第11話 エドの報告

 居住まいを正すアレッタに、エドは右の眉だけ器用にあげてみせる。


「まずひとつ目。驚かないで聞いて欲しいのじゃが、レン殿が中級解呪ポーションを持ち合わせておるそうじゃ」


 アレッタはスプーンをテーブル代わりの丸太の上に置いた。


「……本当ですの?」

「儂には見分けられぬが、まあレン殿が嘘を言う理由はないじゃろう……いずれにせよ、馬を失った儂らは迷宮都市に買い付けに行くことは出来ないわけじゃが、儂らの旅の目的は思わぬ形で達せたと思って良い」

「レン様、わたくしたちにその薬を譲ってくださいますの?」


 アレッタはレンの方に向き直って、真摯な目でレンを見つめた。


「ああ。相場が分らないけど、相場の値段で譲るよ……シルヴィとアレッタさんは、中級になっても魔術師じゃないから、解呪ポーションは作れないし」

「そうなんですの?」

「解呪ポーションは、錬金術師と魔術師の両方の技能が必要なんだ」


 レンの言葉に、アレッタは首を傾げた。


「わたくし、水魔法なら少し使えましてよ?」

「そうなんだ。それなら初級の解呪ポーションは作れるかな……でも、中級だと魔法使い側も中級が必要だよ?」

「中級……残念ですわ。次に何かあったときは、わたくしがお父様に薬を作って差し上げられるかと思ったのですが」

「体力、気力、魔力の回復なら、錬金術師だけで作れるし、状態異常も毒や麻痺の回復ポーションなら作れるよ。そもそも解呪なんて滅多に使う機会はないから」


 迷宮に潜ればその限りではないが、ゲーム内では、地上部分には呪いを使う魔物は少なく、使っても初級止まりだった。

 それを思い出しながらレンがそういうと、アレッタの表情が少し晴れた。


「……頑張りますわ……中級解呪ポーションは迷宮都市で買い求めるつもりで来ましたので、代金は今すぐお渡しできますけど……ポーション以外にも色々とお礼をしないといけませんから、足りないかしら?」

「俺への謝礼なら、街に戻ってからにしてください。当面は街に行く際に、必要になる分だけ貰えればそれでいいです」

「それは経費として別途お渡ししますわ」


 レンの言葉に、アレッタは頷いた。

 ふたりの会話が一段落するのを待ち、エドが口を開いた。


「それでじゃ、伝えることはあとふたつある。レン殿の接近戦の腕前を見たが、単独で森を抜けられる力は十分にあると判断した」

「……それ、ベッドで横になりながら聞いてましたわ。街に向かうのは、いつ頃になりそうなの?」


 アレッタの問いに、エドは腕組みをしつつ天井を見上げた。


「……まだ分らんですな……周りの森で素材を集めるにしても、必要な物が必要な分量揃うかは、試してみないと分りませんでのう」

「……なるほど……シルヴィ、あなたも素材集めを手伝いなさい」

「お嬢様をひとりにするわけには参りません!」

「……に出なければ私に危険はありませんわ。人手があれば、それだけ早く街への帰還がかないます」

「……かしこまりました」


 渋々頷くシルヴィに、アレッタは満足げに頷く。


「それともうひとつじゃ。完成は明日になるが、レン殿に頼んで、洞窟の一階部分に風呂を作って貰っておる。あとで見て、問題があれば言って欲しいのじゃが」

「お師匠様がお風呂、ですか? お師匠様はそんなこともできるのですね。でも必要でしょうか?」

「お風呂はとても嬉しいですけれど、わたくし、洞窟暮らしでそこまで望んではおりませんでしたのに」

「……アレッタお嬢様もシルヴィも忘れとるようじゃが、レン殿が街に向かえば、20日程度、レン殿に洗浄を掛けて貰えなくなるのじゃぞ」


 エドの言葉を聞き、アレッタとシルヴィの表情が驚愕のそれに変わる。


「……なるほど……お風呂は必要ですわね。考えを改めましたわ。レン様、心より感謝いたします」

「確かに必要ですね……そっか、お師匠様がいないと、お洗濯も皿洗いも必要になりますね」

「シルヴィ、非常時に備えて食料だけは沢山持ってきたはずですけれど、手拭いや着替えはそれほど多くありませんわよね」

「いえ、迷宮都市で出物があるまでしばらく待つことも考えていましたので着替えは十分にあります……でも、それなりの宿に泊る予定でしたので、お風呂の道具までは持ってきていません」

