第29話 他意はない
ミロの街の敷地は四角くない。
四つある角の一つを切り落としたような形をしており、四隅にある結界杭の一本は森の中に立っている。
3本の結界杭の保守を終えたレン達は、結界杭を探して森の中に踏み込んでいた。
探すと言っても、実のところ、それほど難しい話ではない。
森の中には大勢の人が往き来して踏み固めた道が出来ており、どの道が正解か分からないものの、少し遠回りをしただけでレン達は結界杭まであと少しという位置まで到達した。
レン達がそこで足を止めたのは、レンがそう指示したからだった。
「お師匠様、魔物ですか?」
「いや……人間? が……3人、かな」
「レン、無理はしなくていいから」
クロエが気遣わしげにそう言うのを聞き、レンは肩をすくめた。
「敵かどうか分からないから、こっそり覗いてみるよ。みんなはここで待機」
「はい」
「ご武運を」
「戦う気はないけどね」
レンは自身の気配と魔力を出来るだけ抑えつつ、木の影を伝って前方の気配に近付く。
気配の数は3つになったり、2つに減ったりと変化している。
ふたつの気配は同じ場所にあるが、三つ目の気配は少し遠い。
ある程度接近したところで、前方にいるふたりの姿が確認出来た。
ひとりは先程馬車でやってきたステファノという男性で、レンが隠れている木の方、というよりもミロの街の方に視線を向けている。
もうひとりは、仕立ての良い服を着た、ステファノよりも少し落ち着いた雰囲気の男性だった。
頭の上に照明魔法を浮かべ、結界杭に背中を預けてそこそこ分厚い紙の束を読んでいる。
もうひとつの気配は気配察知に引っ掛かったり消えたりしているが、気配が微弱すぎてそれが人間なのかの判断も付かない。
(あれ? 三つ目の気配って結界の外か……ってことは魔物か?)
そのまま木の陰に隠れてアレッタ達のところに戻ったレンは、
「何てったっけ、さっき馬車で来た人ともうひとりがいた。気配は三つで、ひとつは結界の外側だから、魔物かもしれない」
「カラブレーゼ魔法研究所のステファノさんですわね。そういえば、所長を連れて挨拶に行くって言ってましたから、もうひとりは所長かもしれませんわね」
「レン、行こう。私たちも約束は果たすべき」
何の気負いもなくそう告げるクロエの言葉に、レンは頷いた。
「そうだな。そろそろ保守終わらせて炉の様子を見に戻りたいし。行こう」
レンの号令でシルヴィとアレッタも動き出す。
魔力も気配も一切断たずにレン達が結界杭に無造作に近付いていくと、ステファノの気配が大きく動いた。
具体的にはレン達に近付いてくる。
その姿がギリギリ見えるかどうかと言う位置でレンが声を上げる。敢えて、ステファノの名前は呼ばない。
「そこのあなた、そこで止まって貰えますか?」
その声に反応してステファノは立ち止まる。
「神託の巫女様の護衛でしたね。私はステファノです。ええと、そちらはサンテール領の、ええと……」
「アレッタ・サンテールですわ。所長さんはどちらにいらっしゃるのですか?」
「結界杭の前で神託の巫女様の到着をお待ちしております……そちらの護衛のエルフ君、ええと、レン君だったか、結界杭まで私が先導しても良いかな?」
「ええ、お願いします」
ステファノは頷いて、レン達に背中を見せて歩き出す。レンはクロエに目配せをしてからステファノの後を追って歩き出した。
「ルドルフォ様。神託の巫女様をお連れしました」
「うん、言葉は正しく使おうね、ステファノ君。連れてきたんじゃなく、お約束通り、来てくださったんだよね……君が連れてきたって言うと、ちょっと怖くなっちゃうから……ええと?」
ステファノの後ろから現れたレンとクロエ、シルヴィとアレッタの姿を見て、ルドルフォは紙の束を丸めて上着のポケットにしまうと、結界杭から一歩踏み出した。
そして、背筋を伸ばして静かに頭を下げる。
「神託の巫女、クロエ様。初めてお目もじいたします。カラブレーゼ魔法研究所のルドルフォと申します。お会いする機会を頂けまして無上の喜びです」
クロエはレンの前に出ると、無表情に頷いた。
「いつも神殿が世話になっていると聞いている。感謝する。それで?」
「それで? あ、そうそう、そうです。お願いの儀がございまして……ええと、少しあなたの体を調べさせて頂きたいと申しますか」
「……それは嫌」
クロエはレンの後ろに潜り込むように隠れる。
そんなクロエを守るようにアレッタが抱きしめる。そして、紅潮した顔でルドルフォに向かって叫んだ。
「あなたは! 女性の体を調べさせろとか、何を言ってるんですか!」
「あ、いや、そうじゃなくてだね? ええと、ステファノ君、笑ってないで何とかしたまえ!」
腹を抱え、それでも声に出さずに笑うステファノに向かって、ルドルフォは悲鳴のような声を上げる。
「かしこまりました。レン君、そう警戒しないでくれたまえ。神託の巫女様を魔力感知で詳細に確認させていただきたいだけで他意は……ルドルフォ様、ありませんよね? 他意」
「情けなくなるから、そんなことをわざわざ改めて確認しないでくれたまえ。そうだとも、魔力感知で神託の巫女様を見させて頂きたいだけなのです」
「魔力感知で?」
レンはクロエに向かって魔力感知を使う。
そして首を傾げる。
「別に、おかしいところはないけど?」
「やっ!」
「お師匠様が変態に⁈」
アレッタの腕の中で体を小さくするクロエを見てシルヴィが悲鳴のような声を上げる。
「いや待てシルヴィ。魔力感知、魔力感知で見ただけだから」
「ずるいぞ! 私にも見せたまえ!」
「やっ!」
「……全員、落ち着きなさい……クロエ様、大丈夫ですわ。私も使えますけど、魔力感知では別に肌が見えるわけではありませんもの」
「……」
「……」
アレッタの言葉に、ルドルフォとレンはそっぽを向く。
確かに魔力感知に透視能力のようなものはない。
だが、十分に鍛えた魔力感知であれば、魔力が含まれた物体の輪郭を正確に読み取る程度のことはできる。
通常なら、シルエットだけだがかなり正確に視えてしまうのだ。
「……レン様?」
「いや、ほら、クロエさんはローブ着てるだろ? そのローブって魔力が通ってるから、魔力感知で見ると、ローブが見えるだけだし」
「ああ、言われてみればそうですわね。クロエ様、落ち着きまして?」
こくこく頷くクロエをもう一度抱きしめ、アレッタはルドルフォから見えないようにクロエを背中に隠す。
「ルドルフォ様? なぜ魔力感知でクロエ様を見たがるのでしょうか?」
「……神の奇跡の多くは魔力を介して世界に現れるのです。神託の巫女が神託を受ける際に神と対話するという話ですから、そのときの魔力の動きを見てみたい、というのが一番でしょうか。でも、それと比較する意味でも、神託を受けていない状態の巫女様の状態も確認しておきたいのです」
「……特におかしいことは言ってないみたいですわね……シルヴィ、どう思いまして?」
「ええと、私の意見ですか? とりあえず、クロエ様が嫌がってるのなら、見るのはやめるべきだと思います」
突然アレッタに振られたシルヴィは、ワタワタしながらそう返事をする。
「カラブレーゼ家の名に誓って、不埒な目的ではありません」
「とりあえず、この人、どうなんだろうって思う部分はあるけど、俺は信じても良いと思うよ」
「レン様がそういうとは思いませんでしたわ。理由はおありですの?」
「だってほら、魔力感知なんて、さっき俺がやったみたいにこっそりやればバレないわけだし、きちんと許可取ってるあたりはむしろ誠実じゃないかな」
レンの言葉に、アレッタは少し考え込み、頷いた。
「言われてみれば確かにそうですわね……クロエ様、どうでしょうか?」
「このローブを着たままでよければ、一瞬だけ見るのは許可する」
「おおっ! 感謝いたします。それでは……おや? これはまた……」
ルドルフォは、興味深そうにクロエの全身に視線を走らせ、自分の顎を撫でて何やら考え込むのだった。
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