第12話 確認

 翌日は、朝からアレッタ以外の全員が川原に出て作業を行った。

 アレッタは洞窟で錬金術の勉強である。本人は色々やりたがっていたが、その体力のなさに、レンは勉強を優先するようにと指示をしたのだ。

 川原に出た一行は、まずレンが柵の周囲の見晴らしを良くするために切った木を川原に出し、エドとシルヴィのふたりがそれを薪のサイズに切る作業から開始した。

 無論ほぼ生木なので、そのまま薪として使うことはできないが、風呂釜の少し下に薪を入れるための穴を作ってそこに保管することで、風呂を沸かすたびに乾燥がすすむという仕組みである。

 薪を入れる穴は、水蒸気が抜ける穴を残し、土で蓋をする予定なので、完成するのは薪ではなく炭になるかもしれないが、燃料を手に入れるという目的からすれば、どちらに転んでも問題はない。


 エドとシルヴィが薪を作っている間、レンは森に分け入り、以前見掛けた孟宗竹のような太い竹を数本切り出すと同時に、竹林に積もった落ち葉を回収する。

 竹には幾らでも使い道がある。

 きちんと割っておく必要があるが、生でもそれなりに燃えるし、落ち葉もたき付けに使える。

 割った物をそのまま食器として使うこともできるし、節の辺りで切ればコップにもなる。

 そして何より、レンは竹を使って魚を捕るためのうけという罠を作るつもりだった。

 レンが細工師の道具を取り出し、竹の加工を始めようとしていると薪割りを終えたシルヴィが寄ってきた。


「お師匠様、竹で魚の罠を作ると聞きましたが、私に作らせて貰えませんか?」

「そりゃ構わないけど、細工師の技能はあるのか?」

「細工師の技能はありませんけど、筌なら実家にいた頃に作ってましたから」


 大抵のことなら練習すれば、技能がなくても簡単なことはできるようになるのだ、とシルヴィは胸を張った。

 それを聞き、レンはなるほどと納得した。

 簡単な料理、例えば目玉焼き程度なら料理人でなくても作れるのは自然なことだし、竹細工にしても、それだけに特化して鍛錬すれば、それなりに作れたりもするのだろう。と。

 この世界が職業と技能で成り立っているのは事実だろうが、それだけでもないというのは、レンにとって嬉しい発見だった。


「それじゃ筌の作成はシルヴィに任せるよ。細工師の基本セットと鉈と紐があれば良いかな?」

「えーと……はい。お任せください」

「あ、初級体力回復ポーション置いてくから怪我したら使ってね」

「ありがとうございます」

「じゃあ、あとは任せるよ」

「ではレン殿、儂らは森で食料と素材採集をするとしましょうかの」


 薪の山を作ったエドは、薪を川原に広げて日に当てながらレンに声を掛けてきた。

 レンは頷くと、エドと共に柵の外に出た。

 エドは荷物を運ぶため、アイテムボックス機能の付いたボストンバッグを所持している。


「儂は食料になるものと、薪を集めようと思うのじゃが」

「ええ、それでお願いします。俺は魔物忌避剤と定着ポーションなんかの素材集めと、後は結界棒の効果の確認をします」

「承知した。レン殿なら心配は不要とは思うが、十分に気を付けるのじゃぞ?」

「はい、エドさんもお気を付けて……基本的に、そんなに離れすぎないように注意しますので、何かあったら呼んでください」


 ふたりは武器を片手に森の中に踏み入った。

 日が当たる森の入り口部分は灌木で埋まっているのが普通だが、レンの手で邪魔な木は切り取られており、ふたりを遮る物はない。

 一見するとノンビリと、その実、周囲に気を配りつつ歩くふたりだが、不意にエドがしゃがみ込む。

 何事かと警戒するレンだが、その気配察知には怪しい気配は感じられない。


 しばらくの間、木の根の辺りでごそごそしていたエドだが、イモムシのような物を掘り出すと、それを皮の袋にしまい込む。


(まあ、昆虫はタンパク質豊富だし……うん。知らない記憶の中にもイモムシ料理とかあるよ……知りたくなかった)


 レンはエドから顔を逸らし、森の奥に視線を向ける。


(定着ポーションの素材で足りてないのは、塩水石とスライム系から採れる酸の石……『碧の迷宮』のスライムは厄介なタイプだから気を付けないと)


