第23話 想定外

 その日は早く寝て、翌朝は空が白む頃から活動を開始する。

 本日の予定は、聖堂から街道に出て、そこからサンテールの街の方向を目指す。


 サンテールの街までは2日が必要とのことなので、まずは途中の村を目指す。

 本日の移動予定は60キロほどを予定している。

 途中にあるのは村が2つで、泊地は街である。


「それでは、お世話になりました」


 手配して貰った馬車を背に、アレッタがクロエに頭を下げる。


「ソレイル様の御神託に従っただけ。礼は不要」

「それでも助かりましたわ」


 予定では、レンが森の中を往復20日かけて護衛を連れてくることになっていたが、それから考えるとかなり時間短縮ができる。


「それにしても大きな馬車だな」


 二頭立ての馬車はアレッタ達が乗っていたものより二回りほど大きい六輪のもので、ゲーム内では小さな馬車しか使ってこなかったレンからすると、馬が牽けるのかと心配になる。


「ちょうどいいサイズの筈」

「そうか? まあ、小さいわけじゃないから問題はないのか?」

「それでは参りましょう」


 アレッタ、シルヴィが馬車に乗る。

 エドは扉の横で待機し、レンに乗るようにと促す。


「それじゃ、世話になった」


 クロエとマリーにそう言って頭を下げると、レンは馬車のステップに足を掛けた。


「レン、早く奥に行って」


 レンが馬車に乗り、どこに座った物かと車内を見回していると、その真後ろにピタリとクロエが張り付いていた。

 思わず振り向たレンは、無表情にレンを見上げるクロエと見つめ合う。


「……なんでお前が乗ってる?」

「レンが着いてきて欲しいって言ったから?」


 何を言っているのだこの人レンは、と言わんばかりの表情のクロエ。

 レンが驚いて馬車の中に目を向けると、アレッタとシルヴィにも驚いた様子はない。


「……言ったか?」

「言った」


 レンは、何か失言してしまっただろうかと記憶を辿るが、それらしい記憶に思い至らなかった。


「済まん、俺はなんて言ったんだ?」

「村の結界の杭の保守をした時、保守した結果、グリーン系の魔石で使えるかの結果を知りたいって」


 ああ、あれか、と思い出したレンは、首を捻る。


「俺の生まれたあたりだと、ああいうお願いをするのは、着いてきて欲しいって意味じゃないんだが?」

「このあたりでもそう。でも、私が着いてけば、結果がすぐに分かる。だから着いていく」

「……レン様。わたくし達は昨日、クロエ様から聞いておりますけれど、レン様はご存じなかったのですか?」


 馬車の入り口で向かい合うレンとクロエに、アレッタが不思議そうな表情で尋ねてくる。


「……俺にその意図はなかったんだ。ちょっと行き違いがあったな」

「それで、どうなさいますの? レン様が結界杭に施した結果を素早く知ることが出来た方がよいのなら、クロエ様に着いてきていただくのも一つの手段と考えますが?」

「……皆、私が出るための準備を頑張った。今更行かないとは言いにくい」

「……いや、俺は構わないんだけど、クロエさんは無理して着いてくる必要はないし、アレッタさんも領に戻るのに、クロエさんが着いてきても構わないのか?」


 クロエは首を傾げる。


「これはソレイル様の御神託に沿う行動。問題があるならマリーが止めてる」

「……まあ、マリーさんなら積極的に止めるよな……それはそれとして、マリーさんも来るのか?」

「行くのは私と護衛がふたり。マリーは聖域で大事なお務めがある」

「わたくしも問題はありませんわ。むしろ歓迎いたします。神託の巫女様がいらっしゃれば、街や村での安全は保証されますし、来訪は領にとって名誉ですから、その機会があるのなら、是非来て頂きたいですわ」


