第52話 こんにちは

 会議室に戻った一行は、そこで軽食を摂り、会議の続きを行った、


●人類棲息域縮小に関する現状認識の摺り合わせ

●対策について

●短期計画

■実証実験

●計画実現に向けた協力体制の構築について

○中長期に必要な対策について


「協力体制の確立か。レン殿が我々に望むことを教えて欲しい」


 ダヴィードがそう言うと、レンは肩をすくめた。


「ごく普通のことばかりです。ヒトと物と金が必要ですね。後は大義名分とか」


 レンの持っている死んでもお金が減らない貯金箱の中には、割ととんでもない金額が入っているし、中級の錬金術師すら殆どいない今なら、手持ちのポーションを売り払い金を稼ぐこともできる。

 立ち上げの段階で予算の不足があれば、レンとしてはそれを持ち出すことも考えていたが、まず国から予算を貰うことを優先したいと考えていた。

 そうすることで、本件が国家事業になれば、国以外からの余計な口出しは無視できる。


「具体的にはどのような人材、資材、予算が必要になるのだ?」

「うん。まあ、まずはそれを決められる人材ですね。育成の大まかな方針として、まず、育成すべき人間をこの街に集めます。第一世代は俺がメインで育成します。第二世代は第一世代が育成し、俺はサポートに回ります。第三世代は第二世代が育成し、第一世代はサポートに、という感じで、最初の内は回していきます。その際に素材や護衛、事務員が必要になりますし、宿舎も必要でしょう。その辺りを細かく詰められる官吏が欲しいです。もちろん、机上の空論にならないように、必要な資材や人材、予算を獲得できるだけの権限を有する人材ですね」

「妥当ではあるが、中々に贅沢なことだな」


 それなりレベルであっても、有能な人材は、現在の王国では貴重な存在である。

 勿論、該当する者はそこそこいるが、そこに「異動させても支障がない者」となると、ほぼ該当者がいなくなる。

 何しろ使える者は全て必要な部署についているのだ。ただでさえ人口が激減している現状で、遊ばせておけるような人材はいない。


「贅沢であることは否定しませんが、教育は軽んじるべきではないと思いますよ」

「そうだな。検討してみよう……いや、その人材はレン殿と意識合わせをしながら、新しい育成機関を立ち上げ、管理するための者、と考えてよいのだろうか?」

「まあ、そうなりますね。予算の絡みがなければ、神殿に委託というのも考えたのですが」


 この世界の職業は神の恩恵である。

 その繋がりから、神殿に委託するという案も検討したレンだったが、神殿の事業では口出しする者が増えそうであると気付いたことで、方針を転換し、対外的には予算が理由とすることにしたのだ。


「ああ、神殿では確かに長期的な資金繰りに無理があるな……しかしそうか……まつりごとに詳しく、各部署の官吏に知合いが多く、予算の折衝ができて、その他の調整ごとも得意で、レン殿ともうまくやれそうな人材について、ひとりだけ心当たりがあるのだが、既に野に下りてしまっていてな」

「なんとか呼び戻せませんかね?」

「……いや、呼び戻すも何も、そこで他人事のような顔をしているレイラのことなんだが」


 レンは思わずレイラの顔を確認した。

 長年にわたって種族間外交に携わってきた者である。当然、政治にも詳しいだろうし、貴族や役人にも顔が利くだろう。今回のような仕事で、その経験は得がたいものである。


「レイラ。俺の仕事、手伝えるか?」

「勿論です。そのために国の仕事は辞めました。ですが、今のお話だと、私は国に籍を残すべきなのでしょうか?」

「あー、その辺は俺よりもレイラの方が詳しいだろ? やりやすいようにやってくれ」

「では……ダヴィード殿下。私を再度、外務そとつかさの渉外に戻して頂けませんか? その上で、レンご主人様の作る育成施設の専任担当官に任じて頂ければ、レンご主人様のために働くことができるかと」


 レイラの、極めて自分に都合のよい提案に、ダヴィードはルシウスにどうしたものかと顔を向ける。


「悪い案ではありませんが、予算には暫定的な上限を設けておくべきかと。まずはその中で対応して、不足があれば申請をして貰う形ですな」

「……まあ、妥当だな。今のレイラを見ると、どれだけ予算を持って行かれるか見当も付かないからな。しかし、外務そとつかさのままでよいのだろうか?」

「むしろ当面は変えるべきではありません。幸いレン殿はエルフですから、あくまで、エルフ関連事業として開始して、必要ならば、あとで育成省なりを作れば宜しいかと。最初の段階でそうしてしまうと、なぜ外務そとつかさが担当するのかと突かれて、レイラが動きにくくなるでしょうから」

