第49話 あじぇ?

 会議室として整えられた大きな部屋で、コンラードは王子に上座を薦め、王子がそれを断り、上座にはクロエが座ることになる、という一幕があった。


 制度上の身分を比べれば、神殿の神殿長と王であれば、王のほうが上位である。

 そして、神殿内での純粋な階級だけで述べるのであれば、巫女というのは神殿長に及ぶべくもない。

 しかし、神の声を直接聞くことのできる神託の巫女は、そうした枠組みの外にいる。

 神託の巫女は、神殿の巫女という身分ではあるが、同時に神の代弁者、神に愛され、その声を聞く者として尊ばれているのだ。


 だから、王子はクロエを立てて見せ、王家は神に従うのだと示したのだ。


(その割に、クロエの神託にあった俺を試したわけだけど)


 レンはどういう事なのだろうかと考え、ひとつの結論に辿り着いた。

 たとえば日本で、親兄弟が絶対に儲かる金融商品を扱っているという無名の証券会社の営業を連れてきたとして、それを信用するだろうか。

 親兄弟は信用しても、親兄弟が連れてきた未知の営業を同様に信じて、サインをするような者は少ないだろう。

 信用できる親兄弟をクロエに、未知の営業を自身になぞらえたレンは、それならば仕方ないか、と嘆息した。


 クロエが紹介したレンについて、王家はまだ評価を決めかねていた。

 つい先程、事情が変わったが、王都で調べられる限りに於いて、レンには何の実績もなく名も知られていなかったのだ。

 神託の巫女に取り入り、サンテール伯爵をたばかっている可能性を否定する情報がない以上、被害が広まる前に急ぎ会議を開催し、その場で見極めようというのが、王家の出した答えだった。

 そして、自分が王子であるように見せてレンに接触したジジは、レンがそれなりの観察眼を持ち、物事を冷静に考える能力があると判断した。

 会議ではレンの実績などを聞き出すところから始まる予定だったが、それはレイラの発言で不要となった。


 現代で名が知られていないだけで、レンには実績も資産も能力も、およそヒトの社会で生きて行くために必要なすべてを兼ね備えていたと知れたのだ。


 レイラは王都に住むエルフの中では比較的古参で、数代前の王に仕えて以来、エルフの各氏族との橋渡しを行なっていた。

 職に就いた当初からレイラは、母の尋ね人が見つかったら職を辞すると言っていたが、それを信じる者は少なかった。言葉は信じても、実現すると信じるものとなれば皆無である。

 英雄の時代を知る者は少ないが、それでも探せばレイラの母であり、レンが作った黄昏商会の番頭だったライカのように、当時を知る者は長命種の中に存命している。だから、英雄たちが存在したことを疑う者は少ない。

