第27話 ブレスレットと製錬準備
レンから深紅の革ジャンにしか見えないソフトレザーアーマーを受け取り、それを羽織ったシルヴィはクロエの強い視線に泣きたくなった。
レンがシルヴィに差し出した手の上にある物を、クロエが穴があきそうになるほど見つめていたのだ。
「シルヴィ、あとはこの指輪とブレスレットだ。指輪は3回だけ物理攻撃を軽減する。ブレスレットは状態異常耐性を少しだけ上昇させる効果が……どうした?」
シルヴィはブレスレットを見て困ったような顔をしていた。
それを見て、レンはゲーム内のあるシステムの存在を思い出していた。
「……お師匠様にその意図がないのは分かってるのですが……その」
「ああ、そういえば、そんなのもあったか」
ゲームにはフレンド登録の上位版として婚姻登録という機能があった。
婚姻登録をすると、戦闘時に特殊な協力攻撃を使うことができたり、異なる職業が力を合わせて物作りをする際の成功率が上昇したり、婚姻相手が受けるはずのダメージを自分に移せるようになるなど、色々なメリットがあった。
デメリットは、ウエストポーチの中まで財産が完全に共有となってしまうことで、一時期は財産狙いの結婚詐欺が横行したりもした。
その婚姻登録の際に使用するのがブレスレットだった。
「お師匠様が特別な意味を込めてないのは理解してますが、ブレスレットはその、受け取れません」
「そうだな……ならこっちにするか」
レンが渡したのは、丸くて平たい宝石のペンダントだった。
「これは麻痺耐性の効果がある。毒には効果がないから気を付けるように」
「はい、ありがとうございます」
レンがブレスレットをポーチに戻そうとするその手を、クロエががしっと鷲掴みにした。
「レン、私はブレスレットをレンに渡した。レンも私に渡すべき」
「いや、最初はメダルを渡そうとしてたし、そういう意味はなかっただろ?」
「レン様、差し出口を申しますが、異性からブレスレットを受け取ったのなら、ブレスレットか指輪を返すべきですわ」
アレッタの言葉に、レンはブレスレットがバレンタインのチョコレートのような意味を持っているのだと理解した。
「アレッタさん、俺はこの辺の風習には詳しくないんだけど、ブレスレット貰って、友達でいようって時は何を返すんだ?」
「そう言えばレン様は孤立したエルフの村育ちと仰ってましたわね……シルヴィ、レン様に教えて差し上げて」
「……はぁ……分かりました。お師匠様、ブレスレットを渡すのは、親愛の表現です。あなたと手を繋いでいたいという意味があるそうです。これは、恋愛、友人など、様々な関係でやりとりすることもあります。求婚する場合は、ブレスレットを渡し、あなたに私の全てを委ねます。とか、そんな感じの言葉を告げます。求婚を受ける場合は、別のブレスレットに木の実を添えて返します。受けない場合は、ブレスレットを受け取らないか、受け取ってしまった場合は貰ったブレスレットに花を添えて返します」
「なるほど……クロエさんは、そういう言葉なしにブレスレットを渡してきたんだが?」
レンの言葉を聞き、クロエは残念そうな顔をする。
アレッタは優しい微笑みを浮かべ、そんなクロエを見ていた。
「その場合は親愛の印です。受け取った側が、嫌だと思っていたら受け取らないか何も渡しません。これからも仲良くしようと思っているのなら、指輪を返します」
「あれ? 指輪なんだ」
「ええ。それで親愛じゃなく、異性として好きだって場合は別のブレスレットを渡します」
「つまり、この場合クロエさんにブレスレットを渡すと、俺は交際を申し込んだことになったりするのか?」
「……まあ、そうですね」
レンは、自分の腕を握っているクロエの手を引き剥がし、ブレスレットをポーチにしまう。
そして、適当な指輪を取り出してそれをクロエに手渡す。
「クロエさん、これからも変わらぬ友愛を。この指輪の宝石は金剛石。俺の生まれたあたりじゃ、金剛石は変わらぬ関係を望む人たちが贈り合います」
「ブレスレットを貰ってみたかっただけなのに。レンは意地悪」
「意地悪じゃない……それにしても、シルヴィ、工房があるってのはこっちで合ってるんだよな?」
「はい、お師匠様。あそこに見えてる門だと思います」
シルヴィが指差したのは、石造りの、鳥居に似た形の門だった。
円い柱が二本。天辺には柱を繋ぐ横棒が二本。
決定的に鳥居と異なるのは、柱の間に頑丈そうな門扉があることだった。
「ガリレオ様が燃料と管理人の手配をすると仰ってましたけど……あ、横の通用門が開いてますわね。あそこから入ってみましょう」
アレッタが指差す通用門は、通用門と呼ぶのが申し訳ないほどに立派で、街の中でのみ使用される小さい馬車が通れるサイズだった。
門を潜ると、レンは人の気配がある方に進み、馬車から荷下ろしをしている少年と、少年に指示を出している年配の男性に声を掛けた。
「こんにちは、俺はレンです。ここの工房を借りる約束をガリレオさんとしたんですが」
「おう? 随分と若いな……いや、エルフか……それにしても、この炉を使いたいって事だが、間違いないか?」
「はい。ああ、お礼に材木をお渡ししたいんですが、ここで渡してしまっても良いですか?」
「おう……なるほど、魔法の鞄を持ってるのか。見た目よりも腕利きってこったな。おっと失礼。俺はガリレオ様が経営する金物屋の番頭のキーンだ。そっちの小僧はライモンド、炭を運んだりあんたの助手に使ってくれ」
「助かります」
レンは、キーンの指示に従って、敷地の隅に材木を積み重ね、工房に入って炉を確認する。
クロエがその後をついて回り、アレッタとシルヴィは一歩離れた場所からその様子を眺めている。
「レン、先に工房に来て良かったの?」
「ん? ああ、結界杭の保守か? 先に炉に火を入れてから保守に行く。保守が終わる頃には良い感じに炉が温まってるだろうから、そこから
「炉を温める?」
「使ってなかった炉だから、魔法を併用しても、小一時間くらいは温めてやらないと使い物にならないんだ。まあ、鉱石も入れておくけど」
ライモンドに指示しながら、レンは炉に炭と鉱石を入れていく。
ミスリルの鉱石を積み上げるレンに、キーンは目を剥いた。
「おいおい、これは……本当に製錬できるのか?」
「まあ、一応?」
「それが本当なら、あちこちから呼ばれるだろうな。誰も扱えないってんで、最近はミスリル鉱石は野ざらしになってるぞ」
「採掘はされてるんですか?」
「錫を採掘するときに一緒に採れちまうんだ。捨てるのも勿体ないから転がしてたけど、場所塞ぎだって、埋め立てに使ったりもしてるらしいからな。製錬できるなんて話が広まったら大騒ぎになる」
なるほど、と頷き、レンは苦笑いを浮かべた。
それを見たキーンは、何か問題があるのか、と尋ねる。
「いや、製錬してインゴットを作ったとして、それを加工出来る人間はいないだろうな、と」
「あー、インゴットがあっても使えないのか?」
「製錬できない鍛冶師なら加工もできないかな。錬金術師の錬金魔法なら、変形させることはできるけど強度は出ない」
「そうか……だが……いや、神託の巫女様が動くわけだ」
炉に点火し、ライモンドに火の見張りを頼み、レン達は結界杭の保守のため、塀に向かった。
シルヴィとアレッタが先頭を歩き、後ろからレンとクロエが付いていく。
シルヴィが道案内で、レンが全体の警戒、アレッタとクロエは、まあそれなりに、という感じで結界杭を目指して歩いていると、レン達の後方から馬車が走ってきた。
「アレッタさん、馬車が来てるから道端に寄って!」
クロエの腕を取り、自分の体で守るようにしつつレンがアレッタに声を掛けると、アレッタも道の端に移動する。
シルヴィはアレッタの盾になれる位置で、少し緊張気味に腰の武器に手をやっている。
(緊張しすぎだろ……街中でそうそう……っておや?)
馬車はレン達の目の前に停車した。
馭者と、あとひとり分の気配。
気配で分かるのはせいぜいが相手の状態までで、敵対的かどうかまでは分からない。
レンは、クロエを背に庇いながら、レイピアの柄に手を乗せた。
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