第19話 聖堂でのお仕事

 4本の白い塔を四方に配し、石造りのそれほど高くもない塀に囲まれた聖堂に案内されたレンたちは、聖堂内の一室でもてなされていた。

 そして、クロエの、


「可能な限りもてなすこと」


 というシンプルな命令が愚直に実行された結果、アレッタが大変なことになっていた。


「こ、これは、王家の紋章の入った皿? え? なんでこんな場所にありますの?」

「30年に一度、王家の人が詣でるので、その際に使用されるとか……え? でもお姉様、これ、いいんですか?」

「問題ない。それが一番綺麗な皿」

「まあ、他のは素焼きだったり木彫りだったりですから、これが一番綺麗なのは確かですけど。私も虫干しの時に見ただけなのに」

「レンはリュンヌ様が選定し、ソレイル様がお認めになった、言わば神の使徒。立場は王族より上」


 ノンビリ紅茶を飲んでいたレンは思わずむせる。

 その手からカップを受け取り、テーブルに戻しながら、シルヴィは複雑そうな表情を見せる。


「待てクロエさん。俺が神の使徒? 何の冗談だ。あ、いや、冗談じゃないとしても、今後、それを無闇に口にしないように」

「レンがそうしろと言うならそうする」


 王がいて、貴族がいる身分社会である。

 王の権威が傷付けられようものなら、全力で叩き潰される可能性がある。

 特に、現在は人間の生息域が少しずつ減少しつつある非常事態である。

 もしもこのタイミングで王権に傷が付けば、人間の滅亡に繋がりかねない。そう考えたレンは、重い溜息を吐いた。


「はぁ……で? こんな部屋やもてなしの準備を整えてたわりに、馬車の準備だけ明日になる理由を聞かせて貰おうか」

「……簡単。レンに聖地を見て貰いたい」

「聖地を? ああ、そういうことか」

「お姉様、私は初耳ですけれど?」

「……言うまでもないこと」

「そんな……私が鈍いのは謝りますから、その意図をお聞かせください。その男がお姉様の意図を理解したのに、私が理解できないだなんて屈辱です!」

「……レン。任せた」


 クロエはレンに丸投げした。

 なるほど、クロエもマリーの愛情に疲れているのか、と少し共感を覚えたレンは、頷いて部屋の中を見回してから、マリーに視線を向けた


「なあ、この聖堂に魔物が来ないのはなぜだ?」

「ソレイル様のお力です」

「外れ。もっと真面目に考えないと、クロエに愛想尽かされるぞ? アレッタさんは分るか?」

「聖堂の周りの塔に結界杭の効果があるのではなくて?」

「当りだ。でも、人間の生存可能域が狭まる状況で、言っちゃなんだが、こんな生存に直接関わりのない施設の結界杭を維持すると思うか?」

「……ですから、それはソレイル様のお力だと」


 言い募るマリーに、レンは頷いた。


「ああ、多分それも正解なんだろう。クロエ。塔の結界機能は。魔石を使用するのか?」

「グリーンの魔物の魔石で動く。ソレイル様の御力によると言われている」

「そのあたりは、俺が自分の目で確かめるよ。という訳で、俺にここの結界杭を調べさせるのがクロエさんの目的だったわけだ。分ったか、マリー?」

「……理解できたけど、理解できなかった自分に納得いかないです」

「そこはまあ頑張れ……で、クロエさん、案内は誰に頼めば良い?」


 レンの言葉に、クロエは立ち上がると、ドアのそばに移動してレンの方をじっと見つめた。


「……クロエさんが案内してくれるのか。神託の巫女ってのは暇なんだな」

「そうでもない。でもこれが最優先」

「さよか……ええと、アレッタさん達はどうする?」

「……遠慮しておきますわ、わたくし達が立ち入って良い領分ではなさそうですもの」


 頷き、レンは部屋から出て、クロエの案内に従って、4本ある塔の内の一本に近付いた。


 塔の高さは5メートルほどで、直径は2メートルもないだろう。レンガ大の真っ白い直方体のブロックを積み上げて作られたそれは、レンの目から見ると、耐震性が欠片も考慮されていないように見えた。

