第41話 プレイヤーにとっての基礎知識

 屋敷に戻ったレンは、工作室のテーブルの上に、クロエから貰ったウエストポーチから必要な素材を取り出して並べていく。

 珪砂、黒結晶、白結晶、鬼キノコ、枝垂れイチゴ、黒レモン草、オウギ芽柳、ツリガネ大根、ツルホオズキ、ユスラと、次々と並ぶ薬草類を見て、シスモンドは目を白黒させる。


「中級になれたということは、錬金術大系でこれらについても学んでますよね? まずはさっき採取してきた硫黄草を使って炸薬ポーションを作って下さい。数は50。もしも錬金魔法がうまく使えないようなら、その練習からですけど」

「……まずはガラスの瓶からですな。この珪砂はこのまま使えるのだろうか?」

「いえ、この珪砂はまだ処理前のものです。一度小麦粉に近いくらいまで挽いて、純水と混ぜて攪拌して、白い層だけ取り出して、乾燥させてから使って下さい……アレッタさんとシルヴィは、空にしたポーチをこちらに」

「時間、掛かりますの?」

「いや、再起動するだけだからそんなには掛からないよ。停止して、起動用の魔力を流し込むんだけど、俺のはそのタイミングで魔力に幾つかの変数を信号として載せてやれば設定をある程度弄れるように作ってるから、今回程度の変更なら物理的には変化しないね。元々本体ハードの性能はかなり余裕を持たせてあるんだ」


 物理的には変化しないという説明に納得したのか、アレッタはポーチの中に詰め込んでいた諸々を取り出してテーブルの上に並べ、空になったポーチをレンに手渡した。

 その様子を見て、シルヴィもポーチを空にする。が、アレッタの物と比べると、取り出されるものが多岐に及び、使用人だからか、食料や石鹸などがテーブルの上に並ぶこととなった


「シルヴィ、もう少し中身を小袋にまとめるとかなさいな」

「でもそれだと容量減っちゃいますし、出すときも袋単位になっちゃいますから」

「それでも、下着や衣類をそのままというのはどうかと思いますわよ? 今回のように殿方の前で取り出すこともあるかも知れないのですから」

「それは確かに……たくさん入るようになったら、きちんと小分けにします。ところでお師匠様。容量を増やすって言ってましたけど、どのくらいになるんでしょうか?」


 シルヴィの問いにレンは少し考え込んだ。

 容量を増やすのは確定として、悪用されないのなら自重する必要はないだろうと思いつつ、そこまでやってしまって本当に良いのだろうか、という心理的抵抗が拭いきれなかったのだ。


「シルヴィはどのくらい欲しい?」

「え? お師匠様の負担にならない程度でできるだけ大きめ、でしょうか?」


 現在のシルヴィとアレッタのポーチの容量は約200リットル。それは5キロのミカン箱(種類によるが、36×27×13センチくらい)なら1箱以上の体積に相当する。

 ちなみにアレッタが持っていた迷宮産の魔法の旅行鞄の容量は小さい荷馬車相当で、体積だけを考えるのならアレッタ達のポーチの8倍以上を詰め込めるが、重量軽減が50%なので、あまり物を詰め込むと持ち上げることができなくなる。

 そしてレンが自重せずに作った場合、無理をしない範囲であってもアレッタの魔法の旅行鞄よりも遙かに大きな容積にすることができる。加えて重量軽減99%あたりまでなら負担はほぼ無視できるレベルであるが、使うのが割と非力そうに見える女性であることを鑑み、レンとしては、99.9%あたりまではやっておこうと考える。何しろ荷馬車数台となれば、詰めた物によっては軽く1トンを超える。もしも重量軽減99%なら1トンは10キロになるが、女性が腰に巻いて歩くにはそれでは少し重いと判断したのだ。


「なら、アレッタさんが持ってた魔法の旅行鞄の倍の容量で、重量軽減99.9%程度、時間遅延も99.9%にしようか」

「重量軽減99.9%?」

「100キロが100グラムに程度になるかな。時間遅延は、丸1日で6分くらい経過する感じだったのが、1分半くらいになるはず。中に入れた物が一日分経過するには外の時間で1000日必要になる」

「今のが10日で1時間でしたっけ? 随分と変わりますね。お野菜やお肉を保存するのに向いてそうです」

「まあ、そういう用途のが欲しいなら、アイテムボックス(時間遅延)の箱でも自分で作れば良いよ。複合は無理でも、錬金術師中級なら、時空魔法の使い手がいれば単機能のヤツは作れるから」


