第50話 対策と短期計画

 壁に貼られた模造紙は二枚。

 片方には


●人類棲息域縮小に関する現状認識の摺り合わせ

●対策について

●短期計画

■実証実験

●計画実現に向けた協力体制の構築について

○中長期に必要な対策について


 と記載され、もう一枚は白紙だったが、レンの手により


『問題点:結界杭が劣化し、緑の魔石で動かなくなっている』

『解決策:結界杭を緑の魔石で運用できるようにする』

『手段:結界杭の補修』

『問題点:補修するための素材が不足している』


と記載された。

そしてそこに一行が追加された。

『対策:人員の育成』


「鍛冶師中級の育成か。魔物と戦う上でも役立ちそうだな」

「そうですね。しかし鍛冶師であれば予算獲得も容易いでしょう。魔物と戦う戦力の増強は、結界杭の修復という奇跡よりも分かりやすいですし、意思統一にかかる時間は短く済みます」

「あー、ちょっと待って。それだけじゃ足りてませんから」


 ダヴィードとルシウスに声を掛けるレン。

 レンはポーチから小さな試験管と、四本の、先端に緑の魔石が付いた鉄の棒を取り出し、机の上に並べた。


「さっき言ったように、鍛冶師を中級に育てるには、炸薬ポーションと結界棒が必要になります。そしてそれを作れるのは錬金術師の中級以上です。最初の内は俺がそれらを提供しますが……」

「ああ、将来を見据えれば、錬金術師中級の人材育成も必要になると、そう言いたいのだな?」

「もう一声です。形あるものはいつかは壊れます。結界杭が壊れたらどうしますか?」

「結界杭は神々によってもたらされたものだ……壊れるなど」


 ダヴィードはそう言いながらクロエに視線を向ける。

 その視線を受け、クロエは頷いた。

 それを見て、一瞬ほっとしたように表情を緩ませるダヴィードだったが、それは早計だった。


「壊れないものなど存在しない」

「……そちらの意味でしたか……まあ、実際劣化しているわけだし、放棄した街もあるが、それらは魔石の供給困難によるもので、魔石を供給しているのに機能停止した杭はないはずだが」

「結界杭は、杭の中に入れられた魔石を消費して結界を生じさせていますが、杭の中心に埋め込まれているミスリルも少しずつ消耗していくんですよ」


 レンはダヴィードたちに、どうして結界杭が劣化し、どうやってそれを修復するのかを説明した。

 そして、魔力供給が不十分になれば、鉄の表面が錆びつき、いずれは風化してしまうと教えると、ダヴィードたちは天を仰いだ。


「神々は、こうも我らに試練を課すか」

「神々は、越えられぬ試練は滅多に課さない。諦めないなら助けてもくれる。だからレンが来た」

「話を戻しますね? 結界杭を作成するには、初級以上の鍛冶師と中級以上の錬金術師、加えて初級の時空魔法が使える魔術師が必要になります。時空魔法の習得方法は俺が教えられます。他にも幾つかの職業について教えることが可能ですが、それは後回しにして次の議題です」


 レンがルシウスに視線を送ると、ルシウスは壁の模造紙を確認し、読み上げた。


「今のが対策についてだから、次は短期計画か。しかし、先ほどので対策としては不十分ではないのか? 具体性がなかったように感じられたのだが」

「対策の検討段階であまり具体的な話をすると、目標や対策が曖昧になってしまうことがあるんです。例えば、誰が責任者になるのかを決めてから目標を決めようとすると、その人にできることという枠組みでしか物事が考えられなくなったり、動かせる予算の中で目標を検討しようとしたりと、まあそんな感じで、検討段階では考えなくても良い制約が発生するんです。結果、目標の一部だけを達成する計画になったりする危険性もあります。緊急時にそれでは困りますよね?」

「ふむ、魔物討伐計画を騎士に立てさせるか魔術師に立てさせるか、或いは冒険者ギルドに立てさせるかで、出てくる計画が別物になるのは確かだな。で、短期目標か? なぜ短期にしたのか教えてもらえないか? 理由があるのだろう?」

