第39話 イエローリザード

 森の中ではニコロという名の若い騎士が先頭に立って、剣鉈を振るって道を作る。

 隠密行動も何もあったものではないが、森に不慣れな者を連れている以上、致し方ない。


 シスモンドとマルタはそれなりに森での採取行動の経験があるし、シルヴィもアレッタの供として街の外に出るにあたり、エドにそれなりに鍛えられてはいる。しかしアレッタはと言えば、平地以外を歩くのはあまり得意ではない。

 今回のためにそれなりに訓練を行ない、まったく歩けないというレベルではないが、騎士達はやや過保護とも思えるほどに丁寧に道を切り開く。

 イエローリザードの数によっては、またここで錬金術師を育てたいと考えているため、沼沢地まで歩きやすい道が出来ることについて、レンとしても否やはない。


「それでレン様、レン様は上級まで使えるとのことですが、ということは魔道具作成も上級ということでしょうか?」

「えーと、シスモンドさん。俺に様は付けなくていいから……魔道具も上級までいけますよ」

「ということは、複合効果のアイテムボックスも?」

「あー、アレッタさんとシルヴィが腰に巻いてるウエストポーチがそうですね。あれは参考になるように作った物なので、空間圧縮はかなり小さくしていますけど」


 シスモンドとマルタの視線がアレッタの腰に巻かれたウエストポーチをロックする。


「シスモンドさんとマルタさんにも作りましょうか。あれは弟子に、目指す高みを教えるためのアイテムでもありますから」

「わ、私たちも弟子としていただけるので?」

「まあ、中級になれたら、ですけどね」

(弟子と言うよりも俺が初級になる際に介在しなかった錬金術師が中級になれるかのモルモットだけど)