 国民的RPG以来、日本ではスライムと言えば水滴型で可愛らしい見た目の最弱の魔物という風潮がある。

 しかし、海外のファンタジー系ゲームでは、スライムは不定形の危険な魔物として描かれていることが多い。

 木の枝や洞窟の天井から冒険者の上に降り注ぎ、口や鼻を閉ざして呼吸を奪い、酸で武器や防具ごと人体を溶かすのだ。

 物理攻撃はその核に当たらなければ意味がなく、攻撃のたびに武器は酸に侵されていく。

 弱点は透けて見える核の部分に直接攻撃を当てるか、火で焼くことと分りやすいが、死角になりがちな頭上から音もなく奇襲してくるため、気配察知が育つまでは割と厄介な敵なのだ。


「……いた」


 レンは、武器を弓に持ち替えると、木の枝の上で獲物を待ち構えていたスライムの核を狙って矢を射る。

 核を貫いた矢は、酸に侵されて煙を上げているが、スライムは枝からズルリと落ちてきた。


「……スライムは気配察知に反応するから、マンティス系よりは楽だけど……よし、酸の石ゲット。あと三つは欲しいかな」


 弓から細剣レイピアに持ち替え、スライムに刺さった矢で、魔石と酸の石を取り出し、石と矢の残骸を洗浄で綺麗にしてからポーチにしまう。

 そして再び周囲に目を向ける。

 その視線が、森の地面の一点で止まった。


(塩水の石っぽい?)


 白っぽく光を反射する石が露頭しているのを見付けたレンは、小さいシャベルでその周囲を掘る。

 拳大の岩塩のような石を掘り出したレンは、小さなハンマーの尖ったピック側で端の方を削り取る。

 粉状に砕けた石は、一見すると塩にも見えたが、直後、液状に変化する。現実にはあり得ない反応に少し物珍しさを感じながらも、レンは石とシャベルなどをポーチにしまい込む。


(ゲームならではの鉱物か。そのうち聖銀なんかも掘ってみたいけど……お?)


 レンの気配察知に大きめの魔物の反応があった。

 木々の間から魔物の正体を確認したレンは、背負い袋から4本の結界棒を引き抜くと、4メートル四方程度になるように結界棒を地面に刺す。


 結界棒の上端に付いている魔石が一瞬だけ淡く緑色に光る。結界が発動したという合図である。

 それを確認したレンはレイピアを再び弓に持ち替え、森の奥に向かって矢を放つ。

 放たれた矢は、木々の隙間を縫うように飛び、森の奥の小山のような緑の塊に突き刺さる。


「……!」


 巨大な緑色のクマ――グリーンベアは腰の辺りに痛みを感じて振り向いた。

 すると、木々の隙間から矢が飛んできて、今度は肩の辺りに刺さる。

 グリーンベアの体長はほぼ3メートルと大きいため、矢が刺さった程度では大したダメージにはならないが、痛いものは痛い。

 だから、3発目の矢がグリーンベアの首筋に刺さったことで、グリーンベアは森の奥にいるのは敵であると認識した。


 体を起こしたグリーンベアは、矢が飛んできていた方向に向かってかなりの速度で走り出す。

 太い木は避けるが、進路にある低木や灌木はすべて踏み潰される。


「レン殿!」

「大丈夫、見ててください」


 そんなやりとりを聞き流しながらグリーンベアは疾走し、突然、鉄琴に似た音と共に、何かにぶつかったかのように弾き返される。

 それが目の前の獲物のせいであると認識したグリーンベアは、レンの前で後ろ足だけで立ち上がり、咆哮を放った。


「威圧の咆哮か……ゲームと似てるけど、迫力とモーションが違うな……結界の中には攻撃は通じない筈だから、怖いって思うのは威圧の咆哮の効果じゃないんだよな」


 レンは対峙する緑色のクマの魔物の大きさに圧倒されながらも、その頭を狙って弓をゆっくりと引く。

 その動きに反応したグリーンベアが、レンに向かって右手を振り回す。


 再び硬質な音が森の中に響き、グリーンベアはその場でたたらを踏む。

 何が起きたのか分らない、と困惑の表情のグリーンベアを見て、レンは楽しそうに笑う。


「クマでもそんな顔するんだな……もう何発か試して欲しいんだが……無理か?」


 レンの声にうなり声で返したグリーンベアは、両手を広げてレンを抱き潰そうとする。が、それも硬い音と共に弾かれ、グリーンベアは後ろにひっくり返った。

 慌てて起き上がったグリーンベアは、唸りながら結界棒に囲まれたレンの周りをぐるぐると回り、時折前足をレンの方に伸ばすものの、その攻撃がレンに届くことはなかった。


 グリーンベアの攻撃を受けた瞬間、結界棒の魔石がうっすらと黄色く光る。数回の攻撃でその明るさと色に変化がないことを確認したレンは、グリーンベアの顔を狙って弓の技能を使った。


「もうひとつ確認したいことがあるんだ。付き合って貰うぞ……流星射!」


 レンが番えていた矢は1本だけである。

 しかし放たれた矢は、進むほどに本数を増やし、グリーンベアの顔面に突き刺さる頃には10本近くまで増えていた。


 顔面に矢を受けたグリーンベアが、絶叫を上げてその場で転がり回る。

 振り回した腕が掠めたのか、何回か結界に弾かれる音がしたが、結界棒はレンのことをしっかりと守っていた。


 そんな中、転げ回るグリーンベアに向かって、レンは何回も流星射を放ち、グリーンベアは全身から光る矢を生やした状態となった。そして、その光の矢は次々に消えていく。


「ゲームなら倒せてる頃だけど……効いてないか」


 レンの呟きの数秒後、グリーンベアは全身に血を滲ませて立ち上がった。体中に矢の刺さった傷跡こそ残っているが、体にも、足下にも一本の矢も残っていない。


 流星射は、ゲームの仕様では一本の矢が無数に分裂した気弾となって敵に突き刺さるという技能で、本来は範囲攻撃に使われるものである。

 一発あたりの威力は、普通に放った矢の半分程度の威力しかないが、今回はそれを近距離で一体の敵に向かって何発も放ったのだ。

 散弾銃を至近距離から連続で撃ち込んだようなものである。

 しかし、クマを相手に散弾で致命傷を与えるのは難しい。


「ゲーム内なら、弱い攻撃でも当て続ければ倒せたけど……今の攻撃で大したダメージになってないってことは……やっぱり体力なんかの扱いはゲームとは違うんだな」


 体力が数値で表現されているゲームなら、ダメージ1の攻撃を繰り返せばいつかは敵を倒せる。

 回復だ何だと条件はあるだろうが、体力が数値化されている以上それがルールだ。

 だがレンは、その在り方がそのままこの世界に反映されていないのではないかと考えていた。

 レン自身の体力ゲージが表示されないのは、生命力の数値化が不可能だからだと予想していたのだ。


 例えば、掌を貫くような傷を負えば確かに痛いだろうが、それだけで命を落とすことはない。

 だが、その傷を受けたのが脳や心臓であれば、生き物は簡単に命を失う。目であれば視力を失うし、膝であれば歩けなくなる。

 傷を負った部位により結果は様々に変化する。それを数値だけで表現するのは無理がある、とレンは考えていた。

 部位ごとに状態を判定するゲームも世の中には存在するが、現実を簡略化して表現する以上、そこには表現できる限界――解像度のようなものが存在する。


 レンは、一撃あたりのダメージが少ない技能をグリーンベアに対して使うことでそれを確かめたのだ。


「血が出てるんだから、ダメージは入ってるだろうけど、クマにしたらかすり傷みたいなものだよな」


 それでも、ゲーム内ならこれだけダメージを与えれば、いい加減、モーションが変化するくらいの変化はあった。

 ゲームとの違いを脳裏に刻みながら、疾風の弓をポーチにしまったレンは、レイピアを抜き、グリーンベアに向かって構える。

 レンの独り言に反応したグリーンベアは、歩き回るのをやめて再度後ろ足で立ち上がり、レンに向かって両手を広げて咆哮を放つ。


「悪いが退治させて貰う……烈風突!」


 グリーンベアに向かって大きく踏み込みつつ、レンは踏み込み速度と比べるとゆっくりと言える程度の速度でレイピアを突き出す。

 レイピアが風をまとい、見えない何かがグリーンベアに向かって飛ぶ。

 向こうが歪んで見えるほど濃密な大気の塊をグリーンベアの胸に叩きつけるように放ったレンは、踏み込んだ分だけ後ろに下がり、結界棒の内側に戻る。

 空気の塊を受けたグリーンベアの胸が大きく凹み、その衝撃でグリーンベアはぺたりと座り込み、そのまま胸の傷と、口と鼻から血を流しながらゆっくりと仰向けに倒れた。


 気配察知でグリーンベアの気配が薄れていくのを確認したレンは、レイピアを鞘に収める。

 そして、レンのそばにもう一つの気配が近付いてきているのに気付く。


「……倒せたんじゃろうか?」

「ええ、心臓に至近距離からですから……エドさんだって、倒せたと思ったから近付いてきたんでしょ?」

「そりゃまあのう……しかし烈風突じゃよな? 烈風突であの威力とは」

「大型の魔物にはよく効きます。胸郭ごと心肺を潰しました……さて、結界棒が使えることは確認出来たし、洞窟のそばの大型の魔物も倒せましたので、もう少し素材を集めますね」


 レンは、グリーンベアの反応が消えていることを確認してから、結界棒を回収し、袋にしまってポーチに収めた。

 エドも、グリーンベアの様子を窺い、完全に死んでいることを確認して安堵の息を吐いた。


「で、グリーンベアはどうするんじゃ?」

「あー……貴重な肉ですし、俺のウエストポーチになら入りますから、後で川に沈めて冷やしましょう」

「……ふむ。レン殿は狩りは余りされないのじゃな。後と言わず、すぐにでも川に沈めるべきじゃ。時間をおけば肉が臭くなってしまう」

「えーと、はい、分りました。それじゃいったんポーチに入れて川原に移動しましょう」


 レンの持つウエストポーチは入れた物の時間が止まるため、中に入れてしまえば慌てる必要はなくなるし、何なら、ポーチ自体に解体の機能が付いているのだが、レンの知らない記憶が、そんなポーチは極めて希少であると教えていた。

 だから、レンは自分のポーチが、単に容量が大きいだけのアイテムボックスであるように振る舞うつもりだった。

 そして、レンがグリーンベアをポーチにしまおうとすると、エドが慌てたように待ったを掛けた。


「あいや待たれよ」


 エドは周囲を見回し、大きな葉を何枚か集め、適当にその辺に生えている草を手当たり次第に集めて包み、拳より二回りほど大きい葉っぱのボールを作った。


「ええと、それは?」

「死んだ獲物は、肛門が緩むでの。漏れないように栓をしておくのじゃ。解体するときもこれがあると、肉にクソが付きにくくなる」


 エドは、葉っぱで作ったボールをグリーンベアの肛門に押し込む。

 かなりの大きさではあるが、あまり抵抗なくボールが飲み込まれる。


「さて、もうしまっても良いぞ?」

「あ、はい」


 グリーンベアに近付いたレンは、その前足をポーチに触れさせる。

 それだけでグリーンベアの巨体が消え失せた。


「それじゃ、川原に戻りましょう……冷やすのは、川原で良いですよね?」

「後のことを考えると微妙じゃが、まあ肉が失われるのも困る。川原の下流に沈めるとしよう」




 川原に戻ると、シルヴィが川に筌を沈めていた。


「シルヴィ、完成したんだ?」

「はいお師匠様。とりあえず、干し肉の欠片と芋の皮とかを入れてます。それにしてもお早いお戻りでしたね?」

「うん。獲物を冷やしたくてね」


 レンは、川原にグリーンベアを出すと、その後ろ足に紐を巻き付ける。

 その横で、エドはグリーンベアの首から肛門までを切り裂き、内臓を抜き取ると、腹の中に川原に転がっている石を詰める。


「手抜きじゃが、まあ仕方あるまい……レン殿、川に沈めてくれい」

「了解」


 レンはグリーンベアをポーチにしまうと、水面の上で取り出す。

 水しぶきが上がる中、レンはグリーンベアの足に結んだ紐を掴み取り、それを川原に錬成した石の柱に結ぶ。


「エドさん、先に解体したんですね」

「解体というほどではないの。血抜き兼内臓の取り出しじゃな。本来なら毛皮も剥いでおきたいが、今回は肉を優先じゃ」

「……で、取り出した内臓はどうするんですか?」

「今回は廃棄じゃな……一応、破かないように抜いたが……ああ、これは錬金術で使うんじゃったか?」


 エドが差し出したのは、クマの胆嚢だった。

 胆管を結んでいないので、中の胆汁が漏れ出ている。

 レンはそれを受け取り、胆管を糸で縛ってポーチにしまう。


「クマの胆は、錬金術じゃなくても使いますね。他にも内臓は色々使えますけど、肝臓と心臓くらいは残しますか?」

「いや、それがの。心臓と肺は完全に潰れとったし、胃と肝臓も破裂しとった……胃液で汚れとるし、血のにおいがひどいから、内臓は川に流してしまおう」

「……なるほど……ええと……エドさん、ちょっとこっちに来てください。川原の内臓と血を押し流します」

「洗浄かの?」

「いえ。ええと……ウォーターボール!」


 レンは右手を突き出し、川原の内臓の山に向けて大量の水をぶつけた。

 攻撃魔法の中でも威力が弱い魔法だが、レンがイメージした通り、水はかなりの量と勢いで、内臓は川に向かって押し流される。


「ランスやアローではなくボールにしたのはなぜじゃ?」