「ああ、それはありそうだな。では、レイラ。先程の職を辞する話は聞かなかったこととし、以後、レン殿と連絡を密に取り、必要な予算、人員、資材の確保の申請を行なう許可を与える。本件は王太子の事業とするので、何かあれば私かルシウスに相談せよ」

「ありがたく、拝命いたしました」


 ふむ。と頷くと、レンはレイラに今後の方針を改めて説明する。


「まず、当面の育成場所はこの街とする。イエローリザードが棲息する沼沢地がそばにあるし、街としての規模もそれなり。近くに廃村があるという立地条件もよいし、廃村方面はグリーンの魔物の棲息域というのも、素材採集にはうってつけだからだ。で、育成の前段階として、結界杭の修復を行なうが、馬車2台に4人の教師となる錬金術師とミスリルインゴットを載せ、護衛を付けて街道を東西両方向に進ませ、途中の村では結界杭を修復し、グリーンの魔石で動作することを確認。街では生徒となる錬金術師に結界杭の修復方法を伝授し、街の錬金術師に結界杭の修復を行なわせる。で、その間に領主に馬車と護衛を用意させる。乗ってきた馬車は、その街の錬金術師に渡し、そこから先の結界杭の修復に向かわせる。なんなら、最初の村の修復までは教師役の錬金術師を同行させてもよいが、詳細はレイラに任せる。教師役の錬金術師は仕事が終わったら、自分が連れてきた護衛と共に、領主が用意した馬車で自分の街に戻る。これを繰り返すんだ。で、その際、その作業が終わった後にサンテールの街の領主の館を訪ねると、錬金術師中級になるための講習が受けられるのだと周知してもらいたい」

「基本的には実証実験を行なう前にお話ししていた内容ですね。詳細はお任せ頂ける旨も承知しましたが……この街には4人も錬金術師が?」

「ああ。錬金術師の師弟と、俺が育てたふたりがいる。どちらも中級だ」

「なるほど。すべてはレンご主人様のご計画通りと……それで、肝心の育成についてはどのような計画が?」


 レイラがぼそりと呟いた言葉を聞き流し、レンは頷いた。


「まず、王都から騎士を呼んで欲しい。イエローリザードが棲息する沼沢地まで錬金術師を護衛することが可能なレベルが必要となる。加えて、現在の状態は一切問わないので、氷魔法の使い手をひとり。それと、サンテールの街の騎士にも協力を要請するので、その分の予算も忘れずに。あとは沼沢地そばまで移動する馬車が必要だな。多くても1日1往復、多分実際には三日に1往復程度だけど、馬には余裕が欲しいのと、街道に馬車を置いていくので護衛を数名。ああ、護衛には結界棒を支給する」

「学舎のようなものは?」

「コンラードさんに確認。街の中に空き地があるとは思えないけど、あるのなら借り上げて。ない場合は、近くにある廃村を生き返らせてそちらに新しく作ろう。金は掛かるけどね。それが出来るまでは、この会議室を借りるなり、最悪練兵場にストーンブロックを積んで壁にして、天井に板を張っただけの簡易的なのを作らせて貰うとかかな」

「大体の方向性は分かりましたが、レンご主人様、まだその先があるのですよね?」


 レイラは壁に貼ったアジェンダを指差した。


○中長期に必要な対策について


「ああ、まだひとつ残ってるね。これはレイラと打ち合わせすればいいかな?」

「いや、私たちにも聞かせて欲しい。これからに関わる重要な話だ」


 レンの問いかけにダヴィードは首を横に振った。

 そして、楽しげに唇を微笑みの形にした。


「予算だけ持っていこうというのは許可できないぞ」

「まあ、中期計画以降になると、予算は使わなくなりますけど……まあいいや。まず、長期目標として、職業を育てる方法について、俺が知る情報を誰かに伝授し、それを記録することとする。で、中期目標としては、その方法で実際に育成する。なお、第三世代以降の育成は、俺以外の手で行う事を前提とする。学舎が学舎として機能するようになったら、学ぶ以外のこともやってもらうことにする」

