第13話 報連相
レン達が川原に戻ると、風呂釜の前でアレッタがうろうろしていた。
「あそこは川向こうから丸見えだ! エドさん、確保よろしく!」
「うむ!」
魔物の姿は見えないが、見えてからでは手遅れになることもある。
レンの声に、エドはアレッタのそばまで駆け寄る。
レンは弓を手に、特に魔物忌避剤の効果が及ばない、川向こうに魔物が現れないかと警戒する。
その隣でシルヴィは双剣を構え、レンが遠くに警戒する間、見落としがちになる近場の魔物の警戒をするのだった。
アレッタに駆け寄ったエドは、少しだけアレッタを叱るように声を上げ、すぐにアレッタを洞窟の中に引きずり込む。
その際、アレッタが、薪らしきものを落としたため、アレッタが何をしようとしていたのかの大凡の見当は付いた。
「シルヴィ、俺たちも行こう」
「はい、お師匠様……お嬢様、薪の整理をしてたんでしょうか?」
「どうかな? でも、勝手に川原に出るような娘じゃないと思ってたんだけど」
「貴族の娘ですから、基本的にお嬢様はとてもストイックです……でも、川原もダメなんですか? 森に行くなという話はしてたと思いますけど」
「そうだったっけ? だとしたら、アレッタさんは川原までなら出ても良いと思ってたのか」
レン達は洞窟の前に落ちていた数本の薪を拾い集め、アレッタが何をしようとしていたのかを理解した。
先にエドが拾ってきた薪が、風呂釜の中に綺麗に積み重なっていたのだ。
「アレッタさん、風呂に入りたかったとか?」
「今はまだお師匠様の洗浄があるのですから、それはないと思いますけれど……あと、お嬢様がお風呂を沸かすなど、今までありませんでした」
「でもこれ、綺麗に積み上げてるし、どうみても沸かそうとしてるよな?」
風呂釜に井桁に積んで薪を入れる理由は他に思いつかない。
アレッタにも子供っぽいところがあったのか、とレンはアレッタの評価を少し変更することにした。
二階に上がると、アレッタは丸太の上に座って俯いており、その前にエドが腕組みをして立っていた。
「川原に出る危険性はお分かりですな? 護衛なしで川原に出るなど、何をしようとしていたのですか」
「ごめんなさい。釜は出口のそばでしたから、あのくらいなら大丈夫かと思ってしまいましたの」
「……魔物に発見されれば、洞窟に逃げ込んでも手遅れです。コンラード様の呪いが解決しても、ここでアレッタお嬢様が怪我でもすれば、コンラード様がどれだけ悲しむことか」
「申し訳ありません……考えなしでしたわ」
「……まあ、反省はしているようですから、これ以上は言いますまい……で、何をしようとしていたのですかな?」
「レン様とエドをお風呂に入れてあげたかったんですの……さっきの大きなクマの解体、見てましたわ。あんなに血塗れになって……ですので、少しでも寛いで欲しかったんですの」
アレッタの言葉に、エドは天井を見上げ、首をぐるりと回した。
「……そのお気持ちだけ頂戴します。私ならレン殿に洗浄をしてもらえばすむことです」
「いつも気を張っていて、心が疲れませんの?」
「……アレッタお嬢様、私にとってこの場は戦場です。気を抜くのは、街に戻った後です」
「エドさん、その辺にしとこう。アレッタさんは、川原に出ることの危険性を十分に理解していなかった。森に出なければ良いと考えていたのは俺たちの説明不足が原因のひとつだ。アレッタさんにも問題はあったけど、俺たちにも問題はあった。お互い、直すべき所はしっかり直そう」
「……ですな……アレッタお嬢様。なぜ川原が危険なのか説明しますので、お聞きください」
「……はい」
エドとアレッタの話は長くなりそうだったので、レンはシルヴィに声を掛けて川原に出た。
「シルヴィは魔物の解体とか出来る?」
「はい……あ、そうですね。お師匠様が狩った獲物を解体しないと、美味しくなくなっちゃいますよね」
狩ったその場で血抜きはしているが、内臓を抜いて川で冷やしてやらないと肉の味が悪くなる。
グリーンホーンラビット、グリーンボア、グリーンピジョン、グリーンホーク、グリーンスターリングなど、食べられそうな魔物は見境なく確保してきている。
レンの中の常識では、やはり鳥肉と言えば鶏なので、グリーンピジョン――鳩はともかく、グリーンスターリング――椋鳥は随分と小さく見える。
