第55話 ゴーレムの在り方と学舎の準備

 集会所はものの30分も経たない内に崩壊した。

 レイラはその残骸を、ゴーレムに指示して集めさせ、レンが錬成で基礎を細かくしてそれもゴーレムに片付けさせる。


 あっという間に村人全員が集まって宴会ができる程度の大きさの建物が崩壊するのを見て、レンは、


「俺の知ってる人形使いじゃない」


 と呟いていた。


 効率よくゴーレムに指示を出すには、どういう時にどんな命令コマンドが有効なのかを知っていなければならない。が、用意されたコマンドは、どれも使いにくい者である。

 人形使いという職業に関するレンの認識はそこまでだった。人形使いの職業を得ると、基本的なコマンドを覚えるため、普通はそれを組み合わせて使うのだが、マイケルというプレイヤーは、運営が仕込んだ隠しコマンドを発見して遊んでいたらしい。

 レイラから、踊れの他にも幾つか、一般に知られていない命令があるのだと教えてもらったレンは、これは案外使えるのではないかと考え始めていた。


 何に使えるのかと言えば、街道から村や街までの通路の保守に、である。

 より正確に言えば、保守を行なうための前段階として、当該地域の魔物を排除し、適時魔物忌避剤を散布させるという作業である。

 その作業の有無によって、次の工程の安全性が全く異なってくる。


 レンの知るゴーレムはとても頑丈だが、人型をしている割りに、汎用性に欠ける部分があった。

 よほど細かく命令しない限り、動作は単調だし、下手をすれば周囲に被害を及ぼすこともある。

 だが、人形の形状によって異なる踊りを踊るのであれば、それを研究し、目的に見合ったゴーレムを使うことで、汎用性の不足を補うことが出来るかも知れない。レンはゴーレムの、踊れというコマンドを一種のマクロと捉えていたのだ。

 それに、通行止めにした道路上での運用なら、ゴーレムが多少暴走したとしても、被害を被る人間はいない。


「レイラ、人形使いは現状、どの程度いるかわかるか? あと、ゴーレムの種類と踊りに関する情報が欲しい」

「2人知ってます。申し訳ありませんが、王国全体で何人いるのかまでは不明です。ゴーレムは材質によって粘土クレイストーンウッドといった種類分けをしています。形状という事でしたら、遠目に見れば人間の形をしているという造形が大半で、レンご主人様が作られたような、これは人間を模した像である、というレベルのものは少ないように思います。ところで踊りの情報とは?」

「形状で踊りが変化するとの事だったが、どのように変化するのかといった研究はされていないのか?」

「踊りに関する命令は、かあ様が再発見するまでは知られていませんでしたから、私の知る限り、そうした研究はほとんどされていません。ただ、手足が直方体だとマイケルが発見したような踊りになり、円柱だとまた別の、もっと動きが速くて地面に近い、柔らかい感じの踊りになるように思います。レンご主人様の作られたゴーレムの踊りは初めて見るものでした」


 レイラの話を横で聞いていたアレッタが不思議そうに首を傾けた。


「わたくしには、踊りの意味が分かりませんわ。他の人形使いの方たちは、踊りを使わずに仕事をさせているのですわよね? 踊らなくても同じように建物を壊せるのではないのですか?」

「あー、本来ゴーレムはかなり細かく命令をしないと言うことを聞かないんですよ。だけど、レイラは「踊れ」の一言であれだけ複雑で長い動作をさせてみせた。命令が短くてもよいというのは、使い手にとっての大きな利点なんですよ」


 レンの説明を聞き、アレッタは納得がいかないと首を捻っていたが、シルヴィが助け舟を出した。


「お嬢様、例えば使用人候補がふたりいて、ひとりは食器の洗い方も知らなくて、もうひとりは「洗っておいて」と言えば、きちんと洗って拭いて食器棚にしまうとしたら、どちらの使用人を選びますか?」

「なるほど……でも、踊りで解決するようなことなんて……ああ、確かにありましたわね」


 踊りは無意味だと言いかけたアレッタは、今まさに残骸が回収されつつある集会所跡を見て、使い道はあるのだと思い直した。


「レイラによれば、ゴーレムの形状で踊りが変化するようなので、例えば、魔物を倒すのに適した踊りや、穴掘りに適した踊りがあれば、ゴーレムの実用性はあがるんです」


 もちろん、ゴーレムはどこまで行ってもゴーレムでしかない。異なる踊りが踊れたからと言って、間違って足元に転がってきた人間を避ける、ということは期待できない。

 だが、それで充分だとレンは考えた。

 なまじっか人の形をしているから、そこに知能や認識能力を求めたくなるが、重機の一種と考えれば、日本の重機の大半は人間が挙動のひとつひとつを入力しなければ前進、停止すらできないし、もしも人間が指示を誤れば、簡単にそばにいる人をひき潰す凶器となる。それと同じだ、とレンは理解することにした。




