第14話 氷室

 レンこと、鈴木健司は日本にいた頃は、体を壊して休職こそしていたが、日本のIT業界の会社に在籍する会社員だった。

 そして、健司は入社してすぐの頃、大量のサーバーを預かるデータセンターの管理を行っていたことがあった。


 そこで任されていたのが、サーバーやネットワーク機器のバージョン管理作業と、メーカーが修理対応をしなくなる予定の古い機器を、新製品と交換したりという作業、それとサーバー室の温度管理だった。


 数年前に発生した、空調施設トラブルに端を発する大規模なクラウドサービス停止の例を引くまでもなく、サーバー類は高熱を発するため、冷却し続けないと停止してしまう機器である。

 そんな機器を大量に狭い部屋に集めたのがデータセンターである。

 サーバーが停止すると、場合によっては銀行のATMが使えなくなったり、電話が使えなくなったり、アプリにログインできなくなったりと、様々な問題が発生し、その被害額は軽く億になることもある。なので基本的にサーバーは停止してはならない。サーバーが二重化してあれば1台ずつなら停止しても良いが、二重化している両方を同時に停止して、サービスに影響を与えるなどもっての外である。

 そのため、サーバーにとって重要なインフラである空調や電源が二重化されているデータセンターも少なくない。


 そんな場所で働いていたからか、健司は人間から発生する熱量についても正確な知見を持っていた。

■■以下、■■まで読み飛ばしても問題ありません。

 活動量の小さい成人男性の1日辺りの消費カロリーが2200kcalキロカロリー

 エアコンで使われる単位、kWhキロワットアワーは1時間当りのkWなので、単位統一のため24で割り、1時間あたりの代謝量を求めると約92kcalhとなる。


 kcalhを空調機器の単位であるkWhに換算する場合、1kWhは860kcalhに換算される。

 92kcalhを係数860で割ると、0.107(以下略)kWhとなる。単位はkWhなので、値を1000倍してキロを外し、107Wh(ワットアワー)。これが人体の1時間あたりのざっくりとした発熱量となる。


 サーバーセンターに沢山人が詰めかける場合、それだけの熱源体が一時的に増加することなる。イベントなどで人が集まる場合、それに対応して空調の出力を少し変更したりする必要があるため、健司はそうした数字を記憶していた。


 これに加え、健司の知らない数値についても言及するのなら、107Wh=92kcalhであることに着目したい。

 条件によって異なるが、1calとは1グラムの水の水温を1℃上昇させる際に必要なエネルギーである。

 92kcalhとはつまり、1時間で1キロ(リットル)の水を92℃に上昇させるだけのエネルギーなのだ。

 もちろんこれは数字のマジックで、kcalhをkcal、つまり1秒辺りのエネルギーにすると、25.6calとなる。つまりは、1グラムの水を1秒で25℃上昇させるエネルギーだ。そして、これは指先などではなく、全身の代謝すべてを振り向けた場合のことなので、コップに指を入れたところで1時間後にそのコップの中の水が95℃になったりもしない。

■■ここまで読み飛ばしても大丈夫です。

 人体の発する熱量は、極端に多くもないが、無視できるほどに小さくもないのだ。


 特に、氷室のような閉鎖空間に人間が入り、短時間でも作業を行うのであれば、人体の発熱量は顕著な影響を及ぼす。

 こうした健司の記憶が、レンの行動に方向性を持たせていた。


「氷室に入るのは氷の運び出しが目的で、分類は力仕事って考えると、氷室に入るのはエドさんだよな。で、氷室で氷を掴んで持ち出す時は、多少代謝があがるだろう。必要な時間は、氷が張り付いたりしていなければ1分てところか。そっか、エアカーテンとかないから、ドアの開閉でも冷気が失われるのか……中に松明持ち込まれても困るから、ドアは開けっぱなしで作業するとして……結構冷気が漏れそうだな」


 氷室用に掘った穴の前で、レンは藁半紙に鉛筆で数字を書き入れて計算をしては頭をかきむしっていた。

 氷室の場所は、二階と一階をつなぐ通路。坂を登って右に曲がったその突き当たりとした。


 穴の中の床とすべて壁面、天井に硬化スプレーを掛けたレンは、氷室の壁に手を当ててみた。


「温かくはないけど、冷たいって程でもない……問題は出入りの時に発生する熱量と失われる冷気だよな……時間があれば錬金術のレンガを作りたいけど、そんなに時間は掛けたくない。手持ちの藁は少ないし、だからと言って、冷却ポーションは上級だから使うのは避けたい。さて、どうしたものか」