「学ぶ以外、とは、どのような事でしょうか?」

「うん。まず、さっきの結界杭の修復と同じように、生徒として育てられた者は、次世代の教師となる。それに加えて幾つか学校に寄付をして貰う。錬金術師ならポーションを一定数。鍛冶師なら武具なんかだね。戦闘職なら、素材採取時の護衛任務数回とか、そんな感じで」


 レンの説明を聞き、レイラは納得顔で頷いた。


「ああ、だから先程、予算を使わなくなると……」

「ああ。むしろ余剰物資を売れば、儲かるんじゃないかな? 作り手が増えると希少価値が下がるから、値段は安くなるけど」

「学んだ後で費用を働いて返す仕組みか。しかし、学びの途中で挫折した者は支払えないわけだが」

「挫折した人からは取らなくとも構わないですが、まあ、一定額を払って貰うという脅しがあった方が真面目に取り組むようなら、そうしましょうか」


 やや変則的な奨学制度である。

 しかし、習い覚えたことを繰り返させることにも意味はある。

 職業レベルが中級になっても、関連する技能をきちんと育てなければ、つまらぬ失敗することもあるのだ。

 だから、失敗が許容される学内にいる内に、できるだけ経験を積ませるというのがレンの目論見だった。


レンご主人様、人員について教えて頂きたいのですが、教員が元生徒と言うことは、私が手配する中に、教員候補は不要でしょうか?」

「いや、製造系、戦闘系、魔術系で最低1名は中級以上の管理官を用意して欲しい。これは、生徒から引き抜くのでも構わない。主な仕事は、生徒の指導の監視と知識を本にまとめることだ。間違った方法で指導されると、次の世代からはそれが正しいやり方になってしまうからね。正せる者が絶対に必要だ」

「教員が教えるのではダメなのですか?」

「んー、絶対にダメだということはないけど、教えるところまで含めて、教育の一部と考えてるんだよね」


 勉強を教えるというのは、教える側にとっても勉強になるのだ。

 何かを教えるためには、自分の中の知識を細分化して、言葉に置き換えなければならない。

 その過程で、なぜこうなのだろうか、と疑問に思う部分があれば、自分の中の不備が明らかになる。そして、教えるためには不備をなくさなければならない。

 自分で理解したつもりのことであっても、他人に教えるために情報を整理することで、新たな学びを得ることができるのだ。

 だからレンは、教えさせるということを、教育の一環と考えていた。


「正しい知識の伝授ができるようになれば、生徒たちが各地で弟子を取ったときに役立つだろうしね」

「レン殿は、生徒たちに弟子を取ることを許容するつもりなのか?」

「それは勿論ですけど?」


 ルシウスの問いに、レンは何を当たり前のことを、と言わんばかりの顔で頷いた。


「知識を一カ所に集中し、管理しなくてもよいのか?」

「ええ。各地に練達の職人が存在するようになれば、今後、職業が失われることはなくなるでしょうから。いずれはそれぞれの街で職人が弟子を取って育てられるようにしたいですね。その方が、サンテールの街から離れた街や村の生まれの人にとってもやりやすいでしょう。それに、今まではそれが普通なんですよね?」

「確かに、従来は街に住む者に教えを請うて弟子入りするのが一般的だったが……それでは、予算を掛けて作る学び舎が不要になるのではないか?」

「そうなるのが最終目標ですかね。各街に弟子の指導が可能な師匠がいるとなれば、さすがに知識の断絶は発生しないでしょうから」


 金をかけて作ったものが不要となるのが最終目的であるというレンの言葉に、ダヴィードは理解できないという顔をする。

 しかしレンの隣でレイラは大きく頷いていた。


「なるほど。学校はあくまでも知識を広めるまでの仕組みのひとつということですね」

「ああ。上手く運用できれば収益が出るかも知れないけど、目的はあくまでも知識を広めることだから。そこは絶対に間違えないように。学び舎で学ぶのが職業を育てる唯一の方法になってしまえば、学び舎を崩壊させるだけで再び職業が失われるかも知れないしね」