「皆さんは大丈夫そうですが、分けておかないと、これはいずれ必要なことだからと、中・長期目標に注力を始める人間がいたりするんです。だから、自然とこういうやり方が身についてしまって」


 レンの答えを聞き、ダヴィードは大きく頷いた。


「ああ、やるべき順序を指示しておいても、この方が効率がよいとか、後で行えば二度手間になるとか言う類だな? 確かにそういう者は一定数いるな」

「本当に効率化されることもありますけど、多くの場合、後でやり直しが発生したりするんですよね」

「簡単に思いつく程度の効率化なら、最初から計画に組み込むものだからな……しかし、レン殿も苦労しているのだな……で、短期計画だったな」

「ああ、そうでした。短期計画は、ふたつの目標を設定します。ひとつは結界杭の補修です。多くの問題が、短期的にはこれで解決します」


 レンは模造紙に


『短期計画目標1:結界杭の補修』


 と追記した。

 そして、


「ミスリルは俺が用意していますから、絶対に必要なのは初級の錬金術師と、彼らを結界杭のところに運ぶ馬車と護衛です。この街の錬金術師には、修復の流れだけは教えていますので、彼らを他の街に派遣し、その街までの途中にある村の結界杭を補修させます。街に着いたら、街の錬金術師にやり方を教え、生徒となった錬金術師にその街の結界杭の補修を行わせます。大体この作業には2、3日程度を見込んでいます。で、教えて貰った生徒は、次の街に向かい、教師側は地元に戻らせます。これを補修されていない結界杭に守られている街や村がなくなるまで繰り返してもらいます」

「教師側は一回教えて、それで終わりなのかね? 教師が増えたら、その分、修復が加速したりはしないだろうか?」

「ええ、地図を見てください。現在生き残っている街や村は、基本的に街道沿いに存在します。一本道なので、生徒が修復している間に教師が先行しても、次の修復作業をしている間に追いつかれます。生徒が増えれば、更に遠くの街に向かえますけど、それだけ人間を投入して、やること言えば移動です。街道から逸れた所に街や村が多く存在するのなら、手分けをする意味がありますけど、現状、人数を増やしても大した効果は期待できません。いえ、効果はゼロではないですけど、どう考えても投入する労力に見合いません」


 レンは地図上の街の上にコインをふたつ置いて、片方を次の村に移動。そして、もう片方を次の村に移動の途中、と動かしてみせる。

 コインは交互に追い付き追い越し、を繰り返すだけで、全体としては大きな時間短縮にはならない。コインが増えれば、スキップする村や街が増える。そして村をスキップしてまで行うことは、次の村の杭の修復ではなく、次の村までの移動である。

 レンの動かすコインを見たダヴィードたちは、人海戦術を行う意味が薄いことは理解した。


「たしかに3組以上だと意味が薄くなりそうだな……だが、2組ならそれなりに効果があるのではないのか?」

「ええと、そこについては否定しませんので、ふたつ先の街まで付き合うというのでも構いません。ただ、全員が最後の街まで行く意味がないという部分は合意出来ていれば」


 ひとつ先までしか行かないのか、ふたつ先まで行くのかというのは、レンの中では計画の誤差レベルの話だった。何ならここで決めずに現場の判断に委ねても良い。

 ただ、全錬金術師を最後の街まで付き合わせるなどと言い出すと移動コストだけでもとんでもないことになるし、それはもうひとつの目標にそぐわない。


「まあ、詳細はあとで詰めるとして、短期計画目標はもうひとつあります」


 レンは模造紙に一行書き足した。


『短期計画目標2:中級の錬金術師の育成』


「育成が短期目標なのですか?」


 ルシウスが意表を突かれ、目を見開いた。


「まあ、中・長期目標でもあるけど、いきなり時間を掛けて、それまで存在しなかった中級錬金術師を育てるから予算をくれと言っても、中々難しいでしょう?」


 レンにそう尋ねられ、ダヴィードは苦笑いを浮かべた。


「そうだな。まつりごとに関わる者たちは皆、今まで、自分たちの最善を尽くしてきた。それに沿って予算配分をしているのだから、後から出てきて、いきなり予算と人員をと言われても、動きは鈍い物になるだろう」

