第40話 冒険者ギルド
街に戻ったレン達は、イエローリザードの納品のため、まず冒険者ギルドに向かった。
「直接取引でも良いんですけど」
「折角じゃ、ギルドにレン殿の顔を売っておくのもよいじゃろ」
「まあそうですね。あ、イエローウルフとコカトリスは騎士たちが倒したわけですから、あとで素材を渡しますね……あれ? そう言えば……」
レンは冒険者ギルドの受付の前で首を傾げた。
受付嬢は、レンとエド、それにアレッタの顔を見て、極上の笑みを浮かべた。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。本日はどういったご用件でしょうか?」
「おお、今日の受付はミケーレ嬢か。買い取りを頼む。イエローリザードが三体じゃ」
「…………あ、はい、畏まりました。では隣の倉庫の方で確認させていただきます。登録はエドワード様で宜しいでしょうか?」
「いや、こっちのレンというエルフじゃ。レン殿、ギルドカードを」
「あー、いや。持ってません」
レンは困ったような顔をする。
ゲーム内のギルドカードは、過去に栄えていた文明の遺産とされ、様々な不思議機能が盛り込まれたカードである。
それを見れば、いつどこのギルドで登録したのか、どの程度ギルドに貢献しているのか、直近の討伐記録、
レンの場合、討伐記録や殺人については、問題になるような行動を取っていないので問題はない。
しかし、いつどこで登録したのかという情報は見せるわけにはいかない。
英雄の時代が何年前のことなのかはまだ把握できていないレンだったが、その情報を開示するのは危険だと感じていた。
「そう言えばレン殿は……なるほど。では、レン殿の身分は我がメレス家が保証するので、ギルドカードを発行して貰えまいか?」
「そんな、わざわざエドワード様に保証していただかなくても、普通に登録していただければそれで問題はありませんわ」
「ふむ。ではここだけの話じゃが、レン殿はサンテール家の客人であり、特殊な技能を持っておる。驚いて声など上げぬように気を付けて貰えるか?」
「……そこまでの方なのですね? 承知しました」
それでは、と、ミケーレはレンたちを奥の部屋へと案内する。
「通常は登録だけでこちらに来て頂くことはありませんが、万が一もございますので」
部屋の奥には黒い
「こちら、鑑定板となっております。個々人の技能や職業、その他を見通すアーティファクトです。鑑定板を使われたことは?」
「ありません」
「なるほど。本来ですと、登録の際に所員が内容を確認して、カードを発行いたします。ですが、今回はエドワード様が保証人となってくださるとのことですので、確認は省かせて頂きます」
「ええと?」
つまりどうすれば良いのか。とレンはミケーレに視線を向ける。
「鑑定板の前に円が描いてありますので、そこにお立ちください。ではエドワード様はこちらで私が見ていないことを確認していてください。本来であれば、この部分に鑑定板の内容と同じ物が表示されますが、ハンカチを被せて操作します」
エドをコピー機のようなものの前に案内したミケーレは、タッチパネルのような部分を操作する。
そして、幾つかの操作を行なった後、パネルにハンカチを被せて、パネルの表示が見えない状態で操作を進める。
「……手慣れておらぬか?」
「この街では聞きませんが、稀に、技能などを確認せずにカード発行を命じられることがあるとのことで、受付担当所員は皆、この訓練を行なっております」
「別に、騒ぎ立てないのであれば、見て貰っても構わないのじゃが」
「いえ、知っていれば、つい情報を話してしまうことがあるかも知れません。知らないままでいるのは、私たちの保身のためでもあるのです」
操作が進むと、鑑定板の表面に文字が浮かぶのがレンの目に映る。
これは良いのか、とレンがミケーレの方を見ると、
「鑑定板に表示されているのがあなたの職業と技能です。内容をご確認ください。なお、この鑑定板の文字はあなた以外には読めません。内容に大きな間違いがなければ、登録作業に移ります」
表示されているのは、メインパネルの劣化版のような情報だった。
