第32話 エルフということ
「エドさん、ちょっと教えて欲しいんだけど」
ミスリルのインゴットを量産した翌朝、出立を前にしてレンはエドに声を掛けた。
神殿が整備した馬車を、それでも自分たちの目で確認していたエドは、一緒に確認をしていたエミリアに断ってからレンの前にやってくる。
「どうかしましたかな?」
「あー、うん。サンテールの街だっけ? 周辺の魔物はどうなってるかなと思って。ええと、一番知りたいことは、イエローリザードが近場にいるかなって事なんだけど?」
レンの質問に、エドは腕組みをして、片手で顎を撫でた。
「ふむ……まず、サンテールの街の周辺はグリーン系の魔物が棲息していますが、ほんの少し離れるとイエロー系の魔物の棲息域があります。これは、結界杭の魔石確保のためですが、現在街と呼ばれているのは、イエロー系の魔物の棲息域が近くにある場所が多いですな」
「あー……騎士を投入するのにも、しっかりした拠点があった方がよいってことですか?」
「まあ、そういう面もありますが、どちらかというと冒険者を集められるように、でしょうな。騎士も魔石を回収しますがヒトに関して言えば、未だに冒険者がその主力ですわい」
エドの言葉に、レンは首を傾げた。
集団戦力と個人戦力、単純に同じ戦力として比較することはできないが、集団を構成した騎士はゲーム内ではかなり強力な武力だった。
それに、エドのようにそれなりに鍛えた者もいるのだから、その戦力を魔石回収に充てるべきではないか、と考えたのだ。
そんなレンを見て、エドはレンの考えていることを理解して苦笑した。
「鍛えた騎士と鍛えた冒険者、集団戦なら騎士が勝つじゃろうが、1対1となれば冒険者が勝つ。騎士は集団戦を行なうために戦い方を統一しておるため、そこを突かれると弱いのじゃ」
集団戦をするときに重要となるのは、全員の攻撃の方向とタイミングを合致させ、全員がひとつの生き物のように動くことである。そのため、騎士たちは一糸乱れぬ動きが出来るように鍛えている。
もちろん1対1の時は戦い方を器用に変えられる者も中にはいるだろうが、騎士に求められるのは個の武勇ではないというのは、レンにも理解できる話だった。
「まあ、隣に並んでる剣士が急におかしな動き方をしたら集団戦はできないというのは分かりますけど、それなら騎士を集団で運用して魔物を狩るとか」
「集団戦には拓けた場所が必要になるじゃろ? 森の中での戦いはどうしても木々や地形の問題で分断されたりするから、冒険者の方に分があるんじゃ。それに騎士は、万が一結界杭が失われた時に民を守るための戦力であり、大型の魔物が出た時に対応するためのものじゃから、普段から魔石集めで消耗させるわけにもいかんのじゃよ」
「……その割に、エドさんは護衛として街を離れてますよね?」
「本来の儂の立ち位置は、護衛として雇った冒険者たちのとりまとめ役じゃったのじゃが、流された時にはぐれてしもうての」
冒険者を護衛として雇っても、正しく運用――適切に休憩を取らせたり、護衛としての配置ができなければその力を十分に発揮できない。
だから指揮官として着いてきたのだが、大雨で流されてしまい残ったのは自分だけだったのだ、とエドは嘆息した。
「なるほど……ええと、それで話は戻りますが、イエローリザードは?」
「あれじゃろ? 黄色くてやたら硬いトカゲ。街から少し離れた位置に
錬金術の素材にでもするのか、とエドが問うと、レンは首を横に振った。
「いや、アレッタさんとシルヴィの錬金術師の職業レベルを中級にするのに、イエローリザードと戦う必要があるんですけど」
レンの返事を聞き、エドは目を剥いた。
「錬金術師の中級は魅力じゃが、お嬢様にそんな危険なことはさせられんぞ?」
「いや、現地への往復は多少危険かもだけど、現地では危険はないと断言しますよ?」