 英雄たちが持っていた強力な神の恩恵を求め、英雄たちの足跡を辿る探求者も少なくはない。

 しかし、その誰に聞いても、英雄たちが姿を消して以降、英雄の姿を見た者はいなかった。

 だから、レイラの母による恩人捜しは決して、実を結ばないだろうと、誰もが考えていたのだ。

 いずれにせよ、長年国の重鎮を務めてきたレイラがレンの身分を保証する形となり、王都から来た面々は、会議開始の時点でレンへの評価を改めることとなっていた。


「では、会議の議題について確認したい」


 王子の隣に座った、内務うちつかさを担当しているルシウスが議長をかってでた。

 レンは頷くと、大きな紙の束を取り出し、会議室の壁に貼り出した。


「あー、こちらにアジェンダを用意してあります。ひとりひとりにお配りする形じゃないですけど」

「あじぇ?」

「会議の議題一覧ですね。もちろん他の議題があれば受け付けますが、まずはこれからお願いしたいです」


 レンは会議室の壁に、模造紙のような大きな紙を貼りだした。

 そこには

●人類棲息域縮小に関する現状認識の摺り合わせ

●対策について

●短期計画

■実証実験

●計画実現に向けた協力体制の構築について

○中長期に必要な対策について

 と書かれていた。


「……つまりレン殿は、この国の危機を救うために神が使わした使徒なのか?」

「違う」


 クロエの否定に、全員の視線がクロエに集中する。


「レンが救うのは国ではなく世界。英雄の時代の知恵を、ただレンの望むままに振るえとソレイル様は仰った」

「まあ、そこに付随する責任を考えると、俺に任せろとは言いたくはありませんけどね」

「背負うのは世界の命運か。王よりも責任重大だな。協力は惜しまないから頑張ってくれ……それでは議題について話を進めて貰おう」

「まず、俺は英雄の時代から、急にこの世界――時代にやってきました。だから、この時代のことをほとんど知りませんので、現状認識の摺り合わせをさせてほしいのです」


 レンの言葉に。ダヴィードは頷き、続きを話すように促した。


「現在は世界中の人間を全部足しても二万人程度と聞いています。そこまで人口が激減したのは、英雄の時代の後、街や村を魔物から守るための結界杭が要求する魔石がグリーンからイエローに変わったため、魔石を集めるために無理をして犠牲者が多く出たうえ、それでも魔石が足りずに街や村を放棄しているからと理解しています。食料生産は現時点で、生存者の需要を賄い切れておらず、魔物のいる領域で食料を得るために活動したりもしている状況。ここまでで何か俺が誤解していることとかありますか?」

「そうだな。二万人というのは、見える範囲でということだから、実際は数千人程度の誤差はあるかも知れない。それと、食料供給はまだ需要を満たしている。だが、今後を見据えて備蓄も行なっているため、その分を狩りや採集で賄っている、といったところか」


 予めコンラードに譲って貰っておいた地図を広げ、レンは街道沿いに存在する街や村の状況を丁寧に聞き取っていった。

 それぞれの街の大凡の人口や、食料生産状況、魔物被害の発生頻度、結界杭の魔石消費状況から燃費を計算し、そこから結界杭の劣化状況を推測し、最短、どの程度で機能を喪失するかの概算を出す。

 その数字を見て、ダヴィードは顔色をなくした。


「レン殿、その結界杭の寿命の概算だが、信憑性は?」

「んー、英雄の時代には劣化した結界杭なんてなかったから、データがないんですよね。だから信憑性は低いです。まあ、俺としては短めに見積もってるつもりだけど、劣化が今より進んだときに、劣化速度が今より速くなる可能性も否定できませんね」


 データがないにも関わらず、曲がりなりにもレンが概算数値を算出できたのは、サンテールの街にくるまでに幾つかの結界杭を見ていたからだった。

 だが、きちんと計測を行なったわけでもないし、特定の地方の街や村という偏りもあるため、統計のサンプルとして適切であるとはとても言えない。だからレンは、安全率を高めに計算をしていたが、それで大丈夫と言い切るだけのデータも持っていなかった。


「……だから、機能喪失まで一年って結界杭は、一年は大丈夫って数字じゃないです。遅くとも、一年以内……できればもっと早くに修復しておく必要があるんだと思って欲しい」

「結界杭の修復か……つまりそれが、早急に対策が必要な件ということだな?」


 ダヴィードは先程レンが壁に貼ったアジェンダに目を走らせ、そう尋ねた。


「んー、それだけじゃないですけどね。その前に、現在の問題点についてもう少し詰めましょう」

「まだ問題があるのか?」

「問題の内容については大体摺り合わせはできたと思います。やりたいのは問題の原因についての意識合わせです」


 レンは、テーブルの上にふたつの魔石を置いた。

 ひとつは緑色で、もうひとつは黄色である。


「言うまでもなく。緑色グリーンの魔石はグリーンの魔物から、黄色イエローの魔石はイエローの魔物から取れます。そして、グリーンの魔物よりもイエローの魔物の方が強いです。しかし今の劣化した結界杭は黄色イエローの魔石でなければ稼動しません。だからイエローの魔物を倒して必要なだけの魔石を入手できなければ結界杭の維持ができなくなり、街や村を放棄することになります。それを避けるため、戦える者が命がけでイエローの魔物と戦い、更に人口が減っているのが現状です。つまり問題の根っこは、結界杭の維持に黄色イエローの魔石が必要だと言うことにあります。まずはそこを共通認識にしたいのです」


 実際には他の要素もあるが、レンは話を単純にするため、そう言い切った。


「まあ、その点には同意する。だが、早馬で来た使者の話では、レン殿は結界杭を英雄の時代の状態に戻せると聞いているが?」

「そこについては次の議題とさせてください。話を戻すと、結界杭の維持をグリーンの魔石で行えるようにすれば、問題の多くは解決する可能性が高いです。そして、そのためには結界杭の修繕、補修ができる者が必要です。しかし現代に於いて、それが出来る者はいません」