 アレッタの横で、シルヴィも頷いている。

 そんなシルヴィを見て、レンは、クロエの面倒を誰が見るのだろうかと気になった。


「クロエさんは護衛をふたり連れてくってことだけど、着替えや風呂はひとりで出来るのか?」

「護衛のエミリアとフランチェスカがやってくれる」

「女性の名前だよな。昨日連れてた男の護衛じゃないのか」


 こくり、とクロエが頷くと、その後ろからエドが覗き込んでくる。


「レン殿、そろそろ準備はできたかの?」

「……まあ、クロエさんとアレッタさんが問題ないって言ってるのなら、気にするのはやめるか……それじゃクロエさん、旅の間、よろしくな?」

「まかせて」


 馬車の中は、一番後ろに荷が詰まった木箱が積まれていて、左右の壁の片方に電車の長椅子のように椅子が設えられている。

 長椅子の反対側の壁は小さなベッドになっていて、ベッドのそばに小さいテーブルが作り付けられていた。

 アレッタとシルヴィが長椅子に並んで座っていて、後ろからクロエが圧を掛けているため、レンは奥に入ってベッドに腰を下ろす。


 長椅子は干して刻んだ麦の茎を革の袋に詰め、それを更に毛布でくるんだクッションが使われていた。

 ベッドも同様で、ラノベに登場する、硬くて座っていられないようなものではなかった。

 レンの、知らない記憶によれば、普通なら単なる木の板か、板に布を貼っただけのものが使われるので、この馬車は貴人向けであると分かる。


「お師匠様。私たちは錬金術師として、次は何をすれば良いのかお聞きしても良いですか?」

「わたくしも教えて頂きたいですわ」

「うん。とりあえず、作れるポーションを全種類作って貰う。たしか、各30本で……あとは近場の森で素材収集か。魔物がいる状態でって条件が面倒だけど」

「なるほど。素材集めがあるなら、夜の森は危険ですし、サンテールの街に着いてからの方が良さそうですね」

「そうだな……あれ?」


 クロエの護衛とエドが乗り込んでこないまま、馬車の扉が閉じられた。


「エドさん達は、馭者をするのかな?」

「ええ、そのように指示しておりますわ。クロエ様の護衛まで馭者をするとは思っていませんでしたので、少し御者台が手狭かもしれませんわね」


 ガタン、と音を立てて馬車が動き始める。

 土がむき出しの村から、石畳が敷かれた聖堂の横の道を通り、街道の方向に向かって馬車が動き始める。

 地面の変化を馬車の車輪が拾い上げ、複雑な振動がレン達の体を揺らす。


 馬車は、徒歩の人間よりも少し速い程度で走り始める。

 二頭立てなのでもう少し早く走らせることも可能ではあるが、この世界の移動時は余裕を持つのが鉄則なのだ。

 本気で走らせるのは、魔物と遭遇して逃げる時である。


 街道がいつ、誰の手によって作られたのかという記録はない。

 ただ森の中に、赤っぽい5ミリ大の砂利が敷かれた道が通っており、その砂利の中に草木が生えることはない。

 街道が川と交差する部分には木で出来た橋が架かっており、橋の保守は領主の仕事となっている。


 馬車には明かり取りの小さい窓があるだけで、窓から外の景色を楽しめるようにはなっていない。

 車輪が拾う地面の震動の変化から、今、どういう場所を走っているのかを知る、というような状況だった。


 数回、馬車が激しく揺れることがあった。

 アレッタとシルヴィは不安そうにしていたが、レンは気配察知で森の中に中型の魔物がいたことを知り、道端に魔物がいたから、速度を上げただけだと説明をする。

 そんなレン達の横で、クロエは表情だけは落ち着いていたが、レンが革鎧の上から付けているウエストポーチのベルトに指を引っ掛けていた。


「……クロエさん、表情がまったく変わらないから分かりにくいけど、実は怖がりだったりするのか?」

「普通」

「……ちょっと怖がりでも、女の子は可愛いと思うけど」

「可愛げはマリーの担当」


 ウエストポーチに指を掛けられた状態は落ち着かないレンだったが、怯えを表面に出さないようにするクロエを優しい目で見ているシルヴィを見て、クロエの好きなようにさせることにするのだった。

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