第28話 遭遇×2
馬車から降りてきたのは痩せた神経質そうな男性だった。
年齢は30歳くらいで、種族はヒト。
街中での移動に馬車を使っているのだから当然ではあるが、それなりに服装にはお金が掛かっているように見える。
馭者が降りてくる様子がないのを確認しつつ、レンは誰何する。
「その場で止まって名乗れ。俺はレン。こちらの女性達の護衛だ」
レンに声を掛けられ、初めてその存在に気付いたというようにその男性は目を見開き、両手を挙げ、笑顔を見せた。
「これは失礼。お嬢さん方、驚かせて済まなかったね。驚かせるつもりはなかったんだよ……ええと、私の名前だね。私はカラブレーゼ魔法研究所のステファノ」
(カラブレーゼって聞き覚えあるな……ああ、イタリアンの唐辛子料理だったっけか?)
カラブレーゼとは、イタリア、カラブリア州に住む人たちを指す言葉だが、カラブリア州の郷土料理の名前でもある。唐辛子とチーズ、野菜などを煮込んだソースを差し、ピザやパスタを始め、様々な料理に使われる。なぜ、そんな名前が異世界の魔法研究所の名前になっているのだろうか、とレンは不思議そうな表情をする。
それを見て、ステファノは笑みを深めた。
「いや、実はそちらの神託の巫女様に、言伝がございまして」
「聞く。話すがいい」
クロエがそう言うと、ステファノは背筋を伸ばし胸に手を当てて一礼した。
「お言葉ありがたく。言伝の主はカラブレーゼ魔法研究所の所長、ルドルフォ・カラブレーゼ様です。明日には御出立と聞き及んでおります故、出来ましたら日が沈む前に、世界を
「お待ちなさい。わたくしはアレッタ・サンテール。いきなり現れ、自分の要求だけ突き付けるだなんて、淑女へのお誘いとしては少々無作法ではなくて?」
「……それは承知しておりますが、聖域の外で神託の巫女様に拝謁する機会など、この先どれだけ望んでも得られませんのでご
アレッタの刺すような言葉をかわし、ステファノは一礼してクロエに向き直る。
「時間もございませんので、この場でお返事賜りたく存じます」
「魔法研究所……ならば断れない。だが、こちらにも予定がある。約束はできない」
クロエの言葉にステファノは首を傾げるが、クロエは気にした様子もなく言葉を続ける。
「結界杭の保守作業を行う。話があるなら結界杭まで所長を連れてくるとよい」
「結界杭の保守ですか? どの杭でしょうか?」
結界杭は街を囲むように配置されている。来いと言われても、どの杭に向かえば良いのかなど分かるはずもない。
そう言いたげなステファノにクロエは、
「探して。こっちも移動しながら保守をする」
と言い放った。
だが、神託の巫女に異を唱えることはできない、ステファノはただ、頭を深く下げた。
「あんな言い方しちゃって良かったのか?」
ステファノが去った後、レンがクロエに尋ねると、クロエは頷いた。
「本来、神殿を通さずに来る方が悪い」
「そうですわ。神託の巫女様は、この世界にただおひとりですもの。あんな無礼者、無視しても良かったくらいです。クロエ様は、お優しく対応しておりましたわ」
「そういうものか……さあ、暗くなる前に保守を終えたい。急ごう」
レンは、少し疲れて見えるクロエの背中に手を回して歩き出した。
それを見て、シルヴィとアレッタは、クロエとレンを先導するように歩き出すのだった。
結界杭は、街の塀の外にあった。
塀は、それだけで魔物を押しとどめられると言われているだけあり、かなり立派なものだった。
材質は、石をベースに、要所を錆びない鉄で補強してある。
結界は結界杭を繋いだ直線上に発生する。
レンは魔力感知で結界の位置を確認すると、塀の外に出てもすぐに結界の外に出るわけではないと理解し、門から外に出た。
アレッタ達は、元々結界杭のある生活をしていたため、レンが塀の外側ではあるが、結界の内側を歩いて行くと告げると、すぐに理解の色を示した。
