第17話 ソレイルとリュンヌ
4人は川原の石の柵を前に、入れそうな場所を見付けられずに戸惑っているようだった。
そしてすぐにレンとエドに気付いて視線を向けてくる。
「エドさん。俺はこの辺りの事情に通じていないので、対応は任せます。あと、必要なら俺のことは使用人だと思って命令してください」
「ふむ……それが一番安全かも知れぬの……レン殿、森で伏せている者はおるかの?」
「……いえ、見えてる4人で全部みたいです」
「ふむ。敵対の意思はないということかの? ならば、挨拶をしに行くとしよう」
エドが柵に近付くと、柵の向こう側の男性ふたりが盾を構えて女性を庇う位置に移動する。
エドは笑顔で両手を広げて見せ、敵対するつもりがないとアピールする。
「儂はエドワード・メレス。サンテール伯爵家に仕える騎士じゃ。先日の雨で流されてこの川原に流れ着いた。そちらの女性は神官のように見えるが?」
エドの名乗りを受け、ふたりの女性が前に出て来る。
両方とも髪は薄茶色で肌は白い。顔付きはお互いによく似ている。片方は長めの髪を首の横で緩く縛り、もう片方はどうやっているのか、パーマを掛けているように髪が波打っている。
体の線は古代ローマのトガに似た衣装が隠しているためスタイルは不明。ふたりとも背丈はアレッタよりも少し高い程度である。
女性ふたりも申し訳程度ではあるが、腰にフレイルを下げて武装している。
「……私はクロエ。ソレイル様の神託の巫女。これは妹のマリー。ソレイル様の巫女。うしろのふたりは護衛」
「なんと……巫女様でしたか……ああ失礼。柵をどけましょう……レン殿、柵に通り道を」
「はい……錬成」
レンが錬成で柵の一部を砂に変えると、クロエは気負った様子も驚いた様子もなく、自然体で川原に足を踏み入れてくる。
それを見て、護衛のふたりも慌てて後をついてきて、クロエを挟むようにその左右に立つ。
マリーは、楽しげな笑みを浮かべ、川原に入ってくると、スタスタと岩山に向かう。
「……それで、巫女様は何のためにいらしたのじゃろうか?」
マリーの様子を気にしながらエドが問うと、クロエはじっとレンを見つめた。
「間違いない。あなたがレン」
「ええと?」
レンは健司だった頃の記憶を探る。
この世界にアレッタ達以外にレンのことを知る者はいない。いるとすれば、後はプレイヤーである。
プレイヤーでレンを見知っているとなると、黄昏商会の常連ではないかと考え、頭の中で顧客名簿を捲る。
しかし、健司の記憶の中にクロエに合致する人物はいなかった。
「夢の中で、あなたたちを見た」
「夢で?」
「ソレイル様の御神託は、夢と自動書記によって行われる。あなたのことは、御神託で知った」
「知ったって、何を?」
レンは慎重に言葉を選びながら尋ねる。
地球の神話では、神と関わった人間は大抵の場合碌な目に合わない。
護衛をふたりしか連れてきていないことから、この場でレンを悪魔の使いとしてつるし上げたりする気はないのだろうと予想は出来るが、油断すべきではない、とレンは考えていた。
「あなたが英雄の時代の……知識を持つこと。この世界を救う力となること。そして、今現在、困った事態に直面していること?」
「困った事態?」
「あれ」
クロエは岩山を指差す。
そこには、フレイルを振りかぶったマリーの姿があった。
「ちょ!」
止める間もなくフレイルが岩山にぶつかり、軽い音と共にレンが施した偽装の岩の板が砕け散った。
数回フレイルを振るい、洞窟の入り口が広がったのを見て、マリーは満足気に頷くとクロエの後ろに戻った。
「……良いんですか? あんな穴を開けちゃって」
「奥の穴を作ったのはレン。私は夢で、あの洞窟ができるところを見てる」
「クロエ殿と言ったか、レン殿は儂らの命の恩人じゃ。易々と渡すことは出来ぬぞ?」
エドの言葉を聞き、クロエは楽しげに笑った。
「知ってる。アレッタ、シルヴィ、エドは、流れ着いたここで、レンに拾われて命を繋いだ」
「そうじゃ。恩には恩で報いるのがサンテール家の家訓じゃ」
「レンは自由にしていい。伯爵の治療のために望むのなら、全員をサンテールの街まで送る」
「……目的はなんなのじゃ?」
「……レンは、この世界を救うためにこの地に喚ばれた?」
自信なさげではあるが、クロエはそう答えた。
その言葉を聞き、レンはクロエ達をまじまじと見つめる。
ゲームに似た世界に紛れ込んだ理由について、まったくヒントもない状態だったのに、そこに答えが提示されたのだ。
積極的に日本に戻りたいとは思っていないレンだったが、それは聞き流せない情報だった。
「誰が俺を喚んだんだ?」
「ソレイル様からは、リュンヌ様が喚んだと聞いてる」
「……ええと……あれ?」
『碧の迷宮』には、特別な神がふた柱ある。
そのひと柱が創造主であり、太陽神でもあるソレイルであり。もうひと柱が月の女神リュンヌ。そして、リュンヌは冥府の神として知られていた。
(たしか、日本神話のイザナギとイザナミと同じ関係性に近いんだっけ? 元夫婦の神様。共にこの大地を作り、神々を生み、死した神を悼んだリュンヌが冥界を作り、そこを死者の魂の安息の地とした……いや、でもゲームの設定ではリュンヌって)
レンがリュンヌの名を覚えているのには相応の理由があった。
困惑するレンに、クロエは静かに語りかける。
