも限られますもの」

「で、でも、時空魔法には禁呪があったって伝承をお師匠様から聞いたことがあるわ」

「……まあ、あるかないかで言えば、禁呪と呼ばれるものは確かにありますわ。でもあれ、使うと術者が巻き込まれるから禁呪なのであって、破壊力に関しては火、水、土、風の元素魔法を極めた方が強力ですわよ?」

「そうなんですか? それにしても、時空と生命って、遺失魔法じゃないですか。それ使えたら凄くないですか?」

「研究者にはすべて教えますから、凄いのはあと数ヶ月の間だけでしょうね。それでもよければお教えしますけれど」

「……いえ、それなら、ええと、お薦めは水と土でしたっけ? ……それなら水と土をお願いします。元々火が得意なのですが、別系統が欲しかったんです」

「分かりましたわ。それでは、おふたりとも入学をご希望ということですわね。職業レベルが育ったら、護衛や素材採取をお願いすることになりますけれど、それで宜しければこちらにサインをお願いしますわ」


 こうして、学校に最初の学生が入学することが決定した。


「皆さん、読み書きは……その職業なら大丈夫ですわよね。こちらの版画刷りを差し上げますので、本日は寮の部屋でこれを熟読してくださるかしら。紙にもあるように、寮に併設されたお風呂と、食堂にある食材は好きに使ってもらって構いませんわ。何なら、神殿の隣にある温泉でゆっくりしてもよいでしょう。それで、明日は、朝食の後、鐘が鳴ったら教室に集合してくださいね。必要なものは寮の部屋に用意してありますし、教室の場所は紙に書いてありますわ。そうそう、あなた方が一期生ですので、不満などあれば取りあえず私にあげてくださいね。内容が妥当かつ優れた指摘であれば、卒業時にレンご主人様が記念品を下さるそうですから」

「記念品ですか?」


 ノーラが首を傾げると、レンが頷いた。


「ああ、昔俺が作った防具、というかマントだね。ウェブシルク使った奴だから、元から防刃性能があって、どこまで重ね掛けできるかとか実験した奴だから、まあ、無意味に色んなエンチャントが付与されてる」

「付与も使えるんですか?」

「もちろん。俺の場合、ひとりで何でも作れるように、色んな職業に手を出してるけど、あまりお薦めはできないな。色々育てるのが面倒になる」


 そう言ってレンが笑うと、アイリとノーラは引きつった笑みを浮かべるのだった。




レンご主人様、王太子殿下から私に手紙が届きまして、レンご主人様に伝言がございます」


 生徒達を寮に案内して校長室に戻ったレンとライカをレイラが待っていた。


「なんて言ってきた?」

「要点はふたつ。ひとつは、村の名前の希望がないかという問いです。一度放棄した村を再開発するという場合、普通は新しい名前を付けるものです。そして、その村の名前が村長の名字になりますので、希望を尋ねているのかと」


 レンの現在の立ち位置は、この村の村長である。

 村をどうすれば良いのかとコンラードに相談をしたところ、それが一番波風が立たないということで、コンラードに押し切られる形でそう決まったのだ。

 ただし、村長と言っても貴族や代官ではなく、あくまでも個人という立場を貫いており、村で収益があがっても国やサンテール領に税を納める必要もなく、村はある意味では独立自治区と呼べる代物になっていた。


「村の名前か。ちなみに昔はどんな名前だったんだ?」

「ゲズイッフィ村と呼ばれていたようです。まあ、炭酸泉からの命名でしょうね」

「なるほど?」


 レイラのその返事に、村や町の名前に意味があるとは思っていなかったレンは首を傾げた。


「なぁ、村や街の名前って、家名じゃないのか?」

「多くの場合は家名から付けますわね。でも逆に、領地名が爵位に紐付いている場合などは、爵位を名乗る際に領地名も名乗りますので、そのまま家名にする貴族もおりますわ。だからどちらが先、とは中々言えませんわね……例えばサンテールの街は、昔はお酒と香水を特産にしていたそうで、だから、サンテール、香りの街、と名付けられ、その地を領地として与えられた者がサンテールを名乗り始めたと聞きますわ」

