第42話 結界杭の整備要員を育てよう

 顔色を悪くしながらも特訓を続けるタチアナをエドに任せたレンは、工作室に戻ってウエストポーチの時間遅延の性能に不備がなさそうであることを確認すると、手持ちが少なくなっていた結界棒の増産を始める。

 使い切った古い結界棒を手配して貰ったので、1から作らなくて済む分、それなりに量産が可能である。

 洞窟では定着ポーションが足りていなかったが、今は状況が違う。

 定着ポーションには初級のものと中級のものがあり、初級のものならアレッタとシルヴィが訓練のために各30本を作成しているし、何ならシスモンドの工房にも在庫がある。

 そうなると、優先して行なうべきは結界棒のリサイクルに向けた準備となる。

 数を作ろうとすれば、そこそこ面倒ではあるが、この工作室には4人の新人中級錬金術師がいるのだ。

 そして、結界棒は本来、錬金術師中級で作れるようになる魔道具である。


「各自、この使い終わった結界棒と、こっちの小さな聖銀ミスリルの欠片を取りに来るように。最初はひとつずつ持ってって」

「レン様、何をするんですの?」

「うん。それじゃみんな、結界棒の構造や挙動を覚えてるかな? シルヴィ、答えて」

「はい。えっと、鉄の筒の中に聖銀ミスリルの芯があり、鉄の筒の先端にはめ込んだ、魔法陣を定着させた魔石と繋がっています。地面に刺した時、それぞれが魔力を放出して隣り合う棒との間に結界が張られます。あとは……起動時に魔力を外から流し込みますが、起動後は先端の魔石の魔力を消費して結界が維持されます」


 慎重に、そう答えるシルヴィにレンは頷いた。


「補足することがある人は挙手を……はい、マルタさん」

「結界が張られるのは距離が近い結界棒2本に対してのみで、同じ距離に3本以上の結界棒が刺さっていると結界は発生しません。あと、結界の維持により魔石の魔力だけではなく、筒の中のミスリルも消耗します」

「よく出来ました。それでは、この使い終わった結界棒を再生するにはどうすべきか。シスモンドさん、分かりますか?」


 指名され、シスモンドは片手で顎を撫で、天井を見上げた。


「錬金術大系は新規作成方法はあったが……まあ、予想で良ければ。まず新規作成と同じ要領で新しい魔石を用意する。必要になる素材は初級定着ポーションと緑の魔石。次に錬金魔法の錬成で筒の中のミスリルの減り具合を確認し、減ってしまったミスリルを足してやる。で、ミスリルが筒の上端から下端までみっしり埋まったら、上端に新しい魔石を取り付ける……こんなものか?」

「さすがです。ほぼ完全な回答です。これは俺も状態次第でやらなかったりもしますが、強いて付け加えるなら、鉄の筒自体もしっかりとサビを落として厚みを確認しておく程度でしょうね」

「なるほど。鉄の筒も錬金術師の作業の範疇か」

「……そういうわけですので、皆さんには、錬金魔法の錬成の練習がてら、結界棒の筒の中のミスリルの補充をお願いします。これができるようになると、ミスリルさえあれば結界杭の補修もできるようになります……で、訓練で魔力が尽きたらこの箱の中のポーションを飲んで下さい。この箱の中身は全部異なるレシピで作ったポーションなので、時間を空けなくても効果があります」


 タチアナにしたのと同じ説明を行ない、錬金術師達に結界棒のミスリル補充を任せると、レンはクロエに任せていた薬草の粉挽きの状況を確認し、完成している部分だけを受け取る。


「クロエさん、そろそろ疲れたでしょ?」

「手がプルプルする」


 薬研はただコロコロと転がすだけではなく、きちんと力を入れなければ綺麗な粉にならない。

 不慣れだと、背中と腰と上腕にダメージが蓄積し、握力も入らなくなってくる。

 慣れると多少変わってくるが、それでも楽な作業ではないのだ。

 レンはクロエの手を取り、掌を確認する。


「まあ、怪我とかはないみたいだけど……念のため、エミリアさんから初級の体力回復ポーション貰って飲んでおくと良いよ」

「そうする……レンはこれから何をするの?」

「手持ちの緑の魔石を小さく割って、それに魔法陣を描いて、初級定着ポーションで定着させる」


 アレッタ達による結界棒の補修が進めば、後は魔石の交換である。

 小豆大に割った緑の魔石に魔法陣を描き込み、定着ポーションで魔法陣が消えないようにするだけの作業で、しっかりした作業台のある工作室でなら、それほど難しい仕事ではない。