「戦いに絶対はない。それはレン殿ほどの御仁ならば承知していると思うが?」
「まあ、やるやらないの判断はアレッタさんにして貰いますけど、安全だとする理由はふたつあります。まず第一に、イエローリザードと戦うのは俺だけです。ふたりはイエローリザードに姿を見せるだけで、相手に触れる必要もない。第二に、ふたりには結界棒の中に入って貰う。結界の中で素材を確保するだけだからその間は危険はありません。ただ、そこまでの往復は多少危険だから、数人護衛が欲しいところですけど」
レンが、判断はアレッタにしてもらうと言うとエドは口を閉ざした。
そこに危険があるとしても、その危険が必要なコストであるとアレッタが判断すれば、それ以上はエドが干渉できる範囲ではない。
それに、結界棒を使うのであれば、その中にいる間は安全だというレンの主張は何も間違っていない。
「たしかにそれを決めるのはアレッタお嬢様じゃな。もしもアレッタお嬢様が行くことを選んだ場合は、できるだけの護衛を付けるとしよう」
「そうしてください。昆虫系の魔物は発見が難しくて接近を許したりもしますから」
戦闘職を極めれば気配察知の上位互換技能の第六感などのように、魔物のみならず危険な罠などまで検出できる技能も存在するのだが、レンは錬金術師を育てるために必要な職業と技能を中心に身に付けるという方針でいたため、どうしても気配が薄い魔物を、敵の攻撃に先んじて発見するのは苦手なのだ。
自分だけなら、敵が攻撃のために身じろぎしたタイミングでカウンターを決めることも可能なので、普通ならそれが問題になることはあまりないのだが、魔物の狙いが護衛対象だったりすると、どうしても一呼吸対応が遅れてしまう。
「しかし、イエローリザードか……倒せるようなら、相場よりも色を付けるので、素材を売って貰えぬじゃろうか?」
「構いませんよ」
イエローリザードは、レンからすれば脅威ではない。
鱗が硬いため刃物で切るには向かない敵だが、リザード系に共通する、冷気で動きが鈍くなるという弱点があるため、十分に冷やしてから鱗の守りが薄い場所を狙えば、割と安全に倒せる相手なのだ。
そのためレンからすると、イエローリザードの素材はレア度の低い素材という感覚なのだが、氷魔法は水魔法を育てなければ使えないため、現在、その戦法を取れる者は少なく、必然的にその素材もそれなりに稀少になっている。
『碧の迷宮』では、イエローリザードは明確な弱点が設定された素材回収のしやすい敵と認識されており、初心者を脱したアバターが好んで防具に利用していたこともあり、レンの中の認識とエドの認識には乖離があった。
「感謝する。イエローリザードの防具は幾つか残っておるのじゃが、補修に必要な素材が中々揃わんでの」
「共食い補修でもしてたんですか?」
「どうあがいても補修できない防具は潰して素材にしたが、素材があれば直せるレベルのものにはまだ手は着けておらん」
エドがそう答えた時、エミリアが確認完了の声を上げ、神殿の入り口で控えていたフランチェスカがクロエたちを迎えに建物の中に入っていった。
「準備でき次第出発ですね。今日の日程は……」
「ヴァレリの村を経由してサンテールの街じゃな。レン殿、到着したら、コンラード様の解呪をお願いする。それと、我々が支払うべき金額を計算しておいてほしいのじゃが。到着次第、金貨をかき集めねばならんからの」
「あー……解呪については着いたらすぐにでも行ないましょう。金額については中級解呪ポーションの分だけで構いません」
「いや、それは困る。サンテール家の名誉のためにも、適切な金額を請求して欲しいのじゃが」
「まあ、それについては馬車の中でアレッタさんと相談しておきますけど、あれです、クロエの言うことを信じるのなら、神様が色々やらかした結果みたいだし、むしろ神殿に請求するのが筋なのかも」