「ライカはなんでそんなことを知ってるんだ?」

「英雄の時代のことを調べる際に、世界中を旅しましたもの。500年も世界を回れば、この程度の雑学は身に付きますわ」


 それを聞き、ライカが世界中を旅する原因となったレンは居住まいを正した。


「なるほど、ライカ達には苦労を掛けたね。でもそういう命名ルールでいいなら、温泉にちなんで暖かい……フランス語だとショードとか? いや、音が悪いな……暖かいからの連想で、春、プランタン?」

「プランタンだと同名の街が存在しますわ」

「ああ、名前が被るのは微妙だよな……なら、学校のある村ってことでエコールか、或いは村の始まりに神託の巫女が関わったってことでオラクル?」

「どちらも素敵ですわ」


 ライカがそう言うと、レイラも頷く。


「意見があるならちゃんと言ってくれよ?」

「勿論ですわ。異論を口にしないのなら、私たちがいる意味がなくなりますもの。ですので、よい名前だというのは本心ですわよ?」

「ならいいんだけど……そうすると、俺はレン・エコールとか、レン・オラクルって名乗ることになるのか?」

「そうなりますわね」


 口の中で何回かその名前を繰り返し、レンは眉間に皺を寄せた。


「なんか違和感あるな」

「慣れですわ。どちらにするのかが決まったら教えて下さいまし。ところでレイラ、もうひとつ伝言があると言っていたわね?」

「あ、はい。これも名前に関することで、学校の名前を決めて欲しいとのことです。どちらも、会議などでサンテールのそばの村とか、建築中の学校とか、そういう言い方しかできなくて不便だとか」

「あー……職業訓練校とかは?」

「実態を正しく表現した名前ではありますが、それではあまりにも飾り気がないかと。国が予算を出すのですから、侮られるような名前は……」


 名前で侮られるなどと聞くと、その程度で侮る奴なんか放っておけ、と言いたくなるレンだったが、社会人をしていた経験から、確かにそういう層が存在するし、そういうのに限って決済権を持っていたりするということを思い出して思い止まった。


「学校の名前か。ライカが校長なんだから、ライカ学園とかにしとくか?」

「それならレイラ学園でもよいですわね。レイラは予算会議の場に出てくる者たちとは顔見知りですし」

「ああ、知名度が高いってのは大事だよな」

「私の名前は勘弁して下さい。こういう場合は、予算を付けると判断したダヴィード王太子殿下のお名前を冠したりするものでは? それに、私は別に平民の間では名前は知られていません」

「ダヴィード学園か? 予算を誰が出すのかを考えると、ダヴィード王立学園とかでも……って、そんな大層な名前じゃ、庶民が二の足を踏みそうだな」


 ああ、とライカとレイラは頷いた。


「では、いっそ、神託の巫女様の名前をお借りするとか。私たちより知名度は遙かに高いです」

「クロエさんか? 知名度高すぎて、かえって使いにくいよ……ああ、でも、リュンヌ神託学園とか、学園の誕生の背景とかが分かる名前もありかな?」

「神様のお名前の方が、巫女様よりまずくないですか?」

「だって、そもそもリュンヌが一連の事件の黒幕なわけだし」

「えーと、レンご主人様、その名前でエルフが絡んでいるのはまずいです……リュンヌ様の眷属だった竜人まで村にいますし。戦争のことを知っている者は、色々連想してしまうかもしれません」


 ああ、魔王のことか、と理解したレンは、溜息をついた。


「ならもう、面倒だからレイラ学園だ。王立レイラ学園」

「お願いですから、それだけは勘弁して下さい。予算会議の場で、その名前を発言したり聞いたりするのは私なんですよ?」

「じゃあ、どうしろって言うんだよ?」

レンご主人様、王立職業育成学園などはいかがでしょうか? 侮られる名前かも知れませんが、分かりやすさも大事かと」


 ライカの意見を聞き、レンとレイラは沈思黙考した。


(王立であると宣言すれば余計な横槍は防げる。その上で、職業訓練ではなく、職業レベルを育成することを目的としているのだと宣言する訳か)

「よさそうだな。レイラは何か意見はないか?」

「類似の施設を他の場所に作る時に困りそうですね。作らない方針ではありますけど、結界杭の修復が終わって魔物の脅威が一段落したら、遠くの地域の人が困るから、あと幾つか増やそうとか言い出す人が絶対に出てきます」

「あー……なら、後は村の名前を付けるか。王立エコール職業育成学園……駄目だ。学校が被る。なら王立オラクル職業育成学園……うん、こっちのがまだマシだ」

「図らずも、村の名前が決定しましたね」

「まあいいや、じゃ、オラクル村と王立オラクル職業育成学園ってことで……で、王太子殿下は他には何も言ってこなかったのか?」


 レンにそう聞かれ、レイラは困ったように苦笑いを浮かべた。


「……まあ、予算と人員は前から少なかったけれど、最近はそれに加えてポーションの素材の値段があがって困っているとか、そんな愚痴ばかりです」

「素材は、レイラが王都の店頭に並んでいるのをかなり買い込んできてくれたからか。今もまだ素材買い付けは継続しているのか?」

「一応継続していますが、そのせいで素材価格の値上がりが始まっています」

「まあ、これからの事を考えるなら、冒険者にとって素材採集が金になるって状況はそんなに悪いことじゃない。と、そうだ、現在、冒険者が一番多いのはどのあたりなんだろう?」


 ライカとレイラは顔を見合わせて、どのあたりだろうかと相談を始める。

 そして、ライカが残念そうな表情で、決まった場所はないと答えた。


「イエローの魔物を狩って魔石を集める仕事が一番儲かりますけれど、万人に狩りやすい魔物なんておりませんもの」

「イエローホーンラビットはどうなんだ?」

「イエロー系の中では狩りやすい方ですけれど、イエローホーンラビットはどこにでもおりますので……あの、冒険者が集まる場所を探すのはどういう目的ですの?」

「うん。この前レイラが王都から持ってきてくれた素材、低品質の品も多かったけど、あれ、冒険者が採取したものだろ?」


 レンがそう尋ねると、レイラは首肯する。


「はい……低品質でも、素材は貴重ですから、買い取るようにはしているのですけれど、冒険者はどうにもガサツです」

「うん。で、冒険者に素材採取のやり方を講義でもしてやったら、素材の品質が向上するんじゃないかと思ってね」

「講義をしたくらいで変わるものでしょうか?」

「高品質なら高く買い取るってこともきちんと教えておけば、できる範囲で努力するようになると思うぞ?」

レンご主人様、その講義は学校で行なうのにはそぐわないように思うのですが」

「ああ、対象者が多すぎるし、職業レベルと同列には扱えないだろうね。だから品質を落とさない採取のコツを、ギルド主催で開催して貰ったりすればいいんじゃないかな……まあ、職業レベル上げに来た連中には、ついでに教えても良いけどさ」

「学校外ですか……でしたらレイラの領分ですわね」


 ライカの言葉に、レイラはそうですね、と頷いた。


「ではまず、サンテールの街で開催します。その後、しばらく様子を見て、特に品質が高い素材を持ってくる者を雇い入れ、王都で講習会を開かせる、効果があれば、各地にも広める、という方法でも宜しいでしょうか?」

「うん、それで頼む。ああ、素材は、初級向けだけじゃなく、中級の錬金術師が使うものも対象にしてくれよ? これからはそっちの需要が伸びるんだから」

「はい。それでは早速、手配いたします」

「レイラ、学校には品質のよいもの、悪いものをそれぞれ同数ずつ送ってちょうだい」

「はい、かあ様」




 翌日。

 アイリ達の入学式、らしきものが執り行われた。

 最初の生徒は6人である。

 ボンドーネの街からやってきた錬金術師、アイリとシーマ。その護衛としてやってきた冒険者にして剣士カレルと魔術師ノーラ、加えてサンテールの街の騎士団から厳正なるクジ引きの結果、ニコロ。ミーロの街からは以前レンがミスリルを精錬するのを見ていたベニート。

