第62話 黄色っぽい
レンが街に入ったのは転移の巻物の転移先登録のためだった。
街の中心にある泉の前を通過し、そこから少し歩いたレンたちは、路地裏で転移の巻物を開き、エンシーナの街が登録されていることを確認する。
そのままオルネラにも行って登録を、と考えたレン達だったが、現状、門は閉ざされていて、街からの出入りは規制されている。
入る方に関しては、結界の外側の権威が役に立つが、出るために必要になるのは結界の内側の権威である。
ライカに飛んで貰えば簡単にオルネラにも行けるだろうが、門を通らずに街から出入りするのはあまり褒められた行為とはされていない。
「さて。どうしたものか?」
「幾つか案がございますわ。
1.このまま空を飛んで街の外に出る。
2.領主に会ってドラゴンを偵察しに行くと言って街を出る。
3.門を破壊して門から出て行く
「3はあり得ないだろ。その案のメリットは何?」
「
「却下。基本的に俺が目指すのは大きな変化のない平和な世界でノンビリ過ごすことだ。その目的から考えると、その評価は未来への負債になる……ライカの提示した案の中では2番目が一番穏当だな」
「そう言えば、英雄の中にはひたすら開墾をして、魔物と戦うのは開墾の障害になったときだけ、という方もいたようですわ。
「開墾、開拓、安全地帯確保、村作成なんてのはスローライフプレイとしては定番だから、まあ、そうだな。そういうのがいい」
なるほど、とライカは頷いた。
「エルフらしい生き方と言えますわね」
「エルフのタイムスケールだと、街どころか、森とかも作れそうだけどね」
「ええ、水のない離れ小島でもなければ作れますわ。樹齢60年くらいになれば、まあ、森と呼んでも差し支えない程度になりますわ」
「やったことあるみたいに言うね?」
「ありますわよ? 森の一部を切り拓いて、木の実がたくさん生るように植え替えたりとか。ああ、薬草を集めている場所もありますから、後で教えて差し上げますわね」
そんな話をしながら、レン達は領主の屋敷を目指した。
領主の屋敷は、サンテールの街のそれと同じ程度に立派な建物で、その門のあたりに、大勢の冒険者や騎士が集まっていた。
騎士達がポーションや糧食、薪などを配り、冒険者達はそれをまとめて背負えるようにしている。
ライカはそんな騎士達に向かって、
「傾注! こちらは王太子殿下より世界救済の仕事を任されているレン様だ! 街道に居座るドラゴンの情報が欲しい。誰か詳しい者はいないか?」
と、大音声で問いかけた。
「世界救済ってアレだろ、この前きたお嬢ちゃん達が言ってたヤツ」
「結界杭の維持が緑の魔石で出来るようになったっていうアレか」
「あのエルフ達がそれに関わっていたのか」
「そういや、サンテールのお嬢さんが、錬金術の職業の育て方をエルフに習ったって話してたけど」
騎士達、ついでに冒険者達がそんな話を始める中、奥からやってきた騎士がレン達の前に歩み出た。
「自分はエンシーナの騎士。
「
ライカはレンの後ろに長テーブルを取り出し、そこに木箱に入ったポーションを並べた。
木箱には、黄昏商会、と焼き印が押されている。
「黄昏商会って書いてあるみたいだが?」
「俺は元々黄昏商会の会頭なんだ。
「ああ、しかしそれだけの品、釣りは出せんぞ? それで、何が聞きたい?」
「まず、ドラゴンの数と大きさ。ドラゴンがいるあたりに、遺跡とかがないか。発見された後のドラゴンの挙動。現在の偵察体制」
「数は1。サイズはそんなに大きくはない。ベア系の最大サイズと同じくらいだ。遺跡は……ピノ、ロレンツォ、冒険者たちに情報提供を求めろ。挙動は、基本的に眠っている。たまに身動きはするが、例えば食事のための狩りをする様子もない。現在は3名がそれぞれ分散して偵察して、それを2交代で行なっている」
ラファエレは丸めた地図を取り出し、ライカが出したテーブルの上にそれを広げた。
「ドラゴンがいるのはこのあたり。偵察はこことここ、それと、ここにいる」
「全周を囲んでいるわけじゃないんだな」
「森の中だからな。今のところ、近辺の魔物は全部逃げ出したみたいだが、魔物と戦闘になればドラゴンの注意を引く可能性もある。それは避けたい」
「まあそれは分かるけど、ドラゴンは魔力感知に長けてるから、気付かれているとは思うよ? ……なるほど。ここからざっくり15キロか。ライカ、目立たないように飛んだらどのくらいで付く?」