 今回の氷室作成の目的は、あくまでも一ヶ月程度、3人の人間が生き延びられる環境を作るというものの一環で、氷室は安全に食料を保存するためのひとつの手段でしかない。

 そもそもレンならば、錬金術を全開で使えばもっと簡単で効率の良い食料貯蔵庫を作れる。

 錬金術と細工師、魔術師の技能を組み合わせれば、魔石で冷やせる冷蔵庫を作れるし、同じ要領で経過時間を遅延させる箱も作れる。だが、少なくともレンが考えるような冷蔵庫はシルヴィの反応を見る限り一般的ではなさそうだし、時空魔法が失伝しているのなら時間経過を遅延させる箱に至っては未知のアイテムとなってしまう。

 だからレンとしては、ありふれた物を作ろうと苦心していたのだ。


 一応の構想はあった。

 日本の天然の氷室を参考に断熱効果の高い洞窟を作るのだ。

 だが、運用を考えると、レンが救助を連れて戻ってくるまで氷が保つかが微妙だった。

 氷を保管するだけなら断熱した洞窟に保管すれば問題はないだろうが、食糧貯蔵用の箱の冷却のため氷を持ち出すため、時間経過で氷室の中の氷(冷却能力の元)は減っていく。

 だからと言って氷を出さないという目的のため、氷室の中に食料をしまえば、出入りの頻度が増すため、氷室内の温度管理が難しくなる。

 それら要素を勘案し、レンなりに計算してみたところ、氷室内の冷却時間は思っていたよりも短い物となったのだ。

 せめて、土中に穴を掘った氷室や、気泡が大量に入った溶岩で出来た洞窟なら多少は違うのだが、みっしりと中身の詰まった気泡の少ない岩という素材は熱伝導率がそれなりに高く、あまり氷室向きではなかった。


「……あとは……そうか、前提条件を変えればどうかな?」


 レンは、氷室の一番奥の部分の天井の硬化を解くと、天井に炸薬を仕掛けて、上向きの穴を掘った。

 落ちてきた砂利を元に足場を作ったレンは、上向きの穴の、丁度氷室の上に重なるように横穴を作る。


 レンの考えた「前提条件を変える」とは、氷室に人間が出入りする回数を0回にする方法だった。

 欲しいのは冷気であって氷ではない。

 だから、レンは、冷蔵庫を別に作って、そちらに毎度氷を移すという方法をやめることにしたのだ。


「ええと、さすがに暗いな……ライト」


 レンの頭上に光の珠が浮かび、周囲を照らし出す。

 氷室の上の横穴に登ったレンは、壁と天井、床の部分を平らに錬成し、硬化スプレーで固める。

 なお、床は、中央部が若干高くなるように調整している。

 炸薬で上向きに掘った穴は、横穴部分から更に2メートルほど上に続いているが、そちらは使う予定がないため、レンは石の板を作って天井の縦穴を埋め、横穴部分の天井と見分けが付かないようにする。


 そして、横穴の床の両端、少し低くなった部分に、直径10センチほどの穴を50センチ間隔で開けると、床の穴から氷室に置いた魔石ランタンの光が漏れてくる。

 それを確認したレンは、床に細い溝を無数に掘って穴に繋げる。


 レンは床に座り込むと、砂利を素材に厚さ5ミリの蜂の巣ハニカム状に穴のあいた石の板を作り始める。

 板には枠の部分はなく、ハニカム構造だけで構成されている。

 板にあいた穴の大きさは、板によりまちまちだが、どれも直径は1センチ前後であり、ハニカム構造を構成する薄い板の厚みは1ミリ程度しかない。

 触れただけでも割れそうなハニカム構造を硬化スプレーで固め、それらが大量に完成したところで、レンはその板を床に隙間なく並べていく。

 一通り並べ終えたら、同じ事を繰り返す。

 ハニカム構造の板を3枚重ねたところで、壁にも同じ処置をして、天井部分にも板を錬成で貼り付けていく。


 サイズの異なる六角形の連なりが洞窟内を埋めたところで、レンは自分が登ってきた氷室に続く穴を、自分が通れる最低限の大きさにして、その穴以外の部分がハニカム構造の板で埋めると、ウエストポーチから木の板を取り出してハニカム構造の板の上に並べる。

 そして、木の板の上に、水魔法のアイスブロックという魔法で作成可能な限度いっぱいの大きさである1.8メートル四方の氷を並べていく。

 炸薬で作れるのは高さ2メートル、奥行き4メートルの穴で、そこにハニカム構造の板を付け、更には木の板まで敷いているのだ。これだけで上の洞窟はいっぱいになってしまったが、レンはそれを見て満足げに頷いた。


(ハニカム構造の板は、全部穴のサイズを変えたから、板同士の接触部分は点状になってる。だから熱伝導で外部の熱が入ってくる心配は少ないはずだ。氷の部屋の床に開けた穴から、氷室に氷が溶けた水が少しずつ滴るから、氷室の冷却はその水で行う。床に開いた穴から空気は少しずつ往来するから、冷気が下りてきて、暖かい空気は上に上がるけど、その程度なら、ドアの開け閉めで失われる冷気よりも少ないし、溶けて流れ落ちる冷たい水とすれ違う際に冷やされるだろう)


 レンは、氷の部屋に残した小さい穴から氷室に下りると、下りてきた穴の上に木の板を置き、それを蓋のかわりとした。

 氷室に下りたレンは、上に登るために作った台を砂利に戻してポーチにしまい、氷室の床に溝を掘って、溶けて流れてきた水が、そこに流れ込むように床の高さを調整する。

 溝に流れこんだ水が氷室の外に排水されるように溝を作ったレンは、氷の部屋同様、床と壁と天井に、ハニカム構造の板を張り付けていく。

 そして、氷の部屋との違いとして、レンは、壁面にウェブシルクを張り巡らせた。


 天井から滴ってきた水がウェブシルクに染み込みやすくなるように、穴の部分からパイプを通し、もしも水が多すぎた場合は滴り落ちた水が排水用の溝に落ちるように調整したレンは、床に木の板を並べ、その上に砂利を錬成して大きなラックのような物を作る。その棚が食糧貯蔵用の物になるので、棚の周りを開けて、全方位から手を伸ばせるようにし、棚に重い物を載せても壊れないように、しっかりと硬化スプレーを掛ける。


(さて、氷室の内部構造はこれで良いとして、出入り口はどうするかな)


 氷を入れるだけの部屋と考えていたときは。木の板を重ね、間におが屑を挟んだドアを作ろうと考えていたレンだったが、それはエドによる運用を前提としていたからだ。

 シルヴィが出入りするのであれば、その構造のドアでは重くなりすぎると判断したレンは、まず幅2メートルの入り口部分の左右に石の壁を錬成して通路を狭める。

 なお、排水が流れる溝は、その石の壁の下を通っている。


「……まずこっちを何とかするか」


 排水溝の先を通路の隅に繋げたレンは、そこに水を貯めるための小さなバケツほどの大きさの穴を掘る。穴には薄い石の板を硬化した蓋を被せておく。

 その穴から洞窟の通路沿いに溝を伸ばし、一階につながる坂道を下って脱衣所の前を通過し、そのまま外まで溝を繋げると、今度は風呂から川まで続く溝に合流させる。

 そんなレンの様子を、川から引き上げたグリーンベアとグリーンボアの解体をしているシルヴィとエドが不思議そうな顔で見ていた。


「まあ、利便性も考えたらこんな感じかな? 使えるかは分らないけど」


 二階に戻りながら、今度は溝に石の蓋を被せていく。氷室の前に戻ったレンは、木の板で扉を作って数回開閉を行う。


「まあ、鍵がない分、トイレのドアよりシンプルだけど……もうひと工夫しておくか」


 ドアを開けて氷室に入ったレンは、左右の壁から垂直に壁を50センチほど伸ばし、扉から入ったすぐの場所に、幅1メートルの通路を作る。

 そして、その通路の天井部分に紐を通し、ウェブシルクで簡易カーテンを作って取り付ける。


「エアロック、までは行かないけど、ワンクッションおくだけでも多少は違うだろ」


 本当ならエアカーテンを設置したいところだが、と呟いたレンは、氷室のドアを閉めると、自分の横穴で勉強中のアレッタに声を掛けた。


「アレッタさん、ちょっと予定が変わったので、お話に来ました」

「あら、レン様、何かありまして?」

「ええと、馬車を解体して冷蔵庫の部品にする計画でしたけど、あれは中止にします。馬車を使わない方法を思いついたので、そっちの方法で作りました」

「そうなんですの? 使い道があるかは別にして、馴染みのある馬車を壊さずに済むのは嬉しいですわ」


 アレッタは笑顔でそう言い、不思議そうに首を傾げた。


「でも、馬車を使わずに、どうやって作ったんですの? 確か木の板を二重にして、間におが屑を詰めこんで熱が伝わりにくい箱を作って、氷を入れて冷やす、と仰ってましたわよね?」