「ランスとかだと刺さるだけで流せませんから」

「なるほどのう……川原にはまだ血が残っておるな。もう何発か使えるじゃろうか?」

「問題ないです……あ、筌に入れる餌として、内臓を少し残しても良かったかもですね」

「何、まだグリーンベアの肉も脳も舌も残っておるわい。それにこの後も色々狩るつもりじゃ」


 なるほど、と頷いたレンは、川原に残った血痕を洗い流すようにウォーターボールを使い。最後はファイアランスで解体していたあたりを熱消毒するのだった。




「で、お師匠様は、また森に向かうんですか?」


 シルヴィは、レンに借りていた細工師の基本セット他をレンに返しながらそう訪ねた。

 レンはそれらをポーチにしまいながら頷く。


「うん。スライムの酸の石はもう少し手に入れておきたいし、乾いた薪も欲しいからね」

「なら、今度は私も行きます」

「武器は何を使うんだっけ?」

「短剣です。一応、ほら」


 シルヴィはその場でくるりと回ってレンに背中を見せた。

 その腰には、短剣が2本、互い違いに収まっている。


「短剣2本……互い違いに付けてるってことは、双剣使いか?」

「はい。私の腕だと、片手で防いで、もう片方で攻撃する程度で、舞ったりはできませんけど」

「……双剣の舞は、結構難しいからね……あ、エドさん、シルヴィも行くって事で良いですか?」

「ああ、もともとそのつもりじゃったしの。と、そうじゃ」


 グリーンベアに遭遇するまでに採取したものを洞窟にしまってきたエドに尋ねると、エドは頷き、レンに向かって片手で拝むような仕草を見せた。


「レン殿、お願いがあるのじゃが」

「何でしょう?」

「錬成で、これくらいの大きさの植木鉢を作って貰えんじゃろうか?」


 エドが、高さ30センチほど、直径20センチほどの大きさを手で示す。

 レンは、川原に落ちていた石を錬成し、エドのリクエストに応える。


「こんな感じで? 芋でも育てるんですか?」


 すぐに育つものでもないだろうが、レンが知っている限り、エド達の食料の中では芋だけが種として使える作物だった。

 だが、エドは首を横に振った。


「いや、育てるのはポム虫じゃ。ポム虫はアレッタお嬢様の好物なのじゃよ」

「……なるほど……あとでおが屑を作らないとですね」


 レンの知らない筈の知識では、ポム虫は湿ったおが屑の中で育てると土臭さが抜けて甘くなる虫で、先ほどエドが森の中で確保していたイモムシだった。

 調理方法はシンプルで、焼くか煮込む。焼くと固くなって甘さが増し、煮込むととろける食感が人気の食材である。ゲーム内で食べた覚えはなかったが、レンの知識の中には、その味や食感まで記憶されていた。

 その記憶によれば、確かに美味しいが、日本人の常識が、それは食べ物じゃないと叫んでいた。


(……早く忘れよう……)


 レンは頭を振ると、レイピアを片手に森の中に入っていく。エドとシルヴィは、そんなレンを不思議そうな顔で見送りかけ、慌ててその後について森に入るのだった。




 森の中では、レンは狩人になっていた。

 木の上のスライムを狙い、鳥を射落とし、食べられる魔物がいればそれも射る。

 そんなこんなで、レンのえびらに詰まった矢は順調に数を減らしていく。


 狩った獲物はエドが止めを刺し、シルヴィがアイテムボックスの機能が付いたボストンバッグに入れて運ぶ。その合間に薪を拾い、キノコや野草、野生の香辛料、岩塩などを確保する。

 野草の類いは根から掘り出し、周囲の土も確保していた。

 レンも錬金術で使えそうな素材は小まめに確保し、矢の素材になる細い竹を集め、時折、木になった果物を収穫し、山芋を掘り出したりもする。


「レン殿、大分奥まで来てしまったが、そろそろ戻らぬか?」

「そうですね……獲物も沢山獲れたし、確保したかった素材も揃ったし。一日の収穫としては十分でしょう」

「お師匠様、後で錬金術の素材、見せてくださいね」

「ああ、扱いが特殊なのもあるから、戻ったらアレッタさんにも見せよう」

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