「最初は全力で飛んで、接近してから速度を落とすという飛び方なら、10分も掛かりませんわ」
「半分までは全力、残り半分は街道上空を低空で、ってことにしよう。気付かれないってのは無理だから、迎撃されたときに避けられる程度の速度でって程度の意味だけど。後、隠蔽とか効果はないだろうから、現地に付いたらドラゴンの周囲を一周して街道付近に着地かな」
レンたちが地図を見て、どういうルートが迎撃されにくいかと検討していると、ラファエレのもとに先ほど冒険者に聞きに行けと命じられた騎士たちが戻ってきた。
「報告します。あのあたりに遺跡があるという話は聞かない、とのことでした」
「こちらも同じです。ただ、強いて言うなら、昔の村の跡が残っているとかで、森の中で夜を明かす必要がある冒険者が、たまに廃墟を利用しているそうです」
「……廃墟か。まあ、遺跡も廃墟っちゃ廃墟だけど……村レベルの廃墟じゃ、さすがにドラゴンが暴れられる大きさじゃないだろうけど……ああ、一応、その廃墟の場所を教えて貰いたい」
「はい、地図で言うとこのあたりだそうです。完全に森に飲まれているそうですが、神殿の壁が残っていて、そばに小川があるそうです」
ピノと呼ばれた騎士がレンの前に広げられた地図の一点を指差す。
それは、ドラゴンのすぐ隣であるように見えた。
「偶然か、それとも、その廃墟がボスフィールドなのかは分からないけど、最悪、結界棒は効果ないかもしれないな」
「そう言えば、ぼすきゃらからは、転移の巻物でも逃げられないと聞いたことがありますわ」
「あー、そっちは状況次第かな。使えるかどうかは、舞台にどんな結界が張られているのかによる」
ただ、結界の種類は外からは分からないから、一度は接近しないとならないんだ。とレンは呟いた。
レンたちは、ラファエレに許可を得てから飛行魔法でドラゴンを目指して飛び立った。
風の繭に包まれて高速で飛行しながら、ライカは楽しげにクスクス笑った。
「
「領主から権限を預かっているラファエレに断ってきたんだから、無断じゃないって。ライカはそんなに俺を無法者にしたいのか?」
「違いますわ。私はただ、
「俺が望まないのに?」
「いえ、
「んー……とりあえずライカ、その
「ご不快でしたでしょうか?」
「いや、まあ、確かに昔からその呼び方だったけどさ、なんか距離を感じるというかね。正直、義娘には、もっと親しげに呼んで貰いたい」
当時のレンは、便利な補助AI程度のつもりでライカとディオを作った。
義理の娘とか息子とかそういう意識はなく、レンがログインできない時間帯に黄昏商会の店番をしたり、ポーションを作らせたりするための店員という認識だった。
AIの出来はそれなりによかったが、会話を楽しむレベルではなく、引き取った孤児に対するような愛情を持って接していたかと言えばそうでもない。
ポーションは売るほどあったから、怪我をしたらすぐに直してやったし、戦闘で護衛に使えるライカには十分な装備を渡したりもしていたが、それも、NPCの場合死んだら復活がとても面倒だとか、育てたNPCがいなくなるのは勿体ない、などという利己的な理由からだった。
だから、呼び方については今更なのだが、どうにもライカのご主人様呼びには距離を感じるレンだった。
「なんとお呼びすればよいでしょうか? 私は
ゲーム内でもライカはレンをご主人様と呼んでいた。
それは、ゲーム内で呼び方が未設定の場合のデフォルトの呼び方である。
戦闘には連れて行かないディオはそれなりに設定を弄ったりもしたが、ライカに関しては完成度が高く、弄る必要を感じなかったのだ。などと言えば聞こえはいいが、いじるほどの興味がなかったというのが正直な所である。
「まあ、無理にとは言わないけどね」
ふたりはそんな話をしつつ、ドラゴンまでの距離が短くなったため、高度と速度を落として邪魔な木の少ない街道沿いのルートを飛んでいた。
不幸中の幸いか、ドラゴンの影響で街道には人影は皆無であるため、目撃されて騒がれる心配はない。
「
「ああ、それで頼む。ドラゴンは魔力感知に長けているから、ここまで近付けば気付かれているはずだ。まあ、熟睡していたら分からないけどね。迎撃には気を付けて」
