第22話 メダルとブレスレット
「責任者? 村長? クロエ様ではないのですか?」
「ええ、お姉様は些事には関わりませんの」
マリーの言葉を聞いて、アレッタは少し考えてからシルヴィに指示を出す。
「シルヴィ、急いで旅行鞄を持ってきて」
「かしこまりました」
パタパタと借りている家に駆け込むシルヴィを、エドは複雑そうな表情で見送る。
「エドさん、シルヴィがどうかしましたか?」
「いや、まあ、お嬢様に急ぎでと頼まれたからといって、走り回るのはどうかと思いましての」
「なるほど……それにしても、なんで鞄が必要なんですかね?」
「ああ、それは恐らく……」
「迷宮都市の領主に御挨拶をする予定もありましたので、鞄の中には御進物も入ってますの。こちらの村長さんにお渡ししようかと思いまして」
エドに向かって尋ねたレンに、アレッタが答えた。
ほどなくしてシルヴィが戻ってくる。
しかし、シルヴィは手ぶらだった。
「シルヴィ、鞄はどうしましたの?」
「あ、お師匠様にいただいたポーチに入れました」
シルヴィは腰に巻いた革製のウエストポーチをポンと叩く。
アレッタはなるほど、と頷いて、立ち止まって待っていたマリーに、案内を頼む。
村長の家はレン達が借りている空家の斜向いにある、そこそこ立派な木造家屋だった。
風雨に晒され続けたためか、使われている材木は灰色っぽく変色している。一応、ニスのような塗料を塗っているようだが、十分に対処できているとは言いがたい。
しかし、とりあえず建物自体はしっかりとしており、レン達が足を踏み入れても床が軋んだりはしなかった。
マリーが扉を開くと、中からは暖かい空気と、肉を煮た時のような匂いがあふれ出してくる。
レン達が借りている空家と同じで、扉を開けるとそのままリビングという構造になっており、リビングには4人の人間がいた。
クロエと護衛の男性2人に加え、初めて見る痩せた初老の男性で、アレッタはその男性が村長であると判断した。
「初めまして。アレッタ・サンテールと申します。この度は、色々とお骨折りいただきまして、ありがとう存じます」
「はい、初めまして。私はダニエレ。聖域の長をしております。で、そちらのお若い方がレン様ですかな?」
「……レンです。聖域と知らず、色々済みませんでした」
「いや。ソレイル様がお認めになったことなれば、謝罪は不要です。さて、食事の用意が出来ておりますのでご一緒に如何ですかな?」
「ありがたくいただきますわ……シルヴィは給仕の手伝いを。エドワードはそばに控えなさい」
アレッタの指示にシルヴィとエドが動く。
そしてアレッタはレンの腕に手を回し、一見するとエスコートされているように、その実アレッタがレンを引っ張ってテーブルに着く。
テーブルの上の食事の出し方は、レンには見慣れないものだった。
ランチョンマットほどの大きさの小さなトレイの上に小皿が並び、各々の前に置かれる。
コーンスープ、魔物の肉と根菜類の煮物、葉物野菜のおひたし、漬物、洞窟前の川で獲れたのと同じ山鮭の塩焼き、小さいチーズとパン。それらが、小さい器に盛られ、トレイの上に並んでいた。
「随分とメニューが多彩ですね……食料供給に問題はないのですか?」
村長に向けたレンの問いに、村長ではなくクロエが答えた。
「……この聖域が恵まれてるだけ。人数に対して耕作面積が大きいし、川も近いし、魔物も弱い」
「ここで採れた食料を、他の街に送ったりは?」
「一応してる。物々交換という名目で、色々送って対価にチーズを貰ってる」
「生息可能範囲の縮小とか言ったっけ。どういう感じで進行してるのか、教えて貰っても?」
「がんばる」
食事をしながら、クロエはぽつりぽつりと現在のこの世界の状況を話してくれた。
クロエの話では、現在、街道沿いの村や街を優先的に生き残らせ、森の中に作られた街は放棄されつつあるという。
街道沿いのいわゆる宿場町がなくなれば、個々の街や村は孤立してしまう。それを避けるための優先順位なのだそうだ。
その上で、食料生産能力が高い村や街を維持し、少ない人員を効率よく配置し、比較的イエロー系の魔石採取が容易なエリアのそばの街も残されている。
採取した魔石を、緊急度、重要度に従って配布して、人類の生息域を維持しているが、生き残らせる街を減らした状態でも、魔石の供給は少し足りていないという。
「なるほどね。とりあえず、各街や村の結界杭の保守を行うことで延命は可能になるか」
「多分」
「でも、今後も保守を継続できるようにするには、鍛冶師の職業レベルの底上げが必要になる、と」
レンは、大抵の生産職なら職業レベルを上げる方法を教えても良いと思っていたが、そこには幾つかの例外があった。
そのひとつが鍛冶師だった。
鍛冶師初級では、鉄や銅しか扱えないが、中級になると
そして、魔法金属で作った武器を使うと、使い手によっては鋼の鎧を切り裂くこともある。
その一撃の破壊力こそ魔法には及ばないが、鍛冶師が魔法金属を扱えるようになれば、いずれその武器が人間を相手に使用される未来があるかもしれない。レンはそう考えていたのだ。
「難しい?」
「今だけを考えるのなら、俺が大量にミスリルのインゴットを作っておくって手はある。でも、いつかはなくなる」
神様が世界を見ているというのなら、足りなくなったら、また作れる人間を召喚するのかもしれないが、それに期待して良いのかを判断できるだけの情報をレンは持っていなかった。
「クロエ。神様に質問てできるか?」
「……場合による。何を聞きたい?」
「大量にミスリルを作れば、一時的に問題は解決するけど、一時的解決だけで良いのか。後は、技能を悪用する人間が出てきた時、神様は責任を取ってくれるのか、かな」
「分かった。聞いておく」
クロエの返事に、マリーが立ち上がった。
「お姉様!」
「マリーは黙る」
「でも!」
言い募ろうとするマリーに、クロエは苛立たしげな視線を向ける。
そして、更に叱責しようと口を開いたところでレンが割り込んだ。
「……待った。マリーさん、何を言いたいのか聞かせて?」
クロエは口を閉じ、静かに目を伏せる。
その隣で、マリーは目尻に涙を浮かべながら安堵の息を吐いた。
「……はい。神の意図を探るのは不敬とされてます。同じく、神に何かを問うのも不敬です。そんなことをすればお姉様は神託の巫女でいられないかも知れません」
「なるほど。なら、神様への質問はなし。他に手がなくなったら考えよう」
レンとしては、もしも聞けるのなら聞きたいと思いはしたが、そこに何らかの犠牲が生じるのなら、それは最後の手段にしておきたいところだった。
そのレンの言葉を聞いて、マリーは笑顔を見せた。
「ありがとうございます……レン様」
「いや、俺がおかしなことを言った。クロエさん、俺が言ったことで何か大きな代償が生じるなら、それはきちんと教えて欲しい」
「レンがそう望むのなら」
食事が終わると、アレッタはシルヴィに合図を送り、浅い箱を持ってこさせた。
それをテーブルに置き、村長に
「お世話になったお礼ですわ。お収めください」
と告げると、村長の後ろに立っていた護衛兼給仕の男性がそれを受け取り、箱の蓋を開けてダニエレの前に掲げる。
中には、まるで工業製品のような形が揃ったガラスの皿とコップが入っていた。
「これは、貴重な品を……ありがとうございます。供物を捧げる際に使用させて頂きます」
「光栄ですわ」
アレッタ達がそんな会話をしている横で、レンはマリーからメダルを受け取っていた。
「これは、聖域の巫女からの信を得たことを示すメダルです。お姉様から、渡すようにと言われましたから差し上げますわ」
「へぇ……これはどういうところで使えるの?」
「村長や領主に身の証を立てる時、かしら? 神殿の人間なら皆知ってますわよ。街の門番あたりだと知らない人もいるかも知れませんわね」
「……案外使えないな」
「失礼ね。あ、あと、各ギルドの地域責任者なら知ってるって聞いてるわ……とにかく、誰かに何者だって言われた時に見せると、相手によっては引き下がるから、持って行きなさいよね」
マリーに押しつけられたメダルは、直径7センチ程と、かなり大きな物で、一体、いつ作られたものなのか、材質はどう見ても魔法金属の
薄い緑色に輝くメダルの片面には、天秤に載った太陽と月の意匠が彫られており、もう片面には剣とハンマーと杖と鍬を交差させて意匠化したものが刻まれていた。
「こっちがソレイル様で、こっちがリュンヌ様? で、裏面が職業の神々?」
「天秤はディスタン様ね。裏面はどうしてその意匠になったのかは知らないわ」
「まあそれは良いんだけど、これ、オリハルコンだよね。誰がいつ作ったの?」
「へぇ、これがあの伝説の剣の……知らなかったわ。このメダルなら、倉庫にたくさん眠ってるわよ?」
「オリハルコンは剣よりも杖の方が向いてるんだけどね……たくさんってのは凄いな」
「まあ、何かの役に立つかも知れませんから、持っていって良いわよ……あ、あと、お姉様をさん付けで呼ぶのなら、私のことはマリーと呼んで頂戴」
「ああ、そうさせて貰う……しかし、見事な表面加工だな」
レンがメダルをまじまじと見ていると、クロエは、自分の首にぶら下げていた黒いメダルをレンに手渡す。
「レン、これも一緒に持っておくといい」
「これは?」
メダルを受け取ったレンは、メダルに残ったクロエの体温を掌に感じ、少しだけ鼓動が早くなる。
「その紐に、マリーのメダルも通しておけば落とさない」
「あ、ああ、そりゃ助かるけどさ……ええと?」
クロエのメダルは黒いのに金色に光って見える不思議な光沢の金属だった。
レンはそれを
「これはアダマンタイトだね。やっぱり倉庫から?」
「これは宝物庫」
「お姉様、それは上げたらダメなヤツですわ。レン様。お返しください。それは神託の巫女のみが所持を許されたメダルですの」
レンからメダルを受け取ったマリーは、クロエの首に掛け、メダルを服の中に落とし込む。
「でも、私もレンに何かあげたい」
「なら、先程のメダルはお姉様からということにしましょう」
「それはダメ……あ、これなら問題ない」
クロエは手首から銀色の鎖のブレスレットを外し、レンに差し出す。
「マリー、これは貰っても大丈夫なヤツか?」
「……ええ、それはお姉様の私物よ」
「お気に入り」
「お気に入りを俺が貰っちゃっても良いのか?」
「大丈夫。貰い物で、同じのが3本ある」
クロエの返事を聞き、レンは自分の腕にブレスレットを巻き付ける。
微かに、ブレスレットに魔力が流れるのを感じて、レンは首を傾げた。
「クロエさん? これ、魔道具か何かかな?」
「……魔力が溜まると、治癒魔法が使える」
「魔石を使わないタイプだから……錬金術師中級が必要って事は、これ、今は作れないんじゃないか?」
「迷宮から出た品物」
「……マリー、これ、本当に貰っても大丈夫か?」
「まあ、お姉様から貰ったと触れ回らなければ大丈夫よ。迷宮産の品物なら、倉庫にたくさん眠ってるし、深い意味は多分ないから」
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