(健康状態もクエストリストもアイテムリストもなし。装備リストもない。種族と名前と年齢、あと職業と技能が羅列されてる、と。技能も表示は随分と簡略化されてるな)
メインパネルでは、意識するだけで画面がスクロールしたが、鑑定板にはそうした機能はなく、鑑定板に触れることでスクロールが行なわれる。
「あ、鑑定板には手を触れないでください!」
「え、でも、触らないと、技能リストが画面外にはみ出してて見えないんだけど……」
レンがそう言うと、ミケーレの顔色が真っ青になる。
「え、そんなことが? ……あ、いえ、私は何も聞いておりません。はい、お好きなだけ触れて確認してください」
どうやらこれだけ職業や技能が並ぶのは珍しいことらしい、と理解したレンは、鑑定板の内容に大きな間違いがないことを確認して頷いた。
「えっと、問題はなさそうです。登録をお願いします」
ミケーレが何やら操作を行なうと、コピー機のような機械の上に、クレジットカードほどの大きさの白いカードが空間から滲み出るように現れた。
それを見て、ミケーレの顔色が一層悪くなる。
「白いギルドカード? 初めて見るが、これはどういうことじゃろうか?」
「……分かりません。普通は緑のカードで、昇格したら黄色、赤と変わっていくはずですが……いえ、少々お待ちを」
ミケーレはカードを手に取ると、コピー機のような機械に設置されたカードリーダーのような部分にカードをかざす。
リン、という鈴の音が聞こえるのを確認し、不思議そうな顔をしながらも、そのカードをエドに手渡す。
「少なくとも、読み取りは正常に出来るようです。それと、ギルドランクは四級だそうです」
「三級よりも上があるのかの?」
「……見るのも聞くのも初めてですが、読み取った結果はそのように……でも、あり得ないのです。どのような方も初回登録時は、必ず1級から始まるのですが」
「……レン殿、何か心当たりはおありかな?」
「元々、ギルドランクは俺の知る限り、五級までありました。カードの色は、緑、黄色、赤、白、黒となっていて、俺は昔、四級だったことがあります」
「なるほど。つまりギルド内にレン殿の記録が残っていたため、再発行されたという事ですかの?」
ミケーレは数歩後ずさり、机にぶつかってそこで腰が抜けたようにずるずると床に座り込んだ。
「ありえません。三級ともなれば、ひとりで赤の魔物を倒せる能力が求められます。その上が存在するだなんて……ああ、なんでわたしは今日受付をしてたんでしょう」
「ミケーレ嬢、カードを使えばレン殿が四級であることは隠せないのじゃ。だから、それを知ったからと言って、ミケーレ嬢の口を封じようとする者などおらんよ。そもそも、貴族の間でも口封じのために人命を害するなど、聞いたこともないぞ?」
「そうなのですか? でも、昔はそういうこともあったと。だから、このような操作を皆は学んでいるのですが」
「ここまで人間が減っておるのに、無意味に減らす者がおれば、それはとんだ愚か者じゃろ?」
エドの言葉を聞き、ミケーレは立ち上がって深呼吸をして、レン達に微笑みかけた。だが、まだ顔色は少し優れない。
「……それでは、レン様の冒険者登録は以上となります。説明などは必要でしょうか?」
「あー、一応お願いしたいかな」
エドから白いカードを受け取りながら、ゲームの頃とは色々違う可能性もあるだろうとレンが頼むと、ミケーレは笑みを深めた。
「かしこまりました。まず、ギルドに登録した冒険者は、ギルドの訓練場で簡単な訓練を受けることで冒険者という職業を得ることが可能です。必要な訓練を受けた後、神殿でアヴェンチュリー様に祈りを捧げてください……いえ、過去に冒険者であったのであれば不要ですね。冒険者の身分は冒険者ギルドが保証します。
依頼を成功させるたびにギルドへの貢献度が加算され、それが一定を超えるとギルドランクが上昇します。依頼達成、失敗の報告のたびにギルドカードの提示が求められますのでなくさないようにしてください。なくした場合の再発行手数料は銀貨30枚。300リリトです。
ギルドカードを提示すれば、通常であればどの街でも出入りは自由です。定住せずにあちこちの街に移動する場合、その旨を冒険者ギルドに連絡してください。それを怠ると、身分の問い合わせがあっても、その人間はこの街に不在です、と返事をすることもあります。
冒険者には年に最低六回の受注ノルマがあります。この六回というのはどのような結果でも構いません。たとえば、依頼六つを同時に受けて、すべて失敗しても六回の受注と見なします。ただし、受けた依頼を失敗すると、二回目以降はペナルティが発生しますのでご注意ください。ペナルティは依頼料の三倍の罰金と、ギルドへの貢献度の低下となるのが一般的です。例外もありますが、そうした例外は都度判断されます。例えば護衛したが魔物が強くて敗退した、というのであれば単なる失敗と見なされますが、護衛したが魔物が出てきたので、護衛対象を囮にして逃げ出した、など悪質なケースは、官憲に身柄を引き渡したりもします。冒険者に求められるのは、戦えない民の代わりに戦うことですが、騎士のそれと違い、自分の命を優先するのは許容範囲です。しかし、依頼を受けて、何の努力もせずに逃げ出した場合、カードの色が変化しますのでご注意ください。
依頼にはまず、常時受け付けている恒常依頼があります。薬草採取や魔物の魔石採取などですね。それと周辺の魔物を狩るというものもあります。加えて、護衛や、そのときだけ必要となる素材を集めるような一時依頼というものがあります。うまく組み合わせると、一回の狩りで恒常依頼をふたつ、一時依頼をひとつ、合計三つの依頼を消化するなんてことも可能です。近隣の魔物退治、魔石確保、イエローウルフの毛皮採取、みたいな感じですね。今回レン様はイエローリザード三体とのことですので、恒常依頼の魔石採取三件分、数年間放置されていたイエローリザードの皮革の確保の一時依頼が三件で、合計六件の依頼達成になるでしょうね」
「あー……規約を書いた書類とかはないのかな?」
「持ち出し禁止の本ならあります。ギルド内での閲覧は言って頂ければ可能です。本は領主様も同じ物をお持ちです」
「では、カードも出来たことだし、買い取りを頼む。数年前にサンテール家から素材回収の依頼を出している筈じゃから、のちほど受け取りに来させよう」
「かしこまりました。では、倉庫の方へ……解体はギルドが行なうということで宜しいでしょうか? その場合、別途手数料が必要になりますが」
「はい、今回はお任せします」
倉庫は、全ての壁がツルツルに仕上げられ、大きな作業台が6つ並ぶ、まるで工場のような場所だった。
天井にはパイプが並び、作業台の上には複数のホースとランタンの魔道具がぶら下がっている。
作業台の内、2つは現在まさに解体作業中で、黄色い蜘蛛の魔物と、黄色いバッタの魔物が乗っていた。
これで解体をしている人たちが白衣でも着ていれば完全に工場だが、衣類は普通の木綿や麻、革を使ったもので、それに胸から膝までを覆う前掛けを着用していた。
「では、こちらの台にお願いします」
レンが作業台の上にウエストポーチの解体機能を使わずにイエローリザードを一体出すと、次の作業台に案内される。
解体作業を行なう人たちが寄ってきて、イエローリザードの状態を見極める。
「傷は少ないし、いい素材が取れそうだな」
「3頭ともあまり暴れた様子はないな。爪も歯も揃ってるし、鱗も綺麗に残ってる」
「とにかく、まずは吊して血と内臓を抜いて洗おう」
「おいミケーレ! 依頼が出てるのは皮だけか?」
不意にそう声を掛けられたミケーレは、手に持っていたガラスのような板を確認する。
「え? あ、いえ、皮と腱と骨が優先です。肉や内臓は特に依頼は受けてませんけど、可能なら確保してください」
「ふむ。なら、その優先度で行こう」
サクサクとイエローリザードの解体が始まっていく。
「あの、皆さん、解体の前に状態の確認をお願いします! 支払額を決めませんと」
「これは最高級だ。ここまで綺麗に倒すなんて、中々出来ないぞ。全部同じように額と首に穴が開いてるが、額から得られる素材は少ない。劣化する前にバラしちまいたいから、ミケーレ達は出てってくれ!」
「あ、はい……それではレン様たちはこちらへどうぞ」
ミケーレに
そこで、ガラスのような板を操作して、ミケーレはそれをレン達に見せる。
「恒常依頼として黄色の魔石がひとつあたり、金貨2枚になります。次にイエローリザードの素材確保の一時依頼は、最高級品質ですと通常金貨15枚ですが、魔石は恒常依頼に計上した方が金額が変わらず依頼達成数が増えてお得ですので、魔石分を差し引き一体金貨13枚、3体で39枚。それに魔石3つで金貨6枚です」
「合計で金貨45枚ですね。随分と高値が付いてるような気がしますが」
レンが首を傾げる。
エドやシルヴィに聞いた限りでは、金貨1枚あれば安宿なら朝食付きで十日は暮らせるはずである。
もちろん、一晩で金貨が飛んでいく宿もあるそうなので、どこを基準にするかで色々と変わってしまうが、例えばそれなりの腕の冒険者を護衛に雇う場合、大凡、二日で金貨一枚が相場だそうだ。
ちなみに日本円換算は諦めた。食料の値段が高いため食費換算はできないし、食費が高く付く分人件費も高く付く。全体的に高くなっているのなら単純だが、全部が全部高値になっているわけでもない。
他の街や村への護衛が二日で金貨1枚の1000リリト、大衆向けの食事は最低額が一食50リリト、黄色魔石がひとつ2000リリトで、安宿一泊100リリト。
ちなみに、少し前の相場ベースでは、初級体力回復ポーションが銀貨60枚――600リリトだが、中級になると金貨65枚――65000リリトとなる。
「別に誰が持ってきても同じ値段です。エドワード様の口利きだからとかそういう部分はありません」
「なんじゃ、ないのか」
「なら、金貨を入れる革袋をおつけしましょう。あとは、初心者用パックを一つおまけします」
ミケーレはそう言って、金貨と銀貨と革袋を載せたトレイをレンの前に差し出し、その横に、束ねた真新しいロープと小さな金属片、小さな革袋を数枚置いた。
「……少なかろう?」
「再発行手数料として銀貨30枚を頂いておりますので、金貨44枚と銀貨70枚となっております」
「おっと、それがあったか。忘れとったわ」
「レン様のギルドカードをお預かりしても宜しいでしょうか?」
「どうぞ」
ミケーレはカードをガラスの板に押し当ててガラスの板を操作する。
すると、カードの表面に小さな模様が6つ滲み出るように現れた。
「このマークは今年受注した件数です。見ての通り、6件なので、今年分のノルマは達成です」
「例えば、エドさんから直接イエローリザードの話を受注していたらどうなったのかな?」
「ギルドを経由しない受注はギルドではカウントしませんし、出来ません。個人での受注は推奨しませんがご自由にどうぞ」
「禁止はしてないんですね」
「ええ。そこは自己責任です。ギルドで定価で受けて評価を付けるか、個人で受けて契約内容を自分できちんと精査するか。たまに、契約で騙されたとか言ってくる人もいますけど、そういうリスクがあるのが個人契約ですので」
レンは頷くとお金を革袋に詰め、初心者パックなるものと一緒にポーチにしまう。
「さて。ではミケーレ嬢、儂らは領主様のお屋敷に戻るが、イエローリザードの素材が出来たら使いを寄越してもらおうかの」
レン達が冒険者ギルドから外に出ると、そこには顔を赤らめたアレッタ、シルヴィ、マルタ、シスモンドが待ち構えていた。
「お師匠様! 無事に中級になれました!」
「ああ、もう行ってきたんだ。どうだった?」
「行ってきた、というのは少し違ってまして、ここでお師匠様を待ちつつ、アルシミー様へのお祈りの練習をしたらその」
「なるほど。それって全員?」
レンの問いに全員が興奮気味に頷いた。
「アレッタさん、シスモンドさんとマルタさんを屋敷に呼んで、中級の練習を一緒にして貰っても構わないかな?」
「ええ、構いませんわ。でも中級向けの素材なんて……そう言えばレン様はお持ちでしたわね」
ウエストポーチにちらりと視線を走らせ、アレッタは少し疲れたような溜息を漏らした。
「まあね。あ、アレッタさんとシルヴィのウエストポーチに少し手を入れておきたいから、屋敷に着いたら中身を空にしたのを借りても良いかな」
「それは構いませんけれど、何をなさるんですの?」
「容量を増やす……俺がそれやってる間に、まずは今日採取した硫黄草を使う炸薬ポーションから作ってて」
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