第21話 祈り

 しばらく時間をおいてから、ポーチの中の瓶と外に放置した瓶の温度を比較すると、ポーチ内の瓶はまだとても熱かった。

 ポーチ内の瓶の中身に対し、温度調整をかけて90℃にしようとしてもほぼ変化がないことから、ポーチ内の時間遅延が働いている事も確認出来た。

 瓶を片付け、ふたりに渡すポーチに幾つかのアイテムを放り込んでいると、ドアがノックされた。


「どうぞ」

「お師匠様、シルヴィです、入ります」

「どうだった?」

「はい、聞いてきました」


 シルヴィによれば、聖堂はソレイル様のものなので聖堂の敷地内には他の神を祀る祭壇はないそうだが、聖堂の外、つまり、この村には祠があるということだった。


「アルシミーは祀ってるのか?」

「はいお師匠様。ソレイル様以外のすべてを祀っているそうです」

「すべてってのは凄いな……なら、ちょっと行ってみるか……アレッタさんはどうしようか?」

「ちょっと聞いてきますね」


 シルヴィはレンの部屋から出ると、居間を横切り、反対側のアレッタの部屋のドアをノックして中に入っていく。


 居間のソファに座っていたエドが、片方の眉をあげて、


「どちらか参られるのかの?」


 と尋ねてきたので、レンは頷いた。


「ええ、錬金術の勉強も進んでるので、ちょっと祠まで」

「祠? ……なるほどのぉ。しかし、このような場所でも職業を賜れるものじゃろうか?」

「まあ、多分」


 大きな街だと、個々に神殿があることもあるが、小さい街ではひとつの神殿に複数の祭壇が設けられ、条件を満たした者が対象となる神に祈りを捧げれば、職業の技能と職業に必要となる基本セットを神から与えられる。というのがゲームの仕様だった。

 そして職業の基本セットは、神からの賜り物という位置付けで神の像の足下の箱の中に現れるので、どの街で祈っても基本セットが貰えないと言うことはない。


「では、儂もご一緒するとしますか」

「護衛も大変ですね」

「何。仕事じゃし、本当にふたりが錬金術師になれるのかも楽しみでの」

「錬金術初級なら、珍しいものじゃないと思いますけど。あと、まだアレッタさんが行くとは決まってませんよ?」

「行くじゃろう。領にとって錬金術師が増えるのは望ましい変化じゃからな」


 エドは笑みを深め、立ち上がると少し緩めていた装備を整える。

 少しすると、アレッタがシルヴィを従えて部屋から出てきた。


「レン様、今から祠でお祈りをしてまいりますわ」

「うん。俺も付いてくよ」




 一行は井戸のそばにある祠に足を運んだ。

 祠は木造の小さな小屋で、そうと教えられなければ畑で使う農具の保存庫に見える。

 アレッタが祠の両開きのドアを開けると、中はそれなりに整えられ、水や花は新しいものが備えられているのが見てとれたが、燭台に蝋燭はなく、香炉にも灰しか入っていない。


 祠の中は、左右に職業を司る神の神像がずらりと並び、正面には、それ以外の神の像が並んでいる。

 神像の前には日本の神社の賽銭箱より一回り小さな石の箱があり、その手前には、仏壇などの前に置く経机に似た台が置かれていて、その上には花が生けられた花瓶と、水の入った小さい茶碗が並んでいる。


「祭壇が個別にあるわけじゃないのか……せっかく来たんだし、少し整えてみるか」


 レンはポーチから薄紫色の蝋燭を取り出すと、真鍮製の燭台に刺して火魔法の着火イグニッションで火を点す。

 蝋燭の火がゆらりと揺れるたび、うっすらとラベンダーに似た香りが立ち上る。

 香炉では炭の欠片に火を付けて灰の中に浅く埋め、料理の素材として持っていた桂皮シナモン大茴香スターアニス丁字クローブを少しずつ掌に載せると、軽く混ぜてから炭の上にパラパラと掛ける。