「あー、レン殿? 収益が上がるなら、国庫に戻して貰っても構わないのだが」


 ルシウスがそう言うが、レンは首を横に振った。


「初期投資していただく分についてのみは国庫に戻しますが、そこまでです……収益が目的になるようでは困りますから。そういう官吏が寄ってくるようなら」

レンご主人様のお手を煩わせることのないように、早めに処断いたします」

「頼む……ところで、神殿にも頼みたいことがあるんだけど」


 レンは、会議室の片隅で紅茶を飲んでいたクロエに水を向ける。


「わかった。まかせて」

「せめて頼みの内容を聞いてから答えような……ええと、頼みというのは他でもなく、読み書きと算術の無償教育を希望する子供に施して貰いたい。必要な予算はこっちで用意する」

「今もやってる……でも参加者は少ない」

「ああ、その解決策は知ってる。勉強時間は、昼を挟む4時間程度として、昼食は神殿で用意して子供たちには無償で提供して。そのための予算もこちらで用意する……本当は、この取り組みは国に行なって貰いたいのですが」


 と、レンは視線をルシウスとダヴィードに向ける。


「学問の他に食事まで与えるのか? そもそも農民が学びたいと思っていないから、今も生徒が少ないのだろうに」

「学びたくても、家の仕事の手伝いが忙しくて学びに行けないという子供もいるはずです。働き手が数時間いなくなるかわりに、一食分浮かせられるなら、親もそこまで反対はしないでしょう」

「まあ、国の方針にも合致する。予算は出そう。レイラ、後ほど神殿と調整して、申請書を出してくれ」


 封建制度であるにも関わらず、王国では民に学問を与えることを推奨していた。

 理由は幾つかあるが、一番大きな理由は、魔物に対抗するための力を育てるためである。


 例えば錬金術師の職業レベル初級になる訓練を受ける際、神殿で錬金術基本セットというものを貸与され、その基本セットに含まれる錬金術大系という本の冒頭40ページを読み込み、錬金術基本セットに含まれる道具の使い方、素材の見分け方と収集方法を覚える必要がある。それらを覚えたらアルシミーの神殿で神様に錬金術師になりたいと祈りを捧げると、幾つかの技能が使えるようになり、借りていた錬金術基本セットを授かり、晴れて錬金術師と呼ばれるようになるのだ。

 読み書きができない場合、この最初の部分――錬金術大系を読み込む、という部分で躓くことになるのだ。

 もちろん、読み書きが不要な職業も数多く存在するが、戦いに役立つものの多くは何らかの書物を読み込むこと――知識を要求した。

 それらの人材を得るため、国は神殿の行っている教育について、推奨という立場を取っているのだ。


「クロエ様、のちほど、詳細を相談させて下さい……レンご主人様、王都側で調整を行なったり、連絡要員となる者を雇っても宜しいでしょうか?」

「任せる。レイラが必要だと判断した人材は登用してくれ。ただし、人数は厳選すること」

「ええ、それはもちろんです……そう言えば、レンご主人様は心話はお使いになれるのですよね? かあ様に連絡は可能でしょうか?」

「あー、フレンド登録が全滅だったんだ……ライカも消えてた」


 レンのそのぼやきを耳にしたクロエは、立ち上がるなりレンの正面に移動する。


「……レンも心話、使えるの?」

「あー、使えた、かな。連絡先が全部消えちゃってるから」


 心話とは、ゲーム内で使っていたメッセージ機能のことだとレンは予想していた。

 相手を登録するにはメインパネルでIDを調べて貰い、それをメインパネルから登録する必要がある。

 そして、NPCたちはメインパネルを持たない。

 だから、レンは、心話は使えない技能だと考えていた。


「NG100102907」

「ええと?」

「私の特別な名前。マリーはNG100103232」

「……メッセージIDか。どこでそれを知ったの?」


 メインパネルが使えない場合、それを参照する方法はないはずと考えていたレンは、マジマジとクロエの顔を見つめる。


「冒険者ギルドの鑑定板。登録もそこでした」

「あー、なるほど……なら、俺は自分だけなら鑑定板がなくても登録できるから……もう一度、特別な名前ってのを教えてもらえるかな?」

「NG100102907」


 レンはメインパネルを開き、メッセージの宛先にクロエのIDを入力し、『こんにちは』とメッセージを送った。

 ピクン、とクロエの体が震える。

 そして、小さく頷き、こう言うのだった。


「こんにちは、レン」

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