第64話 転移の巻物

 リオにマントを羽織らせたライカは、自分のポーチの中からリオが着られそうな普通の服を探し、リオの姿を、遠目にはちょっと変わった獣人程度まで整えた。

 獣人は割と発育がよく、対するエルフは色々とサイズが控えめであるため、リオが着ることができる衣類は少なく、ライカの美意識を満足させる物にはならなかったが、それでも裸にマント一枚状態は解消された。


「さて。エーレンに置いて行かれたわけだけど、リオには何か目的とか行きたい場所とかあるのか?」

「ううん。目的も何も、元々はリュンヌ様が君に会いに行けって言うから来ただけで、会ったらすぐ戻るんだと思ってたし」

「なら、自分の村だか街だかに戻れるのか?」

「無理。あたしたち竜人は森の中の岩山を巣にしてるんだけど、そこからここまで、かなりの距離があったし」

「エーレンは……いつもこういう悪戯を?」

「普段は竜種の王たる者、常に威厳をもってあるべしとか言ってるのに、たまにね。こう、弾けちゃうんだ。迷惑掛けてごめんね?」


 そう言って、リオはレンに頭を下げた。

 素直に謝るリオはどちらかと言えば被害者であり、レンは気にするなとしか言えなかった。


「それでヒトの街ではお金がいるんだよね? さっきの鱗と角で足りないようなら、適当に魔物を狩ってくるけど……って、ヒトって魔物の肉を食べるよね?」

「ああ、食べるし皮や角や骨を加工したりもする。魔物狩りで生計を立てるのはよい手だね。リオさえよければ、俺たちの仕事を手伝ってくれないか? リュンヌに頼まれた仕事なんだけど」

「っ! やる! てか、リュンヌ様を呼び捨てにするな!」

「いや、だって俺別にリュンヌの信徒じゃないし。リュンヌの指示も、ソレイルの神託の巫女から教えて貰ったものだし」

「……まあ、リュンヌ様からそれを正せと言われてはいないからこれ以上は言わないけどさ……それで? レンはリュンヌ様にどんな仕事を頼まれてるの?」

「いや、好きにしていいって言われてるんだけど、現状を放置すると、俺が生きている間に人間が滅亡しかねないから、まずは世界を救うことにした」


 世界を救う、といったレンを、リオは一歩離れて生暖かい目で見つめた。


「うんうん、世界を救うんだね。あるある、背が伸びて力が付いてきたら、何でもできちゃうような気分になるんだよね? あたしも始めてソウルリンクしたときは、自分は特別なんだって思ったよ」

「いや、そういうのじゃないから。俺はエルフで寿命は約1000年。その間に人間が滅びた場合、買い物も出来なくなっちゃうだろ? それを防止しようってだけだから」

人間あたしたちは滅びないと思うけど?」

「まあ、竜人はたくましく生き延びそうな気がするけどね。でもヒトが滅びたら、ヒトの作る食べ物や服が手に入らなくなるよ?」


 レンがそう言うと、リオは、その何が問題なのか分からない、と言いたげな表情を見せた。

 竜人は、元々他の人間種族とはあまり関わらずに生きてきたため、そうなったところで不自由とは感じないのだろう、とレンは理解した。


「とにかく、今俺は、職業の育て方を皆に教えて、滅びを回避しようと考えているんだ。リオや他の竜人たちにも協力して貰えると嬉しいんだけど」

「リュンヌ様のためになることなら協力するよ」

レンご主人様。でしたら、リオ様は暁商会の専属契約冒険者ということにいたしましょう。毎月仕事の有無に関わりなく最低保証額を支払うかわりに、依頼があれば優先して安く依頼を受けていただくというものですわ。もちろん、無理な依頼や規定回数を超える依頼が発生した場合は、リオ様に断る権利がありますから、依頼漬けになる心配はありませんわ」

「ああ、とりあえず、サンテールの街に戻ったら詳しい話をするとしよう……でも、まずはエンシーナの街だな。ラファエレさんに報告しないと」


 正直に話したところで信じて貰えるだろうか、と少し不安を覚えるレンだった。




 エンシーナの門の前に着地した一行は、塀の上から唖然とした表情で見下ろしている兵士に手を振って、悪意はないのだとアピールする。

 なお、レン達のパーティに加入していないリオは、風魔法でぐちゃぐちゃになっているはずなのだが、竜人の技能なのか、あまり風に髪や服を乱された様子はない。


 昼間は基本的に開け放たれている門は、現在は再び閉鎖されていた。

 レン達の姿を確認した兵達が、どうしたものかと相談を始めるのを見て、ライカは溜息をつき、一歩前に出た。


「開門! ラファエレ殿にドラゴンの件で至急報告すべき事がある!」


 ラファエレの名前が聞いたのか、あっさりと門が開かれると、そこには出陣の支度を調えたラファエレたちがいた。


「おや、空を飛んでいったと思ったらもう戻ってきたのか。さすがに速いな。それで、ドラゴンの偵察で何か成果は?」

レンご主人様はドラゴンと接触し、これを引かせることに成功しましたあたたたた、レンご主人様痛いでふ」

「ライカ。嘘を言わなきゃ良いってもんじゃないだろう?」


 レンに頬をつねられ、ライカは涙目である。


「報告を訂正する。森の中にいたのは黄金竜だった。イエロードラゴンとは別種。いわゆる古竜の一種で、対話が可能だったため、引いて貰えるように頼んだところ、南に飛び去っていった」

「……黄金竜? 聞かぬ名前だが」

「あー、英雄の時代の頃に、当時魔族と呼ばれた竜人たちと共に魔王の配下となって暴れていたドラゴンだが、長らく姿を隠していたみたいだ……ええと、確か当時はドラゴンドゥレとか呼ばれてたかな?」

「! それは多くの村や街を焼いたという伝説の! それを引かせたというのか。さすが、王太子が派遣して下さった方だ」


 ラファエレは感心したようにそう言って、少し間を置いて首を傾げた。


「ところで、そちらの女性は? 先程はいなかったと記憶しているが」

「あー、こいつは獣人だ。森の中で合流した」

「……あたしのことって秘密にするの?」


 リオはライカの耳元でそう囁いた。


「説明したところで、黄金竜が伝説レベルでは信じて貰えませんもの。嘘にならないように報告するようですわね」


 ライカの返事は、概ね正鵠を射たものだった。

 正直に話したところで信用されない、だけならまだしも、レン達が今回の件の黒幕扱いされる恐れまである――まあ、リオが黒幕というかむしろ主犯なのは事実なのだが。

 それに加えて、リオの保護を考えた場合、その情報は秘匿しておくべきである、という意図もあった。

 リオに何かあった場合、それはソウルリンクでエーレンに筒抜けになるのだ。黄金竜と戦えば、人類滅亡のカウントダウンが一気に加速するのは間違いない。


「……というわけで、俺たちはこの後、オルネラに寄ってからサンテールに帰る予定なんだ。詳しい話は偵察隊が現場を見ている筈だからそっちに聞いて欲しい。あ、謝礼は不要だから」

「分かりました……それでは、王子に感謝の言葉をお伝え下さい……謝礼は用意しておきますので、いつでも領主の館までおいでください」

「あー、金は王子から貰うから、二重取りは不味いんだよ。それじゃ……ライカ、オルネラまで頼む」

「かしこまりました」


 ライカはレンとリオを風の繭で包み、一気に上空に舞い上がると、そのままオルネラの街まで飛んだ。


 その繭の中、俺は、リオに聞かねばならないことがあるのを思い出した。


「メインパネルオープン……リオ、この辺に何か見えるか?」

「ん? うん。変な板が見える。エーレンが、それが尋ね人の目印だって言ってたよ?」

「変な板、か」


 その言葉から、リオはメインパネルを見慣れてはいないのだろう、とレンは判断した。

 そして、エーレンがそれを目印にしたという言葉から、少なくともエーレンにはその知識があるのだと理解した。


「……リオ、エーレンと話せるか?」

「んー? 今は無理。寝てるっぽい」

「そか、それじゃ、この板についてエーレンが知っていることを教えて欲しいって伝えておいてくれ」

「んー、わかった」

レンご主人様、オルネラに到着しました。現在、街の外周を低速で旋回中です」

「ああ、門から少し離れた場所に着陸してくれ。徒歩で街に入る」


 ライカが着陸すると、一行は門に向かう。

 ここでも、エンシーナと似たようなやりとりがあったが、無事に街に入ったレンは、あたりを見回して肩を落とした。


 レン達のオルネラの街の第一印象は、

『街に見えない』

 だった。

 あちこちに不自然な空き地ができており、塀に囲まれた大半は農地になっている。

 農民の姿はそれなりに見かけるが、農民以外となると塀を守る兵士達くらいしか目に入らない。


 オルネラは『碧の迷宮』を始めたプレイヤーのアバターが最初にやってくる街で、レンも一ヶ月ほどだが、この街を拠点にしていた時期があった。

 だからレンは、当時の面影がないかと見回したのだが、門の周辺は大きく様変わりしていた。

 街と言っても、商業区画をエンシーナに持って行ってしまっているため、現在は巨大な塀を擁する農村になっているのだ。

 ぽつりぽつりと公共的な施設等が残っていて、それは、言われてみればオルネラの街にあった建物と似ている。


「……英雄の時代に作られた建物は、頑丈で壊れにくい筈なのに、よくここまで更地にしたなぁ」


 実際には、冒険者ギルド、道具屋、宿屋あたりは当時の建物が残っているし、工房の類いも、塀が作り直された程度で、他はほぼ当時のままであるが、当時を知るレンから見たら、現状はほぼ更地に近い。

