第47話 人となり

 誰が来るのか、というのは割と直ぐに判明した。

 そもそもが、訪問の目的がクロエとレンに会うためなので、隠す理由がないと気付いたタチアナが、練兵場に様子を見にやってきたアレッタたちに許可を取ってエミリアに質問をしたのだ。


「目的を考えれば秘する必要はないですね。クロエ様にはお伝えすれば、結局、クロエ様からレン殿に伝わるでしょうし、ここにいる人間は準備や警護の関係者になるでしょうから……ええと、いらっしゃるのは、王太子殿下です」

「……予想していたよりも大物が登場しましたわね。王族との対話なら、わたくしたちが王都に呼び出されるものと思っていましたわ」

「神殿経由の情報では、他にも外務そとつかさ内務うちつかさの重鎮がいらっしゃるとか」

「レン様はエルフですから、外務は当然として……内務は神殿が絡むからでしょうか」


 首を傾げるアレッタに、エミリアは頷いた。


「内務の方はそれで間違いないかと。外務に関しては、人類全体のお話になるなら、他種族に詳しい者が来るのも道理かと」

「なるほど。たしかに、何をするにもヒトだけで済む問題ではありませんわね」


 アレッタは視線をレンに向け、少し困ったような顔をした。


「レン様には礼法の知識があるようですけれど、王族相手だと少し厳しいですわね……エドワード、騎士の礼法教育をレン様にお願いしますわ」

「儂は構わんが……必要かの? エルフなら、ヒトの礼法を要求されることはないと思うが」

「不要ならそれで良いのですけれど……」

「あ、エドさん、それは俺からも頼みたいです。不要ならそれでいいけど、会議の場で必要だったと気付くのは避けたいので」


 それが不要だとしても、こちらから歩み寄る態度を見せておけば、それだけでも印象は変わるだろうから、打てる手は打っておきたいレンが頼むと、エドは頷いた。


「承知した。儂もそれほど詳しくはないが、騎士として王族の前に立つ際の礼法なら教えられる……じゃが、レン殿、会議に向けての用意などはないのかの?」

「そっちは、それなりに用意してあります。まあ、俺が作った物と、目の前で作ってみせるための準備と、会議で話したい内容をメモしたもの程度ですけど……あ、シルヴィとアレッタさんも出席して貰うから」

「わたくしとシルヴィ? レン様が育てた錬金術師中級の実例として、ですわね?」

「まあそうだね。あ、シスモンドさんとマルタさんのことは内緒にする方針だから。錬金術師中級の平民がいると知られたら、連れて行かれちゃうかもだから」


 中級の錬金術師は今後の計画に必須の存在なので、連れて行かれるのは困るのだ、とレンは言った。

 その言葉を聞き、シルヴィは不安げな表情を見せる。


「お師匠様、私は大丈夫でしょうか?」

「まあ、さすがに貴族家の使用人を無理矢理連れてったりは……しないですよね?」


 レンはエドにそう尋ねる。

 エドは少し考えて微妙な角度で首を傾けた。


「まあ、恐らくは大丈夫じゃ。確約は出来ぬが、シルヴィは一応騎士爵家の子女じゃし……いや、本人が爵位を持っているわけでもなし、貴族家に生まれた者として、その責務を果たせ、などと言う者はおるかも知れぬか」

「シルヴィがいなくなると今後の計画が停滞するので、できれば避けたいですね……シルヴィも表に出すべきじゃないか」

「問題ない」


 悩むレンとエドに、クロエはそう告げる。

 注目を集めたクロエは、レンを指差した。


「シルヴィもアレッタも、レンの計画に必要なら、連れて行くことを神殿が許可しない」


 神殿は、貴族や王族に何かを強制する権限を持たない。少なくとも法に明文化された権利は存在しない。

 しかし、それでありながらも神殿に一定の発言権があるのは、神殿が神託の遂行者となることが多いためである。

 だから、神殿が神託のために必要だと宣言すれば、それに異を唱えられる者は少ない。


「まあ、実際、クロエさんに聞いた神託を何とかするには、ふたりの協力は必須だけど、神殿の権威を振りかざしちゃって大丈夫なのか?」


 レンが、クロエの後ろに立つフランチェスカとエミリアに尋ねると、ふたりは迷いなく頷いた。


「今回の件は、神殿の権威を振りかざすものではありません。御神託に従うだけです。王家の方達もそれは理解されているでしょう」

「……なら良いけど、あまりやり過ぎないでね」




 それから夕方まで、レンと、証拠のひとつとして会議に顔を出すことになったシルヴィは、エドによって礼法を叩き込まれることとなった。

 夕刻、レンはコンラードに呼ばれ、シルヴィの先導で伯爵の執務室に足を運んだ。

 いつもなら、当然のように張り付いてくるクロエは、アレッタから錬金術大系を借りて読み耽っている。


「ご主人様、レン様をお連れしました」


 部屋に入ったレンは、そこに3人の人物を発見した。

 ひとりは部屋の主であるコンラード。

 ふたり目はコンラードの弟であるフレデリーコ。

 三人目は見慣れない人物だったが、服装から、料理人であろうとレンは判断した。


「レン殿。よく来てくれました。明日の会議の前に打ち合わせと、お願いしたいことがあるのだが」

「打ち合わせ、ですか?」

「ああ、正確には準備が足りているのかの確認だ。会議室として一番広い部屋を用意しているし、練兵場も綺麗に整えているし、引退した騎士たちにも出仕を命じた。レン殿に頼まれたのは以上で良いかな?」

「ええと……はい、それで足りていますね」


 レンは、自分の身の証を立てることを要求されるだろうと考えていた。

 クロエの身分は神殿が保証できるが、レンについてはその身分を証明するものは、サンテールの街で手に入れた冒険者ギルドのギルドカードしかない。

 コンラードとクロエが保証人になってくれるかもしれないが、仮にも王族を相手に、それだけで済むとは考えていなかったのだ。

 だから、コンラードには、自分の能力を示すことができるように幾つかのことを依頼していたのだ。


「ならば次はこちらからの頼みなのだが……レン殿、前にアレッタに売って貰ったサンドイッチのレシピをこちらの者に売っては貰えないだろうか?」

「力のハムチーズサンドですか? あのレシピは料理人の初級になったときに手に入るレシピ集に載ってますけど……ああ、素材品質の制御があったっけ……ええとですね、あのハムチーズサンドは品質を統一した素材を使ってます。そのために必要となる技能がありまして、自分で狩ってきた肉を使って何回か料理をしないと身に付かないんです。だから、レシピだけ教えても意味はないんですよ」

「そうか。会議の際に提供したかったのだが」


 残念そうにコンラードがそう言うと、その後ろの料理人も肩を落とす。


「あー、それなら俺が素材を用意しましょう。今日の内に素材の品質を統一させておけば、後は料理人の腕が良ければ自然と美味しいものになりますから」

「助かるが、借りばかりが増えていくな……何かこちらから返せる物があるなら遠慮なく言って貰いたい」

「なら、炭酸泉のある村の跡地と、村から回収した結界杭をいただけないでしょうか?」

「む? また難しいところを突いてくるものだ」


 誰も住んでいない廃村なら問題はないだろうと思っていたレンは、コンラードの言葉に思考を巡らせた。


(廃村なら税収もないし、住んでる人もいない。訓練で使うから、だとしたら、むしろ俺が結界杭を補修すれば安全地帯が増えるはず……何か資源とかがあるのか?)

「あ、別に村の資源を寄越せとかいうつもりはないですよ」

「そこは問題ではないのだよ。伯爵には近隣の土地の開拓権も、新しい村の責任者を任じる権利もある。爵位の授与は王の許可が必要だが、村をレン殿に任せるにあたり、権限や金銭面の問題は生じない……あ、いや、使い古しの結界棒はうちが管理しているが、権利は王家か……まあ、問題になるのはその程度なのだが……その、村が住めるようになると知れば、廃村で生まれ育って他の村に移住した者たちが、帰りたいと希望するかも知れないと思ってな……レン殿が村の敷地……特に墓を更地にしたりしたら、悲しむ者も多いかと考えたのだよ」


 コンラードの言葉を聞き、レンは頷いた。


「別に開発が目的じゃないですから、お墓まで更地にしたりしません。単に失われた領域を取り戻せるんだという実例にしたいだけです。炭酸水は分けて貰いたいし、温泉にも浸かれるようにしたいけど、それ以上は期待していません。何なら結界杭で安全を確保した後はお返ししますから」

「ならば結界杭を使うこと以外で問題はなさそうだな。王族の許可は会議の際に貰うとして、結界杭の修理? それは現地で行なうのかな?」

「いえ、もしも可能なら王族の目の前で、アレッタさんに行なって貰う予定……」


 その言葉が予想外だったのか、コンラードは片手をレンに向けて言葉を止め、もう片方の手で目頭を揉んだ。

 しばらくそうして考えをまとめた後、コンラードは溜息をついた。


「レン殿以外の錬金術師でも修理ができることの証明にするためかね? ……シスモンドではダメなのかな?」

「えーと、礼法を習った感じでは、平民を王太子殿下の御前に連れて行くのはどうかと思いますけど」

「……ああ、うむ、それは確かにそうか……ならば……いや、済まない、忘れてくれ」


 グダグダになりかけたコンラードを制し、フレデリーコが口を開いた。


「レン殿、明日の護衛のためにお聞きしたいのですが、攻撃魔法の類を使う予定はありますかな?」

「ええと……攻撃目的じゃなく、ストーンブロックを出しておいて、それに穴を開ける予定はありますね」

「……ブロック? そんなでかいのを……まあ、しかし、それなら投射はしないだろうから問題はないか」

「何なら反射界って道具を提供しますよ? 中にいる人間が危険を感じた場合、魔法でも刃物でも弾きます……まあ回数制限がありますから、対魔物用としては使い勝手が悪いんですけど」


 レンがそう言うと、フレデリーコは目を丸くした。


「そんな便利なものがあるのか……ならば、それを購入したい。ブロックが砕けて破片が飛び散ったりしたら困るからな」

「本当は、破片が飛ぶ範囲には入らないでもらうのが一番だと思いますけどね」

「もちろんそのつもりではあるが、王太子殿下は少々、怖いもの知らずだという噂があるのでね」

「なるほど……失礼があるといけませんので、王太子殿下の人となりを教えてもらえませんか?」

「男性。19歳。ダヴィード第一王子。性格は好奇心旺盛で、興味の赴くままに様々な事柄を学んでいる。頭が良いだけではなく、武芸にも秀でてらっしゃる。ただその、強いて問題点をあげるなら、少々女性に対して手が早いという噂がある」


 ああ、だからさっきコンラードはアレッタが出ることを渋ったのか、と納得するレンだった。

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