川原の下流に陣取って、レンが足下を平らに錬成すると、ボストンバッグからシルヴィが獲物を取り出して並べ始める。
「お師匠様、お手数をお掛けし申し訳ありませんが、ここに膝の高さの台を作って貰えないでしょうか? 獲物に、他の獲物の血や内臓が触れないようにしたいんです」
「うん。膝くらいの台か……ええと……丸石を少し集めないと厳しいかな」
平らにした場所から出て、川原の丸石を拾ったレンは、石を台を作る予定の場所に放り投げて小さい山を作る。
シルヴィは、台の作成をレンに任せて、グリーンボアを川縁まで運び、そこで解体に着手した。
後ろ足に縄を結び、グリーンボアを川に沈めると、まずその毛皮に付いた土や血をジャブジャブと洗う。
首を矢が貫通しており、毛皮が血まみれになっていたため、途端に川が赤く染まる。
シルヴィはグリーンボアの毛皮を洗いながら、短剣で心臓の辺りを刺すが、狩った直後にも血抜きをしていたため、ほとんど血が流れ出ない。
グリーンボアを川原に引き上げたシルヴィは、解体用の小さいナイフで腹を割き、肋骨と骨盤を広げ、腹膜や筋を切りながら内臓を剥がしていく。
バキバキとものすごい音がする。それを見て、レンもシルヴィに言われるがままに、足を引っ張ったり肋骨を引いたりする。
狩った直後にエドがグリーンボアの肛門に草を詰め込んでいたため、中身が漏れることなく処理が進む。
内臓に残っていた血が川原を赤黒く染めていくが、シルヴィは気にせずに内臓を引っ張り出す。
「お師匠様、胆嚢は必要でしょうか?」
「折角だし、取っておくよ」
レンはシルヴィが引っ張り出した胆嚢を確認すると、糸で胆嚢から出ている管を縛り、内臓から切り離す。
「内臓は、心臓と肝臓だけでいいでしょうか?」
「そうだね。森で何を食べてたか分らないから、残すのは安全な部位だけにしとこう」
「……アレッタお嬢様も内臓はあまり好まないんですよね。じゃあ内臓は廃棄で」
虫は平気なのにモツが苦手という理由はよく分らないが、処理が面倒な部分なので、レンとしても廃棄には賛成だった。
「あ、お師匠様の洗浄なら、腸なんかも綺麗に出来るんですか?」
「あー、使えるようになると分るけど、洗浄って面積と、何を汚れと判断するのかによって必要な魔力が変わるから、凹凸の多い内臓はちょっと無理かもね」
「なるほど……人体の表面よりも内臓の方が大変なんですね……あれ? アレッタお嬢様の髪とか大丈夫だったんでしょうか?」
髪一本一本の表面ともなれば、結構な広さになるのでは、とのシルヴィの指摘にレンは頷いた。
「あー、アレッタさんの髪は長いからそこそこ魔力食うけど、髪の表面積の合計よりは少ないかな。ほら、髪同士が触れあってる部分は、分けて計算しないみたいなんだ」
「ん? えーと? ああ、なんとなく分りました」
シルヴィは頷きながらはグリーンボアの内臓を川に流し、再びグリーンボアを川に浸けた。
「お師匠様、これだけ内臓を流していたら、筌に魚が掛からないかもですね」
「まあ、撒き餌を撒いていると思えば、むしろ寄ってくるかも知れないよ」
「なるほど、それに期待します。あ、お師匠様も解体しますか?」
「あー……まあ、うん。やるよ」
レンはゲーム内ではウエストポーチの解体機能を使っていたが、それで取得できる品物の品質は平均レベルを超えることはない。
そして、解体という技能は様々な職業で得ることが出来る。
その一つが弓使いであり、もうひとつがプレイヤーなら誰もがチュートリアルで半強制的にその職業を選択させられることになる冒険者であり、そのどちらでも解体の技能をレンは取得していた。
技能がある以上、レンの中には記憶があり、それを使いこなせるはずではある。
そう考えたレンは、小さいナイフを取り出すと、グリーンホーンラビットに向かってしゃがみ込んだ。
(まず内臓を抜く? ……血抜きは……首を射貫いてるから不要かな? あ、血で汚れてるから洗うのが先か)
グリーンホーンラビットを川に浸けて赤黒く汚れていた全身を洗う。
ダニや汚れの除去が目的であると知らない記憶が教えてくれる。
続いて腹を割いて肋骨を広げて内臓を抜き取る。
心臓と肝だけ大きな葉っぱの上に避けておき、他は竹を切って作った筒に入れる。食用ではなく、筌に入れるための餌代わりである。
内臓を抜いたら川で腹の中を洗い、足を縛って川に浸けて冷やす。
心臓は二つに割って中の血を抜き、肝臓はそのまま葉っぱに載せて振り向くと、シルヴィもレンの隣で別のグリーンホーンラビットの処理を行っていた。
「お師匠様はエルフだけあって、解体が上手ですよね」
「弓使いだからね、狩った獲物の処理は、必須技能だし」
「なら次は鳥ですね……あ、でもどうしましょうか」
シルヴィは、台の上に並んだ鳥類を眺めて溜息を漏らした。
「何か問題でもあるのか?」
「問題、ではないですね……とりあえず、血抜きと腸抜きをします」
鳥の魔物は、矢が当たった場所はまちまちだった。
枝に止まっている鳥なら首を狙って撃ち抜けるレンでも、飛んでいる獲物の場合、胴体か羽根に命中してしまうことが多いためだ。
枝に止まっているのを狙ったグリーンピジョンとグリーンスターリングに関しては改めて血抜きを行うまでもないが、他は首を裂いてひっくり返しておく。
そして、その間に、鳩にしては少し大きめのグリーンピジョンの肛門周りの羽を毟り、肛門から釣り針に似た形のフックを入れて腸を引き抜く。
続いて羽を毟ろうとしたところでシルヴィがストップを掛けた。
「お師匠様、そこまでにしましょう。血抜きと腸抜きをして、羽を毟らなければ、それなりに日持ちするんです」
「日持ち? このまま置いとくのか?」
「まあ、水には浸けますけど、全身の羽を毟って解体するのは後日、調理する前にしましょう……鳥って羽を毟ると腐敗しやすくなるんです。だから、その前に他の鳥も同じ程度の処理をして、ああ、胴や羽を射貫いたのは、傷の周辺の羽だけ毟って、傷口を綺麗に洗いましょう」
「日持ちするのならいいけど、俺の常識だと、鳥肉って痛みやすいと思ったんだけど……あ、そうでもないのか?」
レンが知らない筈の知識が、シルヴィの言っていることは間違いではないと教えてくれた。
羽を毟ると腐敗しやすくなるということと、冷暗所に保管すれば4,5日はそのままでも問題なさそうだとわかると、レンは他の鳥の魔物についても同様の処理を行っていく。
なお、傷口からも腐敗しやすくなるため、胴体や羽根に傷がある鳥に関しては、傷の周辺の羽を毟って傷口付近をしっかりと洗うようにする。
「次は、グリーンボアとグリーンベアの処理をしましょうか」
「そっちは、一晩くらい冷やそうよ。グリーンベアなんて、数時間で冷えるとは思えない。それよりシルヴィ、冷蔵庫を作ろうかと思うんだけど」
「それはどういう物でしょうか?」
シルヴィの返事を聞き、レンは少し考えてから返事をした。
「ええと、二重になった木の箱で板の間におが屑を詰めて、箱の中に氷を入れておくんだ。箱の中は低温が保たれるから、肉や魚の貯蔵には向いてるよ」
レンの説明を聞き、シルヴィはそれがどのような物なのかをイメージし、首を横に振った。
「手作りの氷室ですね……お師匠様がいる間なら使えますけど、お師匠様が街に向かったら、氷を出せなくなってしまいますから、氷が溶けて使えなくなりませんか?」
「うん。だから氷だけ詰め込んだ洞窟をひとつ用意しようかと思うんだ……氷の部屋の中もかなり寒いと思うけど、出入りのたびに冷気が漏れるから、食料は食料保存庫に入れて、氷がなくなったら、氷の部屋から氷を持ってくる感じだね」
「……お師匠様が戻ってくるまで、保ちますか?」
「多分」
ゲームの中には魔石を使った冷蔵庫も存在していたので、レンとしてはそれを作ろうと考えていたのだが、シルヴィの返事を聞いて、冷却機能が付いていない冷蔵庫を作るという方向にシフトすることにした。
だが、洞窟内に氷を保存すると言っても、そのまま放り込んだのでは、そう長持ちはしない。
レンが作った洞窟は、安山岩の岩山を掘って作った洞窟なので、日が当たれば温まるし、夜になれば冷たくなる。金属とは比較にならないとはいえ、一般的な岩石は比熱が小さく、温まりやすく冷えやすいという性質があるためだ。
岩の内部に亀裂や節理などの隙間、気泡などがあれば、そこで熱の伝導が阻害されるが、そうでなければ岩は比較的熱伝導率が高い部類の物質である。
だから、単純に洞窟を掘ってそこに氷を入れただけでは、外部の熱が岩を伝わって侵入し、氷を溶かしてしまうのだ。
だが、岩室に氷を保存するという技術に関しては、日本には幾つかの有名な洞窟があった。
そのひとつが富士山の青木ヶ原樹海に存在する鳴沢氷穴である。
玄武岩の溶岩でできた洞窟の中は年間を通してとても涼しく、氷が保管されたエリアでは当然ながら凍えるほど寒い。
そして、真夏に多くの観光客が出入りしてもその氷は殆ど溶けない。
氷穴の壁面を構成する溶岩が、気泡を多く含んでいるため、天然の断熱材になっているためである。
レン達の洞窟は安山岩で出来ているため、玄武岩の溶岩とまったく同じように作ることは無理だとしても、その気泡が断熱の秘密であると理解しているレンにしてみれば、異なる材料であっても同じ結果を得ることは可能だと思えた。
「まあ、氷室が作れるのなら嬉しいですけど……肉も魚も長持ちしますし、お師匠様の負担にならない程度でできるのでしたらお願いしたいです」
「うん、分った……ところで、そこに転がってる馬車だけど、解体してもいいかな?」
「ええと、私では判断できませんね。アレッタお嬢様に聞いてみてください。ここから街道まで運ぶ手段もないですから、無意味に反対はされないと思いますが」
馬車はそれなりに高価な品物なので、使用人の一存では答えられないというシルヴィに、レンは頷いた。
「分った。そうする……さて、それじゃ、解体した肉はシルヴィに任せるとして。俺は風呂の外装を弄るとするか」
「お風呂の外装ですか? そういえば、未完成って話してましたね。お嬢様がお風呂に火を付けてたら大変なことになっていたのでしょうか?」
「いや、風呂桶に水を入れてから火を付ける分にはどこも壊れない……けど、風呂釜の真上に煙突を作る予定の穴があるから、そこからの煙の直撃を食らっただろうな」
「危機一髪だったわけですね……では、私は解体したものを片付けたら、洞窟で昼食の支度をしますので」
「ああ。美味しいの期待しているよ。ああ、ここの片付け終わったら、戻る前に風呂場の外装やってるところまで来て貰えるかな」
「はい、承知しました」
シルヴィに後を任せたレンは、風呂釜の真上に空いた穴から石の管を伸ばし、それを真上に向けて伸ばしていく。
煙突の最下部は漏斗状にして、水抜きの穴を開ける。煙突に雨が吹き込んでも、この穴から水が抜けるため風呂釜に雨水が流れ込むことはない。
煙突を伸ばして、その先端に小さい屋根を作ると、風呂釜の真上の部分にも小さい屋根を追加する。風呂を沸かす者と薪が、雨で濡れないようにという配慮である。
「お師匠様。解体の後片付け、終わりました」
「うん。それじゃ、ちょっとそこに立って。両手は横に伸ばす……いいよ。それじゃ、洗浄!」
シルヴィの全身を泡が包み込む。
あちこち色々と汚れていたシルヴィが、一瞬にして綺麗になる。
「あ、お師匠様、ありがとうございます」
「うん。食事の支度する人が血まみれってのはいただけないし、気にしないでいいから」
綺麗になったシルヴィに背を向け、レンは風呂釜の周囲にエドの背丈より少し高めの石の壁を作り、煙突と屋根、石の壁を硬化スプレーで固める。
「あとは……ああ、排水溝が必要だって言ってたっけ」
川原の構造は、レン達が住処にしている岩山がそのまま川まで続く石畳になっていて、その石畳の上に、丸く削れた石がゴロゴロと転がっているというものである。
丸石の下には流れ着いた泥や木切れなどが溜まっているので石畳は殆ど見えないが、もしも排水を放置すれば、石畳の上に水の流れができ、散布した魔物忌避剤を流してしまうかも知れない。
風呂場の排水孔から、石畳までの部分を削り、水が流れる道筋を作ると、レンは風呂場に入ってウォーターボールを風呂場の床に放った。
そして、外側から、水がどう流れるのかを確認し、石畳の上に水溜まりを作らないように高低差に注意しつつ、石畳に深いV字型の排水溝を刻むのだった。
(丸石はV字の溝に嵌まらないから、泥とかで埋まらなければこれで十分だろ。泥が少なきゃ押し流すだろうけど、一応エドさんにもメンテするように伝えておくか)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます