第16話 聖地
氷室でポーションを確認していたエドは、アレッタの声を聞きつけると、氷室を飛び出し、数瞬の後にはアレッタの隣に立っていた。
「お嬢様、何が?」
「あ、いえ、危険があったわけではありませんわ……いえ、ある意味とても危険なのかしら……エドワード、あれを見てどう思います?」
「失礼」
エドは、アレッタの前に出て、アレッタが指差す先をみつめた。
アレッタが指差していたのは、穴から見て左斜め前の方向だった。
「……む。なるほど……そういうことですか」
エドはそう言ったきり絶句した。
アレッタの指差した辺りには森の木々がなく、4本の真っ白い塔に囲まれた、石畳に覆われた村のような物が見えていた。
塀で囲まれた石作りの村。そして、なぜか塀の外に民家が数軒と、小さな畑があった。
「こんな近くに村があったのか?」
レンもエドの横から外を覗き、そう呟く。
そして、自分の行動を思い出す。
川原の右側は完全に柵で覆ってしまい、出入り口すら付けていない。
だから、レンが歩き回ったのは、基本的に川原の左方向だけだった。
森に入って行ったのは、素材集めと狩猟目的だけで、岩山の全周を確認すらしていない。
「レン殿は、まだこの周辺の調査はされてなかったのですかな?」
「……まあ、迷子でしたから。この距離だと気配察知とかの範囲外だし、調査しようと思っていたところにアレッタさん達が流れ着いてきて、街まで行く話になったし」
まあ、タイミングも悪かったのだろう、とレンは嘆息した。
アレッタ達が流れ着いてくるのがもう少し遅ければ、レン自身が周辺の調査を行っていたはずである。
その際、岩山の周りを一周したりしていれば、人の痕跡を発見していたかも知れないし、気配察知の範囲内に村人を補足していたかも知れない。それに、極めて見晴らしが良さそうな岩山に登頂することに思い至っていれば、村は目に止まっていたはずだ。
「なるほどの。我々もこの洞窟を見て、周辺は探索済みと思い込んどったから何も言えぬわい」
「何にしても、こんな近くに村があるのなら、あの村に行きましょうか」
「……レン様……可及的速やかにこの穴を、外から見えないように塞いでくださいまし」
「はい?」
「穴を! 外から分らないように塞いでください! お願いですから! 理由は後で説明しますから!」
「はあ、砂利は今、沢山出てきたから出来ますけど」
レンは、通路の穴を掘ったときに出た砂利を使い、柵を作った部分を石の壁で覆った。
そして、アレッタの顔を見たレンは、思わず初級体力回復ポーションを取り出した。
「アレッタさん、顔が真っ青です。ポーション飲みますか?」
「いえ……ええと、レン様は、ここがどこか分っていないのですわよね?」
「ええ、迷子ですから」
「……なら、情状酌量の余地は……あるのかしら?」
ふらり、と倒れるアレッタの体を抱き留め、レンはエドに視線を向ける。
エドは、とても困ったような顔をしていた。
「……エドさん。何が何だか分らないんですが、説明をお願いできますか?」
「……ああ、そうじゃな。今更慌てても手遅れじゃし、まずはアレッタお嬢様をベッドまでお連れしよう」
エドはレンの腕からアレッタを受け取ると、抱き上げてアレッタの部屋となっている横穴に移動した。
エドはアレッタをベッドに横たえながらシルヴィに指示を出す。
「……シルヴィ、荷の中に茶とドワーフの酒があったな。あれをお嬢様に」
「かしこまりました」
「シルヴィ、鍋こっちに出して……純水生成っと……ついでに温度調整90度っと」
シルヴィが差し出した鍋に、錬金魔法で純水を満たし、水温を90℃にするレン。
「ありがとうございます、お師匠様……それにしても何があったのですか?」
ひとりだけ柵の向こうの村を見ていないシルヴィが、不思議そうに首を傾げながら、コンロに火を熾す。
「……村かな。街にしては随分小さかったけど」
「……レン殿の氏族は他の人間との交流を断っておったのじゃから、知らぬのも無理はない。知っている儂らでも、あれを見るまで、そうとは思いもせなんだ」
「有名な場所なんですか?」
「そうじゃな……我々ヒトにも、エルフにも、ドワーフにも、妖精にも、獣人にも、すべての人間種族の間でよく知られた場所じゃよ」
「ええ、訪れたことのないわたくしですら、一目で分るほどに有名ですわ」
むくり、とベッドの上でアレッタが半身を起こす
「聖地ですわ……ソレイル様の聖地。四本の白い塔に囲まれた石の聖堂」
「ソレイル様の聖地?」
シルヴィは鍋をコンロの火に掛け、ただオウム返しに繰り返した。
そして、レンは『碧の迷宮』の神の設定を思い出していた。
ゲームの中で、人々に職業に必要な道具と基本技能を与えるのは神の役割であり、職業の数以上の数の神が設定されている。
錬金術師なら「アルシミー」、弓使いなら「シャスエール」と、様々な神がいて、ひとつの神殿には複数の神が祀られていた。
基本的に多神教で、職業を司る神々の間に上下はない。
だが、人間種族にとって例外的な存在がふた柱存在した。
その一柱が太陽の神、ソレイルだった。
『碧の迷宮』の世界を作った原初の神。神々の母であり、人間を作った神である。平たく言えば創造主だ。ちなみに、元になったのはフランス語のソレイユだが、敢えてローマ字読みをしているという話が運営からアナウンスされていた。
「つまり、あの村が創造主であるソレイルを祀る聖地って理解で良いのかな?」
「まあ、大体合ってますわ。それと様を付けなさい。不敬ですわよ?」
「ああ、ソレイル様な、ソレイル様……で、なんでアレッタさんはそんなに顔色を悪くしてるんだ?」
レンの問いにアレッタは俯き、大きな溜息を漏らした。
「……ソレイル様の聖地は、先程見えた塔に囲まれた聖堂ではありませんの。その聖堂から見て、太陽が昇る方向にある大きな岩山ですわ」
「岩山?」
「その昔、岩山の上にソレイル様が御光臨されたと言われてますの」
「なるほど……岩山か」
レンは天井を見上げた。
洞窟の天井は岩で出来ていた。
壁を見る。壁も岩で出来ていた。
すべての方向が、岩で出来ていた。
「……聞きたくはないけど……その岩山ってもしかして」
アレッタは頷いた。
レンは視線をエドに向ける。
エドは腕組みをして、溜息をついた後、重々しく頷いた。
「……つまり俺は、聖地である岩山の中に穴を掘りまくって住んでいたと?」
「そうなりますわね……聖地と知らなかったのですから、仕方ありませんわ」
「まあ、儂らも同罪じゃ。知らぬとは言え、岩に開けた穴の中に住んでおったし、レン殿に穴を増やして貰ってもおる」
カチャカチャと音がする。
レンがそちらを見るとシルヴィがお茶の道具を持って震えていた。
「俺の住んでた辺りだと、緊急避難とかっていうのが認められてるんだけど。その、生命の危機に直面した場合、それを免れるためにやむを得ず行った行為については、責任を免除されるっていう……まあ、適用条件は結構厳しいけど」
「同じ考え方はあるの。じゃが、人間全体が崇拝する神の聖地じゃ。宗教家なら宗教に殉じろと言うじゃろうな。もちろんアレッタお嬢様も含め、全員が、じゃ」
エドは淡々とそう言うが、エドもその言葉に納得している様子はなかった。
レンは、シルヴィの手から茶器を取ると、紅茶を淹れる。
洞窟の中に、紅茶の香りが広がり、その香りでレンは少しだけリラックスした。
「……怒られるかも知れませんけど、証拠を消してしまうと言うのはダメですか?」
レンの言葉を聞き、アレッタは顔を上げた。
「証拠って、こんなに大きな洞窟があるんですのよ?」
「炸薬で開けた穴だから、穴を元通りにするだけの砂利は残ってないけど、硬化スプレーはまだ十分残ってる。だから、こんな板を大量に作って、硬化して、穴を全部塞いでおこうかと思うんだけど」
レンは、砂利を用いて氷室の断熱材として作ったハニカム構造の板を錬成し、アレッタにそれを見せた。
「これは何ですの?」
「
「……アレッタお嬢様。結果がどうなるにせよ、少しでも状態を戻せるのなら、行っておくべきかと」
「できるだけ戻しておく、というのは賛成ですわ。でも証拠を消すためというのはどうなのかしら?」
アレッタがそう言って視線をさまよわせると、その目の前に紅茶の入ったカップが差し出された。
「お嬢様。紅茶をどうぞ」
「ありがとう。ちょうど喉が渇いていましたの」
アレッタが一息ついたところで、レンが何かに気付いたかのように顔を上げた。
「ええと……エドさん、証拠隠滅を提案しておいて何ですが……実は何をするのも手遅れかもしれません」
「どういう意味じゃ?」
レンは窓に近付いて外の様子を伺う。
それを見て、エドもレンの隣に並んで外を見る。
「川上の方から人間らしい気配が近付いてきています。さっき、穴を開けたのを見られたのかも知れませんね」
「ふむ……川上か」
「この動き方だと、多分岩山に沿って動いてますね。もっと遠くから気配察知できたら良かったんですけど」
「森に踏み込んでこられる程度に腕の立つ者が近付いてきているのか……レン殿、窓だけでも塞げぬものじゃろうか?」
「やってみます」
レンは、まず目の前の柵の部分を石の板で閉じると、トイレに入って換気口を塞ぐ。
洞窟内に入っていた外の光がなくなり、シルヴィの頭上の光の珠と、魔石ランタンの明かりだけになる。
「ライト」
レンはライトを使い、灯りを確保すると、外に出て風呂場の換気口を塞ぎ、煙突を切り離し、煙突を素材にして風呂釜の部分も埋める。
レンの後を追ってきたエドは、川原の丸石を拾って洞窟の入り口部分に放り込む。
それを見たレンは、エドが積んだ石を素材に、石の壁を錬成して洞窟の入り口を塞いだ。
「ふたりは良いんですか?」
「短い間じゃ。火を使わんのなら問題あるまい」
「……で、柵は……って、時間切れか」
「そのようじゃの」
柵の向こうに人影が見えた。
その数4人。
ふたりは要所に金属を用いた革鎧を着ており、片方は片手剣と盾、もう片方は槍を所持している。
残る二人は女性だった。
とても、森に入るのに相応しいとは言えない服装で、強いて言えば、古代ローマのトガと呼ばれる、体に布を巻き付けたようなものに見えた。
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