 魔石用のたがねつちを用意し、小さな金床の上で魔石を割っていく。普通の魔石の大きさは直径1センチから大きな物で30センチを超える。レンが保持しているものは、大抵は直径3センチ未満の小型のもので、それを割って短辺が5ミリ程度の魔石を作り出す。

 割った魔石は不規則な形になるが、それを更に結界棒に取り付けやすい形状にしてやる。


「なぜ魔石を割るの?」

「ん? 結界棒は魔石の魔力が減ると同時にミスリルも減っていくんだけど、ミスリルが半分以下になると魔力効率が急激に低下するから、そうなる前に魔石の魔力が尽きるように調整しておくと無駄が少なく済むっていう理由だね」

「なるほど。でも、この細かい削り滓はちょっと勿体ない」


 それほど厳密に綺麗な形に整える必要はないのだが、何となく綺麗な円形に削っているため、それなりに削り滓が出てしまう。それを見て、クロエは勿体ないと呟く。


「あー……一応、上級のポーションでは魔石の粉を材料にするのもあるから無駄にはならないよ」

「ならいいけど……次は魔法陣を描くの?」

「そうだな。特殊なインクとペンで描いてポーションで定着させる。刻んだり刺繍したりってやり方もあるけど、そっちは手間が掛かるから、ほぼ使い捨てになるこの手のものではやらないかな」


 最近レンが作った物で言えば、アレッタ達のポーチなどが皮に魔法陣を彫り込んだものだったりする。


「なるほど……使い終わった魔石には使い道はないの?」

「ん? あー、昔、魔力を注入する研究してるって聞いたことはあるけど、結果は知らないな」


 それはゲーム内のクエストのひとつで、そういう研究をしているNPCから、魔物を捕獲する依頼を受けたのだ。

 だが、捕獲した魔物を渡した後、そのNPCが画期的な研究成果を発表したという後日談はなかった。


「どんな研究?」

「確か、周囲のものに魔力を付与する魔物がいて、その魔物のそばに空の魔石を置いておくと、充填されるとかなんとか……まあ実用化はされなかったから、ガセネタだったんだと思うけど」

「……魔力付与?」

「普通の魔術師でも魔力付与っぽいことはできるけど、その魔物の能力だと効果時間がずっと長いんだったかな?」

「……なるほど。ちょっと待って」


 クロエはエミリアを呼び寄せると、その耳に何かを囁き、作業台に手を置いて目を瞑る。


「ええと、クロエさん?」

「クロエ様は急ぎマリー様に確認したいことがあるとのことです」

「心話か、便利だな。それにしても唐突な」

「何か気になることがあったみたいですよ」


 椅子に座ってゆらゆら揺れるクロエの肩を支えながらエミリアがそう言うと、レンは肩をすくめる。


「何というか、自由なヤツだな……まあ、神託の巫女なんてやってると自由は少なさそうだからな。この旅の間だけでも自由にすればいいさ」

「クロエ様は聖域の外に出るのをあまり好んでおりませんでしたが、最近は本当に楽しそうにされてます……でも、神託の巫女様は、本来誰より自由な存在なのです」

「聖域にいたのは、自分から進んでってことか?」

「そうですね。神託の巫女様が望めば、王城の門も閉ざされることはありません」


 エミリアの言葉を聞き、それは自由とは違うんじゃないか、とレンは首を傾げる。

 自由にどこにでも行けると言っても、それは神託の巫女としての職務の遂行であり、そこにクロエの希望や欲求はない。

 レンがそう指摘すると、エミリアは困ったような表情をした。


「確かに神殿は、神託の巫女様を偶像のひとつとしているところはあります。でも民の多くがそれを望んでいるため、間違いだと言える人はいないのです」


 だから、とエミリアは続けた。だから、レンとの旅で、好きなことをする楽しさを覚えて欲しいのだ、と。


「まあ、ほどほどに仲良くするよう努力はするよ」




 翌日も錬金術師達は工作室に籠もって新しい力を使いこなすための訓練を行なっていた。

 中級になれたということは、知識に関しては十分に備わっていることは間違いない。

 問題は技能で、基本は初級の延長なのだからそれなりに使用はできるが、まだムラが多い。安定して技能を使いこなせなければ、出来上がるポーションの品質にもムラが出てしまうため、使いこなすための訓練は必須となるのだ。


 レンはと言えば。クロエとフランチェスカを伴い、練兵場でタチアナの訓練指導である。

 タチアナは前日の訓練で、アイスブロックの形成に成功していた。

 サイズ的には、一辺1.3メートルと、レンの作る物よりも小さめではあるが、固さと速度はレンの目から見ても悪くはないレベルにあった。


「それじゃお手本を出します。これが俺の出せる最大級のアイスブロックです」


 レンは練兵場の壁際にアイスブロックを作り出す。

 一辺が1.8メートルほどと大きく、気泡がほとんどない透明な氷である。

 このサイズの氷ともなると、レンでも出すだけで精一杯で、アイシクルランスのように投射したりはできない。

 壁際に置いたアイスブロックをペタペタ触って手を赤くするクロエをフランチェスカに任せ、レンはタチアナにアイスブロックを出すように言った。

 出てくるのは一辺1.3メートルほどの氷の塊である。


「俺のを見て、同じくらいの大きさのはイメージ出来ない?」

「イメージはしているつもりなのですが……」

「魔力は足りてるみたいだし……習熟の上限が微妙に違うのかな……そしたら、今のサイズのを出来るだけ素早く連続して出せない?」

「やってみます」


 1辺が1.3メートルの氷のブロックともなれば、その重量は2トンを超える。

 そんな重量物が出現するたびに練兵場に、ドン、ドン、と、大きな音が立て続けに響く。

 納得いかないのか、タチアナは魔力回復ポーションを飲んで、再度氷を出す。

 ド、ドン、と音の間隔が少し短くなる。


「同時に出してみたら?」


 横で眺めていたクロエが唐突にそう言った。


「同時に? タチアナさん、できる?」

「……魔法の同時展開ならできますが、魔力が尽きてしまいますから、この規模の魔法で試したことはないですけど……やってみます」


 大きな音と地響きが鳴り響いた。

 壁際には、一辺1.3メートルの氷がふたつ積み重なっていた。


「俺のアイスブロックのよりも高くて細い、まるで氷の柱アイスピラーだな……でも、イエローリザードの足止めと考えるなら、このレベルでも十分役に立ちそうだ」

「あの、可能でしたら、引き続き訓練をしたいのですが……」

「ああ、訓練用のポーションならまだたくさんあるから、今日は好きなだけ続けて欲しい。あと、この訓練法で育てられそうな魔術師はいないかな。できれば水魔法と土魔法に長けた人が良いんだけど」

「水魔法ならアレッタお嬢様がお使いになります。土魔法の使い手は少ないですね」


 土魔法の使い手が少ない理由をタチアナに聞いたところ、土魔法は中途半端だから、という答えが返ってきて、レンは首を傾げた。


「土はかなり便利だけど?」

「例えば、水は生存に必須ですし、攻撃魔法も多彩です。火は攻撃に特化しています。風も攻撃寄りです。これらに対して土魔法はあまり攻撃には向いていませんので」

「たしかに土魔法の攻撃手段は少ないけど」


 初級で使えるのはまず錬成、それとストーンバレットで、十分に習熟すればストーンブロックを使えるようになる。

 ストーンブロックのサイズを30センチ四方くらいに抑えて投射すれば、結構な威力が期待できるが、ストーンバレットでは小石を投げつけるのと大して変わらない。


「そもそも錬成の専門家ならたまに見ますけど、大抵はそこ止まりです。ブロックが出せる所まで土魔法を育てた人を知りません」


 という理由を聞き、レンは、ああ、と頷いた。


「あー、ストーンバレットを育てないとストーンブロックにならないけど、育てる前に挫折しちゃうのかぁ。なるほど、ストーンブロックが使える土魔法の専門家がいないのは理解したよ」

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