第48話 俺は人間をやめるぞ
ダヴィード王太子一行がサンテールの町に到着したのは翌日の午後、人によっては少し遅い昼食を摂ろうかという時間だった。
王都までは早馬を使って4日程度である。なのに、早馬を送ってから僅か8日で王太子の御到着である。
一体どういうカラクリなのかというレンの疑問は、彼らの姿が見えたことで判明した。
「馬車を使わなかったのか……確かにそれが一番早いだろうけど」
馬車で出せる速度はたかが知れている。
多頭立ての馬車なら多少は早くなるが、それでも時速15キロほどで長距離を巡行出来ればかなり早い部類である。
『碧の迷宮』の街道は未知の方法で作られており、馬車であっても速度が出るが、馬という生き物が引く以上、長距離を走らせようとすれば速度が落ちるし、速度をあげれば距離を走れなくなる。馬車を引く馬を増やすことで一頭あたりの負荷を減らすことはできるが、一定を越えると、速度面においては効果を得られなくなる。
対策の一つとして、道々に駅を作り、疲労した馬を交換することで、距離と速度の両方を得るという方法もある。いわゆる駅馬車であるが、この方法をとるには、途中の村や町に交換のための馬を数多く用意しておく必要があり、ゆっくり走らせる場合と比べてコストも嵩む。確かに街や村には早馬のために数頭の駿馬を飼育する義務があるが、それはあくまでも、早馬が一日に2回程度やってきても対応できるようにという程度で、飼育数は4頭程度でしかないため、駅馬車の運用に耐えられるようなものではない。
ちなみに地球の馬の平均速度は、それが2、3kmのレースであれば時速60キロほどと言われている。しかし、整地されているとは限らないコースを何十キロも走るとなれば、何も考えずに走るわけにはいかないし、適時休憩を入れたりする必要も生じるため、その平均時速は半分以下まで低下する。
そんなこんなを考えると、どう考えても早馬で片道4日を4日で戻ってくるのは中々にハードスケジュールの筈なのだが、彼らは馬に乗ってやってきた。
門を入ったところで狼煙があがり、それを見たレンたちがサンテールの屋敷の玄関の前に整列をして到着を待っていると、数分で王太子一行がやってくる。
人数は4人。
途中の街や村で馬を変えながら走らせてくる都合上、そのあたりが上限となってしまうのだ。
先頭にいたのは、細身だが鍛え上げられていそうな若者で、武器として槍を携え、腰には剣を下げている。
続く馬にも鍛えてそうな若者が騎乗しており、その後ろには壮年の男性と、かなり若く見える女性が続いていた。
いずれも馬に負担をかけないためか革鎧を身に着け、その上からフードの付いたマントを羽織っているが、二人目の若者のマントのみ純白となっている。
一行が下馬するのを待ち、コンラードは声を掛けた。
「ようこそ参られました。コンラード・サンテール伯爵です。ダヴィード王太子殿下にお会いするのは半年ぶりとなります」
「うむ。出迎えご苦労。で、そこのエルフがそうなのか?」
出迎えの中にエルフはひとりである。
早速レンに目を付けた白いマントの若者は、マントのフードを脱ぎ、ずい、とレンのそばに近付きながらそう尋ねた。
「え? あ? ええと、はい……エルフのレン殿。神託にあった世界を救うとされる者です」
なぜか少し慌てたようにそう答えるコンラードの困惑した表情に違和感を覚えつつ、レンは一歩前に出た。
「エルフのレン。錬金術師です」
「ほう」
レンが一歩前に出てエドに教わった騎士の礼を取ると、いきなり睨みつけられ、獲物を見定めるような目で睨んだまま、レンの周りをぐるりと一周する。
(なんだこれ、王太子というよりもヤンキーっぽいんだけど)
「あの、俺を見極めるつもりなら無駄ですからおやめください」
「俺の目じゃ、見極めらんねぇとでも?」
「いえ、俺は気が弱いので、そんなに睨みつけられると怖くて仕方ありません。そんな状態で見極めも何もないですよね?」
そう返しながらもレンは、周囲の人々の動きに違和感を覚えていた。
自分が護衛なら、護衛対象が未知の人物に近付こうとすれば、まずそれを止めようとする。
だが、護衛はレンと王太子のやり取りを楽しそうに眺めるだけで、槍こそ手に持っているが、槍頭には穂鞘が付いたままで、即座に戦える状態ではないように見える。
コンラードは立場的に、王家の人間を諫めることは難しいのかもしれないが、その表情は当初の強い困惑から楽しげなものに変化している。レンがコンラードに対して抱いていた評価からすると、コンラードがこの状況を楽しく思うとは考えにくい。となれば、見えている以外の何かがあるのだろう、とレンは推測した。
「……ふん。腰抜けか……で? その腰抜けが俺に何の用だって?」
「……その前に確認です。あなたがダヴィード王太子殿下で間違いはないのですね?」
「威勢が良いじゃないか。なぜそんなことを聞く?」
「いえ、あなたの護衛があなたを守ろうとしていないように見えるので不思議だな、と」
レンの言葉を聞き、槍を持った若者が楽し気な笑みを零し、口を開いた。
「ジジ、もういいだろ? そろそろこちらも自己紹介をしよう」
その言葉に、白いマントをまとった若者が一歩下がってレンに頭を下げた。
「承知……では、こちらにいらっしゃるのがダヴィード王太子殿下。あちらの男性が
突然背筋を伸ばし、真面目そうな表情を作ったジジが訪問者の紹介をする。
「コンラード、ジジがどうしてもレン殿を試したいと言ってな。済まない」
「王族が軽々に頭を下げるものではありませんぞ」
「うむ。まあ、それはそれとして……レイラ、何かあったのか?」
レイラと呼ばれた女性は、王太子の言葉に答えず、まっすぐにレンに近付いていく。
「なんだ、俺はまた睨まれるのか?」
それに答えず、レイラは右手をレンの首筋に向けて伸ばす。
首筋は比較的浅い傷でも致命傷となる可能性がある急所である。思わず武器に伸びそうになる手を理性で押さえ、レンは伸びてくる手を軽く払った。が、払った手はすぐにレイラに掴まれ、レンは関節を固められてその場に膝をつかされる。
その上で。レイラはレンの顔をまじまじと覗き込んだ。
レイラのフードの中から金色の髪が一束こぼれ落ちる。
関節技を掛けている割に、抵抗をしなければ痛みがないように配慮されていることに気付いたレンは、おとなしく力を抜いた。
「……痛……くはないが、離してもらいたいな」
レンの様子から、敢えて拘束されたのだろうと判断した一同は、レイラとレンのやりとりを興味深げに観察する。
「……英雄の時代を知るエルフ。名前はレンで職業は高位の錬金術師、銀の髪に緑の瞳」
レイラは片手でレンの腕の関節を極めながら、顔を隠していたフードを外した。
金色の髪に薄紫の瞳。そして、
「エルフ? ええと、君とは面識はないと思うのだけど?」
「……黄昏商会がどこにあるかご存知ではありませぬか?」
「……エルシアに本店があったが?」
「謝罪します。そして、あなたに忠誠を……
「え、いや、ちょっと待とうか。君は王国のお偉いさんだろ?」
レンがダヴィード、ルシウス、ジジに視線を向けて助けを求めると、ダヴィードが呵々大笑する。
「レイラ。これまでの王国への忠義に感謝を。つまりその、そちらのレン殿が、レイラの尋ね人なのだな?」
「はい。母の代に当時エルシアと呼ばれていた王都に黄昏商会を作り、ある日を境に多くの英雄達と共に姿を消した黄昏商会の会頭。その名がレンであったと伝えられている……
「あー……ライカの子供? マジか。ええと、ライカはその後?」
「今も
黄昏商会はレンがゲーム内で作った商会の名前である。
錬金術その他で作成した各種アイテムを少しでも現金にするため、当時、比較的最前線に近いエルシアという街に作った店で、オンラインぼっちシステムと揶揄されたNPC作成機能を用いて店の管理と素材採集のためにライカとディオという名前のNPCを作成した。そして、言われてみれば確かにレイラにはライカの面影があった。
「なるほど……ところでディオはどうなった?」
「547年前にお亡くなりになりました。
「そうか……その言葉は昔、俺が教えたんだ……ディオはヒト種だったから、本当にヒトをやめてくれたら会えたかも知れないけど……そうか……でもディオがいなくなったら、黄昏商会には錬金術師がいなくなったんじゃないのか?」
ユーザーが作成したNPCには、特定の条件下――もっとも攻撃力が高い攻撃を放ち周囲に敵がいなくなった時などに、登録しておいた台詞を言わせる機能があり、あまり戦闘向きではないディオに、レンは様々な台詞を覚えさせていた。
そして、『人間をやめるぞ』というあまりに有名な台詞は、レンが一番最初に登録したものだった。
「
中級に上がるための各種条件を、これがそのために必要なことだからと一々説明せずに、レンはディオを連れ回し、色々やらせて成長をさせていた。
ゲーム内ではそれなりに優れたAIによってある程度の会話も成立していたが、それでもゲームシステムの一部であるNPC相手である。
錬金術師中級になるための行動の理由を、一々説明したりはせずに、レンがイエローリザードを引きつけている間にディオに硫黄草を採取させたりしていた。だから、ディオが硫黄草採取が必要な条件だと知っていても、それがイエローリザードと戦いながらだとは思いもせず、だから、それを再現することは出来なかったのだ。
ゲームの中でNPCにやっていることの目的を丁寧に説明しながら技能や職業を育てるなど、正気を疑われかねない行為であるが、正気を疑われたとしても、きちんと教えておくべきだったと、レンはディオの無念を思い、黙祷した。
「……それで、ディオの墓はどこに?」
「王都の……エルシアの共同墓地に母が作りました。ディオ様は生涯独身でいらしたとか。
「そうか。でも、何だってライカは俺を探してるんだ? 結婚もしたんだろ?」
「
「あー、確かにライカもディオも忠義に篤く、孤児だった自分たちを黄昏商会に拾って貰ったことを感謝していたけど……」
しかしそれはレンが定義した設定である。
それも、幾つかパターンがある出来合いの経歴だ。
その設定が現実の物になっていると知り、レンはこの世界の成り立ちが分からなくなった。
ゲームに似ている世界。にしては、レンのアバターや持ち物があまりにもゲームに近い。
そこは例外ケースとして考察しないことにして、まあゲームとよく似た歴史の世界という可能性を考え始めていたのだが。
(俺が作ったNPCが、俺の作った設定通りに存在しているとなると、ゲームの世界が下敷きになってるってことになるけど)
レンは小さく溜息をついた。
と、そのレンの袖をクロエが引いた。
「レン。そのエルフはレンの知合い?」
「あー……こいつの母親は英雄の時代に生きたエルフで、そのエルフと俺は雇用関係にあったんだ」
「……なら、レンの計画に使える?」
「……まあ、このレイラは分からないけど、母親のライカはかなり使えるかな。昔、俺が素材集めに行くとき、俺の護衛をしてた程度には腕がたつ……ええと、レイラ。ライカに連絡は付くか?」
レンに問われてレイラが首を傾げる。
「時々冒険者ギルド経由で手紙がきますので、
「なら、今日の会議の後で良いから、それを頼む……さて、それはともかく、王太子殿下を放りっぱなしになってしまってるな」
「……うむ。忘れ去られたのかと少し心配になっておったところだ……それでは、会議を始めるとしよう」
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