 白い煙と共に、部屋の中に独特の香りが広がる。


「一応、これも供えておこう。シルヴィ、手伝って」


 レンはポーチから、日本で三方と呼ばれれる白木の台にそっくりの台を出すと、それをシルヴィに持たせ、上に白い紙を置き、その上に塩と麦で小さい山を作り、酒が入った小さい瓶を載せる。

 シルヴィは少し考えてから、お供え物が載った三方をアレッタに手渡す。


「レン殿は、どうしてこんな物を持っていたのじゃろうか?」

「昔、俺の弟子が職業を貰う際に、お供え物をしたいと言うから作ってやったものの残りです」

「なるほどのう、手慣れているとは思ったが、前にもお弟子さんがおったか……アレッタお嬢様、その台の上に載せるのじゃ。穴のあいてない方をあちらに向けての」


 エドに教えられ、アレッタは三方を台の上、花と茶碗の手前にそっと置く。

 作法が完全に神道のそれであるが、この辺りはゲームデザイナーが手抜きをした部分と思っていたレンは、なぜその設定が、この世界でも同じなのだろうかと内心で首を捻る。


「出来ましたわ……職を賜るのは6回目ですけれど、なかなか慣れませんわね」

「6回目って、随分多くないか?」


 ゲーム自体の普通のNPCの職業は平均3つ程度で、4つ以上覚えている者は滅多にいなかった。

 レンがそれを思い出しながら呟くと、アレッタは頷いた。


「領地経営のため、貴族と商人を持ってますわ。あと、お父様の指示で料理人と家政婦ハウスキーパー、それと魔術師初級ですわね」

「料理人と家政婦ってのは、貴族の子女としては普通なのか?」

「割と珍しいですわね。使用人のやっていることを理解するために必要だからと勉強させられましたけど……レン様から見ても、私はおかしいかしら?」

「……まあ、上司として部下がやってる仕事を把握するのが大事だというのは分かる。おかしいってほどじゃないよ」


 レンの言葉を聞いて、不安げな表情をしていたアレッタは笑みを見せる。


「さて、それじゃそろそろアルシミーの神様に祈りを捧げようか……ふたりとも、祈りの言葉は知ってる?」

「ええ。仕事によって変わるわけじゃありませんもの。シルヴィも大丈夫ですわよね?」

「はい。大丈夫です。アレッタお嬢様ほどじゃありませんけど、私もこれが4回目ですし」

「それでは、私からまいりますわ」


 アレッタは台の前に跪くと、小さな声で祈りを捧げる。


「……天と大地の狭間にありて、智とことわりと力を司りし神よ。御身の名を唱え、その力の一欠片を我が内に賜らんと祈願することを許し給え。アルシミー様。その力を正しきに使い、日々の鍛錬を重ねることを、アレッタ・サンテール、ここに伏して誓願す」


 アレッタが深く頭を下げると、石の箱がまばゆい光を放り、その光がアレッタの体に吸い込まれていく。

 光が収まると、石の箱の中には、レンにとっては見慣れた錬金術基本セットが入った頑丈な木箱が入っていた。


(ゲームではそういうものと思ってたけど、現実世界でこれって、どういう仕組みなのかな?)


 エドは木箱を取り出して、恭しく掲げると、それをアレッタに手渡す。


「これでお嬢様も錬金術師じゃの」

「ええ。まさか遭難して錬金術を学ぶとは思いも寄りませんでしたわ……レン様、今までのご教授、ありがとう存じますわ。そして、可能なら、これからも我が師として導いてくださいまし」

「ああ、気にしないで良いよ。教えたのは俺にも利があるからだし、中級になるまでは面倒見るつもりだから」

「感謝いたしますわ……さあ、シルヴィもお祈りを」

「はい」


 シルヴィは元気よく返事をすると、レンに向き直り、丁寧に頭を下げた。


「お師匠様、それでは行って参ります」

「おう」


 アレッタが場所を空けると、シルヴィもアレッタと同じように祈りを捧げる。

 現れた基本セットはアレッタが持っているものと、見分けが付かないほどによく似ていた。


「……よし。それじゃふたりに錬金術の師匠としてお祝いだ」


 レンは自分のポーチから、ふたりのために作った皮のウエストポーチを取り出すと、ふたりに差し出した。


「これは俺が作ったウエストポーチ。アレッタさん達のボストンバッグみたいなものかな」

「ボストンバッグ?」

「収納魔法付与の鞄だよ。芋や麦が入ってたあれ」

「ああ、魔法の旅行鞄ですわね……レン様の故郷ではボストンバッグと呼ぶんですの?」

(あー……なるほど。変なところが異世界だな……ボストンて、アメリカの地名から来てるから、こっちではそう呼ばないってことか?)


