第37話 慣熟訓練

 サンテールの街から王都までは早馬で4日の距離がある。

 クロエから話を聞いたイゴールは、アレッタとエドワードを交えて、すっかり快癒したコンラードと会議を行ない、伝えるべき文面を検討し、翌日には早馬がサンテールの街を出た。


 その早馬を見送ったアレッタ達は、規定数のポーションを作成すると、街の中にある安全な薬草畑で薬草の採取に励むのだった。


 護衛に囲まれた畑の中、アレッタたちのそばには、薬草畑を管理するマルタという名の女性の錬金術師が、アレッタ達を指導するという名目で監視していた。


「アレッタお嬢様が色々な職業を覚えているという噂はお聞きしたことがありますが、錬金術にも長けてらっしゃるのですね」

「……目標は中級ですわ」


 アレッタがそう答えると、マルタは楽しげに笑った。


「中級の錬金術師になる方法を確立できたら歴史に名が残りますわ。英雄の時代以降、中級の錬金術師が世に幾人かおりますが、彼らにも中級になれた理由は分からなかったそうですから……それにしても、ナイフの扱いが上手ですわね」


 アレッタ達に薬草畑を訳も分からず荒らされては堪らないと、監視に来たマルタだったが、アレッタとシルヴィが丁寧に、必要な部位だけを丁寧に切り取るのを見て、監視は不要だったかと安堵の息をついていた。


「中級になる方法、確立できたらあなたも中級になってみたい?」

「それは勿論ですわ。中級になれれば、お師匠様の怪我を治せるかも知れませんし」

「あー、シスモンド先生ですわね。これは隠せることでもありませんから、話してしまいますが、多分、今頃、腕は治ってると思いますわ」

「え? まさか、中級の回復ポーションが手に入ったのですか? それをお師匠様に使って下さると?」


 ポーションには使用期限があるとは言え、しっかりと薬剤鮮度維持の魔法陣の封印紙で封をしておけば、数年は保管できる。

 そのため、中級の体力回復ポーションなどが発見された場合、貴族がそれを優先的に購入・管理し、街にとって不可欠な人材が怪我をした場合に備えるのだ。

 その貴重なポーションを使用して貰えるのか、とマルタは目を丸くした。


「うちの手持ちは迷宮騒動の時に使い果たしていましたけれど、入手できる目途が立ちましたの」


 錬金術師は街に必須の職業だが、ひとりいれば十分である。

 今回のように師匠が怪我をしたときに備え、弟子がひとり、それなりに育っていれば申し分ない状態であるとも言える。

 だから、シスモンドは自分の怪我は治らないものと覚悟をしていたし、マルタもそう考えていた。


「とてもありがたいことではあるのですが、でも、なぜお師匠様にそんな貴重なポーションを?」


 腕は劣るが弟子の錬金術師がいて、最低限とは言えポーションを作れる状態なのだから、貴重な中級ポーションを使う理由が分からない。と、錬金術師なだけに、中級の体力回復ポーションの価値を正しく理解しているマルタは不思議そうな顔をする。


「……中級のポーションが、材料さえあれば手に入るようになっていますの……これ以上はシスモンド先生に聞いて下さいませ」


 治療が成功すれば、シスモンドもマルタも中級錬金術師になるための条件をクリアするために、アレッタ達と共にイエローリザードのそばまで行く予定なのだ。

 マルタに隠す意味はあまりないが、アレッタは言葉を濁した。




 サンテールの街にある練兵場に、様々な武具が収められた木箱が運び込まれていた。

 剣、槍、斧、弓。他の箱には防具も入っている。

 まったく統一性のないそれらを見て、サンテール家に仕える騎士達は色めき立った。


「おい、あの剣、色からして聖銀ミスリル製じゃないか?」

「それよりもあっちの盾を見ろよ。あの大きさなのに、軽々運ばれてきたぞ?」

「俺はあっちのハルバードが気になるな。あんな大きいの見た事ないぞ。振り回せるのか?」

「あの輝き……聖銀ミスリルの杖ですね。あれで魔法を放ったらどうなるのでしょうか」


 サンテールの街には緊急時に民を守るための常備軍として、10人ほどの騎士がいた。

 平時に於いては街の治安維持に尽くし、もしも結界杭が動きを停止するようなことがあれば、命を掛けて民が逃げるための時間を稼ぐための貴重な戦力である。

 その彼らに対し、街よりも優先すべき命令が下された。

 神託の巫女に神託があり、アレッタ含む4名の錬金術師を森の中の沼沢地まで護衛せよ、との事である。沼沢地ではエルフがひとりでイエローリザードの足止めを行なう。

 その際、護衛対象並びに護衛の騎士は結界棒が作り出す結界内に待避し、エルフがイエローリザードの足止めをする間は手出しは一切禁ずるとのことだった。

 目的は、生きたイエローリザードのそばで、とある薬草を採取することだ、とだけ教えられている。


 イエロー系の魔物の縄張り内を沼沢地まで進むにあたり、騎士たちに護衛してもらうと決めた時に、まずレンが考えたのは護衛戦力の底上げだった。

 護衛というのは腕も必要だが、とにかく数が物を言う。

 彼我の強さにもよるが、護衛対象を簡単に殺せるだけの力を持つ敵に対し、護衛側が数で負けていれば、たまたま護衛の隙間から入り込んだ敵に護衛対象を倒されてしまうかも知れない。

 守る側に多数の敵を確実に処理出来る力があれば別だが、強力な単体の敵を相手にするための武技に特化した者では、数の暴力に対抗できるものではない。

 一度に対処できる数に上限が存在する以上、それを越えた数の敵が来るととても面倒なことになる。


 なお、レンが護衛戦力に求めるのは、第一が不意打ちへの対処、第二が接敵する前に4人が結界棒を地面に刺すという事、第三が結界の中から敵を刺激して注意を引きつけ、可能なら倒すことである。

 だから、不意打ちを受けても死なないように防具を用意したし、敵を撃退するための武器も用意した。


「凄いな。どれも王城の宝物庫にあってもおかしくないレベルじゃないか」

「こんなの本当に使って良いのかよって感じだよな」


 それらの武器や防具は、ゲーム時代にレンが迷宮の宝箱などで集めた品物だった。

 素材を採取しに行くことが多かったレンは、結構な数の使う気のない装備を死蔵していた。

 もちろん使える物は自分たちで使ったし、そこそこ高値で売れるセット装備などなら売り払いもしたし、フレンドと交換することもあった。

 だからウエストポーチに入っていた武器防具の大半は、自分では使わない品物か、売るには微妙な、セット装備には少し足りない半端物ばかりだった。


(本来は強化素材にするつもりで残してたけど、この装備ならレッド相手でも善戦できるだろうから、イエロー相手なら十分だろう)


 敵の強さは、グリーンがもっとも弱く、イエロー、レッド、ホワイト、ブラックの順に強くなっていく。ゲームの仕様通りなら、白、黒の敵は迷宮内にのみ存在するので、レッド相手に戦える装備ということは、地上ならどこでも行けるということに他ならない。

 騎士達は、思い思いの装備を選び、それらを身に付ける。

 迷宮産の鎧は、最低でもサイズ調節と温度調節がエンチャントされており、それに加えて、2~3個のエンチャントが付与されていることが多い。

 このエンチャントが、高性能であるほど曲者となる。

 状態異常耐性向上程度なら問題はないが、筋力向上や敏捷性向上などは、それを前提とした体の動かし方をある程度学ばなければ、いつものつもりで体を動かしてもまともに剣を振るえない可能性すらある。


 だから。


「二日間掛けて体を馴染ませろ。結界棒を扱う訓練も忘れるな!」


 取りあえず装備を身に付けた騎士達にフレデリーコが檄を飛ばす。

 騎士達はまず、全員が結界棒の操作方法を学び、号令が掛かったら結界棒を地面に刺して魔力を通す訓練を行なう。

 次に素振りと、武器が届かない距離で向き合い、相手が武器を振ったら、それを避けるように動く練習。ある程度いつもの調子で動けるようになったら、練習用の的を立てて、それを相手に武器を振るう。