 なるほど、と感心するシルヴィをそのままに、レンはふたりのポーチが空であることを確認した上で、魔法陣を縫い付いた裏あたりに魔力を流し込み、いったんその機能を停止する。

 そして、中級の魔力回復ポーションを飲みながらポーチの魔法陣の再起動を行ない、想定した機能が満たされているのかの確認をしつつ、時間遅延の確認待ち時間で新しいポーチをふたつ作成する。


「マルタさんとシスモンドさんは……灰色の皮にして、色が濃い方をシスモンドさんにしよう……ついでだから、薄茶のもひとつ作っておくか」


 レンが作業を始めるのとほぼ同時に作業室のドアが開き、クロエがエミリアを引き連れてやってきた。


「……レン、忙しい?」

「あー、今はちょっと手が離せないけど、何かあった?」

「後でいい。作業を見ててもいい?」

「削った皮の破片とかが飛ぶから、少し離れてるならね」


 こくり、と頷くと、クロエはレンから3メートルほど離れた場所からレンの作業を眺める。

 そして、たまにその視線をアレッタたちの手元にも向ける。


「見てて面白いか?」

「とても」

「……ちょっとやってみるか?」

「いいの?」

「エミリアさんが許可するならね。こっちの乾燥させた葉っぱをこの道具でゴリゴリして、出来るだけ細かい粉にするんだけど」


 用意した薬草と薬研やげんを示すと、エミリアは薬草が安全な種類であることを確認してから頷いた。そして椅子を用意し、クロエを座らせると、その首に大きな布エプロンを巻き付ける。


「まず、この薬草の葉っぱを一枚、葉柄の根元の部分、茎に付いてるところから切り取って、適当に千切って薬研に入れたら両手でこの円盤の両端の取っ手を持って、軽く押さえながら前後に転がすんだ。たまに砕けた粉が散るから、もしもクシャミとか出そうになったら、作業を中断してエプロンで顔を覆うとかしてね。全部飛んでっちゃうから」


「分かった」

「エミリアさん、クロエさんが指を挟んだりしないように監視をお願いします。あ、万が一に備え、これ渡しておきます」


 ガラスの小瓶を渡されたエミリアの顔が引きつる。


「レン殿、初級のはないのですか?」

「あー、それじゃまあ、かすり傷程度ならこっちをどうぞ」


 陶器の瓶を受け取り、エミリアはほっとしたような表情をする。

 そんなやりとりには目もくれず、クロエは微かに口元に笑みを浮かべながら薬草をゴリゴリと薬研で粉にする。


「それにしてもレン殿、クロエ様が粉にしてますが、素材の品質は大丈夫なのでしょうか?」

「あー、まあそれって練習用の薬草だし、上手く粉に出来るようになったら、クロエさんに錬金術初級を覚えて貰うのもいいかもって思ってるんだけどね」

「神託の巫女様に職業を覚えさせるというのは、過去にない試みですが」

「まあ、本人がやりたがってるなら教えますってことで……と、うん、仕上げは必要だけど、機能としては完成かな?」


 灰色と薄茶色のポーチの中に色々な品物を入れて動作確認を行なったレンは、時間遅延の性能確認のための待ち時間が勿体ないからと部屋を後にした。




「レン殿、何かご用かの?」


 ふらりと練兵場に現れたレンに、エドはそう尋ねた。


「えーと、確か騎士の中に魔術師がひとり混じってましたよね?」

「魔法が使えるというだけなら、半数は何かしらできますぞ?」

「武器を提供したときに聖銀ミスリルの杖に興味を示していた人なんですが」


 レンの言葉を聞いて、エドは、ああ、と手を打った。


「タチアナですな。水魔法と火魔法をそこそこ使える中級の魔術師ですな。それが何か?」

「中級の魔術師で水魔法ですか、それは好都合です。ちょっと魔法を鍛えたいんですけど」


 不思議な知識を持つレンの「鍛える」という発言である。

 レンの目的を確認したエドは、断ることなど考えもせずに、そばにいたニコロにタチアナを連れてくるように指示を出した。



「ええと、お呼びにより参上しました……何をされてるのでしょうか?」


 革鎧とショートソードを装備し、聖銀ミスリルの杖を持ち、赤毛を男性のように短く刈り上げたタチアナは、練兵場でレンとエドを前に、そう言って首を傾げた。


 練兵場には大きなテーブルがひとつ置かれており、そこには、瓶が入った木箱が三つと、空の木箱がひとつ、それと一回り小さい宝石箱のような物が乗せられており、そのテーブルの向こう側、練兵場の壁際には、見慣れない石で出来た人型をした何かが立っていた。


「準備ですよ……さてタチアナさん、水魔法が使えるそうですが、氷は出せますか?」

「氷? アイスボールなら使えるようになったばかりですが」


 氷魔法は水魔法を習熟させることで使えるようになる魔法で、最初に覚えるのがアイスボールである。

 ざっくり氷っぽい、場合によっては固めた雪玉状のボールが出てくるもので、基本的に攻撃力はあまりない魔法だが、それを育てるとサイズや冷たさ、固さなどが向上して攻撃力が増していく。

 極論ではあるが、レンの認識ではアイスボールとアイシクルランス、アイスブロックなどの氷系の魔法は、すべて同じ物である。

 ただ、魔法の名称とイメージによって氷の冷たさ、サイズ、固さ、飛翔距離が異なるだけで、基本的な部分ではそれらは同一のものなのだ。

 だから、タチアナの答えを聞いたレンは、笑みを深めた。

 そのレンの笑顔を見て、タチアナはとても嫌な予感を覚えた。


「素晴らしい。期待以上です。ではタチアナさん、こちらを装備してください」


 ずい、とレンが宝石箱を差し出してくる。

 タチアナがそれを開けると、中には指輪とペンダントが入っていた。


「これは?」

「訓練用装備です。魔法系の技能習得速度を微増するものと、魔力の微増、魔力回復量の微増などです」

「はあ……」


 困り顔でタチアナがエドの方に視線を向けると、エドは無言で頷いた。


(やれ、ということですか。そうですか)


 タチアナは抵抗は無駄だと判断し、ペンダントと指輪を身に付けていく。


「全部装着しました」

「問題はなさそうですね。では、タチアナさん、出来るだけ威力を落としたアイスボールであそこの石で作った的を攻撃して下さい」

「……アイスボールは石には効果がないと思いますが?」

「問題ありません」

「……では」


 タチアナは人形の顔を狙ってアイスボールを放つ。

 手で投げるよりは幾分早いくらいの速度でアイスボールは石の人形の頭部にぶつかり、雪玉のように潰れて滴った。


「なるほど。覚えたてというのは事実のようですね。今の魔法、何回使えますか?」

「……多分、20回くらいですけど」


 魔法の氷の形や大きさ、固さや速度などは術者のイメージで多少変化する。結果、魔法の威力にはブレが生じるし、必要な魔力も変動するため、常に同じ回数使えるとは限らない。

 だが経験上、タチアナは今のと同じ程度なら、20発程度のアイスボールを放てると判断した。


「では、訓練の本番です。魔力が尽きるまでアイスボールを撃ってください」


 レンの言葉を聞き、タチアナは正気か? と言いたげな表情でレンを睨み、エドに確認を取る。


「よろしいのですか?」

「……ああ、問題ない。やれ」


 魔術師にとって魔力は有限の資源であり、特に騎士ともなれば、万が一の事態に備えて魔力を使い果たすなどは十分な予備兵力があるとき以外はしてはならない。

 訓練で魔法を使うにしても、通常は魔力を半分程度は残しておくもので、それは魔術師に限らず、剣士なども夜間に非常呼集があっても対応出来るように、常に一定の余力を確保している。

