第54話 スリラー

 結界杭の実験はひとまず成功を収めた。

 だが結界が狭いこと、グリーンラビットという最弱の部類の魔物を実験に使ったことを理由として、ダヴィードは、


「レイラ、この近くに廃棄された村があったな。レン殿に協力を依頼し、そこを使っての実験継続を王太子の名において命ずる。敷地内については、関連実験のために必要であれば、手を入れることを許可する」


 と言った。

 これは、後々レン率いる暁商会が勝手に村を占拠したなどと言われないためのアリバイ作りであった。

 ダヴィードたちは既にレンを認めているが、レンを見た事がない者たちがどのように反応するのかが未知数である。

 そのため、クロエを王都に召喚するわけだが、それは早くても数日後の話となるため、あとで調べたときに時系列の矛盾が生じないように、今日この時、正式に王太子から命令があったという記録を残したのだ。


 ルシウスから、ダヴィードのサインのみで、まだ判の押されていない命令書を受け取り、レイラは日付を見て満足気に頷く。


「ご下命、確かに承りました」

「王都に戻り次第、命令書に判を押す……ところでレイラは王都に戻るのか?」

「ええ。廃村の復活を見届けた後、一度王都に戻ります。そこで引き継ぎと引き抜きを行い、遠隔で作業可能な体制を整えてからこちらに拠点を移します」

「うむ、では戻り次第、その命令書を持って私の所に来るように……それと、引き抜きはほどほどにな」


 ダヴィードの言葉に、レイラはただ、深い微笑みのみを返すのだった。




 廃村に結界杭を設置し、森から数種類の魔物を追い立てて結界にぶつけるという粗っぽい確認を行うと、ダヴィードたちはサンテールの街へと帰って行った。

 その際、騎士の半数も護衛としてサンテールの街に戻っていたのだが。


「アレッタさんとシルヴィはなぜ村に残ったんだ?」

「レン様の作業を見ておけば、今後、廃村再生事業を行う際に役立つかと思ったのですが……割と力業で、泥臭いやり方でしたわね」

「結界杭を元の位置に立てるのとか、お師匠様なら片手で軽々だと思ってたのに、騎士たちに頼んでましたし、その後何をするかと思えば村の中の道やドブを修復してますし」

「……それが一番効率がいいからな」


 レンたちは、村の中央を貫通する大通りを、路面の状態を確認しながら歩いていた。

 人がいなくなって獣や魔物が入り込んではいたものの、無為に村の中で暴れるような生き物はいない。砂利を敷いた道には雑草こそ生えているが、大きく路面が荒れている場所はそれほど多くはない。

 荒れている近くには地面に焼けた跡などがあることから、騎士たちが野営をする際に、穴を掘ったのだろうと推測しつつ、レンは土魔法の錬成で路面を整える。

 最奥まで確認したレンは、広場になっている場所まで戻り、辺りを見回した。

 その視線が、一軒の大きな建物に止まる。

 屋根や壁に大穴が開いていて、日当たりが良くなった屋内には雑草が生えているその建物は、レンの技術を持ってしても、修復するよりも建て替えた方が早そうに見えた。


「アレッタさん、あそこの建物、かなり傷んでるよな?」

「村の集会所みたいですわね。確かに屋根が落ちていて壁にも穴が開いてますし、修理は難しそうですわ」

「エドさんも同じ意見でいいかな?」

「まあ、そうですな。あれでは床も柱も腐ってしまっているだろう。直すよりも作り直した方が早そうじゃ」


 レンは笑顔で頷いた。


「集会所なら、誰かが住んでたわけじゃないだろうから、あの建物を除けて、そこに学舎を建てることにしましょう……レイラ、あれを解体する適切な方法は?」

「え? そうですね。単に破壊、消滅させるのであれば、レンご主人様の火魔法で燃やすのが早いでしょう。周囲への延焼だけ気を付ければよいわけですし……でもあれだけの材木を無意味に燃やすのは勿体ないですから、私なら……土魔法で基礎を破壊して倒壊させるか、あとはゴーレムを使うかですね」

「え? レイラって人形使いの職業取ってるの? あれってネタ職だろ?」

「ネタ職? が何なのかは分かりませんが、人形使いは持ってます。魔石の消費が大きいから今まではあまり使えませんでしたけど、結界杭が緑の魔石で稼動するようになれば、その制約は相対的に小さくなります」


 人形使い。公式による別名を人形愉快。

 魔石を埋め込んだ人型の無生物であれば、大抵のものは動かすことができる魔法で、一度に複数体を同期させて動かすこともできることから、バージョンアップで追加が発表されてから、その仕様が明らかになるまではひとり軍団レギオンなどとも呼ばれていた。