 そんなことを気にするレンとは対照的に、エドは真剣な顔でレンが差し出すウエストポーチを見つめていた。


「……レン殿、収納魔法付与の鞄とおっしゃったか?」

「うん。正確には空間圧縮と重量軽減――収納魔法だけじゃなく、時間遅延が付与された鞄だね」

「その大きさにどの程度入るのじゃ? まさかレン殿のと同じ……」

「いや、俺のポーチと同等のものを作るのはちょっと大変すぎるから。ふたりに贈るポーチは、そうだね。そこにある石の箱。その位の大きさをしまえて、重さは増えず、中に入れると10日で1時間分くらいしか時間が進まないから、肉や野菜を長期保存もできるよ。で、腰に巻いとけば、必要な魔力は勝手に吸い取られる」

「洞窟では、氷室ではなく、それを作れば良かったのではないかとも思ってしまうのじゃが」


 困惑したような表情のエドにレンは頷いた。


「うん。洞窟では、それは目立ちすぎるかなって思ってやめたんだ」

「ならば、何故今になって?」

「昔の弟子に錬金術を教えた時も、錬金術師上級になったらこういうのが作れるんだぞって、目標として作ってあげたのを思い出したので、ふたりにも贈ろうって思い直したんです……まあ、できたら内緒にしておいて貰えると嬉しい……さ、アレッタさんには黄色いの、シルヴィには黒っぽいのかなって思って作ったけど、好きな方を取って」


 アレッタはおずおずと手を伸ばし、黄色いウエストポーチを手に取る。

 それを見て、シルヴィも黒みがかった茶色いポーチを手に取ると、早速自分のウエスト部分に巻き付ける。


「レン様。これ、わたくし達の髪の色に合わせてくださいましたの?」

「まあ、手持ちの皮の種類が少なかったから、こんな感じになっちゃったけどね」

「いえ、とても気に入りました。ありがとう存じますわ」

「お師匠様、ありがとうございます……あれ?」


 トグルボタンを外し、ポーチに手を入れたシルヴィが首を傾げた。


「お師匠様、これは何のためのものですか?」


 シルヴィはポーチから油性ペンにしか見えないアイテムを取り出し、不思議そうにそれを色々な角度から眺める。


「それは、トリックペンって言う名前が付いてる。まあ、対象が固体であれば、ほとんど何にでも書けるペンだ」

「何にでもって言うのは凄いですね」

「それで、自分の錬金術基本セットに名前か印を書いてポーチにしまっておくと良いよ」


 そんな話をしていると、唐突に祠の扉が開かれた。


「いましたわ! ダヴィデたちが、祠のこと聞かれたって言ってたけど、本当に祠にいるなんて。何してましたの?」

「マリーか、ビックリしたぞ」

「驚いたのはこっちです。食事の準備が整ったからと呼びに行ったら、家の中に誰もいないなんて」

「そっか、悪かったな。ちょっと、ふたりがアルシミーに祈りたいって言ってね」

「信心深いのは感心ですけれど、一言掛けてくだされば良かったのに……あら? 灯明とお香……それに神饌しんせんまで整ってますね。これはどなたが?」

「俺だよ。無作法だけど、こういうのは気持ちだと思ったから」

「いえ、気持ちが一番大事なのはその通りですけれど、無作法ではありませんわね。三方なんて、どこから持ってきたの?」

「たまたま昔使った残りがあったんで……」


 レンの言葉に、マリーは溜息をついた。


「まあ、あなたがするのなら、何でもありだとお姉様も仰ってましたし……ああ、そうでした。お食事の支度が調ったので、村長の家にお越しくださいな」

「村長?」

「聖堂を守る責任者、と言った方が分りやすいかしら?」

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