「リュンヌ様はかつて魔王となり、世界に災いをもたらした。でもリュンヌ様が司るのは死だけじゃない。愛と知恵も司る優しい神様。それにあなたを喚ぶことは、ソレイル様もお認めになった」
「ソレイル様が認めて、リュンヌ様が俺を喚んだ、と?」
「そう言ってる」
頷くクロエに、レンは頭を抱えたくなった。
「……ちょっと待て。そもそも俺が来ると知っていたのなら、なぜこんなに迎えが遅れたんだ?」
「遅れてない。ソレイル様の御神託が、この時だっただけ」
「なるほど……エドさん。アレッタさん達を呼んできてください……ええと、洞窟を引き払う感じで」
「承知した……泉の壺だけはレン殿に回収を頼みたいが」
泉の壺は、風呂場の棚の上に設置されており、周囲にレンが作った枠を外さないと、持ち出すのが少々難しい構造になっていた。
レンはそれを思い出し頷く。
「分りました……さて、クロエさん。少し腰を据えて話をしたいです」
「私たちはそのために来た」
「……ではまず場を整えますね。錬成」
レンは連続で錬成を使い、丸石から小さい椅子を8個作り出した。
「好きな椅子に座ってください」
「……今のは土魔法の錬成? こういう使い方は久し振りに見た」
クロエとマリーが椅子に座り、護衛のふたりはふたりの斜め後ろに立つ。
護衛ならそうするだろうと思っていたレンは、護衛に構わずに話を始めた。
「単刀直入に聞くけど、俺に何をしろと?」
「私は聞いてないし、神の意図を探る不敬もしない。ただ今日このとき、この場所に来てあなたと会うようにと御神託を授かった」
「……聞き方を変えよう。会ってどうするつもりだったんだ? 顔を見てそれで満足ってわけじゃないんだろ?」
「あなたの思うがままに。サンテール伯爵の呪いを癒やすも良し、安定した生活を営むも良し。もしもあなたが望むのなら、魔王として立っても神殿はそれを否定しない」
「そんな馬鹿げた話を信じろと?」
レンが呆れたように呟くが、クロエの表情は真剣だった。
レンが溜息をつくと、クロエの後ろに控えていたマリーが口を開いた。
「あなた! お姉様に失礼ですよ! お姉様はソレイル様の声をお聞きになって、あなたにそれを伝えてくださってるのですから、もっと崇めるべきでしょう!」
「マリー! お黙りなさい。それを決めるのはあなたではありませんよ」
「……まあ、俺が神様のお使いに対して無礼なのは否定しない……うん、クロエさん、謝罪する……でも喚んだのなら理由があるだろうに。神様の意図を探るのを不敬と言うけど、神様が望んでいることを叶えるのも君の務めじゃないのかい?」
「レンがそうしろと言うならそうする……情報を整理する。まず、御神託で伝えられたのは大きく3つ。ひとつは、レン達がここで遭難していて、聖地に穴を開けてるということ。穴を開けるのを見たときは気が遠くなった。普通なら死罪。次にレンが英雄の時代の生き残りであるということ、先程は言葉を選んだけど、神託ではそうなってた。3つ目。レンはこの世界の危機を救う……ひとつ目の遭難については私たちが来たことで解決。洞窟の穴についてもソレイル様の望んだことだと私が宣言すれば、文句を言う人はいない。ふたつ目と3つ目については、必要なら力を貸す」
クロエの話を聞き、レンは考え込んだ。
レンが聖地に穴を掘りまくったことについては、神託と言うことで不問に出来ると言う。
それはつまり。
「ソレイル様は俺が聖地に洞窟を作るのを知ってて、脅迫の材料にするために止めなかったのか?」
「その可能性は薄い。レンを脅迫するのが目的なら、穴を掘らせずとも聖地に無断侵入した罪だけで十分。その時点で御神託があれば、聖地に穴なんて掘らせなかったのに。残念」
心底残念そうに呟くクロエを見て、そこに嘘はないとレンは判断した。
(聖地ってのは、無断侵入しただけでアウトなんだ……アレッタさんが青くなるわけだ)
「それに、私はレンを守る」
「まあ、不問にしてくれるのなら、問題はないんだけど……で? 俺が英雄の時代の生き残りで世界を救う? 無理だろ。エドさんと模擬戦もしたけど、俺はそこまで強くないぞ」
確かに魔法などを制限した状態でもエドに勝つことは出来た。
だが、それは圧勝とは言いがたい。
そもそもレンは、自分で素材集めをするためにそこそこ強くなりはしたが、あくまでも生産職なのだ。
そんなレンの主張を聞き、クロエは頷いた。
「リュンヌ様が選んだ。多分力は関係ない」
クロエの言葉を理解できず、レンは首を傾げる。
それを見て、マリーがクスリと笑みをこぼした。
「通訳が必要?」
「ええと、マリーだったか。頼む」
「リュンヌ様は冥界の主で死を司ります。でも同時に、大地を作ったひと柱として愛と知恵をも司ります。暴力の類いは別の神々の担当ですから、リュンヌ様があなたを喚んだ以上、求められているのは物理的な力ではないはずです。とお姉様は仰っています」
「うん。マリーは賢い」
「お姉様の含蓄あるお言葉を理解できぬ有象無象に対して、お姉様の言葉の意味を伝えるのは私の使命です」
クロエに褒められ、マリーは頬を染めた。
それを見て、ああ、こういう娘なのか、とレンは少し距離を置きたい気分になるのだった。
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