第66話 やってきた

 数日後、温泉と神殿は内装の調整を除いてほぼ完成した。

 それらはレン曰く、魔法こそ使いはしたが、比較的普通の建築方法で建築されていた。

 土魔法で基礎の下地を作り、レンが用意したブロックを職人がそこに積み上げる。

 ものがストーンブロックなので、土魔法で融合させるわけにはいかず、ブロックの隙間はレン謹製の特殊な漆喰で埋め、ストーンブロックの表面も同じ漆喰を塗り、その表面にストーンブロックで作ったレンガを錬金術で作った接着剤で貼り付けるという、材料さえ考えなければ確かにありふれた工法ではあるが、この工法だと、ちょっとした魔法の直撃にも数発までなら耐えられると言ったレンは、アレッタにどういう状況を想定しているんですか、という目で見られていた。

 温泉の建物は、四方の壁に嵌め殺しの窓が数枚で、温度調整室で加熱した湯を必要な場所に流すようなシンプルな作りになっている。

 湯殿など湯気がでる部屋は、日本の銭湯の男湯と女湯のように一階の天井部分が繋がっており、その中央に煙突が立てられている。

 二階の休憩所には、湯あたりしたり、寛ぎすぎて眠くなった場合などに休憩するための簡易的な寝椅子が並んだ休憩室が設けられている。

 一応、一階の厨房で料理をして持ってくれば、食事もできるように作られてはいるが、どちらかと言えば食事はオマケみたいなものとレンは考えていた。

 寝椅子はまだフレームだけしかないが、職人に布で覆って貰えばビーチチェア風の椅子が完成する予定だった。


 二階の床、つまりは一階の天井は土魔法で作成した。

 そうしないと、木材では湿気が二階まで上がってしまうからである。

 一階の天井はやや斜めに設置され、暖かい空気が煙突に入りやすいようになっている。なお、天井表面は磨いたようにツルツルになっており、水滴が付いても、そのまま流れ落ちるように考えられている。

 二階の天井は木と瓦で構成するが、梁の部分は石で作られており、その梁の間に木の棒を通し、その上に屋根板、瓦を乗せ、下には天井板を貼り付ける。

 なお、ゲーム通りならこの世界の街道付近の気候はかなり暖かいため、レンは断熱については一切考慮していない。


 レンが総指揮、シルヴィが土魔法使いとして参加することで、職人達の士気も高く、ほんの数日で外枠部分は完成してしまったが、むしろその速度に作った職人達が驚いていた。

 速く仕上がった理由としては、土魔法で足場を組んだこと、資材の運搬をレンが提供したアイテムボックスで行なったことがあげられる。

 足場に登ってポーチに手を突っ込めば必要な資材や工具を取り出せるのだ。資材置き場から足場の上まで資材を運ぶ人足が必要がなくなる分、組み上げる人手を増やすことが可能となった。

 また、必要に応じてレンが足場を変形させたりもするため、層を積み上げるごとに移動する必要もほとんどない。職人達はかつて経験したことのない速度で石を積み上げていたのだ。


 同時進行でレンは神殿の建物も作成していた。

 温泉と同じようにストーンブロックから切り出した石材を積み上げ、神殿は防御力を高めるため、ストーンブロックから切り出した薄いレンガを複数の層になるように表面に貼り付ける。