「横穴を二階建てにして、全体を断熱効果のある板で覆って、二階部分に氷を詰め込んで、一階部分には溶けた水と冷気が落ちてくるようにしたんだ」

「上に氷があって、氷が溶けて冷たい水が流れてくるわけですね? 氷が溶けてなくなってしまったりは?」

「一応、大丈夫なはず。氷が溶けた水は全部下に流してるし、氷の部屋に外の温度が伝わりにくい構造にしてるから」

「冷たい水を下に流してしまったら、氷が溶けるのが早くなるのではありませんの?」


 アレッタの問いにレンはどう答えたものか少しだけ迷い、鍛冶師なら初級でも知っていることだから、と事実を口にすることにした。


「物によって、熱の伝わり方が違うのは分るかな?」

「熱の伝わり方、ですか?」

「例えば、同じ大きさの鉄の棒と、石の棒があったとして、その端を持って棒の先端を火の中に入れたとき、先に熱くなるのはどちらか分る?」

「……ええと……鉄、かしら?」


 自信なさげに答えるアレッタに、レンは、よく出来ましたと褒める。


「そう。それが熱の伝わり方の違いだ。どんな物体にも熱の伝わり方ってのがあって、例えば水と空気だと、水の方が25倍くらい熱が伝わりやすいんだ。だから、氷が冷たい水に浸かってる状態と、氷が冷たい空気の中にある状態を比べたら、空気の中の方が、氷が外の温度の影響を受けにくくなる。これは熱伝導率って言うものだ」

「その、熱伝導率というのは、暖まりやすさ、冷えやすさと同じ意味でしょうか?」

「いや、それはまた違う考え方が必要になるね」


 アレッタの問いに答えるのなら比熱、熱容量という考え方が必要になってくる。が、その辺りを理解するには、錬金術師上級の知識と、鍛冶師中級の知識が必要になってくるのだ。

 そのあたりはまだ早い、とレンは判断した。


「なるほど……昔、家庭教師から、海と陸では陸の方が暖まりやすく冷めやすいと聞いたことがあります。その温度差で、昼は海から陸に風が吹き、夜になると陸から海に風が吹くとか」

「ああ、海風と陸風だね。日が照ったとき、陸の方が先に暖かくなるから、昼は陸で上昇気流が生じて海から空気を引っ張ってくるのが海風。陸の方が先に冷たくなるから、冷えた空気が下りてきて、押し出された風が海に向かうのが陸風だったかな?」

「そんな理由があったのですか……温度差によるものとだけ知られてて、理由は不明と習いましたわ」

「あー、俺の知ってるのはエルフの里に伝わる伝承で、根拠はないから信じないでね」

「わかりましたわ……それでレン様、その、冷蔵庫の見学をさせて頂いても?」

「ああ、勿論。まあまだ冷えてないと思うけどね」


 レンはアレッタを伴って氷室に向かった。

 そして、魔石ランタンを点灯させて、アレッタの横から、ドアを開いてみせる。


「どうぞ。その白いカーテンの向こうが氷室という冷蔵庫です」

「ありがとう存じます……まあ……立派な棚がありますのね……それに四方の壁に布が垂れてますわね」

「全部ウェブシルクですね。この氷室の上に、ここより少し奥行きのある氷の部屋があって、そこから、天井のあの穴から冷気と冷たい水が流れてきて、ウェブシルクを冷やします。ウェブシルクを湿らせることで、冷たい水が長時間、壁の辺りに残りますから部屋の温度を下げる役に立ちます」