 だから、タチアナはレンの指示をエドが止めてくれるものと期待していたのだが、エドは無情にもやれと答えた。


「魔力が尽きるまで、アイスボールを放ちます」


 念のため、自分がこれからやろうとしていることを口頭で伝えても見たが、エドは頷くだけだった。

 タチアナは、的に向かってアイスボールを放ち始めた。


 それが不本意な命令でも、折角魔力を使って魔法を放つのだ。タチアナはしっかりと狙い、どのようにすれば効果的な攻撃になるのかを意識しつつ、何発も魔法を放つ。

 そして、魔力が尽き、耐えられないほどの眠気がタチアナを襲った。


「……魔力が尽きましたので、部屋に戻っても宜しいでしょうか?」

「いや、これを飲んですぐに繰り返して」


 レンはタチアナの手に、陶器の瓶――初級魔力回復ポーションを手渡した。


「はい?」


 眠さにボウッとしていたタチアナは、レンから早く飲んで、と指示され、あまり考えずにそれを口にした。

 甘い液体を飲み干すと、徐々にタチアナの眠気が消えていく。


「ほら、早く続けて!」

「はい……アイスボール!」


 魔法が的に当たったときの音が少し固い物に変化した。

 もっと固く、冷たく、と意識しつつ数発の魔法を放ってから、タチアナは正気に返った。


「待って! 今の魔力回復ポーションよね?」

「そうだね。空の瓶はこっちの空き箱に入れて、引き続き訓練して」

「そんな、勿体ない。魔力回復ポーションの素材は中々見つからないって聞いてますよ?」

「群生してないからね。でも、気にせずに繰り返して。あ、ポーション飲んだら出来るだけ速やかに魔法を使って。飲んでから暫くは魔力回復効果が続くから、その間に魔法を使った方が使える魔力総量は大きくなるからね」

「目的は? なぜこんな非効率な訓練をするんですか?」


 タチアナの問いに、レンは首を傾げた。


「ごめん、ニコロから聞いてなかったんだね。これは騎士団だけでイエローリザードに対処できるようにするのが目的の訓練です。タチアナさんには、一辺1.5メートル以上のアイスブロックを使えるようになってもらいたいんです」

「アイスブロック……最大サイズの氷を出す魔法? え? いや、そんなのなれるならなりたいですけど、どうやって?」

「魔法を使いまくるんです。習熟度……は伝わらないか……とにかく訓練しまくるんです。魔力が尽きても回復させて魔法を使いまくるんですよ」


 魔術師は、自前の魔力を使って魔法を放つか、魔石の中の魔力を使って魔法を使う。

 前者であれば一度魔力を空にしてしまうと、回復まで半日程度かかってしまう。後者は魔石を使い捨てることになる。

 だから、普通の魔術師は、一日に行える練習回数が限られている。魔力を使い切らないように訓練するのなら、更に回数は減る。

 だが、それでは中々技能レベルが上がらない。だからゲーム内では、倒れるまで訓練を繰り返し、倒れたらポーションで回復するという特訓が基本的な訓練方法として知られていた。


「いやそんな勿体ない……それに、同種のポーションは繰り返して使えないはずですよね?」

「あ、そこは知ってるんだね。大丈夫。この箱の中の初級魔力回復ポーションは、全部違うレシピで作った物だから、異なるポーションと扱われる。だからクールタイムは重複しないんだ」


 ポーションには微妙なバージョン違いが存在する。

 錬金術師が普段作るのは、それらの中でも一番材料費が少なくて効果は平均以上となるポーションであり、NPCが市場に流通させるのも大半は標準レシピで作ったものである。

 だから、プレイヤーの錬金術師たちはポーションに砂糖を混ぜたり塩を混ぜたり、高価な薬草を使ってみたりとレシピを魔改造したポーションを作り、クールタイムが重ならないものや、短いものを開発し、錬金術師以外のプレイヤーは、プレイヤーの錬金術師が作った特訓セットを買って、様々な訓練を行なっていた。そして、今回レンがタチアナにやらせようとしているのは、その再現だった。


 技能レベルを効率よく上げる方法は、プレイヤーにとっての基礎知識で、この方法は錬金術師ならではの特訓方法として、レンも何回となく使った実績のある方法なのだ。


「……つまり、ポーションが尽きるまで魔力が尽きても魔法の練習ができると?」

「そういうこと。この方法なら、アイスボール使える所からなら、今日一日でアイシクルランスくらいまでは育てられるから。あー、でもお腹がタポタポになるけどね」

「……レン殿、この方法、スタミナ回復ポーションでも同じ事が出来たりしませんか?」


 魔術師は魔力を消費して魔法を使うが、剣士などはスタミナを消費して攻撃技能を使用する。

 ならば同じ事が出来ないかと問うタチアナにレンは頷いた。


「出来るね。俺の細剣レイピアと弓使いなんかもそれで育てたわけだし。ただ、騎士団がイエローリザードのそばで錬金術師達に採取させるって考えると、近接戦闘能力は十分に足りてるんだ。足りないのはアイスブロックでイエローリザードの動きを封じることができる魔術師。だからタチアナさんには悪いけど暫くは特訓をして欲しい」

「私としては、強くなれるのでしたら望むところです……でも、ポーションの費用はどうすれば?」

「それを考えるのはエドさんの仕事だから、タチアナさんは気にしないで」

「タチアナよ、もしも気になるのであれば、早く強くなって薬草の材料を採取してまいれ。そうすれば、街の錬金術師総出でポーションの増産を行ない、騎士全体の戦力向上に繋がるじゃろう」

「はっ! では訓練に戻ります!」

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