杭に向かって歩いていると、不意にクロエが立ち止まり、結界の向こう側に視線を送った。
結界の外は下草が刈られ、木も伐採され、灌木が少し残っているだけという緩衝地帯が10メートルほどの広さに渡って存在していて、その向こうに森がある。
「レン。あれは何?」
クロエが指差している方向は、森の木々の間だった。
珍しい木でもあったのかとレンが視線をそちらに向けると、そこには黄色くて細い何かがいた。
「うわ、やっぱりこいつらには気配察知が通用しないな……クロエ、あれは魔物だ」
「魔物? あの魔物は見た事ない」
「まあ、可食部分が少ないし、素材は限られるから、全体像を見る機会はないかもな」
「わたくしも初めて見ましたわ……でもあの形は習いました。マンティスですわね?」
アレッタが魔物の名前を言い当てる。
木々の間に静かに佇む姿は、それを認識した後であれば、カマキリにしか見えない。
しかし、目を離すと、見失ってしまいそうなほど、その巨大なカマキリには存在感がなかった。
「あー、これはタゲられたな……こっちは結界の中だから安全っちゃ安全だけど……仕方ない、全員集合」
レンが声を掛けると全員がレンの周りに集まる。
「ええと、アレッタさんとクロエは並んで塀に寄りかかって、念のため、シルヴィはふたりの前に立って」
「お師匠様は、あの魔物と戦うのですか?」
「まあ、イエローマンティスなら何とでもなるし、さっきの人が追い掛けてきて、魔物に襲われたりしたら面倒だからね」
どん、と、大きな盾を取り出してシルヴィの前の地面に突き刺すレン。盾を渡されたシルヴィは困惑している。
「お師匠様、私、盾なんて使ったことありませんけど」
「持ってるだけでいい。盾の下のスパイクが地面に刺さってるから、押さえとくだけで十分だから……あとは」
結界棒を取り出したレンは、3人の周りに結界棒を刺し、弓と
それを感じ取ったのか、イエローマンティスがゆっくりとカマを揺らす。
直後。
イエローマンティスが目で追えないほどの速度でレンに向かってカマを伸ばしつつ飛びかかってくる。
結界に触れたカマが光を放ち、魔物はその場で硬直する。
「離断射!」
レンが放った矢の
矢は反射的に持ち上げたカマを裁ち切ってその首に突き刺さり、直後、矢の先端部分が爆発したかのように膨れ上がる。
離断射は弓使いの技能のひとつで、切り裂き、命中した箇所を破断させるものである。命中した矢はその能力を遺憾なく発揮し、マンティスの首が宙に舞う。
「っと。これは予想外」
細い首が折れ、首と、カマが飛んでくる。
それらは、まだ生きていると見なされているのか、結界にぶつかって地面に落ちた。
完全に死亡した魔物なら、結界内に入れることが可能となるが、瀕死や、生きている魔物の体の一部などを結界に入れることはできない。
それはゲームの頃からの仕様だった。
この仕様があるから、たとえば、針を飛ばしてくるハリネズミ《ヘッジホッグ》系の魔物の攻撃は、結界を抜けることが出来ないようになっていた。
レンは慎重に周囲を見回す。
そして、他に魔物がいないのを確認すると、結界から出て、マンティスを回収する。
「お師匠様、全身を確保するんですか?」
「あー、いや、マンティス系は食べないから、解体を急ぐ必要はないだろ? 後で魔石を抜くから、それまで全身保管しとくだけだよ」
「まあ、食べられないわけじゃありませんけど」
「それにほら、杭の保守を明るいうちに終わらせたいし」
「ああ、そうですね」
シルヴィが、いえ、美味しいです、などと言い出さなかったことに、レンはこっそり安堵の息を吐くのだった。
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