第58話 自給自足

 レンから話を聞いたライカは、まず、イエローリザードの生息する沼に至る道を切り拓いた。

 否、切り拓かせた。


 サンテールの街の騎士達はもちろんのこと、冒険者も雇いまくり、それだけでは足りぬと戦いに不慣れな者も人足として雇い入れ、結界棒と魔物忌避剤を投入して安全を確保した上で木を切らせ、材木を確保すると同時に、沼までの道を通した。

 灌木程度なら魔法でも切断できるが、ある程度以上太い木を切断するには相応の魔力が必要となるため、あまりライカ向きの仕事ではない。

 そういう場合の解決方法を、ライカは黄昏商会時代にレンに学んでいた。つまり、お金の力で解決するのだ。


 作業はシンプルである。

 レンに頼んで大量の砂と、ストーンブロックから縦横30センチ、厚さ3センチほどに切り出した敷石多数、結界棒、魔物忌避剤、斧の魔道具、スコップの魔道具、けが人が出た場合に備えてポーションを用意してもらう。

 動員した一行を連れて沼のそばに行き、ライカが沼までの間に魔物忌避剤を行きと帰りで別々のルートに散布する。

 魔物忌避剤に囲まれたエリアで、騎士や冒険者が木を伐りまくる。

 伐った材木は資源として、時間遅延の効果がない代わりに、容量だけは馬鹿みたいに大きなアイテムボックスに保管する。

 ついでに、知っている薬草があれば確保し、こちらは時間遅延の効果があるアイテムボックスに保管する。

 斧の魔道具は、錬金術師や細工師向きの魔道具で、植物特攻が付与されており、トレントだろうが森の木だろうがとにかく切り裂く。一抱えもあるような木であっても三回も振れば切り倒せる。

 森を切り拓く際に厄介なのは、根と石である。

 木を切り倒したら、根を掘り出し、邪魔な岩や石を取り除かなければならない。

 今回は、別に畑を作ろうというわけではないので、土の下の石や岩は無視しても構わないが、根を掘り出す際にそれらが邪魔をする。

 そこで使うのがスコップの魔道具である。

 土を切り裂き、持ち上げる際に重量を軽減する。

 土の中にあるものは大抵切り裂けるので、小石程度なら粉砕するし、大きく張った根もある程度は切断可能である。

 木を切るのと比べると、多少泥臭い仕事ではあるが、巨大な切り株があっさりと地面から引き抜かれるのを見て、騎士たちが驚きの声をあげている。

 切り株も燃料としては使えるため、掘り出したものはアイテムボックスにしまう。


 森の中の地面は平坦ではない。

 それに切り株を除去すれば、大きな穴が残る。

 その対処のため、一部の人員には周囲から土を集めさせ、穴を埋めさせる。

 そうやって、森の中に幅4メートルほどの道が作られていった。


 道は、中央部分にレンから貰った砂を敷き、その上にストーンブロックから切り出した敷石を3列に並べる。

 馬車が走るには狭いが、これは、当面は徒歩での移動と考えているからである。

 道路一面にストーンブロックを敷き詰めてしまうと、結界棒を地面に刺せなくなってしまうため、歩く部分以外は土むき出しのままとしているのだ。


「それにしても、レンご主人様はどこまで考えられているのでしょう」


 英雄の時代の様々な事物を蒐集してきたライカには、この世界の人間にはない知識があった。

 たとえばそれは、共和制や民主主義といった考え方で、英雄たちはそれを善と考えていた節がある。

 英雄が残した落書きのような文書の中には、この国を共和制にするための方策などという、下手をすれば国家転覆を疑われかねないような情報もあった。

 その中に、平民が学問を得て食料生産能力が向上すれば、自ずと歴史の転換点を迎えることになる、という情報もあった。

 ライカにはなぜそうなるのかは理解できないが、現在のレンの方針はそれに近い物があるように思えるのだった。


「学問を与えて、共和制を目指す、までが計画の内なのか、一度確認しなければなりませんわね」


 ブロックを並べて道を作りながら、ライカはそんなことを考えるのだった。




 そして、イエローリザードの住む沼のそば。

 道の終わりである。

 ライカはそこに広場を作り、レンから貰ったストーンブロックを使って小さな石造りの小屋を組み上げた。

 イエローリザードに発見された状態で硫黄草を採取するだけなら結界棒で十分である。しかし、事故は起こるものである。

 特に、魔物に発見された状態で素材採取などという、控えめに言っても頭のおかしい作業をすることを考えると、どんな不測の事態が発生してもおかしくはない。


 だから、小さくても頑丈な避難小屋を作ろうという話になったのだ。


 分厚い石の壁の内側に木材で補強が入り、天井こそ木の板を使っているが、木の板を取り払うと、石材が複雑に絡まり、天井からの侵入を拒んでいる。

 窓は明かり取りと換気のために存在し、唯一、出入り口のそばにだけは、外を監視するための分厚いガラスの嵌った窓がある。

 とにかく開口部を減らして、居住性を犠牲にしまくって安全性を高めているのだ。


「ライカさん、硫黄草の群生地の森側の低木の間引き、終わりました」

「あら、ごくろうさまです。あ、私のことはライカさんではなく、『番頭さん』と呼んでくださいませんか?」

「ば、番頭さん。それでは、続きまして、群生地のそばに、木の柵を何枚か作ることになっていたかと」

「ええ、お任せしますわ。ああでも、柵のせいで硫黄草が枯れないようにお願いしますわね」

「ええと、俺たちは薬草類を採取するのは得意だけど、枯れないようにってのはちょっと分からないんですが」


 群生地を見付ける上で、どういう場所には生えている可能性が高いかは知っているが、どうしたら枯れるのかを気にしたことはない、と冒険者のひとりが言うと、ほかの者も一様に頷いた。


「見付けるための条件をあまり壊さない、ということができれば十分ですわ。具体的には水場からの風や、現在の陽当たりを変えない方向ですわね」

「なるほど……では作業に入ります」


 ちなみに、小屋を作ったり木を間引いたりという作業を行なうにあたり、結界棒が大活躍している。

 沼のそばで魔物忌避剤を使い、もしもイエローリザードが住処を替えたりしたらこれまでの苦労が水の泡となるため、道を作り終わったあたりからは結界棒で身を守りながらの作業となっているのだ。

 その結果、イエローの蜘蛛、カマキリ、兎にアナグマが出てきては、結界に阻まれてきょとんとしている間に安全な結界の中から狩られていく。

 狩った獲物は狩った者に権利があるが、兎と蜘蛛はライカが弓で仕留めたものである。

 木からぶら下げている獲物を見て、ライカは小さく首を傾げた。


(そう言えば、レンご主人様は水棲の虫エビやカニがお好きでしたわね……蜘蛛もカニに似ていますし、試しに今晩作って差し上げましょう)




 同じ頃レンは、ライカがそんな恐ろしいことを考えているとも知らず、村の倉庫、という名前の宿舎の建築に腕を振るっていた。


 村には倉庫が三つ作られていた。

 そして、コンラートが手配した職人が入り、レンひとりでは難しい部分の手伝いをしていた。


 レンはその気になれば蝶番もどきも釘もどきも作ることは可能だが、プロが作った物を買った方が早いし品質もよい。

 色々と裏技を知っていて、大抵のものは作れるレンだが、裏技で作った物の質はどこまでいっても間に合わせ程度でしかない。

 それに、長い板を打ち付けるときに、押さえて貰う程度の人手でも、あるとないとでは仕上がりが雲泥の差となる。


 だから、レン自身は建物の本体となる軀体くたい部分を作成し、内装、外装、外構は大工に丸投げしてみた。

 結果、レンが倉庫にしようと思って作っていた建物は中央棟が学舎となり、向かって右側が学生寮、向かって左が倉庫兼実技棟となった。

 まあ、これはレンが悪い。

 最初から倉庫だと言っておけば良かったのだが、騎士達には倉庫だと言ってあったのだから、そちらから話が通っているだろうと、詳細はお任せしますと丸投げしてしまったのだ。

 そして、いずれレンが村に学舎を作るかもしれない、とコンラートから聞いていた職人たちは、レンが作った丈夫そうな建築物を見て、これがそうに違いないと考えた。

 外見はぱっとしないが、そこは素人が作った物であるから仕方ない。

 壁は分厚く、頑丈そうな柱があり、妙に天井が高い。

 レンとしては、地球の物流の配送センターっぽく作っただけなのだが、その広さと天井の高さを見た職人は、それが倉庫だとは欠片も考えなかった。

 結果、倉庫だったはずの建物は、レンが村の外で薬草採取をしている間に、立派な学舎となっていた。


「……あれ? どうしてこうなった?」


 どう見ても倉庫に見えない三つの建物を見上げ、レンは首を傾げた。


 土の色をしていた壁は白く塗り直され、屋根はレンが作っておいた石板が並べられ、壁にはいくつも窓が作り付けられ、立派な両開きの扉が付いた玄関まである。

 また、レンが作らなかったため、屋外に追いやられたトイレの建物も、レンが作った建物に似せて作られており、バランスは悪くない。

 建物の周辺はレンガで仕切られており、砂利が敷かれている部分が通り道、それ以外は芝生か花壇にするつもりなのだろう。錬金術師を理解している職人もいるようで、一部はどう見ても畑のようになっている。


 屋内に入ると砂利を敷いて固めただけだった床に木の板が敷き詰められている。

 壁も白く塗られており、窓には、鎧戸。だが枠が作られている事から、いずれガラス窓を嵌めるつもりだと分かる。

 倉庫として作った建物なので、基本的に一階建ての筈だった。が、中に入ると天井が妙に低い。手が届くとまでは言わないが、まるで民家の天井並みである。

 そして、突き当たりの右に、上り階段が設置されていた。


(二階建てになるとは思ってなかったけど……倉庫ってことで天井高めにしといてよかった)


 まあ、もしも天井が低ければ、学舎であると誤認されることもなかったかもしれないことを思うと、本当によかったのか疑問符が付くところではある。

 しかし、こうして、ちょっとしたすれ違いから、いずれは作らなければと考えていた学舎の建物が、まだ細かな調整は残ってはいるものの、ほぼ完成してしまったのだ。


(学舎って考えると……ちょっと足りないか)


 ほぼ完成した建物を検分しながら、レンは足りない物を数え上げる。


(普段は温泉に行けばいいけど……創薬や素材確保で汚れたりもするから、洗い場……できれば風呂が必要だな。あと、鍛冶師と魔術師と、護衛役になる一般職の育成も考えるなら、炉を作れる場所と練兵場も必要か)


 綺麗に整えられた庭の一角に、資材が積まれた場所がある。広さなどを確認したレンは、そこを『校庭』として確保することにした。


(さて、ライカとレイラにも仕事を残しておきたいんだけど……家具の類はあいつらに任せるか)


 学校の校舎という視点で建物内部を確認しなおせば、カーテンもないし、魔石ランタンを掛けておく場所もない。

 寮には寝台こそ作りつけられているが、要は単なる木の板である。せめて毛布くらいは必要だろう。

 錬金術大系のような、職業に関わる本の読むための小さな机と椅子、チェストもあった方がよさそうだ。

 などとレンがメモを取りながら歩いていると、職人の一人が声を掛けてきた。


「あの、旦那。ちょっと学舎の講義室について確認したいのでやすが」

「はいはい、何かな?」

「へぇ、講義室そのものは神殿の教室を参考にしてやす。教師が前に立ち、生徒が並んでそれを聞くというやり方でやす。で、教師が立つ段と、勉強のための絵図を掛ける掲示板を作ろうと思ってやす」


 黒板は存在するが、チョークも無料ではない。

 そのため神殿の教室では、予め文字を書いた板などを掲示して、それを使って勉強を教えていた。

 要は、教科書を壁に張り付けて勉強をするようなものである。

 ちなみに生徒は、箱に砂を敷き詰め、そこに文字を書いて、握りやすく削った棒切れで文字の練習をするのが一般的である。


「大きな黒板は手に入らないかな。チョークは生徒が作れるようになるから、可能なら黒板を使いたいんだけど」

「手配しやす。それでですね、ご相談したかったのは必要な明るさでやす。神殿にはあまり大きな窓がありませんが、教壇付近は明るい方がよいんじゃないかと思いまして」

「ああ、それはぜひそうしてください。あと、曇っている日にも使えるように、黒板を照らせる場所に魔石ランタンを置く棚かな……ってそうだ。廊下にも、魔石ランタンを置く場所を柱ごとに作ってほしいんだけど」

「魔石を……そんなに大丈夫でやすか?」

「素材回収で結構な頻度で森に入るからね。広域販売は無理でも、自給自足なら余裕でできるよ。万が一、魔物が減ってきたら、オイルランプに交換すれば済む話だしね」


 植物油も錬金術の材料であり、初級になればポーション作成の過程で自作する。ガラスのホヤを作るには錬金術師中級が必要になるが、それ以外なら初級でも作れる。

 生徒が育てば、大抵のものが自給自足できるため、回り始めれば学校の維持費はかなり少なく済む。


「ああ、そうか。学校の理念とか聞かれたら、自主独立、自給自足とか答えておこう」

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