 神殿の建物は面積こそ広かったが、作りは温泉よりもシンプルで難しい部分はどこにもなかった。

 ただ、面積が広い分、どうしても手間は掛かる。単純作業の連続に、レンは途中でそれを投げ出したくなったりもした。

 そんな状況で神殿が完成したのは、途中で監視役が現れたからである。つまり、


「レン、窓はもう少し大きくして欲しい」

「いや、貰った設計図と違うと、強度が不足するかもしれないんだけど?」

「それは、きっとレンがなんとかしてくれる」

「あの、神託の巫女様。レンご主人様にも出来ることと出来ないことがありますのよ?」

「ライカはこの程度、レンができないとでも?」

「……できるに決まってますわ! レンご主人様、頑張って下さい!」


 と、こんな感じでクロエがレンの一挙手一投足に目を光らせていたため、レンは手を抜くことも逃げ出すことも出来なくなっていたのだ。




 いずれにしても土魔法と錬金魔法の錬成で作れる部分を完成させたレン達は、職人達にバトンタッチして、内装や外構を整えて貰うことにした。

 温泉はアレッタ監修で、神殿はエミリア監修である。

 なお、シルヴィは引き続き、露天風呂の作成に着手している。

 お湯を引くためのパイプを土の中に直接錬成する方式をレンが指示したため、シルヴィの作業の難易度はただパイプを作って埋めるよりも難しいものとなっていたが、度重なる土魔法と錬金魔法の行使によって、シルヴィの魔力操作技能は熟練の域に近付きつつあった。

 その様子を眺めるレンの背中をクロエはつついた。


「レン」

「どうした? お腹でも空いたか?」

「喉が渇いた……けど、それは後でいい。アレッタから聞いた。また女の子が増えたって」

「あー……ライカはレイラの母親で、俺にとっては義理の娘な。実感ないけどな」


 レンはポーチから、効果は弱いが、甘めの味付けをした体力回復ポーションを取り出してクロエに手渡す。

 それを受け取ったクロエは、どうしようかと少し迷ってから、封を切らずにポーションの瓶を胸に抱いた。


「……ライカは知ってる。色々と有名……もうひとり、竜人を連れてきたと聞いてる。リュンヌ様の眷属というのはホント?」

「ああ。眷属っていうのはリオに限ったことじゃない。竜人は全員が神託の巫女みたいなものらしい。クロエの神託とは少し違ってて、起きてるときに声が聞こえるって話だけど」


 レンがそう答えると、クロエは真剣な表情で考え込んだ。


「どうした? 何か気になるのか?」

「なぜ、ソレイル様を介したのかが分からない」


 クロエのやや言葉足らずな言葉に、レンはしばし、その意味を考える。


「リュンヌが俺を召喚したのに、その迎えをソレイル経由でクロエに頼んだのはなぜだろう、ということか?」

「そう。眷属がいたなら、私を使者にする必要はなかった、かも?」

「あー、神の意図を探るのは不敬じゃなかったか?」

「レンが考えろと言った」

「俺が? えーと……あー、確かに言ったかな。それで、答えは見つかりそうなのか?」


 レンの問いに、クロエは頭を横に振った。


「眷属がおありなら、眷属にお命じになれば済む話。間に他者を入れる理由がわからない」

「んー、俺の勝手な想像でよければ、一応理由は思いつくけど」

「聞かせて」

「リュンヌはかつて魔王だった。俺はその時代――英雄の時代しか知らないから、いきなりリュンヌやその眷属が来たら、間違いなく敵と判断したと思うんだ」

「なるほど。だから、英雄の時代から人間を導く主神を介した、と」

「まあ、想像だけどな」


 ゲーム内での竜人は、相手によっては、複数パーティが協力して戦うようなレイド戦の相手として登場することすらある強敵だ。

 その強さは色付きの魔物とは一線を画しており、事情が分からない状態で遭遇すれば、レンが最初に行なうのは逃走である。

 だから、いきなり竜人を寄越さなかったのは、正しい選択である、とレンは考えた。


「たしかに英雄の時代の竜人の伝説は、とんでもないものばかり」

「へぇ。ちなみにどんなのが伝わってるんだ?」

「英雄達との戦いの余波で出来た大穴が湖になったとか、島が一つ消えたとか?」

「あー、それはちょっと間違ってるかな」

「……やっぱり」

「ああ、大穴は海に繋がって湾になったし、消えたのは島じゃなく、半島と周辺諸島」


 レンの言葉を聞き、クロエが目を見開く。


「他にも、やつらの巨岩落としで岩だらけの地形ができたり、焼き払われた森の一部が砂漠になったり、なんてのもあったな」

「……その竜人が、今、この村に」

「いるな。まあ、悪さはしないと思うぞ?」

「なぜ?」

「クロエさんが神様の声を大切にするのと同じ理由。リオも神様の声に従ってて、リュンヌはもう魔王じゃない。なら、リュンヌの声に従うリオも悪さはしないだろうってことだ」


 ああ、とクロエは頷いた。

 ここは神が実際にその力を示す世界である。職業という神の恩恵があるのは子供でも知っている。

 誰もが神の実在を疑いすらしない世界で、神の言葉を聞くことが出来る者が神の望まぬ事をする筈がない、というレンの主張は、クロエにとっても納得の出来るものだった。


「案外、クロエさんと話が合うんじゃないか? 神の言葉を聞くことができる存在は、そう多くないだろ?」


 クロエは、自分以外に神の言葉を聞くことができる者を知らなかった。

 かつて聞くことができた者、であれば今でも先代が存命だが、現役となると他にはいない。


「……なるほど。一度対話してみる価値はある」

「仲良くしておくといいよ。悪い奴じゃなさそうだったし」

「分かった」




 そんなこんなで当初のレンの計画を上回る勢いで村を発展させていると、コンラードから旧村民の受け入れの打診があったとライカが報告をしてきた。


「そこらはライカに任せるけど?」

「はい、手続きなどは私の方で進めていますが、レンご主人様とコンラード様の間で協議が必要になるかと」

「協議? 何か問題でもあったか?」

「現時点ではありませんが、元村民は、恐らく自分たちがこの村の主だと考えて戻ってくると思いますので、受け入れの前にこの村の管理者が誰で、どこまでの権限をレンご主人様がお持ちなのかについて、しっかりと詰めていただきたいのですわ」


 例えば、この土地は自分の先祖が開拓したもので、自分の持ち物である、などという主張をどこまで認めるのかを決めておく必要がある、とライカは言った。


「確かに、最初の頃は結界杭直したら返しますって約束してたっけ。その流れだとまずいか?」

「ご高察の通りですわ」

「あれ? でもたしか、ダヴィード王子から、結界杭の実験を継続しろってのと、実験のためなら村は好きにして良いとも言われてるんだけど」

「あら。それはレイラから聞いておりませんでしたわ。あとでレイラを折檻しないとなりませんわね」


 そう言ってライカはとてもよい笑顔を見せた。


「ほどほどにな? レイラは教員探しをしている筈だから、それが停滞しないように……」

「お任せ下さい。ほどよい折檻に留めます」

(折檻しないって選択肢はないのか)

「ところでレンご主人様、結界杭の実験のため、ということであれば現状は少し目的から外れてはいないでしょうか?」


 世界を救うための一環ではあるが、それを理解していない者には、結界杭の実験と、結界杭の保守や作成ができる者を育てるための施設作りが繋がって見えないのではないかと、ライカは懸念を口にする。

 それを聞き、それは確かに、と頷いたレンは、一石二鳥を狙ってみることにした。


「それなら、その部分はレイラに対策案を検討してもらおう。で、うまい対策を思いつけたら折檻はなしってことで」

レンご主人様、もしかしてレイラのような娘がお好みですか?」

「いや、レイラはよい娘だと思うけど、今のところそういうのに気を配ってる余力はないな。人口減少が食い止められてからなら、まあ、考慮しなくもない」

(って、俺、何様だよ。レイラはエルフだけあってスゲー美人だし、クロエさんもアレッタさんもシルヴィも、何ならタチアナさんだって人間だった頃ならドストライクだよ? はぁ……性欲がなくなるってのは楽だけど、こう、色んなモチベーションが保てないのはどうなんだろうな)

レンご主人様はエルフです。エルフ以外の相手を選ぶと、先々、悲しい思いをすることになりますわ」


 ライカのその言葉に、自分以外の者の寿命についてあまり意識してこなかったレンは、分かっている、と頷くことしか出来なかった。




 そんなある日、西の王都方面に向かったシスモンドとマルタと、そのふたりが教えた西の街の錬金術師たちがやってきた。

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