 当時の建物の石材は、とても頑丈で希少性が高いため、優先順位の低い建物は解体されて、保存すべき建物の建材にされているのと、エンシーナの街に移設した建物もあったりするため、このような状態になってしまっているのだ。

 しばらく街中をフラフラと見て回る内にそれに気付いたレンは、ストーンブロックを使える魔術師の育成の優先順位を少しだけあげることにした。




 街の有り様は少し期待外れではあったが、レンは転移の巻物を開いて、転移先候補に、聖域の村、ミーロの街、サンテールの街、エンシーナの街、オルネラの街が並んでいることを確認した。


「うん。大丈夫そうだな……あとは、と、ライカ、心話を使えない者をパーティに登録するにはどうしたらいいか知ってるか?」

「はい。私たちにはそちらのやり方の方が普通ですので。一番確実なのは、冒険者ギルドにある鑑定板でパーティ編成を操作することですわ。きちんと確認ができなくても構わない、という場合は口頭での確認というやり方もありますけど」

「んー、リオは冒険者ギルドに登録はしてるか?」

「あたしがしてるわけないじゃない。ギルドなんて、話で聞いたことがあるだけだよ」

「……まあ、竜人の村にギルドの出張所とかあったら、その方が異常か……なら、ライカ、リオにパーティ加入の方法を教えて、俺たちのパーティに加入させてやってくれ」


 レンがそう言うと、ライカは頷き、リオに宣言の文言を教え込んだ。


「では……汝、リオよ、レンの率いしパーティへの加入し、共に戦うを望むや?」

「我は共に戦い、共に生きるを望む」


 メインパネルを開いて見ていたレンは、リオの名前が並んだのを確認して、ライカに頷いた。


「無事にパーティメンバーになれたようですわね。それではこれより、600年の歳月、世界から失われていた大魔法をレンご主人様が行使されます。リオはレンご主人様の隣に立ちなさい」


 ライカは言われたように移動したリオの後ろに立つと、その両肩に手を置いた。


「何が始まるの?」

「転移、ですわ。時空魔法の極み。遠く離れた場所に瞬時に移動する、英雄にのみ許された奇跡」

「そんな大層なものじゃない。一瞬で違う場所に移動するだけだ。最初は急に視界が変わって驚くだろうから、目を閉じてた方が良いな」

「そうですわね。目を回すと危ないですし」


 ライカはそう言って、リオの肩に置いた手を、その両目に被せた。


「え? え? あたし、どうなっちゃうの?」

「ちょっと待ってな……ええと、サンテールの街を選択で、はいを選択っと。おお、使えた」


 そんな気の抜けたレンの言葉と共にライカがリオの目から手を離すと、


「あれ? さっきと違う場所? ええと……エーレンの気配はあっちだから、結構移動した?」


 ほとんど建物がなかった景色が、建物がそれなりに多くある街の中心部の泉の前のそれに変わっていた。


「……あまり驚きませんわね。そこは、『瞬間移動ができるレンご主人様素敵!』でしょうに」

「うん? 瞬間移動自体は黄金竜の中に使い手いるから、あたしも見た事だけならあるよ? 体験したのは初めてだけど」

「待て、それって黄金竜は時空魔法の使い手ってことか?」


 いないと聞いていたのに、実はいたのか、とレンが驚いて尋ねると、リオは首を横に振った。


「時空魔法とは違うみたい。エーレンは背中の羽根で空を飛ぶけど、あれと同じみたいなもの?」

「羽根と同じ? ライカ、通訳できるか?」

「……リオ様。それは、瞬間移動が黄金竜が生まれ持った能力であると、そう仰ってますか?」

「ん? そうそう、魔法じゃないって聞いたことある。全員が使えるわけじゃないらしいけど。あ、ブレスも火魔法じゃないんだって」

「なるほど……そういう意味か。生まれ持った能力なら、他人に教えられるものでもないのか」


 ヒトには尻尾がないのだから、獣人に尾の振り方を習っても無駄である。つまりはそういうことか、とレンは納得した。


「たまーに、ソウルリンクした竜人が、竜と同じ能力を使えたりすることもあるらしいけどね」

「羽根もないのに飛べたりするのか?」

「んー? あたしが見た人は、背中に羽根を生やして飛んでたかな」

「あの、レンご主人様……注目を集めているようですが」


 ライカに言われ、周りを見ると、転移をしてきたレン達に驚いた街の人間が、遠巻きにしてレン達を見ていた。

 転移の巻物の移動先は、登録した街の中央の泉の前である。

 人通りはとても多い。


「しまった……ライカ、撤収だ!」

「かしこまりました」

「え? あれ? え?」


 ライカとレンに担ぎ上げられたリオは目を白黒させつつ、荷物のように運ばれるのであった。

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