「……街に着いたら請求書を回して」
レンの後ろに忍び寄っていたクロエがそう言う。
クロエの気配に気付いていたレンは肩をすくめ、片手でポンとウェストポーチを叩いて見せた。
「まあ、貰ったこれで十分に代金になってるから、費用は請求しないことにしておくよ」
ポーチの中には様々な未加工アイテムが入っており、それらだけでもゲーム内であれば結構な金額になる。
レンの腕では加工出来ないが、
金を持っていたプレイヤーがいなくなり、市場としてはかなり縮小しているが、それは同時に商売敵がいないという意味でもある。実際にやるかどうかは別にして、その気になればレンは好きなように儲けることができるのだ。
だがしばらくは、レンはそこまで金儲けをするつもりはなかった。
金の亡者になり、とことんがめつく儲けたところで、全人口が2万人という狭い世界では使い方も限られる。
それに何より、現在はまだ通貨制度が残っているが、もしもそれが崩壊してしまえばどれだけ金貨を抱えていても意味はない。
この世界から金貨を吸い上げるのは、その崩壊までの時間を短くすることにもなりかねない。
「多分、この先はお金よりも国の偉いさんとのコネとかの方が必要になるかな」
「貴族でも王族でも紹介する。任せて」
「へぇ、クロエって顔広いんだ」
「面識がある人は少ないけど、御神託に従っての行動を止める者はいない」
鼻息荒く、胸を張るクロエ。
そんなクロエの肩を抱き、フランチェスカがクロエを馬車の方に連れて行く。
「さあ、お話は馬車の中でなさいませ」
「フランチェスカは私に失礼」
「はい、クロエ様がもしも何かに興味を惹かれて立ち止まったりしたら、引き摺ってでも目的地に連れて行くようにマリー様に言われておりますので」
「……マリーめ。帰ったら抱っこの刑」
などと言いつつもクロエは馬車に押し込まれる。
その後からアレッタ、シルヴィ、レンと続き、同乗の護衛としてエミリアとフランチェスカも馬車に乗り込む。
それを確認したエドはゆっくりと馬車を走らせる。
神殿では神官たちが馬車に向かって祈りを捧げ、門までは並んだ街の人々が馬車を見送る。先触れを受けていた門番がノーチェックで馬車を通すと、馬車は森の中に通された赤茶けた小石が敷き詰められた街道に向かって走り去っていくのだった。
馬車の中で、レンはアレッタに請求金額についての話をした。
アレッタもエド同様、踏み倒したり、不当に安くするのは受け入れられないと断ったが、それなら、とレンは代案を出した。
「アレッタさんとシルヴィは、サンテールの街に着いたら直ぐに、作成可能なポーションすべてをそれぞれ30本作成すること。材料は俺が用意する。自分で作ったポーションで魔力とスタミナを回復させながら作れば、多分、明日までにはできると思う。それが終わったら俺が引率するからイエローリザードのそばで硫黄草をそれぞれ8本採取。その後、アルシミーの神殿で祈りを捧げ、職業レベルを中級にしてもらう。それに成功したら、この先の、世界を救う仕事に協力して貰いたい」
「ま、待ってくださいませ。世界を救うんですの?」
「ああ、どう考えてもそれをしないと、俺がこの先耐えられなくなる」
罪悪感とか正義感とかそういうレベルの話ではなく、レンは世界を救わなければ自分の生存が脅かされると考えていた。
それに気付いたのは、昨晩、神殿の湯殿いっぱいの水を魔法で適温の風呂に仕立て、その風呂に入った時のことだった。
頭から湯を被り、石鹸で頭を洗い、長い耳を洗った時、レンは自分がエルフであると改めて実感した。
そしてそれまで考えないようにしていたことを考えた。
(エルフとヒトの違い……エルフって寿命はどの程度なんだろう?)
ファンタジー小説に登場するエルフは、精霊の一種であったり、ヒトと異なる進化を遂げた別の人類だったりと、色々な設定が存在する。
『碧の迷宮』において、人間とは、ヒト、エルフ、ドワーフ、獣人、妖精を指す。この内、妖精は別として、人間同士、たとえばエルフとドワーフは子を為すことができる。
異種間交配で誕生した子供は基本的に両親どちらか片方の特徴を強く受け継ぐため、ハーフエルフなどは存在しない。
ファンタジーな世界でどこまで意味があるかは不明だが、レンはそうした事柄から、エルフとヒトは例えばホモ・サピエンスとホモ・ネアンデルターレンシス程度の近縁種ではないかと考えた。
その場合、ヒトとエルフの寿命もそれほど極端に違ったりはしないだろうと予想したのだ。
だが『碧の迷宮』では、齢数百歳のエルフが若輩と扱われ、800歳を超えたあたりから長老と呼ばれるようになっていた。
その記憶が正しければ、エルフの寿命は最低でも数百歳、場合によっては1000歳を超えるかもしれない。
そして、知らない筈の記憶がその疑問に答えを与えた。
それを思い出したレンは、苦い顔をして、
「マジかよ」
と吐き捨てるように呟いた。
エルフは若い内はヒトよりもゆっくり成長し、ヒトで言う20歳から30歳前後で成長が止まり、個人差はあるが800歳あたりで老化が始まり、1000歳程度で寿命を迎える。
だが例外的にハイエルフという種族に変化することもあり、その場合の寿命は5000歳以上だと言われていた。
それを知ったレンは、あまりの長さに目眩を感じた。
(……ファンタジー小説でエルフが保守的な種族として書かれたりするけど、それだけの期間、世界が安定していないと安心して生きられない生き物だって考えたら、そりゃ保守的にもなるよな)
そして気付いてしまった。
現在生き残っている2万人の人間の半数はヒトである。
このまま放置しても数十年程度ならヒトはある程度は生き残るだろう。しかし、ヒトが減り続けるのを放置すれば、数百年でヒトは滅びるかも知れない。
そうなったとき、ヒト以外の人間が文明を維持できる可能性は低い。
ドワーフがいれば鉄器は作れるかも知れない。エルフがいれば森の恵みを確保して食糧にできるかもしれない。
しかし、農耕を行なう習慣があるのはヒトくらいのもので、文化や文明の多くは農耕による余剰食料があるからこそ生まれたのだ。
ヒトが滅びた場合、文化だ文明だなどと言っている余裕はなくなる。
そうなれば、レンはエルフの一員として、森に棲み、木の実と虫と獣を捕まえて食べる生活を行う事になるのかもしれない。
そして、それは最低でも1000年近く、下手をすれば5000年続くのだ。
それだけの時間を、ただ森で食べ物を探し回って過ごすなど、レンには耐えられそうになかった。
文化的な刺激と豊富な食料と綺麗な衣服、安全な住処でののんびりした生活。
それらなくして、レンは生きていけるとは思えなかった。
(……10世紀から50世紀、平和な世界が維持されるようにしないといけないって無理ゲー過ぎるだろ)
短くても1000年である。
日本なら平安時代の頃に生まれ、鎌倉、室町、安土桃山、江戸、明治、大正、昭和、平成、令和のすべてを生きるということになる。
その間に発達した技術がどれだけ世界を変えたか、それを考えるとレンは目眩のようなものを感じるのだった。
世界が変われば、レンの予期しない問題が発生するかもしれない。例えば、ポーションが大量生産可能になって、レンの収入の道が絶たれるかも知れない。世界の急激な変化は、レンにとっては猛毒となる可能性がある。だから、それを抑止しつつ、人間がそこそこ繁栄するようにしなければならない。
頭からお湯を被り、無理だ、とレンは考えた。
だが、エルフとしてこの世界に生きている以上、それがレンにとっての生存条件である。
どうすれば良いのだろうかと、レンは体を洗い、風呂桶に体を沈めながら頭を巡らせるのだった。
そんな意識の変化があったとは知らないアレッタとシルヴィは、レンの、
「ああ、どう考えてもそれをしないと、俺がこの先耐えられなくなる」
という言葉を聞き、純粋に善意によるものだと考えた。
ただクロエだけは、レンの意識の変化について、予め神託でも受けていたのか、無表情に頷くのだった。
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