「だから、まず、中級の錬金術師を育ててみせます……違うか。育て方を教えますので、皆さんが育ててください」

「レン殿が育てるのではないのか?」

「それではダメです。誰が育てても同様に中級に至れるのだということを確認してください。そのために必要な資材は俺が用意しますけど、俺が手を出すのはあくまで、道具の準備だけにします」


 そこまでしなくても、正しい方法を知っていれば誰でも成長できるということは、すぐに理解されるだろうが、神託にあった英雄の時代の知識を持つ者レンが教えたから中級になれたのだ、というような誤解の芽は早い内に摘んでおくべきだとレンは考えていた。


「我々には利しかないのだが……レン殿はそれで何を得るのだろうか?」

「平和な世界です……エルフは保守的な生き物ですから」


 レンがそう答えると、レイラが吹き出した。


「ぶふぁっ! ……失礼しました」

「レイラ?」


 何がそんなにおかしいのか、とレンが目で問い掛けると、レイラは目をそらして小さくなる。


「……その、かあ様に聞いていたレンご主人様は、保守の対極にいらっしゃったもので」

「まあね、英雄の時代あの頃は、みんないろいろと無茶してたから否定はしないけどさ。でもレイラもエルフなら分かるだろ? エルフはヒトよりもずっと長生きだから、世の中が大きく変動するのは好ましくないって」

「それは……はい。街や村が消えてしまったりとかはない方が良いですね。習慣が変化したり、食べ慣れた食べ物がなくなったりするのも寂しいです」


 レンとレイラの会話から、レンは安定した世界を望んでいるのだと理解したダヴィードは難しい表情をする。


「正直、レン殿の厚意に応えられるほど、安定した社会を継続できるかは不明なのだが……何せ、ヒトが現役でいられるのはどんなに長くても50年だ。世代交代があればそこに変化もある……実際、英雄の時代、魔王との戦いの最前線に近かったエルシアが今では王都になっている」

「その程度の変化なら問題じゃないですけどね」


 レンが想定する大きな変化は、例えばノーフォーク式農法の導入と、食料の過剰供給から来る人口増加を経た産業革命である。

 今現在、話し合っている結界杭の補修が行なわれれば、その方向への加速が始まる可能性もある。

 だが、現状を放置することはできなかった。そうした場合、レンのエルフとしての寿命が半分ほど残ったところで、ヒトが絶滅してしまう可能性もある。


「で、育てるのは良いが、誰を育てるのだ?」

「実はすでに4名ほど、中級の錬金術師に育てたヒトがいます。ですが、きちんと過程を見て貰うため、結界杭の補修に携わったヒトたちがサンテールの街に戻ってきたら、順次、育成を行います」

「既に育てた? ……そのように簡単に出来るものなのですか?」


 英雄の時代の記録から存在は確実視されていたが、そこに至る方法が長らく失われていた錬金術師の中級である。

 ルシウスはレンの返事に、驚きを隠せなかった。

 レンの言葉から、育てられるという事は信じていたが、短期間でそこに至れるとは思っていなかったのだ。


「初級錬金術師として作れる全てのポーション類をそれなりの数、作成した経験があって、素材を丁寧に採取したりしていたなら、後はちょっと森の中で魔物の目の前で硫黄草を採取するだけです」

「魔物の目の前?」

「結界棒は用意しますから、採取するときは安全ですよ。採取地点まで移動する時は森の中を通過するので、まったく危険がないとは言いませんが」

「なるほど……短期計画に於ける我々の協力は?」


 ダヴィードの問いかけに、レンはもちろん必要だと頷いた。


「まず、各街、各村の長に宛てた手紙。錬金術師がいる村や街に対しては、送り込んだ錬金術師に師事して結界杭の直し方を学ばせ、途中の村々の結界杭を直しながら次に錬金術師がいる街まで移動して、習った事を教えさせろ、と、そして街の責任者はそのために必要な馬と護衛を手配せよ、ですね。加えて、錬金術師がいてもいなくても、結界杭の補修をさせろ。補修後はグリーンの魔石で結界杭は稼動するようになる、という通達です」