「レン殿を除いて、だな?」

「まあそうですが、俺を数に入れるのは止めましょう。それじゃ意味がない」


 レンの言葉を聞き、ダヴィードは眉間にしわを寄せた。


「意味はあるだろ? 結界杭の補修ができるのなら、街や村が生き延びられるようになるし、放棄した土地を人間の手に取り戻すことができる」

「では、次の議題に移りましょう」

「待て。まだ話は」

「ええ、まだ話は終わっていません。今の話の続きが次の議題に繋がります」


 レンはそう言いながら、壁に貼ったアジェンダの横にもう一枚、何も書かれていない大きな紙を貼った。


「では、前提となる問題点について摺り合わせた結果ですが」


 レンはそう言いながら新しい紙の一番上に大きく

『問題点:結界杭が劣化し、緑の魔石で動かなくなっている』

『解決策:結界杭を緑の魔石で運用できるようにする』

 と書き、少し考えてから

『手段:結界杭の補修』

 と記した。


「ここまでは同意頂けたと思います。宜しいですか?」


 レンが振り向いてそう尋ねると、ルシウス以外は頷いていた。


「ルシウスさん、何かご意見などあればどうぞ」

「ああ、意見というか疑問なのだが……結界杭の補修は手段なのだろうか? 対策そのものではないのかな? 議題は『対策について』とあるが、それならば答えが出ているのではないのかね? 敢えて手段としたということは、対策はまた別にあるということかな?」

「素晴らしい洞察力です。結界杭の補修は、いわば雨漏りしている屋根を修理するようなもの。大工を呼んで直して貰わなければなりません」

「分からんな。それはつまり、修復が対策であると同義ではないのか?」


 イライラしたようにダヴィードが言い、その不機嫌そうな様子を見て、コンラードが顔色を悪くする。

 レンはダヴィードに対して首を横に振り、ポーチから幾つかのものを取り出した。


「釘、板、金槌、まあ他にもハシゴや鋸も必要ですが、雨漏りを直すには、こうした道具を用意し、場合によっては専門家である大工を手配する必要があります。道具や手段もなしに雨漏りを直せる人はあまりいないでしょう」


 レンならそこらの土を使って魔法で直せるだろうが、それでも一掴みの土が必要になるし、そもそも魔法を覚えるという準備があって初めてできることである。

 ダヴィードたちの顔に理解の色が浮かぶのを見て、レンはポーチから薄い青を宿した銀のインゴットを取り出して金槌の横に並べた。


「そして、これが、結界杭の補修の際に打ち付ける板に相当します」

「インゴットを見たのは初めてだが、その色は聖銀ミスリルか?」

「そうです。幾つかの結界杭を見ましたが、補修に必要なのはこの聖銀ミスリルです。これが必要なだけあり、やり方さえ覚えれば、初級の錬金術師でも結界杭の補修は可能です」

「だが、それを製錬できる者は絶えたと聞く」


 聖銀ミスリルを製錬し、それを精錬して純度を高めるには、中級の鍛冶師が必要になる。

 しかし、鍛冶師の中級になる方法が失伝してしまっている以上、今の世界では聖銀ミスリルの製錬も精錬も行える者はいない。


「王子、英雄の時代から伝わる聖銀ミスリルの武具は国宝として宝物庫にあります。それに迷宮から産出した物も武具の市場には流通しています。それらを使えば或いは」


 ルシウスの言葉に、ダヴィードは目を閉じ、大きなため息をついた。


「必要ならばそれらを潰すか……だが、街や村の結界杭が生き返っても、街道を移動する者に身を守る力は必要だ。潰すのならまずは国宝からだな」

「王の説得が大変そうですな」

「あー、いえ、今回の修理に必要な分の聖銀ミスリルは俺の方で用意しました」

「……!」


 全員の視線がレンに集中した。

 ダヴィードとルシウスは呆気にとられているし、レイラはニコニコと微笑んでいる。クロエはいつも通りで、コンラードは赤くなったり青くなったりしている。

 室内に配置された護衛のフレデリーコとジジ、それにフランチェスカは、我関せずと言う表情で立っているが、その頬がピクピクと痙攣している。

 しばらくその状態が続いたが、クロエが紅茶を飲み、カップを戻す音で全員が我に返った。

 そしてルシウスがレンに向き直った。


「それは大変ありがたいことです。ですがレン殿、もう一度先程の質問をさせて貰いたいですな。道具も大工も揃っているのなら、結界杭の補修は対策そのものではないのかね?」

「今回に限ればそうでしょうね。雨漏りの例で話すなら、今回はたまたま金槌と釘と板が手に入りました。でも、雨漏りを直したら釘と板を使い果たしてしまいました。次にどこかが雨漏りしたらどうしますか?」


 レンの問いに、ルシウスは何かを言いかけ、口を閉じた。


「レン殿、我々には聖銀ミスリルを用意する方法はないのだが、レン殿には、何か考えがあるのだろうか?」

「ええ。それが、これから話し合うべき対策です」


 レンは壁に貼った紙に一行書き足した。


『問題点:結界杭が劣化し、緑の魔石で動かなくなっている』

『解決策:結界杭を緑の魔石で運用できるようにする』

『手段:結界杭の補修』

『問題点:補修するための素材が不足している』


「また問題か? 手段を実行する上での問題点だな?」

「ええ。今回の問題には、目に見える部分と、見えない部分があります。それを根治するために問題を掘り下げているのです」

「……素材があれば、問題は解消するのか?」

「さきほども言いましたが、聖銀ミスリルがあれば、街の錬金術師でも結界杭の補修だけなら可能ですよ。だから、まず必要なのは、中級の鍛冶師です」


 そう言い切ったレンに、ルシウスは片手をあげた。


「レン殿、待って欲しい。英雄の時代のあと、多くの者が、失われた職業恩恵を求めて様々な研究をした。その中には鍛冶師の中級も……」

「ルシウス殿、黄昏商会の会頭――レン《ご主人》様は、過去、様々なものを作り出し、その中には聖銀ミスリル製の武具もありましたよ?」

「……つまり、レン殿は?」

「ええと、まあ、俺自身が鍛冶師の中級です。あと、中級になる方法も理解していますので、誰かを育てることも可能です。それを教えるにあたり、俺が教えた方法で作った物を人間同士の争いに使わないという約束を、王家の名誉と神に誓って欲しいのだけど」


 ダヴィードは呆れたような表情でレンを見て、次いで、ルシウスと目を合わせて頷き合った。


「英雄の時代から、急にこの時代にやってきたから、この時代のことをほとんど知らぬ、だったか? 英雄の時代は違ったのか? 神の恩恵を悪事に使えば裁定の神により、恩恵とそれに関わる記憶を失う。誰が、そんな愚かなことをするものか。王家の名誉だろうが神だろうが、何にでも誓ってやる」


 ダヴィードの言葉を聞きながら、そう言えばコンラードにも同じようなことを聞いたな、とぼんやりと思い出すレンだった。


「ならばお教えしましょう。製造系の中級職業の多くは、基本的に初級で作れる物を作りまくり、一定量を作ったら、次は魔物のそばで素材を採集します。鍛冶師の場合はイエローの領域にある鉱山などで、イエロー系の魔物に発見された状態で、錫の鉱石と、銀のくず石をひとりあたり合計二袋採掘するんです」

「銀のくず石とは、聖銀ミスリルの別名だな?」

「ええ、錫を採掘するときに一定の割合で混ざるんですが、鉱石知識が育つまでは、くず石と判断する人が多かったんですよ」


 ゲーム内では不確定名称と呼ばれていたが、正体が明らかになっていない品物は、銀のくず石(?)とか、白い粉(?)とか、青い宝玉(?)とか、古びたナイフ(?)のような表記になっていたのを思い出しながら、レンはそれらしい理由をでっち上げて、そう答えた。


「しかし、イエロー系の魔物に発見された状態で、悠長に採掘などしていられるものなのか?」

「鉱脈が分かっているのなら、壁に小さな穴をひとつ掘り、そこに炸薬ポーション入れて火を付ければ一瞬ですね。あと、発見されていれば良いだけなので、結界棒を使えば安全ですよ」

「炸薬や結界棒など、滅多に発見されないが……まさか?」

「……はい、作れます。炸薬も結界棒も錬金術士中級で作れます。俺は一応、錬金術師上級ですから。信じられないなら信じなくても構いませんけど」

かあ様からも、レンご主人様は錬金術の頂点を極め、作れぬ物なし。そのレイピアで貫けぬものなし、弓はかあ様の方が得意だけど、と聞いております」

「最後の情報は必要なのか?」


 呆れたようなダヴィードに、真剣な目で頷くレイラであった。

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