 第一期生の入学ということで、来賓として、サンテールの街からは領主の代理として領主家長女アレッタが、神殿からは村の神殿に居着いてしまった神託の巫女クロエが、国からは外務そとつかさの重鎮、レイラがと、よく考えると中々に立派なメンバーが列席している。

 特に、神託の巫女と、国の外務そとつかさ大臣のレイラがいると知った一行は、かなりの緊張を強いられていた。


 しかも、


「諸君はこれから失われた御業を伝授され、職業を育てる。しかし忘れないで欲しい。諸君らは生徒であると同時に教師でもある。一期生は二期生の教師となり、職業を育てる技術を教える方法を学び、いつか弟子を取ったときに、それを次代へと伝承していくのだ。それにより、二度と職業を育てる技が絶えないようにしてほしい。それこそがその技術を齎したエルフの願いであり、国がこの学校を作った意義である」


 などとレイラが挨拶をしたかと思えば


「校長ですが、私は大したことは教えられませんわ。何か問題があれば、それを解消するのが私の仕事ですの。だから、問題や要望があれば、とりあえずは遠慮なく私まで言いに来ること。よろしくて? 問題は絶対に発生するものですわ。だから、第一期生は二期生以降が心安らかに過ごせるように、問題点を洗い出すのも義務と考えて下さいまし。そう、あなたたちは一種の実験台なのです」


 と、ライカによる実験台モルモット宣言である。

 さすがにこの流れはまずいとレンが壇上に登ると、生徒達は今度は何を言われるのかと緊張の色を隠せない。


「あー、俺は王都にある黄昏商会の創始者のレンだ。さて、現在、世界の人口は2万人を割り、ジワジワと減少が続いているのは皆も知っての通りだ。だから、リュンヌが俺を喚んだ」


 ざわり、と生徒達がどよめくが、レンは気にせずに続けた。


「まあ、皆も知る通り、エルフは長寿だからね。俺としては自分が死ぬまでは人類の平和な世界が続いていて欲しい。だから、人口減少を食い止めることにした。生徒としてそこに並んでいる錬金術師は既に知っている通り、少し前までの結界杭はイエロー系の魔石が必要だったが、一部の街や村の結界杭は、グリーン系の魔石で運用可能となった。グリーン系の魔石で結界が張れるようになれば、無理な戦いで命を落とす者は減るだろう。加えて、中級の各種ポーションや結界棒が供給されるようになれば、多くの命が助かるだろう。これはこれから君たちが身をもって知ることになる予定だが、本格的なポーションの供給が開始されれば、技能の習熟に必要な時間が大幅に短縮されるため、更に人類全体が生き延びやすい環境を作ることができるだろう。君たちは、そのための一歩をこれから踏み出すことになる。今まで人類の未来は暗闇に閉ざされていたが、ここから夜明けが始まるんだ。今はまだ、何を言ってるんだ、と思うかも知れないが、俺の言ったことを忘れずにいてほしい」


 レンがそんな感じの挨拶をして壇上から降りると、入れ替わりでクロエが登り、


「レンが望むように頑張って。ソレイル様はそれを望んでいる」


 とそれだけ発言して小走りにレンの背中を追い掛けてゆく。


(ねぇ、アイリちゃん、あれ、どこまで本当なのかなぁ?)

(知らないわよ。でも、結界杭を直すためにと預かったミスリルのインゴットの数は、今の話で説明がつくような気がするわ)

(お嬢、校長が睨んでますから、私語は不味いです)

(おっとと、ありがと)


 ライカの視線から逃れるように、何食わぬ顔で正面に視線を戻したアイリは、これから習うだろうアレコレを想像し、大きな溜息をつくのだった。


■後書き■

これにて一段落となります。

ここまで読んでくださった皆様には心からの感謝を。


お楽しみいただけましたら、最新話の下にある☆を増やしていただけますと大変励みになります。

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