ドラゴンの攻撃は、その巨体故か比較的遅い。
当たれば致命傷となりがちではあるが、レンやライカの実力であれば、注意を向けていれば避けることは可能だ。
ゲームを成立させるための縛りなのかもしれないが、ライカに聞いても、ドラゴンとはそういうものだと返される。
「街道を外れ、森の上空に上がります」
街道沿いに飛んでいたライカが、実際には何もない空を、仮想の
「バレルロールなんて、どこで覚えた?」
「ワイバーンがたまにこういう飛び方をしますの。動きに直線がありませんから、飛び道具では狙いにくいんですのよ」
「……速度はそうでもないけど、結構Gがキツいな」
移動速度は時速25kmにも満たないだろうが、
ループ半径の大きさを自慢するジェットコースターがあるが、速度が同じならループ半径が小さい方が掛かる遠心力(向心力)は大きくなる。
レンたちの体に掛かっているGは5Gに近かった。
訓練を積んでいない人間は個人差はあるが6G程度失神すると言われている。これはその限界に近い。
レンたちが気絶していないのは、そのギリギリを見切った機動であるということもあるが、加えてライカが入手した飛行魔法の魔道具のマクロが高速機動に向けてチューニングされていたからでもある。
ブラックアウトするのは下半身に血液が下がるなどによって脳貧血に陥るからで、レッドアウトはマイナスGが掛かった場合に視界が赤く染まる現象である。
いずれも人間が生物である以上、完全に防止することはできないが、風の繭を回転させてGが掛かる方向を秒ごとに変化させたり、中の人間の下半身に圧を加えたりすることで血液が脳に向かうように制御しているため、レン達は意識を保ったままバレルロールでクルクルと舞い上がり、そして、ドラゴンを目視した。
「黄色っぽいドラゴンだな……あんな色だったっけ?」
ドラゴンを見たレンは首を傾げた。
そのままドラゴンの周囲を、距離を取って一周する。
魔力感知に優れたドラゴンである。
当然レン達には気付いているだろうが、まったくの無反応である。
眠ったまま、目を開けることもしない。
「あれが廃墟か?」
ドラゴンは、神殿の廃墟に顔を寄せるようにして眠っていた。
神殿の廃墟は、
ドラゴンが小川をせき止めるようにしているため、周辺は水が溢れており、接近戦をする際の障害になりそうだ。
「うん。ライカ、街道の……あの辺に着陸」
ライカはレンが指し示した付近にゆっくりと降下していった。
風の繭が消え、地面に降り立ったレン達の姿は、森の中から見られていた。
レン達が降下するなり、ドラゴンの偵察のために張り付いていたチームからひとりが近付いてきた。
あからさまに警戒している様子を見て、レンは、
「こちらはサンテールのレンだ。エンシーナのラファエレ殿から状況は聞いている。その後、動きは?」
と、ラファエロの名を出しつつ尋ねた。
「あんたら、応援か? 空を飛ぶとか新種の魔物かと思ったぜ。動きはないな。少し前から熟睡を始めている。ずっと、あの廃墟と小川のあたりから動かない状態が続いている」
「なるほど……どこまで接近できる?」
「さぁ、木立の間から姿を確認する程度の距離には近付けるが、そこまでだ」
「……それ、かなり近くないか?」
「廃墟のあたりは昔から冒険者が野営で使っていて、周りの木は伐採されてるから、見通し距離は結構あるんだ」
なるほど、と頷いたレンは、ライカを促してお互いの装備の状態を確認する。
問題がないと確認したふたりは、空から見たドラゴンのいる方に向かって慎重に歩き出した。
「……て、おいちょっと、勝手されると困るんだけど。ドラゴンに対しては当面観察ってことになってるんだ」
「ああ、場所の確認をするだけだ。姿が見える位置まで近付いたら、いくつか確認して逃げ帰るから」
レンとしては嘘を言っているつもりはなかった。
自分からは手を出さない。
結界棒がきちんと使えるかどうかを確認したらすぐに退散するつもりだった。
「ラファエレさんと調整済みなら仕方ないけど、本当に頼むぜ?」
「ま、あのドラゴンの好物がエルフだったりしたら、襲いかかってくるかも知れないけど、そうじゃないことを祈っててくれ」
「慎重に頼むぜ、慎重によ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます