第56話 飲み過ぎに注意

 結界に守られるようになった村に幾ばくかの資材を残したレン達はサンテールの街に戻り、アレッタ、シルヴィ、シスモンド、マルタたちの出立の準備を整えた。

 頑丈さが取り柄のような馬車に、レンが作成した、重量軽減、空間圧縮、時間遅延の効果が付与された、一見するとファンタジー系ゲームの宝箱にそっくりな箱を固定し、その中に大量のミスリルインゴットを入れ、ついで中級の魔力、体力、スタミナ回復ポーション、水に飼い葉に人間用の食料。加えて念のために結界棒なども入れてやる。

 そして、最後に箱の中身の目録と、ダヴィード発行の命令書を入れれば、馬車側の準備は完了である。


「アレッタさんたちは聖地方面をお願いします。聖地までの途中の村や街の結界杭は直してあるので、念のため立ち寄り、結界杭がグリーンの魔石で稼動するようになったことを伝えてください」

「分かりましたわ……レン様は付いてきて下さらないのですね」

「村の方を少し整備しておきたいので」

「やりすぎないでくださいましね? これからやってくる人たちが訓練に使うのですから」


 アレッタにそう言われて、レンはスッと目を逸らした。

 昨日、村を結界杭の結界で覆い、アレッタたちがストーンブロックをレンガサイズに切り分けたあと、レンは村の周囲を覆う木の柵を取り壊し、そこに高さ3メートルほどの石の塀を錬成していた。

 結界があるので、塀や柵は不要にも思えるが、この世界には魔物以外にも生物が存在する。

 魔物と渡り合えるように進化した彼らは、地球の獣よりも賢く、素早いのだ。

 だから対魔物だけではなく、獣を退けるためにも塀の作成は急務だった。


 そして、レンは妙なところで凝り性だった。

 最初は聖地の川原に作ったような柵を作っていたのだが、途中で騎士達に意見を聞き、ネズミなどが入り込まないように柵を壁に作り替え、実用的で格好のよいものを作る方向へとシフトしてしまった。

 その結果、大量の魔力回復ポーションを消費して出来上がったのが、高さ3メートル、厚さ10センチの、村にしてはそこそこ立派な壁だった。

 ちなみに、塀の材料は塀の外側の地面から持ってきているため、塀の外側には幅1メートル、深さ1メートル以上の堀があったりする。

 現在、堀には炭酸泉から流れ出た水が溜まり始めているが、完成時点で塀の外から見ると、塀の高さは4メートルである。


 頑丈そうな塀を見てレイラは喜んでいたが、他の面々は呆れを隠す気もないのか、大きな溜息をついていた。

 塀を見たエドは、


「立派な城壁ですな。それで、レン殿は何と戦われるおつもりか?」


 と尋ね、それを聞いたレンは、自分のやり過ぎに気付いたのだった。




「まあ、やってくる錬金術師たちの訓練用の素材には手は出さないでおくよ」

「そうしてくださいまし。それで、クロエ様は王都で挨拶したら戻ってくるのでしょうか?」


 アレッタが水を向けると、クロエは頷いた。


「マリーと相談して、レンのそばにいることになった。レン、村に手を入れるのなら、神殿も作っておいて」

「いいけど、俺、神殿の設計はしたことないぞ?」

「この街の神殿に、設計図を届けるように伝えておく」


 なお神殿は、そこが街なのか村なのかや、周辺人口などによって大きさが異なる。

 サンテールの街の神殿は、村に作るには大きすぎるのだが、残念ながらレンはそれを知らなかった。

 アレッタとシルヴィは知ってはいたが、神託の巫女が暮らすのであれば、その程度の格は妥当だろうと口を挟むことはなく、結果として村には不相応なほどに大きな神殿が作られることとなるのだった。




 翌日、アレッタたちとクロエたち、それに、レンから沢山の土産を貰ったダヴィード一行とレイラがサンテールの街を出立した。

 アレッタたちの護衛にはエドがついて行ってしまったので、レンはひとり寂しく村の環境整備に汗を流すのだった。


 なお、言うまでもなく、ひとりと言うのはあくまで比喩的表現である。

 レンは不要だと言ったのだが、コンラードに護衛として騎士3名を付けられており、騎士達は村の敷地内で、レンから貰ったポーションを使って技能を使いまくるという訓練を行なっていた。

 レンとしては現状の騎士達の腕前で十分に錬金術師中級の量産は可能だと考えていたが、タチアナの魔法の腕が急上昇したことに刺激を受けた騎士達に請われた結果、そのような状況となったのだ。

 対価は肉体労働である。具体的には素材採取と、村を作る際に発生する力仕事で返して貰うことになった。


 剣や槍の技を練習してはポーションで回復する騎士達を横目に、レンは村の施設全般の強化を行なっていた。

 平らに均した道の表面を硬化し、路面の両脇を少しだけ低くして水が流れるようにする。

 井戸の周辺は地面を滑り止めの付いた敷石状にして、更に、井戸から汲んだ水を流しても水溜まりにならないように傾斜を付ける。

 地面は完全に固めるのではなく、敷石に僅かな隙間を設けて、水が染み込むようにしつつ、石が割れた場合の交換を容易にもしている。


 井戸の周りには屋根を付け、洗濯物や野菜を洗うための洗い場も設ける。

 その上で、万が一、井戸が涸れた場合に備え、レンの持つ泉の壺をセットできるようにもした。


 しばらくインフラ整備をしていたレンだったが、ふと、視線をあげ、塀を見て首を傾げた。


(壁は作ったけど、屋根がある場所がほとんどないか)


 廃屋は沢山あるので、突然の雨の際はそこに避難できなくもないが、埃まみれになるのは確実だろう。

 レンは周囲を見回し、塀のそばの空き地に目を付ける。


(建物が完成するまで、雨露を凌げる倉庫とかが必要だよな。今のままじゃ休憩もできないし)


 塀の中、村の敷地内では土を素材に錬成しまくるわけにはいかない。

 かと言って、ストーンブロックからレンガを作り、それを積み重ねて作るのでは、完成がいつになるか分からない。

 手持ちの砂利や鉱石を確認したレンは騎士達に声を掛けた。


「このあたりになくなっても問題のない大きな岩とかありませんか?」


 大きな岩山であっても勝手に使うのは危険だと学習したレンは、現地の者の意見を聞くことにした。


「岩ですか? 少し奥に行けば、廃坑があります。大きな岩は少ないでしょうけど砂利とかなら山になってますね」

「鉱山? ……何の廃坑ですか?」

「たしか石炭と錫と、あとたまにミスリルだったそうです。何年か前に迷宮化して、総出で片付けたんですが、入り口付近には岩とか砂利とかが山積みになってました」


 鉱山から掘り出され、その場で分別・廃棄された砂利が山積みになっていると聞いたレンは、早速素材となる砂利を回収するために廃坑に向かうことにした。




 鉱山は、小さい山と呼ぶか、大きめの丘と呼ぶか、悩ましいサイズの山なのだ、と騎士は言った。

 過去、そこまで大勢が頻繁に往復していたため、道には砂利が敷き詰められているが、森の中の大木を切り倒して作った道である。日当たりのよい一等地は雑草たちに浸食され、一部には細い木まで生えていた。

 ただ、足下に砂利があるため、そこから外れない限りは森の中でも迷う心配はない。

 周辺を警戒する騎士達のそんな説明を聞きながら、


「ウインドカッター」


 レンは風魔法で雑草を刈り取り、道がはっきりと見えるようにする。


「何というか、贅沢な魔法の使い方ですね」

「こういう場所には蛇がいたりするからね。可能な場合は障害物は取り除いておくに限るんだ……ウインドストーム!」


 突風に刈り取られた草が巻き上げられ、吹き飛ばされる。

 そんなことを何回か繰り返し、レン達は廃坑に到着した。


「なるほど、確かに微妙な大きさだ」


 鉱山の大きさは、聖域の岩山よりも小さかった。

 そして、そのすぐ横の地面に大きな穴が掘られ、そこから山の方に向かって横穴が伸びていた。


「露天掘り? なんか不思議な堀り方しているな」


 露天掘りとは、横穴坑道を掘らず、地表から掘り下げていく方法で、深くなるほど、土砂を運び出すためにすり鉢状の穴の直径が広がっていく。

 大きな穴の形状から、レンは露天掘りかと考えたのだが、それにしては穴が小さいし、よく見れば穴の底の辺りから、横方向に向かって坑道が伸びている。


「錫の露頭が発見されて、そこから掘り広げたと聞いています。で、鉱脈に沿って坑道を掘ったみたいです」


 レンの疑問に騎士が答える。

 なるほど、と頷きながら、レンは周囲に山積みにされた石の山を確認する。

 かなり大きな山が複数。土魔法の錬成で素材にするには良さげなサイズと材質である。


「これ、俺が貰っても?」

「もちろん。もともとゴミですし、ゴミじゃなかったとしてもレン殿なら、誰も文句は言いません」

「そっか……なら」


 レンは錬成で石の山のひとつの表面を軽く固め、その表面から石の棒を生やすと、それをポーチに触れさせる。

 次の瞬間、石の山がひとつ消え去った。

 巨大な体積の消失に、石があった場所に風が吹き込む。


「レン殿、今のって?」

「ああ、アイテムボックスにしまったんだ。山ひとつを錬成で軽く固めたことで、アイテムボックスに一個の素材と認識させたんだ」

「あのでかい山が一個の素材ですか……分かってるつもりでしたけど、すごいですね」

「他の山も処理するから、周辺の監視はよろしく」

「承知しました」


 大きな山を幾つか片付けている途中で、騒ぎを聞きつけたグリーンラクーンなどが襲い掛かってきたが、レンが提供した武器防具を身に着け、技能を育てた騎士たちの敵ではなかった。

 あっさりと魔物を倒した騎士たちに声をかけたレンは、横穴の奥に向かってファイアボールを撃ち込む。


「何をされてるんですか?」

「いや、松明投げ込むかわりに撃ち込んでみたんだけど……それにしても結構深いですね」

「そりゃ、長いこと掘った坑道だって話ですからね」

「ちょっと覗いてきてもいいかな?」

「……ダメです。迷宮だった頃は何やっても崩落するどころか壁に傷付けるのも一苦労ってくらい頑丈になってましたけど、今は普通の廃坑です。魔物相手ならレン殿が後れを取ることはないと思いますが、落盤でもしたら、レン殿であっても助かりません」


 護衛として、それは認められないという騎士に、レンはそれなら仕方ないと肩をすくめて諦めるのだった。




 村に戻ったレンは、小石の山を取り出すと、それを材料にして一直線上に並んだ6本の柱を作ってその間に壁を作る。続けて、上から見たときに正方形になるように同じ壁を3枚追加する。そして、床には砂利を敷き詰め、その表面だけを軽く固めておく。

 錬成で台を作って壁の上に登ったレンは、屋根は作らず、錬成で石の棒を作って左右の壁の間にそれを渡す。


「レン殿! それだと雨漏りし放題だと思うんですが!」


 塀の上に登って作業するレンに、階下から騎士が大きな声で、何を使って屋根を葺くのかと問いかける。


「後で錬成した石板を天井に張って、タールを塗るつもりなんだけど、他にもっと良い方法とか知ってますか?」

「あー、この辺だと、石の棒じゃなく、木の棒を張り巡らせて、その上に木の板、板の上にタール、その上に瓦か、モルタルです!」


 騎士の言葉を聞き、考えているものと若干の違いはあるが、まあ、大きな問題はないだろうと判断したレンは、錬成で石の棒を強化し、人が乗っても問題ない強度にする。

 後々、土魔法使いがいなくても修理・補強ができるように、壁のあちこちに木の棒を差し込めるような窪みも作り、天井の骨組みに満足したレンは地面に降りて天井を見上げる。


「あー、これ、屋根に板置いたら、真っ暗になるか……」


 だからと言って、窓は錬成では作れない。大きな穴を開けておいて、後から木枠と鎧戸をはめ込むにしても、今、窓の部分の大きな穴を開けてしまっては、多少虫除けを撒いたところで倉庫内に虫や小動物が入り込むことになる。

 次善の策として、窓を作るだろう部分に直径1センチほどの穴をたくさんあけて、明かり取りと換気が出来るようにしたレンは、出来たばかりの倉庫の床に、砂利を出し、そこから、屋根材となる石板を錬成する。

 しかし、そこまでだった。

 ポーションを飲んでは錬成を使いまくってきたレンだったが、さすがに飲み過ぎで気持ちが悪くなり、作業の手を止めた。


「レン殿、どうかされましたか?」

「あー、うん。ちょっとポーション飲み過ぎたかも。今日の所は少し休んだら、街に戻ろうか」


 なお、騎士達からレンが作った倉庫についての報告を受けたコンラードは、レンに仕上げを行なう職人の派遣を打診し、翌日から村ではちょっとした建築ラッシュが始まることになるのだった。

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