 クロエが塔に近付いて手をかざすと、その周辺のブロックがうっすらと光を放つ。


「この光ってる部分から入れる」

「俺も入れるのか?」

「もちろんそうした。行く」


 クロエは待ちきれないと言うように、レンの手を引いて塔の中に沈み込むように消えていき、そのクロエに続くように、レンの姿も塔の中に消えた。


「……暗くないんだな。ブロック全体が発光している?」

「レン、ここ」


 クロエは塔の中央の台座にレンを誘った。

 塔の中はとても明るく、そして、とても広かった。

 外から見たときは直径2メートルほどだったはずだが、塔の中は、その10倍近い広さがあった。


「時空魔法で空間を広げてるのか……広げる意味あるのか?」


 塔の中央には直径1メートル程の台座があり、その周囲には何もなかった。

 台座には、長さ1メートルほどの、結界棒によく似た棒が突き刺さっている。


「……これが結界杭本体か……俺の知ってるのと比べると、随分と小さいな」


 レンは、台座に近付くと慎重に結界杭を観察する。

 まず、刺さっている台座。周囲の白いブロックと同じ材質に見える。

 杭の本体。これはただの鉄である。ただ、まったく錆が浮いていない。

 杭の上端には、黄色い魔石が埋め込んである。


「あれ? クロエさん。これ、魔石の補充はどこからやるんだ?」


 結界棒と違い、結界杭は、その中に魔石を入れるための蓋がある。

 普通は杭が地面に刺さる、その少し上辺りに作り、蓋は簡単に開閉が出来ないように施錠されているものだが、目の前の結界杭には、蓋もなければ、鍵もなかった。


「聖域の結界杭は、台座部分も含めて一式」


 クロエが台座の上の部分を軽くノックすると、白いブロックと同じ材質の小さな蓋がパカリと開いた。

 蓋の下には、金属の箱が埋め込まれており、緑色の魔石が数個入っている。魔石は取り出すと色を失うが、活動中はこうして発光する。

 その色で、魔石の交換時期を読み取ったりするものだが、箱の中の魔石は、まだ新しいもののようで、深緑色をしていた。


「箱は……その色だと聖銀ミスリルか。まあ、魔石の入れ物としては最適解だな……杭そのもののは……ちょっと、しっかり観てもいいか?」

「もちろん」

「……なら、錬成」


 錬金術師の錬成である。

 土魔法の錬成は、魔法金属を操作できないが、錬金魔法の錬成は、操作できる範囲が狙った位置から半径30センチ程と狭いが、魔法金属を操作できる上に、かなり細かに操れる。そして、錬金魔法の錬成では、その細かな操作を実現するため、見えない場所の金属の状態を正確に把握することもできるのだ。