 レンがサンテールの街に来るまでの村や街で結界杭の補修を行う事が出来たのは、そこにクロエがいたからである。

 ふらっとやってきた、身元も定かではない錬金術師が結界杭を弄ろうとすれば、結界杭がそこに住む者の命綱である以上、何らかの抵抗があるのが普通である。

 だからレンは、神託の巫女ではなく、王家の権威を使おうと考えたのだ。


「まあ、妥当だな。しかし馬なのか? 馬車ではないのか?」

聖銀ミスリルを積みますからね。積み替えるのは手間でしょう?」

「ああ、馬をつなぎ替えて馬車を使うのか……で、育成の方で協力すべき事は?」

「まず、先の手紙にもう一文。錬金術師として2年以上の実務経験があり、錬金術師中級を目指したいものは、サンテールの街に来るように、と加えてください。あとは、俺が教えることを記録してくれる人材ですね。最初の内は俺が色々教えますが、いずれは手を離します。だから何が必要なのか、何をするのかを記録してください。それと、可能ならイエローの領域で、護衛が出来る程度に腕のたつ騎士や冒険者の手配と、氷の魔法を使える魔術師ですね、アイスブロックが使えるのが理想ですが、最悪、氷魔法さえ使えるなら後はこっちで育てます。人員の手配については、中・長期計画にも関わりますので、また後ほど追加でお願いすることになりますが」


 ルシウスは必要な事柄についてメモを取り、ダヴィードに確認する。


「手紙は私が記述し、王子のサインをいただければすぐにでも準備可能です。これは本日中にご用意します。ただ、各街の受け入れ体勢が整っておりませんので、馬はともかく、護衛の準備には2日程度は掛かるでしょう。育成のための人員ですが、育成対象が修復を終えて戻ってきた錬金術師ならば、サンテールの街に戻ってくるまでに若干の猶予がありますので、王都に連絡し、数人を手配することは可能です」

「ふむ……レン殿。育成のための護衛は、何人ぐらい必要になるのだろうか? サンテールの街にも騎士はいる。その騎士では足りぬと言うことだと思うのだが」

「ええ。森に入るのは恐らく二日か三日おきになります。同じメンバーが連続して何回も護衛のために森に入るのは避けたいので、交代要員ですね。ええと結界棒を扱う4人と、四方を守る最低4人、指揮官1人。護衛対象は錬金術師数名と氷の魔法を扱える魔術師です。魔物が現れたときに結界棒で結界を張りますので、先に敵を発見できるなら危険はほとんどありません。だけど、奇襲を受けたら意味がありませんから、敵を発見するための目は多い方が良いですね」

「……なるほど。ルシウス、その場合、適切な部隊はあるだろうか?」

「それなりの期間と考えると、治安維持の部隊は使えません。かと言って、緊急時の防衛戦力は動かせませんので、街道維持の部隊になるかと」


 その会話を聞いて、レンはレイラに顔を向けた。


「レイラ、王国の軍隊? ってどういう構成なんだ?」

「恐らく、レンご主人様が知っている頃と同じです。王家を守る部隊、王都の治安維持隊、王都の防衛守備隊、街道を維持するための部隊ですね」

「街道を維持する部隊というのは、昔はなかったんだが」

「そうなんですか? 街道に魔物が居着いたときに、それを倒したりするのですが」

「なるほど、維持ってそういう意味か。当時はそういうのは冒険者に依頼が出てたな。新人プレイヤー英雄の仕事だったから、英雄がいなくなった後は国が引き継いだのか」


 街道を塞ぐ魔物を倒せ、というのは比較的頻発したクエストで、それをクリアするとNPCたちからの好感度があがり、街などで買い物をする際に、お得意様向けの特別な品物を売ってもらえるようになったりする仕掛けになっていた。

 レンはそれを思い出し、今はどうなっているのだろうと考えを巡らせる。

 そんなことを考えているレンに、ルシウスが声を掛けた。


「レン殿。手配については何とかなりそうですが、王都にいる面々を説得するための材料を頂けないでしょうか?」

「ああ、それじゃ、次の議題……というか実証実験に移りましょう。フレデリーコさん、練兵場に皆さんを」

「承知した。それでは皆様、こちらへどうぞ」

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