第26話 護衛が必要な場所に行くなら、防具くらい身につけてくれ
シルヴィの言葉を聞き、クロエはレンの腕に自分の腕を絡める。
「私もレンがいるから、エミリアとフランチェスカは安心して森に行くと良い」
「その、レン様は護衛の経験はおありなんですか?」
「大昔、やったことはあるけど、護衛対象がふたりで、護衛がひとりってのは無理がないか?」
「レン様が正常な判断力の持ち主で安心しました」
襲撃されて護衛対象が分散したりすれば守れるものも守れなくなるし、連携の上手い複数の敵がいても守るのは難しくなる。
ゲームでも護衛クエストが存在したが、怖いのは強力な一体の敵ではなく、弱い敵が数を頼みに襲ってくることだった。
強い敵が一体だけならそれを倒せば済むが、無数の小型の魔物が四方から襲いかかってくるような状況で、護衛を守り切るのは中々に難しい。
範囲魔法で殲滅が可能な状況ならともかく、街中など、範囲魔法が使えない状況では尚更である。
しかもレンなら防具で食い止められる攻撃も、防具を着ていないNPCにとっては数発で致命的な攻撃となる、とそこまで考え、レンは気付いた。
「アレッタさんもクロエさんも、防具渡したら着てくれるか?」
「重くなくて、見苦しくないものなら、わたくしは構いませんわ」
「鉄は嫌」
ゲーム内で数多のプレイヤーが叫んだ「護衛が必要な場所に行くなら、防具くらい身につけてくれ」という祈りが結実した瞬間であった。
なお、主に叫んでいたのは健司である。
「防具を着けてくれるなら、多少はなんとかなるかな?……まあ、街の中でそうそう危険はないと思ってますけど」
レンはそう言いながらガリレオに視線を送る。
「勿論、我が領内に不埒者などおりません。我が家からも護衛を出せるとよいのですが、治安維持に必要な最低限以外は既に森に出ておりまして」
「それもそうか。俺が言うまでもなく、当然領民のためにやることはやってるよな。余計なことを言った」
「いえ、ご配慮、ありがたく……実際、材木は助かりますし」
「それじゃ、アレッタさんにはこれを、クロエさんには……こっちかな?」
レンはポーチから布状の塊を取り出し、ふたりに手渡した。
「これは、朱色の……マントでしょうか?」
「アレッタさんのは革のローブ。迷宮で拾った中では、割と高品質。状態異常耐性と耐刃、温度調整が付いてるね。フードを被らないと温度調整の効果は薄いけど」
「
「まあ、値段は気にしないで。昔迷宮で拾って、売り払うのはちょっと勿体ないけど、自分で使うほどじゃないって防具だから」
迷宮で拾った武器や防具は良さそうなものだけ残して、微妙なものは売り払うか潰して素材にするレンだったが、それでもかなりの量がポーチの中には眠っていた。
アレッタに渡したのは、職業レベルなどの着用条件のない防具の中では比較的守りに特化したローブだった。
なおアレッタは気付いていないが、洞窟でベッドに敷き詰めていたウェブシルクは防刃効果と汚れ防止を持った糸で織っており、市場では高値で取引されている品である。
「レン、私のは?」
白い布のローブを広げ、クロエが尋ねる。
白いローブはどこかの民族衣装のような見た目で、裾や
「うん。まあ神託の巫女ってことで、紅白の装備にしてみた……俺の地元の巫女装束もあるけど、多分、着替えるのが大変だろうし」
「巫女が紅白?」
「まあそれは置いといて、付与されているのは防刃効果と汚れ防止、温度調整に貫通耐性。こっちは、アレッタさんのよりも防御特化かな」
弓で射られたり
クロエはローブを羽織り、嬉しそうに微笑んだ。
それを見たエミリアは、
「レン殿、このローブを売っていただけませんか?」
とレンに頼み込む。
「別に構わないけど……なに? クロエさんって狙われてるの?」
「いえ、そういうわけではありませんが、クロエ様は興味を持ったらどこにでも行こうとしてしまいますので……何より、このローブはクロエ様によくお似合いですので」
「あー、そういう理由か。確かに森の中とか平気で入ってくし、備えはあった方がいいな。それに、うん。確かに似合ってる」
「レン様、わたくしはどうですか?」
クロエに対抗した訳でもないだろうが、アレッタもローブを羽織ってみせる。
金の髪が朱いローブによく映えている。
「うん。アレッタさんも良い感じだね。あ、でも髪はローブの下に入れた方がいいかな」
レンが、実用上の問題を指摘すると、アレッタはつまらなさそうな顔をする。
その隣で、シルヴィがクスクスと笑っていた。
「お師匠様、そういう時は、可愛いって褒めないとダメですよ」
「ん? ああ、そういうことか。アレッタさんは何着ても似合うんだから、いちいち言うまでもないよ」
シルヴィの助言の意味を汲み取ったレンが、アレッタに向かってそう言うと、アレッタは、少し怒ったような顔をする。
「レン様は社交向きではありませんわね。同時にふたりの女性に衣装を渡したのですから、同じように褒めるのは、紳士の嗜みでしてよ?」
「エドさん、そういうものですか?」
「まあ、そうじゃな。社交では、紳士は淑女の美しさを褒め称えるというのは不文律じゃし、そこに貴族間の繋がりや好意がないなら、平等に扱わねばならぬ」
「……面倒ですね。でも、こんな食糧事情でも社交パーティなんてやってるんですか?」
レンがそう言うとエドは頷いた。
「年に一度、御前会議の後、各領から色々持ち寄って続けておるのぉ。まあ、遠方の領の者と会う機会は滅多にないから、国全体の情報収集が出来る貴重な場なのじゃ」
「もっと効率よく行えないものなんでしょうか?」
「試したが、上手くいかなかったと聞いておる。皆が持ち寄る食料の品質なども、収集する情報の一部じゃし」
レンとエドがそんな話をしていると、馬車の車輪の音が石畳のそれに変化した。
神殿に到着すると、ガリレオは自分の馬車で領主の館に向かった。
エミリアとフランチェスカ、エドは、森に出られそうな神官を集めて森に向かう。
そろそろ暗くなりかけているので、短時間のみとなるが、神託の巫女の護衛を務めるほどの腕利きに守って貰えるような機会は滅多にないと、多くの神官が薪拾いに手を上げた。
レンとアレッタ、シルヴィ、クロエはそれを見送ると、ガリレオに教えて貰った工房を目指すのだった。
「そっか、忘れてた。シルヴィもこれ羽織っておいて」
レンはシルヴィに、ローブを手渡す。
主に灰色のそれを広げ、シルヴィは微妙そうな表情になる。
「お師匠様、これは随分と汚れてませんか? アレッタお嬢様やクロエ様と同じものを要求はしませんけど、これはあんまりです」
「あー、それは、汚れじゃなくて、元々そういう模様なんだ。街の中では灰色の都市迷彩になって、森に入ると緑色の森林迷彩に変化する常時迷彩って付与魔法。ついでに軽い認識阻害も掛かってるから、それを着て動かずにいると、遠目からは発見されにくくなるんだ。常時迷彩と認識阻害の他は防刃と温度調整程度しかないけど……って、シルヴィは双剣使いだから、ローブじゃない方がいいか」
「ええ、もしも適当なものがあるのなら」
「そしたら、とりあえずこれと、これかな」
レンが取り出したのは、短めの革のジャケットと、数個の指輪とブレスレットだった。
「
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