 弓使いはもっとシンプルに、練兵場の的に矢を放つ。

 エドやフレデリーコ、レンが寸止めで斬りかかり、それを避ける訓練も行うことで、騎士達の動きが普段のそれに近くなったのを見て、フレデリーコは安堵の息を漏らした。


 この訓練はレンとしては想定外だった。

 だが、護衛任務に着く者の安全性を高めようと防具や武器を提供すると告げられたエドとフレデリーコは、その性能から、慣熟なしで使いこなせる者はいないと、レンに訓練期間を取るように進言した。

 今回限りのことなら、武器や防具を引っ込めれば済む話だが、レンとしてはこの先もこの騎士達には色々と期待しているため、それならばと訓練期間を取ることを許容したのだ。


「叔父様、準備はできましたの?」

「アレッタか、何をしに来た?」

「護衛の皆さんの様子を見に参りましたの。それと、昨日レン様から購入したサンドイッチの差し入れですわ」

「ほう、レン殿は金や名誉には興味がなさそうだと聞いたが、商売はやるのか?」

「名誉はいらないですね。でも元々は商人です。お金に興味がないわけじゃないですよ。あと、売ったのは料理人の職業レベルを上げるための準備です」


 レンの答えを聞き、フレデリーコはなるほど、と頷いた。


「料理人の職業レベルを上げるって事は、中級か上級になるのか? 上級が存在するって話は聞いたことがないが」

「中級ですね。上級になるには時間がかなり掛かりますし、多分自分だけじゃ無理です」


 上級ともなれば、作成する料理のメニューの中には危険な魔物を素材にしたものもある。

 それらを作れと言われても、材料の調達は命がけになるし、プレイヤーがいない状況でそんな危険な素材採取をできる者などいない。


「そうか……レン殿がそういうのなら本当に危険なのだろうな……と、良し。全員傾聴! アレッタが皆に差し入れだそうだ! 汗を拭き、手を洗った者から食って良し!」


 騎士達は、その言葉を聞くなり井戸で水を汲み、顔と手を洗ってアレッタとシルヴィの前に列を作る。


「皆様、わたくし達の護衛のために、わざわざありがとうございます」

「ありがとうございます。頑張って下さいね」


 騎士達はアレッタとシルヴィからサンドイッチを受け取り、


「いただきます!」


 とかぶりつく。

 そして、かぶりついた騎士達は一口、二口を味わい、そこで固まった。


「何すか、これはっ! 白パンがしっとり柔らかく、サンドされているハム? それとチーズが絶妙のバランスで、こんなの食ったの初めてです!」

「伯爵家の皆さんはいつもこんな美味しいものを?」

「いや、でも以前、フレデリーコ様に食事をご馳走になったけど、ここまでの味では……」

「あー、わたくしもこれだけ美味しいものは、食べたことはありませんわよ? これはレン様の腕が良いから美味しいのですわ」

「……どれ……」


 フレデリーコも手を伸ばして一切れ食べて目を見開いた。


「……料理人の初級なんてそんな珍しくもないはずだが、こんな旨いもの作る料理人を俺は知らんぞ。レン殿、どういうことなのか説明を」

「あー……幾つか理由はあると思います。まず、俺は職業レベルは初級でも、料理関連の技能はなんだかんだで結構育ってます。それに、パンもハムもチーズもマヨネーズも、全部、結構上品質です。多分、材料の品質が均等で、作成者の技能が育ってるから、このサンドイッチは美味しく出来たんだと思いますよ」

「……なるほど。エルフなら時間はありますからね。技能も育つというわけですか」

「ええ……と、まあそんな感じで」


 レンとフレデリーコの話を聞き、アレッタとシルヴィは、きっとポーションで回復しながら沢山作りまくったに違いない、と推測するのだった。

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