 集会所跡を更地にするのはレンの土魔法の錬成の仕事だった。

 障害物さえなければ、錬成を用いた作業はとてもシンプルである。

 効果範囲内の地面が平らに均され、数歩進んでまた錬成をする。

 その横で。


「シルヴィ、頑張ってくださいまし」


 アレッタはシルヴィの応援をしていた。

 そしてシルヴィは、ストーンブロックをレンが整えたあたりに並べては、魔力回復ポーションで回復する、というのを繰り返していた。


「お師匠様、そろそろ量は足りているのではないですか?」

「ああ、でもまあ、何軒家を建てるか分からないから、もう少しだな」


 そう。

 レンはストーンブロックを建築資材と捉えていた。


 そして、ある程度ブロックが溜まったところで、アレッタとシルヴィには、錬金魔法の錬成でストーンブロックからレンガサイズの石を切り出すという任務が与えられた。

 ピラミッドを作るわけではないのだ。巨石のままでは使い勝手が悪すぎる。

 そして、ポーションを飲みながらも複数種類の大きさの石を切り出すアレッタたちに、レンはこの訓練の目的を伝えた。


「この方法、錬金魔法の技能を鍛えるのに丁度いいんだ。作るものが単純な形状で、大きさも数種類しかないから、サイズや形にブレとかあったらすぐにわかるだろ?」

「なるほど。きちんと意味がある訓練だったのですわね……わたくし、レンガを買ってくるのが面倒くさいのだからだと勘違いしておりましたわ」

「いや、君らががぶ飲みしてるポーション売れば、街単位の職人集団を呼べると思うぞ」


 そして、まだ、未処理のストーンブロックが8割以上残っているところで、レンは中止を宣言した。


「残りは結界杭を直して中級になるためにやってきた錬金術師たちの訓練用に残しておく。シルヴィたちにも、指導を担当してもらうよ」

「……お師匠様、やり方を教えることはできますが、これだけのポーションを用意できません」

「材料とレシピはこっちで用意するから、やってきた生徒に作らせて。材料さえあれば、初級でも作れるのが多いから」


 そのレシピは数多のプレイヤーが試行錯誤の末に見つけたものなので、錬金術大系には記載されていないが、レシピさえあれば、作るだけなら割と単純作業なのだ。


「レン様、材料集めは誰がどうやって行うのですか?」

「当面はクロエさんから貰ったポーチから出す。中級を目指す錬金術師たちがサンテールの街に来る際に護衛を連れてくるだろうから、仕事が終わった護衛達に採取依頼を出す。あと、黄昏商会の在庫をまとめて輸送してもらう」

「どこまでも自給自足できる体制を考えられているのですわね」

「誰かが教えるという形だと、また何かのきっかけで中級になる方法が失われるかもしれないからね。自分たちで必要な物を用意して、育成された者が次世代を育成するという流れを作りたいんだ」


 それは学校で習うものである、という常識が根付いてしまったら、学校の仕組みが崩壊しただけで、多くの情報――職業を効率よく得る方法や、それを教える方法論が失われてしまう。

 だから、師匠と弟子という最小単位になっても無理なく続けられるように自給自足できるようにする。というのがレンの目指すところだった。




「レン殿、儂も使い物になるレベルで魔法を学ぶことはできるじゃろうか?」

「エドさんがですか? 必要なだけの魔力があれば、エドさんならどんな魔法でも覚えられると思いますけど」

「ふむ……やはり才能も必要か……いや、洞窟暮らしで、剣の腕だけでは色々不足していると感じたものでの……儂だけではなく、騎士には、戦い以外にも何かひとつ学ばせようかと考えておるのじゃよ」

「魔力量や、その他の向き不向きがありますから、ほどほどにしてくださいね。向いていないとわかったら、即座に諦めて別の道を探すようにしてください」


 プレイヤーのアバターであれば、後から課金アイテムにより例えば戦士向きの性質を持ったアバターを魔法使い向きに変更したり、何なら種族や性別までも変更することも可能だったが、レンが知る限り、NPCにはそうした救済措置は用意されていなかった。

 多少不向きでも大半の職業を選択出来てしまうというのは利点でもあるが、以後の成長のしやすさを考えると、あまりよい選択ではない。

 具体的には、魔力MPが少ないキャラが魔術師系を選択した場合、魔法を使える回数が少ないため、ろくに訓練もできずに育成が困難となる。

 同じ事は体力HPやスタミナに関しても言えるため、騎士の訓練でそれを理解しているエドは頷いた。


「力を入れる方向を間違えては小石も動かぬ。無理はさせんよ」

「あと、言うまでもないでしょうけど、いろいろ手を伸ばすと器用貧乏になりがちですので、そこもご注意を」

「ああ。まあ、多芸よりも一芸に秀でる者の方が強いということは理解しておるよ」


 それでも、誰かを守るという騎士の務めを果たすには、戦うという一芸だけでは足りぬのだ、とエドは呟くのだった。

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