 だが、人形は外界を認識こそするが、知性を持たず、人間が命令した通りにしか動かない。

 その命令も「前方の魔物をなぎ払え」などでは人形は反応せず「前方に向かって微速直進。魔物に1m以内まで近付いたら、両手を広げて左向きに旋回360度。合計100m進んだら右旋回180度。最初の命令に戻り、マスターから停止命令が入るまでこれを繰り返せ」という命令なら実行できるという代物である。


(まあ『歩行。前進微速。右足、前へ』とかじゃない分マシなんだろうけど)


 などと、どこかの新世紀な農協ロボを連想して、げんなりするレンだった。


「あれを使いこなすには、鋼の忍耐力が必要って聞いたんだが」

「確かに、調整とか面倒ですけど、コツがわかれば色々できます。かあ様に教えていただきました」

「複数体出したら、全部同期するんだよな?」

「はい。私は複数体使うなんて贅沢はしたことありませんが、並べるとかなり強力だと聞き及んでおります」

「ほう……なら、見せてもらえるか? 土魔法の錬成で地面から人型作るから……魔石はどこに入れる?」

「胸にお願いします。その方が全身への魔力の通りがよいので」


 レンは地面の土を素材にして、錬成で自分の背丈と同じくらいの人形を作り出した。

 人の形を模しただけで、手足に関節などは作っていない。その人形の胸部に、レンは黄色い魔石を埋め込んだ。


「これでいいか?」

「はい。それでは。人形登録開始……ゴーレム化……成功。名称、レンご主人様のゴーレム。用途、戦闘用。出力制限は自壊しないレベル。コマンド登録開始……左旋回30度。微速前進。自分の胸部よりも上部に障害物に存在したら、全力で高速で踊れ。踊った後、ゆっくり右旋回を開始し、次の障害物を探せ。自分の胸部より上に障害物が存在しなくなるか、マスターからの停止命令が入るまで踊り続けろ。コマンド登録終了」

「待て」

「はい、何でしょうか?」


 ゴーレムへの指示を中断し、レイラが不思議そうな表情で首を傾げた。

 そこに冗談の気配が欠片もないことを確認したレンは、頭痛をこらえるように額を抑えた。


「何でしょうかはこっちだ。なんだ、その踊れってコマンドは」

かあ様が、英雄の時代の伝承を調べている際に発見したコマンドです。なんでも、過去、マイケルなる英雄がこれを使い、大量のゴーレムを踊らせながら魔物にけしかけていたとか。全ゴーレムが完全同期して迫ってくる姿を見て、魔物はあまりの恐怖に逃げ出したと伝えられています」

「魔物が逃げだすってどんな踊りだよ」

「ご覧になりますか? 人形の形状によって踊り方が変わるそうですから同じ踊りにならないかもしれませんが……コマンドを実行してもよろしいでしょうか?」

「許可する。が、レイラ以外は全員、こっちに集まって。この銀の紐の中に入って」


 反射界の紐を広げ、レイラ以外の全員がその輪の中に入ったことを確認したレンは、レイラに向かって頷いた。


「始めていいぞ」

「了解。それでは、レンご主人様のゴーレム、登録コマンド実行」


 レイラの命令を受け、ゴーレムはゆっくりと左旋回し、集会所に向かって歩き出した。

 そして、集会所の壁に接触した途端。

 とんでもない速度で手拍子から始まる踊りを踊り出した。


「初めて見る踊りですが……これは……」


 手拍子をして少し後退したかと思ったら、円を描くように両手を動かしながら前進し、左右の手を交互に上げる動きで壁が破壊され、そのまま前進することで足元の壁までもが破壊される。

 そしてゴーレムは壁を破壊するとゆっくりと旋回し、次の障害物を見つけては破壊の踊りを披露する、という行動を続けた。


「あの、手を交互に上げる動きが、素晴らしい破壊力になっていますし、円の軌道で移動しながら、目に付くもの全てを破壊していますね。さすが、レンご主人様の作ったゴーレムです。こんなに効率よく破壊するゴーレムを見たのは初めてです」

「俺も、褒められてこんなに微妙な気持ちになったのは初めてだよ……速度が10倍速くらいになってて分かりにくいけど、これは東京音頭かな……ちなみに、レイラがゴーレムを用意するとどんな踊りになるんだ?」

「マイケルのゴーレム準拠だと中腰で進んだり、クルクル回ったり、やたら腰を左右に振ったり、上半身を90度まで曲げて一気に振り上げたりしますね。あと、特徴的なのが手の形です」


 こんな感じです、とレイラは、何かをひっかくように指を曲げた手を前に伸ばして上下させる。


「ゾンビみたいな……ああ、だからマイケルなのか」


 前世紀の、有名なホラー系ミュージックビデオを思い出したレンは、疲れたような溜息を漏らすのだった。

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