 そんな話をしていると、レンがエドに視線を向け、鋭い声を上げる。


「右前方!」


 レンの声を聞き、4人の騎士がしゃがみ込んで地面に結界棒を刺し、魔力を通す。

 そして、アレッタ達を中央に置き、槍や斧槍ハルバードを持った3人の騎士が前に出る。

 残り7人は、左右にふたりずつ、背面警戒に三人という陣形を組む。


「エドさん。俺がやっても?」

「いや、ここは騎士達に結界棒の中からの戦い方を実践して貰おうかの」


 弓と矢を取り出すレンに、エドがそう答えると、レンは納得したように頷いた。

 ガサガサ、という音を立てて、黄色というよりも黄土色と茶色の中間の色の毛皮を持つ小型の狼が灌木から顔を出した。


「イエローウルフかな?」

「ですな。敵の動きをよく見て、安全地帯から攻撃用意……叩け!」


 高く掲げられた槍と斧槍ハルバードが狼を狙って打ち下ろされる。

 狼は余裕の動きで右に避けるが、斧槍ハルバードの持ち手はそれを予測していたように大きく一歩踏み込み、斧の部分で黄色い狼を引っ掛けると、そのまま持ち上げる。

 斧に引っ掛かってジタバタと暴れる狼に向け、槍が突き出され、狼は動きを止めた。


「……えらく簡単に倒せたんですが」


 止めを刺した騎士が不思議そうに槍の穂先を確認する。

 慣熟訓練こそ行なっているが、実戦訓練を行なう余裕はなかったため、魔物に対して振るったのはこれが初めてなのだ。


「その防具で力が強化されてるし、槍は魔力を通すと切れ味が増す武器ですからね」

「……これに慣れてしまったら、普通の武器が使えなくなりそうです」


 レンの説明を聞いてそう呟く騎士に、エドは自分の腕ほどの枝を投げつける。


「ニコロ! 戦場いくさばで油断するな!」

「はっ!」


 ニコロは一歩踏み出して槍で狼の首を掻き切り、レンの方に顔を向けた。


「死亡を確認。レン殿、頼みます」

「了解」


 レンは周囲の気配を探りながら結界の外に出て、イエローウルフをポーチにしまう。

 その動きを見て、ニコロは感心したようにため息を吐いた。


「ニコロは気付いたか。他の者もレン殿の動きをよく見ておけ」

「はっ!」

「……いや、そんな見るほどのものじゃないですから」


 ゲームの中で培われた健司の技量プレイヤースキルと、レンが持つ各種技能が、まるで達人のような動きを実現していた。

 もっとも中身は日本人なので微妙な隙もあったりするのだが、エドはそれを油断ではなく緩急だと考えていた。


「気配察知に感なし。目視確認もお願いします」

「うむ……全周警戒。違和感のある者はおるか?」


 レンに頼まれ、エドは騎士達にそう声を掛けた。


「前方、なし」

「右方、なし」

「左方、なし」

「後方……小鳥が数羽……他はありません」

「結界棒を引き抜き、引き続き沼沢地に向かって前進じゃ!」

「待って! 待ってください!」


 マルタが声を上げ、全員、そのまま動きを止める。


「あ、いえ、そこにあるオレンジの花、採取させてください」


 マルタが指差す先、木の陰の部分に、蒲公英タンポポほどの大きさのオレンジ色の花が咲いていた。


「ああ、明けの草の花か。魔力回復ポーションの材料で、魔力が濃い森の中でないと採取できないんですよね、あれ」

「貴重なのかの?」

「それほど珍しくはないですが、群生しない花ですから、俺も見掛けたら確保しますね」

「なるほど……それでは採取が終わるまで待つとしますかの」


 花を二輪、だが素材の確保にはものによって採取の方法が定められている。

 明けの草の花の場合、錬金魔法の純水生成で作った水で花を洗い、花びらを落としてから摘む必要がある。

 マルタが丁寧に採取するのを、近くで見学しながら、アレッタはその手際の良さに溜息をついた。


「手早いし、無駄がありませんのね」

「私たちも精進しないとですね」

「シルヴィ達は、中級に上がったら、嫌でも熟練することになるぞ?」

「どうしてですか?」

「魔力回復ポーションは技能レベルをあげるのに必須だからね。冒険者に依頼しても良いけど、採取方法を知らない冒険者が確保したものでは、完成するポーションは低品質になるし」


 レンの答えに、シルヴィはため息を吐いた。


「また、ポーション使って練習ですか?」

「そうだね。でも初級のポーション使って魔力やスタミナを回復しつつ素材を集めて中級ポーション作れたら、ゲーム……じゃない、昔なら黒字になったけど」

「黒字というか、今だとそもそも中級以上は迷宮産しか出回りませんから、とんでもない値段が付きますけどね」

「……なるほど、値崩れの影響も検討しておく必要があるか」




 その後、沼沢地に至る道程で、黄色い魔物と1回だけ遭遇した。

 それは昆虫系の魔物で気配察知に掛からなかったが、弓を使う騎士が森の奥の木に巻き付いた巨大なムカデを発見し、動き出す前にその体を矢で木に磔にして危なげなく倒し、魔物はレンのウエストポーチにしまわれた。


 小川が流れ込み、半ば湿地になった沼沢地の中の小島には複数の黄色いトカゲがひなたぼっこをしていた。

 サイズは小型のワニくらいだろうか。

 リザードという名前が付いているが、見た目もワニに近い。


 イエローリザードを警戒しつつ、レンは沼の周囲を見回す。


(一応あるけど、まとまったのは少ないな)


 硫黄草は水場の近くで育つ薬草である。

 沼沢地の周辺は、生育に適しており、幾つか群生しているのを見付けたが、ひとり8本採取となると、失敗しないとしても4人で32本必要になる。

 さすがに、それだけまとまった群生地は見当たらない。


「ええと、エドさん、あそこの茎が太い茶色の草周辺に結界棒を刺して、合図したら全員8本まで摘ませてください」

「茶色……硫黄草じゃな?」

「そうです。で、4人だと結界内だけじゃ多分足りないので、安全を確認しつつ、予備の結界棒を使ってもうひとつ群生地を確保して欲しいんです」

「結界ふたつか。結界棒の予備がなくなるのはちと危険じゃの。イエローリザードは抑えられるのかの?」

「そっちは任せてください。俺としては森から何か出てこないかを心配してます。結界棒は必要ならまだ手持ちもありますから」


 元々、洞窟から街までの往復のために準備をしていたのだ。エド達にはそれなりの量を渡しはしたが、レンも自分用にいくらかは残している。

 そこから4本だけエドに渡したレンは、アレッタたちを集めると、ポーチから皮の袋を取り出して一枚ずつ手渡す。


「アレッタさんとシルヴィは直接ポーチに入れても良いけど、マルタさんとシスモンドさんは袋に入れてくださいね……ご存知でしょうけど、硫黄草は他の薬草のそばで保管すると品質が低下しますから」

「それは問題ないが……レン殿は、いよいよイエローリザードと戦うのか。無理な話かもしれないが、危ないことはしないで欲しい。上級の錬金術師は、人類の至宝なのですから」

「任せてください。油断はしませんが、イエローリザードはやり方さえ知ってれば、そんなに強い敵じゃないですから」


 全員がふたつの結界に分散したのを確認し、レンだけは沼に近付く。

 縄張りに入ってきた小さい生き物が気になるのか、イエローリザードがむくりと体を起こす。

 その足はワニやトカゲにしては長目で、4本足でまるで犬や猫のように体を支えて歩くことができる。

 2頭のイエローリザードが水中に体を沈め、ゆっくりとレンに近付いてくる。


 レンは水中をワニのように泳ぐイエローリザードに向け、氷槍アイシクルランスを放つ。

 3本の氷柱アイシクルランスがイエローリザードの硬い背中で弾けると、攻撃を受けたと認識したイエローリザードが警戒するような動きに変わる。


「よし、タゲ取った。エドさん、採取開始させてください!」


 エドに声を掛けつつ、レンは洞窟の氷室を冷やす際に作ったのと同じ巨大なアイスブロックを、沼の岸辺に50センチ間隔で並べる。

 そして沼の中、イエローリザードの左右にもアイスブロックを落として水温を低下させる。

 若干、動きが鈍ったイエローリザードに向け更に氷槍アイシクルランスを放ち、イエローリザードにレンが敵であると知らしめつつ、イエローリザードが逃げないようにその奥にもアイスブロックを落としてやる。


(森の魔物もそうだったけど、動きはゲームの魔物に似てるけど、ゲームよりもリアルというか、ランダムだな)


 ゲームでは周囲を氷で囲んでやれば、イエローリザードはその囲いの中を、氷に近付きすぎないようにぐるぐる回ったのだが、実際にやってみると飛び跳ねてみたり、氷の枠に接近したりもしている。


(一応、逃げられないように外側にももう一列ずつ足しておくかな)


 レンはアイスブロックを追加して、イエローリザードを挟み込むように氷の列を左右に作り出す。


(動きはかなり鈍くなってるけど、たまに跳ねたりするのが厄介だな)


 レンがイエローリザードの動きを封じつつ、少しずつダメージを蓄積していると、


「レン殿! 採取完了じゃ!」


 エドが声を張り上げる。

 と、その声に反応し、空から黄色い何かが落ちてきて、鉄琴のような音が森の中に響き渡る。魔物が結界に触れて弾き返されたのだ。


「きゃー!」


 アレッタが悲鳴を上げ、騎士達が黄色い敵に武器を向ける。

 魔物はふたつの結界の中間地点に落下し、そこでもそもそと動き出していた。

 その形状はイエローリザードよりもよほどトカゲらしい形で、頭部から背中に掛けて白い羽毛が生えている。それは、コカトリスという魔物だった。

 コカトリスは色々な描かれ方をするが、『碧の迷宮』では、フランスの伝承にあるような鶏の羽毛を持つトカゲに似た魔物として登場する。強力な毒と石化と言われるほど強力な麻痺の状態異常を引き起こすそれは、普通であれば強敵である。