「あら? 空気と水では空気で冷やした方が良いのではありませんの?」

「直接触れるならそうなりますね。でも、水は食料には触れません。ただ、冷たい大きな布を作るために使うだけです」

「……難しいんですのね」

「正直、俺にもどちらの方が効率が良いのか分らないんですけどね。こんなの作ったのは初めてだし」


 レンは、壁に吊したウェブシルクに触れてみた。

 すると、冷たく、少しだけしっとりとした感触を感じる。


「ああ、少し、水が下りてきてますね」

「こんなに早く溶けてしまって、氷のお部屋の氷、保ちますの?」

「大丈夫、だと思います。今溶けてるのは、氷の部屋が元々それなりの温度だったからで、溶ける間に部屋の温度も下がったでしょうから」

「確かにこの部屋は寒いですから、お肉とか長持ちしそうですわね。溶けて流れた水は、布に吸われて乾くのでしょうか?」


 アレッタの問いに、レンはウェブシルクの下の方に触れてみる。

 まだその辺りは湿っていないようで、手には冷たく乾いた感触が感じられた。


「ええと、もしも水が多くなって、下までびっしょりになったら、こっちにある溝に流れ込んで、外に流れ出ます」

「外まで水を? 洞窟の中に小川を作ったのかしら?」

「ええと、まだ水はないでしょうけど、こちらへどうぞ」


 レンはアレッタを連れて氷室から出ると、溝の蓋を指差した。


「ここに溝があって、こっちに流れて、この貯水槽に溜まります」


 レンは、通路の角のバケツほどの穴を指差した。


「ここに水が溜まるんですの?」

「まあ、それなりに。なので、貯水槽にして、洞窟の二階でもある程度水が使えるようにしてみました」

「井戸のかわりになるというわけですわね?」


 目を輝かせるアレッタに向かって、レンは首を横に振って見せた。


「飲んじゃダメです。断熱材の下とは言え、肉なんかを保管する氷室の床を流れた水ですから。まあ、風呂場に行けば綺麗な水を沢山使えますけど、これは下まで水を汲みに行くのが面倒な時に使える水って扱いですね」

「そうだ、レン様。この貯水槽の隣に、同じ大きさの貯水槽を作れませんこと?」

「そりゃ簡単ですけど、何でですか?」

「貯水槽の水は汚したくありませんけど、貯水槽が並んでいたら、片方を水源にして、もう片方に排水を流せるかと思いましたの」

「なるほど。雑巾を洗う程度ならこの水でも十分に使えるし、汚れた水と水源が混じらないように、下水槽とかがあった方がいいのか。逆流しないように、高さだけ気を付けて…」


 レンは、貯水槽から少し離れた場所に、貯水槽より少しだけ大きな洗い場を作成した。貯水槽から溝を通って水が流れ込むようにして、溝の部分には逆流しにくいように竹の節に似た板を数枚並べる。


「まあ、後付けだから、絶対に逆流しないとは言えないけど、節の板を越えないと水は流れないから、多少は使えると思う。俺がいなくなったら、俺の部屋を洗濯物の洗い場兼物干しにするといいよ」

「川原に干すのは危険ですのよね?」

「洗濯物が川原でひらひらしてたら、魔物が寄ってくるかも知れないからね」

「なるほど。魔物は人間以外にも興味を示しますのね。勉強になりますわ」

「まあ、それはさておき、この溝は、このまま坂道通って外まで繋がっているんだ。その見学ついでに、気分転換に川原に出てみるかい?」

「良いんですの?」

「川原には魔物忌避剤を散布してあるから、左右の森からは魔物は出てこない。川向こうと空の魔物が脅威だけど、今ならエドさんがいるし、シルヴィもいて、俺もついてる。ちょっと待っててね」


 洞窟の入り口までアレッタを連れ出したレンは、ひとりで川原に出ると、エドとシルヴィに気分転換のため、アレッタを川原に連れ出すと告げた。


「まあ、ずっと中では息が詰まりますからのう……いや、レン殿の作った洞窟に不満があるわけではござらぬが」

「それでは、私はアレッタお嬢様につきますので、お師匠様、申し訳ありませんが、私に洗浄をお願いします」

「うん。解体で随分汚れてるしね。ああ、氷室が完成したから、後で覗いてみて。アレッタさんに概要説明したから、アレッタさんと一緒に見て貰えると助かる。それじゃ、俺は気配察知で川向こうと空を警戒するから、アレッタさんのことはシルヴィ、よろしくね」


 レンはシルヴィに洗浄をかけ、弓と箙を取り出すと、一本だけ矢を抜いて周辺の警戒を始めた。

 結界棒を使えば安全なのだが、結界棒は石で出来た川原では使えないのだ。


「そうだ、エドさん。肉をしまうための氷室は作りましたけど、干したり燻製にしたりはしないんですか?」

「……塩がのう……食事する分には十分にあるのじゃが、干したりするとなれば、昨日掘ってきた岩塩を入れてもちと足りぬ」

「なるほど……普通の塩なら、素材としてそこそこありますから使ってください。救援を連れて戻ってきたとき、3人が動けないようじゃ困りますから、しっかり食べて、しっかり体調を整えておいてくださいね」

「うむ……感謝の言葉もない。金の話ばかりで申し訳ないが、街に戻ったら諸々支払うと約束しよう」

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