「風呂の道具ってどんなのだ?」


 レンが口を挟み、シルヴィとアレッタに睨まれる。


「……お師匠様、女性の入浴の話ですので……」


 シルヴィにそう言われ、レンは自分の失言に気付いた。

 必要な道具を尋ねると言うことは、それらの用途についてもある程度言及することになるわけで、かなり生々しい話になってしまう。

 赤面したレンは、ポーチの中から、必要になるかどうか分らないまま、色々と取り出してシルヴィに渡していく。


「ごめん。忘れてくれ。あ、とりあえず、石鹸、フローラルウォーター各種、ええと……カミソリに吸水性のいい布……ああ、あとハーブの精油各種。ああ、あと軽石っぽい鉱石」


 シャンプーのレシピも知っているレンだったが、それを作るクエストがなかったので、ポーチの中には入っていなかった。

 レンの差し出した各種アイテムを手に取り、シルヴィはその贅沢なラインナップに笑みがこぼれるのを止められなかった。


「石鹸と精油はとても助かります。お師匠様、ありがとうございます……あの、できればですけど、柔らかいブラシのようなものはありませんか?」

「大きさは? 片手で持てるくらい? ならこれかな……街で買った物だから品質は普通だけど」


 主に、採掘した鉱石の清掃に使っていた豚の毛のブラシと、鎧のメンテナンス時に使用する馬の毛のブラシを取り出すと、レンはそれらに洗浄をかけてシルヴィに手渡した。シルヴィはそれを自分の頬に当て、数回こすってから、豚の毛のブラシを選んだ。


「お師匠様、こちらをお借りします」

「ああ、それは両方ともあげるよ。どちらも普通に街で買える物だから」

「それではシルヴィ、食事も終わりましたし、お風呂場を見に行きますわよ……レン様も来てくださいますよね?」

「ああ、俺はいいけど、今から見に行くのか? シルヴィの食事は?」


 アレッタの給仕をしていたシルヴィはまだ食事を摂っていない、とレンが指摘すると、シルヴィはにこやかな笑みを浮かべて首を横に振った。


「お師匠様、私は味見しながらそれなりに摘まんでますから、問題ありません」

「分かった……エドさん、ランタン持ってっても良いですか?」


 照明魔法ライトは任意の場所を照らすのには向いていないため、レンは壁の凹みに設置していたランタンを手に取り、エドに確認する。

 エドは大きく頷くと立ち上がった。


「ああ構わん。というか、儂も一緒に行くぞ」




 そして、風呂場に下りた一行が、二階に戻ってきたのは、それから小一時間が経過した後だった。


「色々と細かな要望が出ておったが、レン殿、無理はせんでくれ? 無理なら無理と言って貰った方が諦めもつくというものじゃ」

「出来ることと出来ないことがありますね……脱衣所の床の敷物は手持ちがありますけど、鏡と照明は素材がないと無理です」

「……なるほど」

「窓を網状にして虫が入らないようにするのは簡単ですけど、換気効率を考えると、ちょっとやりたくないですね」


 風呂の中に風呂釜の煙や一酸化炭素が流れ込むことはない筈だが、お湯を沸かす以上、水蒸気は如何ともしがたい。

 石の洞窟に作った風呂なので、換気をしなければ湿気が自然に抜けるようなことはない。

 そして湿気を放置すれば、床がヌルヌルになって足を滑らせたりする危険性もあるのだ。


「洗い場に置く椅子はどうじゃろうか?」

「木から削り出せますけど、裸で座る椅子ですから表面処理が問題ですね。適当な樹脂が取れたら考えましょう……まあ最悪、表面を石で覆うって手もあるけど、乾かないからすぐにダメになるかな……って一ヶ月程度なら問題ないか」

「アレッタお嬢様達がワガママを言って本当に済まん」


 エドは真面目な顔つきで、レンに丁寧に頭を下げて見せた。


「いいんですよ。森の中に流されてきて、洞窟暮らしじゃ息も詰まります。俺が街から救助隊を連れてくるまで、健康な精神状態でいて貰うためにも、多少はガス抜きして貰わないと。そういう意味では風呂作りは良いきっかけです。もう少し気軽に色々言って貰っても良いくらいですよ」

「感謝する。そう言って貰えると助かるわい」

「エドさんも適度に息抜きしてくださいね。救助隊連れてきたとき、みんなの精神状態がボロボロだと困りますから」

「うむ。儂は訓練で一月程度の行軍の経験はあるから余裕じゃ。まだまだ若いもんには負けんわい」


 そう言って、エドは呵々と笑うのだった。

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