「コカトリスじゃ! 全力攻撃、構え! 叩け!」


 騎士達はエドの命令に従い、後のことを考えずに持てる技能の中でもっとも強力な攻撃を放つ。

 ふたつの結界の中から、挟み撃ちの形で騎士達の全力の攻撃を受けたコカトリスは、すぐに動きを止める。


「確認します!」


 そう言って、ニコロが槍で羽毛の生えたトカゲの首を切り裂く。


「死亡を確認!」

「各自状態異常の確認をせよ! アレッタお嬢様、ご無事ですかな?」

「ええ、わたくしは異常ありませんわ……これが石化の魔眼を持つというコカトリスですのね?」

「まあ、実際は涙腺付近から揮発する麻痺毒と、血液に含まれる腐食毒ですな。とにかく厄介な毒を持つ魔物でして、その血が大地や水を腐らせるとも言われておりますな」

「……コカトリス!」


 シスモンドが興奮したようにコカトリスの死骸に近付こうとするのを、エドは押しとどめる。


「コカトリスの目と首の毒腺とその血は錬金術の貴重な材料になるのです。確保をさせてください!」

「……安全に確保するための道具などはお持ちですかな?」

「……まさかコカトリスに遭遇するとは思ってなかったので……」


 そんな話をしていると、沼の方で大きな音がした。

 岸辺に並べた氷がなくなっており、3頭のイエローリザードが岸に登ろうとしたところにレンが三連突を放ったのだ。

 放たれた3発の突きは、全てのイエローリザードの額に穴を開けた。


「……動きが鈍ってたから、まあこんなもんですかね」


 レンは慎重に近付くとイエローリザードの額の穴にダメ押しの氷槍アイシクルランスを放ち、死んでいることを確認すると、ウエストポーチに収納する。

 そして、ポーチからガスマスクのようなものと、ジャムでも入れるような大口のガラスの瓶とガラスの棒を取り出し、シスモンドに手渡す。


「錬成のグローブは付けてますね? なら、これでコカトリス素材を確保してください。よい訓練になります」

「おお、助かります……マルタはあまり近付かずにここで見ておれ」

「はい、お師匠様」

「アレッタさんとシルヴィも近付かないようにね。血が猛毒だから」

「そんなに危険な魔物なのですか?」


 騎士達がほぼ一撃で倒したことから、その危険性を正しく理解していないアレッタだった。


「強力な麻痺毒と、触れただけで汚染される猛毒。血飛沫を浴びたら、普通なら数分で命を落としますね」


 今回騎士達が無事だったのは、その多くが状態異常耐性の効果が着いた武器や防具を身に付けていたからである。それがなければ危なかったかも知れない。そう聞いたアレッタは顔色をなくしてふらりと倒れかけ、シルヴィにその体を抱き留められた。


「……さて、レン殿、これでアレッタお嬢様達は錬金術師中級になる資格が得られたのじゃろうか?」

「正直、分からないです。俺の知ってる方法なら、資格はこれで得られていて、次にアルシミーに祈りを捧げれば、中級になるはずですけど」


 今回のことは、レンの知る方法で中級錬金術師になれるのを確認するということも目的に含まれている。

 だから、現時点でそれを問われてもレンとしては分からないとしか言えないのだ。


「それで、レン殿、あれは持ち帰るのじゃろうか?」

「……コカトリスですか……色々使えるんですけど、持ち帰ってもいいですか? その、血の毒で地面が汚染されないようにしますから」


 レンのウエストポーチの解体機能を使えば、安全に解体できる。

 まだそれをエド達には伝えていないが、神様から貰った中身入りのポーチの方の機能だと言って、そういう機能があることは伝えても良いかも知れない。とレンは考えていた。


「……レン殿であれば大丈夫でしょう。お任せします。さて、何にしてもここでやるべきことはしましたので、早く街に戻りましょう」

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