 錬成で、結界杭の中を探っていくと、杭そのものは鋼で作られており、表面に柔らかい鉄を貼り付けていると分る。

 そして、鋼で出来た杭の中心部には、ミスリルの芯が通っているが、芯は杭の中の穴を完全に埋めるほど、しっかりと詰められていた。


「……ちゃんと保守してるんだな。ミスリルは消耗してない」

「魔石の交換以外は何もやってない」

「いや、それはありえない。結界杭は、外部から魔石で魔力供給するから、先端の魔石は消耗しないけど、杭の中のミスリルは少しずつ減っていくはずだ」

「本当。だから、心配になってレンに見て貰った」

「……結界杭に関する知識はあるんだな。なら、なぜ保守なしでこの杭は稼働しているのか予想はあるのか?」

「多分。ソレイル様の御力?」


 クロエはそう言って、自分でも信じ切れていないのか、首を傾げる。


「神様がそこまで自由なら、俺を喚ばなくても、神様の力で問題を解決できたはずだよな?」

「そう。それが不思議」

「クロエさんにも分らないんじゃ、俺にだって分らないぞ? 例えば神様は、聖地内限定で力が使えるとか、そんな制限はないのか?」

「灰箱への御神託がそれ。ここと王都神殿だけと言われている」

「……制限あるのか。まあ、いい。とにかく、この結界杭は新品同様だ。しっかりとミスリルが……あれ?」


 レンが、錬成で魔石の入った箱の周辺を確認すると、ミスリルの箱と杭を繋ぐ導線が痩せ細っていることに気付く。

 ミスリルの周囲の鋼の筒に対して、明らかにミスリルの量が少ない。


「クロエさん、問題を見付けた。魔石を収納する箱と、杭を繋ぐミスリルの線が細くなってる」

「直せる?」

「ミスリルがあればな」


 レンの手持ちにもミスリルインゴットはそれなりにあるが、ここで使ってしまうと、新しい結界杭を作る余力がなくなってしまう。

 どうしたものかとレンが悩んでいると。


「これ」


 と、クロエは、レンが持っているものとそっくりのウエストポーチを差し出してきた。

 チュートリアル完了時に貰えるものにそっくりのそれを見たレンは、思わず自分のウエストポーチが腰にあることを確認した。


「それを持っていると言うことは、クロエさんはプレイヤーなのか?」

「プレイヤー……英雄のことと聞いてる。私は英雄じゃない。これは、過去にディスタンの神様が当時の神官に授けた神具」

「……ディスタン? って何を司る神様なんだ?」

「運命?」

「運営ってダジャレなのか、本当に運命なのかは置いとくとして……それをどうしろと?」

「この中に色々入ってる。とソレイル様が仰ってた。レンにあげる」


 レンはクロエからウエストポーチを受け取ると、蓋を開けてみた。

 このウエストポーチは、ゲーム開始時のチュートリアルをクリアすると貰える報酬で、いわゆるアイテムボックス的なものである。

 見た目は数種類から選べるが、似たものが多いため、幾つかの便利機能が付与されている。

 そのひとつが持ち主登録機能で、登録した持ち主以外が手を入れても、ウエストポーチはアイテムボックスとして機能しなくなるのだ。


「これ、俺が貰っても使えないよな?」

「使える。ソレイル様がそう言ってた」

「ま、試してみりゃ分るか」


 レンはそれを腰に巻くと、ポーチを少しだけ開いて指を入れてみた。

 すると、脳裏に中身のリストが、ものすごい勢いで流れていく。

 それを思考制御で停止させ、リストの先頭からゆっくりと内容を確認する。


「えっと……なんだこりゃ、色々な素材99個のスタックが各16個? ゲーム内じゃ、スタック4個が上限だったはずだけど……その4倍か……ミスリルは……鉱石のみでインゴットはないんだ……てか、他の素材も未加工品ばかりか? 最初から結界杭入れとけば、俺はいらなかったと思うんだが」

「準備出来るのは、手が入ってないものに限られる」

「その割に、鉱石は掘り出した鉱石だし、薬草類も正しい方法で採取してるっぽいけどな……まあ、これだけの量の鉱石があるんなら、結界杭を量産してもお釣りが来るけど、それにはインゴットにしないとならない」

「つまり結界杭の保守はできない?」

「いや、このポーチを貰えるのなら、手持ちのインゴットを放出しても問題はないから修理はするけど、他の街の結界杭よりも、この聖堂の結界杭を優先して良いんだな?」


 レンの真剣な口調の問いに、クロエは頷いた。


「この聖堂の結界は、失ってはならない。なくなれば世界に対するソレイル様の干渉力が弱まる」

「? よく分らないが、まあ、神託の巫女様がそう言うんなら、信じよう」

「うん」


 レンは自分のポーチからミスリルのインゴットを取り出すと、錬金魔法の錬成で細かく刻み、それを魔石を入れているミスリルの箱の中に流し込む。

 箱に入ったミスリルの欠片は、水銀のようにふよふよと揺れると、箱に染み込むように消える。

 そこから先は目に見えない部分の作業となる。細いとは言え、まだミスリルの線が繋がっているので、ミスリル表面に魔法陣などがないことを確認しつつ、その線を辿って線を太くする。十分な太さになったところで、魔術師の魔力感知を用いて、魔石から魔力が結界杭本体に流れていることを確認する。


「できた。インゴット丸々二本使うとは思わなかった。ああ、今、他の結界杭とのバランスが崩れている状態だから、他の3本も急いで確認するぞ」

「分った。こっち」


 クロエに手を引かれ、塔から出たレンは、残り3本の塔で、同様の保守作業を行う。全部の作業が終わる頃には、空がオレンジ色に染まりかけていた。


「そういやクロエさん、渡すものがあるとかって話は?」

「ひとつはそのポーチ。大切に使って」

「ああ、それは勿論そのつもりだけど、良いのか? 神様から預かったってんなら、大事なものだろ?」

「レンに渡すのは、昔から決まっていた。問題ない」

「そっか……ところで、アレッタ達はどこに行ったんだ?」


 聖堂に戻ったレンとクロエの前には空っぽの部屋があった。

 綺麗に片付けられており、何も残っていない。


「外の村。聖堂には眠れる場所がないから」

「ああ、そういや、聖堂の隣に村っぽいのあったな……あっちはどうやって魔物から身を守ってるんだ? 結界杭はなかったよな?」

「作りは違うけど、聖堂の結界杭と同じくらいの大きさのがある。塔がないから目立たないだけ」

「そか。じゃあ、村に行ってみんなと合流するか」

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